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資金調達

朝の霧がまだ漂う時間帯に、三人は森へと足を踏み入れた。

交易町マルセルの外れから続く山道を、先頭で歩いていくのはアルだ。


竹で編んだ籠を背負いながら、その足取りは軽い。

少し後ろを、ルカンが眠たげに目を擦りながら適当についていく。

エルリックは最後尾で周囲に目を配りながら、ほぼ無言で歩いていた。


「ルカン、目閉じてるじゃん。開けて歩きなよ」


「……眠いんだよ」


「もっと寝てから来ればよかったのに」


「お前が早く出るからだろ」


「森は朝が1番いいんだよ。空気もおいしいし」


「そんなの俺には関係ない」


エルリックは2人のやり取りを聞き流し、無言で歩き続けている。


「あ、あった!」


アルがしゃがみこんだのは、朽ちた丸太の脇だった。

湿った苔の間に、丸みを帯びたキノコが数本、群れるように生えている。

しかし、傘の裏をひっくり返して確かめると、すぐに手を離した。


「毒だね、これ。残念」


「よくわかるな」とルカンが言った。


「匂いが違うからね」


「匂いで?」


ルカンは地面に転がったキノコと、アルの鼻を交互に見た。


「……食べようとしてたわけじゃないよな」


「毒なのわかってて食べたりしないよ」


「確認しただけだ」


「今疑ってたよね」


エルリックはその横を、無言で通り過ぎて先へ進んでいく。


薬草の群生を見つけたのはアルで、それを手際よく仕分けするのもまた、彼女だった。

根を傷めないよう丁寧に引き抜き、傷んだ葉を除いて、籠の中で種類ごとに分けていく。

その手つきは、熟練されたそれだった。


「ルカンはなんか取らないの?」


「俺は運ぶ係だから」


「一個も取らないの?」


「これから重いの持つから」


「籠、まだ全然重くないけど」


「そのペースなら、これから重くなるだろ」


アルは手を止め、籠を抱えたままルカンを見上げた。


「ルカンって、意外と私のこと見てるよね」


「見てない」


「今も見てるじゃん。目が合ってる」


「……いいから手を動かせ」


その会話の間に、エルリックが無言でキノコを一つ掴み、アルの籠に入れた。


「ありがと。これ食べられるやつ?」


「食べられる」


「どうしてわかるの?」


「勉強したんだ」


「すごい。ルカンも見習えばいいのに」


「俺は運ぶ係だ」


「じゃあキノコ一個でいいから運んでよ」


「うるさい」


エルリックはすでに次のキノコを探していた。アルはエルリックに「ありがとう」と言い、ルカンを振り返るが、ルカンは見ていないふりをした。



馬車に戻る頃には、籠はずっしりと重くなっていた。

荷台の扉を開けると、天井まで並んだ薬草棚に、今日の収穫を順番に収めていく。

乾燥が必要なものは束ねて吊るし、すぐ使うものは調合台へ。


ルカンは外の踏み台に腰かけて、水筒を傾けている。

エルリックは御者台に上り、地図を広げていた。


「ルカン、これ持ってて」


荷台から、アルが薬草の束を差し出す。


「持つ係も、終わったんだけど」


「まだ終わってないよ」


「森を出た時点で終わったんだよ」


「そんな約束してないけど。すぐだから持ってて」


ルカンは溜息をついてから薬草を受け取り、踏み台に座り直した。


少ししてアルが荷台の入り口から顔を出す。

手の中には、丸い傘のキノコが二つ。

それをしばらく眺めてから、乾燥用の網に並べた。


「ルカン、さっきのやつ返して」


「早いな」


「すぐって言ったじゃん」


それを受け取り、小さな鍋を火にかけて、仕分けで残った葉と根を煮出す。

うまく成分を引き出せれば、それだけで薬効のある煎じ薬になるのだ。


アルが鍋をかき混ぜながら「今日はいい匂いしてる」と言うと、「いつも同じだと思うけど」外からルカンの声がする。


「全然違うよ。今日のはちょっと甘い匂い。ルカン、鼻が詰まってるんじゃない?」


返事はなかった。


「エルリックはわかる?」と今度は御者台に向かって聞いてみた。


「匂いはここまで届いていない」


「じゃあこっちに来て嗅いでみて」


「地図を見ている」


「ちょっとだけだから」


「ちょっとでも地図から離れたくない」


「二人とも鼻が機能してないんだね」


「「機能している」」


二人の声が重なった。



マルセルの市場に着いたのは午後になってからだった。


野菜、香辛料、干し肉、布地、日用雑貨。

広場には色とりどりの屋台が並んでいて、人の声と荷車の音が混ざり合っている。

活気があり、賑やかな場所だ。

アルはこういった雰囲気が好きだった。


三人は馬車の横に小さな台を出して、瓶に詰めた煎じ薬と、束にした乾燥薬草、それから今朝のうちに干したキノコの保存食を並べた。

乾燥が足りないものは値を下げて、質のいいものを手前に置いていく。


「なんか、売れそうな感じがする」


ルカンが言うと、アルは「当然」と少し胸を張る。


最初の客は、腰をさすりながら歩く年配の女性。

てきぱきと薬の説明をし、飲み合わせの注意点を伝える。

難しい顔で聞いていた女性は、最後に「よく知ってるねぇ」と感心した様子で財布を開いた。


「すごいじゃん。さらっと説明するんだな」


「毎回してるからね。お金をもらう以上、ちゃんとしないと」


ルカンは「ふーん」と言いながら、台の上に並んだ品物に目を向けた。


次の客がキノコの保存食に興味を持って値切りを始めたとき、ルカンが前に出て、一言。


「まけないよ」


声のトーンに威圧感はなく、むしろ朗らかな雰囲気だったが、まったく値を動かす気がない言い方だった。

客は渋々、定価で買っていった。


「ルカンこそすごいじゃん」


「一言で十分」


「さっきみたいなお客さんが、また来たら?」


「また言うだけ」


エルリックはその間、馬車の脇で腕を組み、周囲を漠然と眺めていた。

特に何もしていないように見えたが、酔っ払いが馬車に近づこうとした時に、ほんの一瞥で退かせた。


「エルリックって立ってるだけで仕事してる」とアルが台の向こうから声をかけるが、それに対する反応はない。


「褒めてるんだよ」


「わかっている」


「じゃあなんか言ってよ」


「……よく見ていたな」


「……それだけ?」


「それだけだ」


ルカンが吹き出したーーような気配があった。



売り上げを数えたのは夕方、広場の端の水場近くだった。

アルが金貨と銀貨を仕分けしていると、ルカンが隣から覗き込む。


「思ったよりあるな」


「うん、思ったより売れた。キノコが全部売れたのが効いたね」


「さっきの値切り客も買ってったからな」


「それはルカンのおかげだね」


「当然だ」


「今、私の真似したよね?さっきのやつ」


「……偶然だ」


エルリックが「次の町まで二日ある」と告げた。

地図を畳みながら、一言だけ。


「二日あれば、追加で調合できるね。あのキノコ、もう少し干せば煎じ薬にもなるし」


「手間かかりそうだけど」とルカン。


「でも楽しいよ」


「……そうか」


アルはもう次に仕込むものを頭の中で並べているようだった。

馬車の薬草棚に、今日仕入れた材料がまだいくつか眠っている。


「そういえばさ」とアルが言う。


「エルリックって今日、一言も余分なこと言わなかったね」


「……余分なことを言う必要がなかった」


「あ、今のそれ、余分なことじゃない?」


エルリックは黙った。


「ね、ルカン」


「余分だったな」


「お前も黙れ」


ルカンがそっぽを向いて、肩だけ揺らした。

その横でアルが金貨を数えながら、口元を手で覆った。


夕陽が広場を橙に染める頃、馬車はゆっくりと、賑やかな市場を後にした。

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