第五話 (ベストエンド)
俺の受験番号は『114514』であった。
恐る恐る大学のホームページから、今年度の合格発表のページをクリックした。俺の受験した電気工学科は、工学部の合格者が記載されているページの上から二番目の欄に位置していた。合格者の番号は、数字の小さいほうから順番に乗せられていた。俺は額に汗を浮かばせつつ、ゆっくりとマウスホイールを動かしていった。
114500
114501
114504
114505
114507
114509
114510
段々と、俺の受験番号へと近づいて行った。心臓の鼓動の音が外に聞こえるのではないかと思えるほどに、緊張は高まっていった。続けてマウスホイールを動かしていった。
114511
114512
114513
114516
114520
114521
俺の中で一瞬時が止まった。何かの勘違いなのではないかと再び初めのほうから受験番号の表を上から確認した。しかし、いくら確認しようと俺の番号が載っていることはなかった。
しばらく長考したのちに、俺は一つの結論に辿り着いた。
「あっ、そうか! き、きっと大学側の手違いだ! 本当は俺も合格しているはずなのに、間違って俺の受験番号を抜かしてしまったに違いない!!」
そう言うと、俺はパソコンが置かれた自室から出て、3階のリビングへと移動した。
「だ、大体俺くらいの実力の人間が落ちているのだとしたら、東北帝国大に受験している奴のほとんどが落ちるに決まってんだろ!」
俺はひたすら思考が空白になるのを恐れて、矢継ぎ早に独り言を呟いていた。
リビングに辿り着くと、季節外れのこたつに潜り込んで、テレビをつけることにした。今の時間帯では、面白い番組などやっておらず、ローカルテレビのニュースが淡々と流れるばかりであった。
ニュースキャスターの天気予報をBGMに、俺は気を紛らわすためにスマホでTwitterを覗くことにした。この時期のTwitterのオススメには、受験に関するつぶやきばかりで埋め尽くされていた。
『指定校推薦で早稲田大学受かりました!! #春から早稲田』
『明治大学落ちた わんわん泣いた』
『今年のセンター試験は問題構成がおかしい!! もう日本は終わりだ!!』
Twitterに流れてくる受験結果報告のつぶやきは、どれも見るに堪えないものばかりであった。指定校推薦などというものは、馬鹿が使う制度だとこれまで軽蔑していた。通常の方法で受験する場合は、全国の高校の人間と争う必要があるが、指定校推薦であれば自分の通う高校の中でただ良い成績を収めればいいのだ。しかしこんな小癪な手段で大学に入学したところで、自分の実力以上の人間とともに生活をしなければいけないわけで、そいつが不幸な目に遭うのは目に見えている。ちゃんと自分の実力を俯瞰で理解しており、適切なレベルの大学を受験していれば良いが、そんな賢い奴は指定校推薦など使わない。だから指定校推薦を使って身分不相応なレベルの大学に合格したことを、わざわざTwitterで自慢している奴には馬鹿以外の言葉が見つからないのである。
しかし一方で、俺と同様に大学受験に失敗しているつぶやきを見つけると、心のどこかで安堵している自分がいた。自分は間違っていないのだ。俺が悪かったのではなく、問題を作成した人間が悪いのだ。と、そう言い聞かせて自分を保つことに必死であった。
そのとき、テレビから聞こえてきたニュースが耳に入ってきた。
『それでは続いてのニュースです。市立総合高校に在籍していた高校三年生の河田アリーさんが、アメリカの名門、スタンフォード大学に合格したとのことです』
.......は? 心の奥底にふたをしていた名前が、テレビの中のニュースキャスターから飛び出してきたのである。
『市立総合高校からスタンフォード大学に合格したのは河田アリーさんが初めてであり、地元の方も歓喜の声で満ち溢れているようです。河田さんは幼少期から数学や物理が大好きだったようで、これまで物理オリンピックに参加した際には3回入賞するなど、科学に対する愛が人一倍強い人だったようです。ただ、高校の授業では数学や物理以外にも、国語や社会などの科目も勉強しなければいけませんでしたが、河田さんはこれらの科目に苦手意識があり、成績が振るわなかったようです。そこで、当時高校二年生のときの担任の先生が、海外の大学への受験を勧めたとのことでした』
河田アリーはあのあと、単身で海外の大学に受験し合格していたのだった。あまりに現実離れしたニュースに頭が理解を拒んだが、これまでのあいつの数学や物理に対する執着や能力を鑑みれば、なにもおかしな話ではないと理解できた。
それと同時に、自分とアリーとの間に開いた大きすぎる差に打ちひしがれて、眩暈がしていた。これまでの小中高での生活を振り返ると、俺が今まで勉強ができていたのは、一度見たことのある内容を再び学校で学んでいたからに過ぎなかった。対するアリーは、数学や物理に対する卓越した才能と、尋常じゃない執念があったから、世界で二位の大学に合格することができた。じゃあ、俺には一体何が残るっていうんだ?
テーブルに置いてあったのは、高校一年生のときに初めて受験した進研模試の結果が掲載された冊子であった。確かにここには、東北帝国大学に対する合格判定が B判定であると書かれている。だがこれは所詮机上の空論であり、今の俺には東北帝国大学に落ちたという事実しか残っていなかった。こんなものを誇ったところで、何も意味がないということに、ようやく気が付いたのであった。
気分が悪くなってきたため、トイレに向かおうとしたところで再びテレビの音声が耳に入ってきた。
『ここで河田アリーさんにインタビューをしてみました!市立総合高校三年生の河田アリーさんです!』
三年ぶりにアリーの声を聞くことになるとは思ってもいなかった。ただ、劣等感に押しつぶされそうになっていたため、テレビを直視することはできなかった。
『インタビュアー:河田さん、スタンフォード大学の合格、おめでとうございます!
河田アリー :ありがとうございます。
インタビュアー:河田さんがスタンフォード大学を受験しようと思ったきっかけなどはありますか?
河田アリー :昔から理論物理に興味があったので、数多くのノーベル賞受賞者、フィールズ賞受賞者を輩出しているスタンフォード大学に進学して、高度な学問を学んで研究者になりたいと考えていました。
インタビュアー:そうだったんですね~!ちなみに物理や数学のことが好きになったのっていつ頃だったんですか?
河田アリー :小学生の頃あたりから物理の専門書を読み漁っていた気がします。なんとなく、この世のあらゆる現象が数式で表されるということをこの頃から知って、いろんな物理学の専門書をねだって買ってもらっていました。』
テレビで流れていたインタビューの内容は、よくある科学番組のそれに似た取るに足らない内容であった。あいつが小学生のころから無駄に尖っていて、俺は意味不明な物理の数式を見せられる毎日を過ごしていたからだ。なにかを期待して立ち止まった俺がバカだったと後悔して、すぐにトイレに向かおうとしていた。続けてインタビュアーが質問をした。
『インタビュアー:それでは最後に、河田さんの将来の夢について聞いてみたいと思います!
河田アリー :ん~、夢ですか...。』
アリーはしばらく長考しているようだった。
『河田アリー :私は、小学生のころから大人が読んでも難しいような専門書ばっかりを読んでいたので周りからは変人扱いされて、小中高とずっと友達が少ない時期を過ごしていました。ただ、小学校から中学校の9年間で、唯一たくさん話していた友人がいたんです。そいつは、周囲の奴らより勉強ができるからってすぐ調子に乗って、私に教科書に載っている難しい問題を出してはからかってくるような奴でした。』
.......え?アリーに友達がいたのか....? いや、アリーが俺以外の奴と話しているところなんて見たこともなかった...。もしかして....? 俺は自然とテレビの音声に耳を傾けていた。
『河田アリー :簡単な小テストでいい点数取るたびに一喜一憂するし、私が物理の数式を見せると、私が苦手な国語や社会の問題を出してやり返してきたりで、面白い奴でした。今思い返せば、あの頃は毎日が楽しかったんです。そいつも私と同じで、物理や数学が得意なほうだったので、きっと今は良い大学に行くために必死に勉強していると思います。だから、私の夢は、そいつと一緒に物理の研究をして未知の現象を解明することです! だから、受験なんかでくじけるんじゃねぇぞ! クロ!』
涙で前が見えなかった。俺はこのとき初めて、アリーの心中を知った。まさかあいつが、俺のことを対等に見てくれているとは思ってもいなかった。俺は今までずっと、見えない何かと比較し続けていた。真っ向勝負から逃げ続け、土俵を捻じ曲げて自分が勝っていると言い聞かせて生きてきたが、それは間違いだったのだ。俺はようやく、信念を見つけることができた気がしていた。
俺はインタビューが終了したテレビ番組を消して、勉強机へと向かった。
END




