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ルカンの魔法

街道から少し外れた丘の上に、古い観測塔があった。

立入禁止の札が掲げてあるが、長年の風雨に晒され、文字が掠れてほとんど消えかけている。


「あの塔、登れるのかな」


「登れない」とルカンが即答する。


「なんで知ってるの」


「札があるだろ。立ち入り禁止だ」


アルはしばらく塔を見上げて、何かを言おうとしてやめた。

やがて視線を塔の足元へと移す。


「あ、塔の根元、草が生えてる」


「草なんてどこにでも生えてる」


「でもあれ、珍しい形してるみたい」


ルカンが止める間もなく、アルはすでに丘を登り始めていた。


「おい」


「ちょっとだけだから」


「ちょっとだけで済んだことがあったか?」


返事はなかった。

エルリックは地図を折り畳んで、ルカンの隣に立ち、遠ざかる後ろ姿を眺めていた。


「止めなくていいのか」


「言ったところで止まらないだろ」


「……そうだな」


二人は短いため息をつき、アルの後を追って丘を登り始めた。





塔の足元に広がるのは、図鑑にも載っていない変わった植物の群生だった。


茎から生えた丸い形の葉は、赤い葉脈が走っていて、葉の色も内から外に向かい濃淡がある。

アルはしゃがみ込んで、図鑑を取り出した。


「すごい。綺麗な色してる。初めて見る植物だ」


「スケッチだけしてすぐ戻るぞ」


「うん」


アルはスケッチをしつつ、塔の壁面にも目を向けた。

壁に、何か描かれている。


「……文字だ。エルリック、これ読める?」


エルリックが近づき、壁の文字を確認する。


「古い書式だ。読めなくはないが——」


言い終わる前に、アルが壁面に手を触れた。

石と石の間に草の根が入り込んでいて、根を辿るように指を動かすと、壁の一部がずれた。


ズズズ、と石が横にスライドし、塔の入り口が現れる。

かなり狭いが、人が入れるだけの隙間はありそうだ。


「……アル」


エルリックの声に、しかし返事はない。

アルはすでに、中に足を踏み入れていた。


「いい匂いがする。これ、花の匂いだ」


「おい、出てこい」


「植物もある!見たことない種類の」


「今すぐ出てこい」


「ちょっとだけ——」


一歩踏み出した時、カチリ、と明らかに何かを踏んだような感覚があった。

足元を見ると、石板が微妙に沈んでいる。


次の瞬間、塔の内部から低い振動音が響いてきた。

壁に描かれていたのは、術式の紋様だったようで、青白い光が一斉に明滅を始めた。


「……これ、踏んだらまずいやつだった?」


踏んだ石板の上で、アルの足は止まっている。

石板が光を強めていく中、アルはその場から動けずにいた。


——術式の暴走。

放っておけば塔全体に広がり、この場所ごと辺り一帯吹き飛ぶはずだ。


ルカンが前に出る。

腕輪に手を当て、魔法を展開した。

術式に干渉しようとするが、古い魔力が凄まじい力で弾き返してくる。

腕輪が熱を持ち始めていた。


短く舌打ちをして、腕輪に触れる手に力をこめる。


このままでは間に合わない。


ルカンは一瞬、動きを止めた。

アルを視界の端に収めて、それから手首の腕輪——その留め具を、外した。


腕輪がルカンの手の中に収まると同時に、空気が変わった。


魔力が、解放される。



ルカンが手をかざすと、空気が物理的に割れるような音がした。

風の気配など一切なかった丘の上に、暴風が吹き荒れる。


丘の上から放射状に草がなぎ倒されて、エルリックは反射的に腕で顔を庇った。

足元から突き上げるような、激しい揺れ。


術式の青白い光が一気に押し返されていく。

魔力が逆流し、やがて中心の一点へと収束し始める。

塔が軋んだ音を立てて、大きく揺れるような感覚があり、そして——術式は消えた。跡形もなく。


辺りに、しん、と沈黙が広がっていく。


全方向になぎ倒された丘の草が、ゆっくりと戻り始めた。

遠くの木立はまだざわめいていて、鳥が一斉に飛び立ったらしく、空に黒い群れが散っていく。


エルリックは腕を下ろし、ルカンの様子を見ていた。

息を整えるその姿は、いつもと変わらない。


エルリックは何も言わない。

ただ見ていた。

腕輪を外した状態の、ルカンの魔力を。


あの腕輪が、抑え込んでいたものを。


エルリックの中にある「ルカンの魔力推定値」は、今この瞬間に完全に書き換えられていた。





ルカンは腕輪を握ったまま、ゆっくりと息を吐いた。


塔は無事だ。

アルも、無事だった。


「……すごかった」


ようやく動けるようになったアルが、ぽつりと言う。


「見てたのか」


「うん、全部見てた。なんでか、あそこから動けなかったから」


「……だから入るなって言っただろ。立ち入り禁止には、相応の理由があるんだ」


アルは「ごめん」と素直に謝ったが、その目はどこか輝いている。


ルカンは重いため息を一つ吐くと、手の中の腕輪に視線を落とし、塔を後にした。




丘を降り、街道に戻る頃には、日が傾いていた。


「なんで入ったんだ」ルカンが言う。


「植物があったからかな」アルが答える。


エルリックは地図を確認しながら、「止めたんだが」と、淡々と告げた。


「二人の声は聞こえてたよ」


「じゃあなんで入ったんだよ」


「植物が——」


「もういい」


ルカンは今日何度目かの溜息をつき、手の中で光る腕輪に視線を向けた。

はめ直す前に少しだけ、その重みを確かめるように。


「腕輪、外したんだね」


アルの一言に、ルカンの歩調が少しだけずれた。


「……それも見てたのか」


「うん」


それだけだった。

アルは視線を戻し、いつもの様子で歩いていく。

ルカンは黙って腕輪をはめ直し、ロックをかけた。

エルリックは地図を見たまま、何も言わない。


「次どこ行く?」


「お前が決めるな」


「なんで?」


「懲罰だ。お前はしばらく、俺たちの後ろを歩け」


「え、そんなに怒ってるの?」


「怒ってるわけじゃない」


「怒ってるじゃん」


エルリックが地図をパタンと畳んだ。


「次の街は東だ。日が暮れる前に行くぞ」


「じゃあ東!」


アルが先頭を歩こうとするのを、ルカンが襟首を掴んで後ろに回す。

もはや何度目なのかわからない溜息を吐き、重くなった足取りで街道を歩き始めた。


アルは特に気にした風にでもなく、弾む足取りで、その背中を追っていった。

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