「ベルネリ森林部・魔力暴走事故」side ルカン
ベルネリは退屈な街だ。
少なくとも、ルカンにはそう見えた。
父の仕事に付き添って二日目の午後。
宿の窓から見える景色は昨日と何一つ変わらず、市場も噴水も、似たような土産物屋も、もう一通り見て回った。
父はまだ戻らない。
狭い宿の部屋でじっとしている理由はどこにもなく、ルカンは階段を二段飛ばしで下りて、外へと踏み出した。
特に目的があったわけじゃない。
ただ、街の外に広がる緑のほうが、まだ面白そうに見えただけだ。
街を外れると道は細くなり、やがて木立が見えてきた。
広い森だ。
近くまで来たとき、木々の隙間から何かが光っているのが目に入る。
変わった見た目の構造物。
苔に覆われているが、形がある。
何かの建物の跡らしかった。
面白そうだと、ただ純粋に思った。
その直感が、ルカンを奥へと誘い込む。
遺跡の中は、想像よりもずっと広かった。
崩れた棚や割れた記録板、かつてここが何かの研究施設だったことを思わせる作業場の跡。
壁の文字をいくつか読んだが、難しい言葉が多くてよくわからない。
ただ「魔力」という字はいくつも出てきてた。
広間に入ったとき、中央の装置が目に入った。
台座を囲むように円形に並ぶ石柱と、それらを繋ぐ金属線。
かなり古いが、術式の紋様がまだ壁に残っており、一部の石が微かに光を帯びていた。
まだ、生きている——これは、何かを動かすための装置だ。
ルカンは台座に近づいた。
紋様を読んでみたが、やはりよくわからない。
ただおそらく、魔力を流すための構造をしているのだと思う。
中央の石に魔力を送ると、外側の柱に伝わり、何かが起動するらしい。
何が起こるかはわからない。
でも仕組みはわかった。
こういうことを考えるのは面白いし、好きだった。
「動くかな……」
少しだけ試してみようと思った。
ほんの少し、加減して。
そして、装置に手を伸ばした。
最初は静かだった。
中央の石が光り、外側の柱へ光が走る。
うまくいった、とルカンは思った。
だが次の瞬間装置が震え、低い音が床から響くように伝わってくる。
そして、光が想定より速く広がっていく。
止めようとして、息を呑む。
魔力の流れを断ち切ろうとしたが、すでに装置側がルカンの魔力を強く、勝手に引っ張り出していた。
手を離しても、術式がルカンの魔力を引き続けている。
石柱の光が、一本、また一本と強くなっていく。
まずい、と思った。
制御できない、とわかった。
広間の壁がびりびりと揺れ、外から何かが膨らむような音がした。
森全体が、軋んでいるような、そんな音。
ルカンは動けなかった。
止める方法がわからない。
何をすれば止まるのか、わからない。
やりすぎた。
そのことだけは、はっきりわかった。
でも止め方がわからない。
やがて装置の光が頂点に達した時、轟音が広間を揺らし、視界は真っ白に覆われた。
◇
気がついたとき、床に座り込んでいた。
装置は静止している。
金属線のいくつかが切れて、石柱の一部が崩れ落ち、光は消えていた。
外は静かだった。
鳥の声も、風の音もない。
まるで森ごと、時間が止まったみたいに。
ルカンは立ち上がる。
膝が、少し震えていた。
広間の入口まで歩いて通路に出ると、壁の植物が異様に育っているのが目に止まる。
さっきはこんなに大きくなかったはずだ。
葉の色が変わっていて、一目で危険だとわかる、赤みを帯びた緑色をしている。
空気の匂いも、変わっていた。
何が起きたのか。
何が起きてしまったのか。
ルカンは立ち止まる。
外へと続く扉を前にして、足が出なかった。
どうすればいいのかわからない。
誰かに謝らなければいけない。
けれど、誰に、何を?
自分が引き起こした現象の名前すら、まだわかっていないのに。
ただ、消えることのない重くて冷たい感覚だけが、胸の奥に溜まっていく。
宿に戻ったのは、黄昏時だった。
父はまだ戻っていない。
ルカンは部屋の椅子に座り、窓の外に目を向けた。
街の灯りがひとつずつ点いていく。
どこかで人が笑っている声がした。
腕を見ると、うっすらと痕が残っていた。
装置の魔力に引っ張られたときにできた跡だ。
大したことはない。痛くもない。
けれど、その痕はいつまでも消えなかった。
翌日、父に連れられて街を去る馬車の中、ルカンは一度も窓の外を見なかった。
「顔色が悪いな」という父の言葉に、「大丈夫」と短く返す。
それきり会話が途切れる。
聞かれなかったし、言う言葉が見つからなかった。
何が大丈夫なのか、自分でもわからないまま。
それから少しして。
少年の腕には、「腕輪」がはめられた。
魔力を抑えるための、腕輪を。




