15:群都市の『王』
「パパ、見てー? 星が落ちてる」
部屋の窓から身を乗り出し、幼い少女が声を上げる。
無垢な指の先には、終末を告げる炎の雨が。
「……あぁ……」
「パパ?」
呆然と空を見上げていた男は、娘を抱きながら祈った。
「守護者よ……」
********
「…………」
満点の星空の下、守護者グレイザー仰向けに倒れていた。
風の悪戯か────むせ返るような黒煙が立ち込める中、自分の真上だけが美しい空を保っている。
グレイザーは生きていた。無論、体中が火傷と裂傷で痛み、立つこともままならないが。
血の味、煙の匂い、懐かしい星空……その全てを認識できる。
「あああっっ、っと、とまんなっ、ふんんっっっ……!!」
と、情けない声が天から降ってきた。
自由落下を続けていた魔法使いは、片腕だけの噴射でバランスを取り、グレイザーをクッションにして着地する。
「いったっ……あ、グレイザー」
「…………」
「お、降りる時のこと考えてなくて……ごめんね?」
流石にあの攻撃は負担が大きいのだろう。覇気が薄れたその様は、少しだけ普通の少女に近い。
「……あの火焔は、文字通り全てを破壊するものだった」
「え?」
「だがタワーは、こうして原型を保っている」
静かに切り出したグレイザーの声は、困惑に満ちていた。
「一体何故、オレを」
意図はすぐに伝わったらしい。
先ほどまで少女だった者は、ゆるやかに口角を上げた。
「こうして、近くでとどめを刺すためだって言ったら?」
「!!」
「フレイーーーーっっ!!」
続いて、剣呑な空気を打ち破る甲高い声が響く。
記憶に焼き付いて離れない、あの銀髪の少女だ。
「フレイ、無事ですか!? 早く返事してっ!!」
「応えろ、フレイ! まさかお前が死ぬなんてことないよな!?」
「グレイザー! そこにいるんだろう!?」
「二人とも、大丈夫かね……!?」
続々と届く呼びかけに安堵しながら、
「大丈夫だよ、みんな! 二人共生きてるっ!」
私────フレイング・ダイナは努めて明るく応えた。
「まさか、仲間を想い迷ったわけでもあるまい」
「ふふっ、そりゃそうだよ。実際ずっと殺すつもりだった」
嘘じゃない。だって今も……私の脳内で、しきりに声がするのだ。
『フレイ、どうしたの。殺さなきゃ』
「…………」
『殺すんだよ、フレイ。約束したじゃないか。約束を。約束を────!』
「でもね、思い出したんだ」
小さく被りを振って、私は耳元の『彼』を払った。
「作戦前に、ゼノイさんに聞いたこと。グレイザーを殺してもいいのかって」
────『君達に……全てを委ねるよ』
「大人も、あんなに堂々と自分を偽るんだね」
多くの敵を生み出したグレイザー。しかし、最も手酷く追い落とされた者は、心から彼が生きることを願っていた。
エルドを始めとする信奉者達ではない。愛憎が入り混じったゼノイの願いだからこそ……私は。
「もちろん、報いは受けてもらうよ」
「何……?」
「私達を見捨てたこと。私を差し置いてシュレッケンに攻め込もうとしたこと。ゼノイさん達を裏切って……リアンさんの想いを踏みにじったこと」
ああ。やっぱり私、ダメだなぁ……
思えば野盗を殺す際、エーネとザンが割り込んできた時も。心の奥では……
これで良かった、なんて。
「想いを、踏みにじる?」
体を起こしたグレイザーは、疑念に満ちた瞳で私を射抜いていた。
「もう一度聞くが、お前、我が身を省みて────」
「黙って」
威圧するように遮り、私は立ち上がる。
別にどうということはない。新たな群都市の長は誰だ? エルドはおろか、ゼノイに渡すつもりも毛頭無かった。
そう、私こそが。このフレイング・ダイナがついに……!
「改めて、勝負はついたね。守護者グレイザー!! 」
炎の残滓を纏った私は、満面の笑みで言い放った。
「今日から私がこの街の王!! 最強の魔法使いに────偉大なる世を創るこの私に! 全てを委ねて!!」
下方から仲間達の息遣いが聞こえる。切ない瞳で星空を仰ぐ為政者達の、涙ぐむ音も。
「……誰が支配者になろうと、現状の打開は容易じゃねェ」
「分かってるよ。守らなきゃいけないからね、これからは」
多くの関係者に見守られながら、ビートグラウズの頂で────
私はかつての敵に、そっと手を差し出した。
「毒刃少女は、この手で倒す。だからグレイザー、私のために動いて!!」
次は、やってみせるから。
だから、マインド。そんな目で私を見ないで?
********
決戦から一日。敵味方を交えた、あまりにも濃密な会議を経て。
「……もうすぐか」
ようやく腰を落ち着けたグレイザーは、沈みかけの夕日を眺めていた。
今夜はエルドに呼び出されている。いつまでも怪我の心配をしてくるモイスティに阻まれ、政務の引継ぎが滞っているというのに、だ。仲間以外にもあの慈悲深さは発揮されるらしい。
街を歩くと、すぐに変化を実感した。揉め事を抑えるべく発布した戒厳令は、もう必要無い。夕暮れでも人混みは増すばかりだ。
ただ、頂上が崩壊したはずのノーブルタワーは、依然シンボルとしての役目を果たしている。
「ん?」
と、道すがら一軒の店が目についた。
(リアンのパン屋、か)
彼女が亡くなった日、このパン屋の時も止まった。悲しみに暮れた両親は店を続けられなくなり、現在は別の仕事をしていると聞く。
そのはずだったが────
「あれ、あんたはグレイザー? 久しぶりだね」
ばったりとリアンの母に出くわした。手には看板を持っている。
「まさか」という思いとは裏腹に、口をついで別の言葉が出た。
「オレはよく演説をしていたはずだが、一度も観たことがないのか」
「そりゃあうちは基本的に政治に興味ないし。あの子もそうだったろう?」
出会いのきっかけはそんなだったか。
もう戻らない、人生が楽しいと思えたわずかな時間……
「でもあたしらも良い加減、前を向こうと思ってね」
リアンの母は重そうにしていた看板を置く。向きが変わり、内容が見えた。
《リアンブレッド、開店!! 復活記念セール開催中!》
「……何て名だ」
「良いでしょ? あの子との思い出を胸に、新しい門出を迎えるのさ」
本人が見たらどう思うやら。まあ看板娘だったし耐性はあるかもしれない。
グレイザーは口元を緩め、婦人に背を向けた。
「もう行くのかい?」
「あァ、呼び出しがかかっているからな」
「そうかね。明日から開店だから、気が向いたら来なよ!」
振り返りはしない。ただ少しだけ立ち止まり、小声で。
「事が片付いたら、必ず行く」
********
指定された場所は、ノーブルタワーの講演場前だった。
内部は何故か明かりが付いており、多くの人間の気配を感じる。それも、何かを待ち構えるように息を潜めているらしい。
「今更何故ここに……」
「来たかね、グレイザー」
斜め後方から耳障りな声がした。
人はこの男を精悍だと表現するが、自分から見たら十分に老人だ。
「ゼノイ、何の用だ」
「随分なご挨拶じゃないか。父親代わりに向かって」
「ハッ」
鼻で笑って見せる。
「悪いが、恨み言を聞いている暇はねェ。この後も仕事が山積みだ」
「ふむ、ではまたの機会にしよう。だが────」
ゼノイは少しだけ目尻の皺を深めた。
「何だか、憑き物が落ちたような顔だね」
無言で突き進むグレイザーに呼応するように、講演場の扉が開かれる。
待ち受けていたのは────
「グレイザーさん、ようこそおいでくださいました!!」
若者らしく、豪華絢爛に装飾された場内にて。
千をゆうに超えるハンガーズが、一斉に声を合わせた。そこかしこで破裂音と口笛が鳴っている。
「一昨日流れたパーティの仕切り直しだ。皆、この時を待ち侘びていたよ」
返事をする間も無く、グレイザーは取り囲まれた。
「グレイザーさん! 怠惰だった私を救い上げてくれてありがとうございます! 生まれ変わった気持ちで働いてます!」
「俺も感謝してるぜ、グレイザー! リーダーが変わっても、あんたは永遠にヒーローだ!」
「いつも街に尽くしてくれるあなたに、今日はめいいっぱい楽しんでほしいです! 明日からの留守は任せてくださいっ!」
言葉にできぬ感情に包まれ、グレイザーはしばらく動けなかった。
入り口付近に立つ相棒が、苦笑いをしながら近づいてくる。
「珍しいね、キミがそんな表情をするなんて」
「エルド……」
「これは、君が培ってきたものだ。そう簡単に壊れるものか」
無論、『壊す選択肢』はあの女の方にあったけれど。
ただ、そうか。これがきっと、あいつの目指した────
「ははっ」
静かに笑って、ビートグラウズの守護者は独りごちた。
「悪くねェな、こういうのも」
ふと部屋の隅に、リアンの影を見る。
堂々とした彼女の笑顔は、あの時と変わらず────星の瞬きよりも、眩しかった。
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