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第六話 (ワーストエンド)

 俺の受験番号は『114514』であった。

 恐る恐る大学のホームページから、今年度の合格発表のページをクリックした。俺の受験した電気工学科は、工学部の合格者が記載されているページの上から二番目の欄に位置していた。合格者の番号は、数字の小さいほうから順番に乗せられていた。俺は額に汗を浮かばせつつ、ゆっくりとマウスホイールを動かしていった。


114500

114501

114504

114505

114507

114509

114510


 段々と、俺の受験番号へと近づいて行った。心臓の鼓動の音が外に聞こえるのではないかと思えるほどに、緊張は高まっていった。続けてマウスホイールを動かしていった。


114511

114512

114513

114516

114520

114521



 俺の中で一瞬時が止まった。何かの勘違いなのではないかと再び初めのほうから受験番号の表を上から確認した。しかし、いくら確認しようと俺の番号が載っていることはなかった。

 しばらく長考したのちに、俺は一つの結論に辿り着いた。

「あっ、そうか! き、きっと大学側の手違いだ! 本当は俺も合格しているはずなのに、間違って俺の受験番号を抜かしてしまったに違いない!!」

 そう言うと、俺はパソコンが置かれた自室から出て、3階のリビングへと移動した。

「だ、大体俺くらいの実力の人間が落ちているのだとしたら、東北帝国大に受験している奴のほとんどが落ちるに決まってんだろ!」

 俺はひたすら思考が空白になるのを恐れて、矢継ぎ早に独り言を呟いていた。


 リビングに辿り着くと、季節外れのこたつに潜り込んで、テレビをつけることにした。今の時間帯では、面白い番組などやっておらず、ローカルテレビのニュースが淡々と流れるばかりであった。

 ニュースキャスターの天気予報をBGMに、俺は気を紛らわすためにスマホでTwitterを覗くことにした。この時期のTwitterのオススメには、受験に関するつぶやきばかりで埋め尽くされていた。


『指定校推薦で早稲田大学受かりました!! #春から早稲田』


『明治大学落ちた わんわん泣いた』


『今年のセンター試験は問題構成がおかしい!! もう日本は終わりだ!!』


 Twitterに流れてくる受験結果報告のつぶやきは、どれも見るに堪えないものばかりであった。指定校推薦などというものは、馬鹿が使う制度だとこれまで軽蔑していた。通常の方法で受験する場合は、全国の高校の人間と争う必要があるが、指定校推薦であれば自分の通う高校の中でただ良い成績を収めればいいのだ。しかしこんな小癪な手段で大学に入学したところで、自分の実力以上の人間とともに生活をしなければいけないわけで、そいつが不幸な目に遭うのは目に見えている。ちゃんと自分の実力を俯瞰で理解しており、適切なレベルの大学を受験していれば良いが、そんな賢い奴は指定校推薦など使わない。だから指定校推薦を使って身分不相応なレベルの大学に合格したことを、わざわざTwitterで自慢している奴には馬鹿以外の言葉が見つからないのである。

 しかし一方で、俺と同様に大学受験に失敗しているつぶやきを見つけると、心のどこかで安堵している自分がいた。自分は間違っていないのだ。俺が悪かったのではなく、問題を作成した人間が悪いのだ。と、そう言い聞かせて自分を保つことに必死であった。


 そのとき、テレビから聞こえてきたニュースが耳に入ってきた。


『それでは続いてのニュースです。市立総合高校に在籍していた高校三年生の河田アリーさんが、アメリカの名門、スタンフォード大学に合格したとのことです』


.......は? 心の奥底にふたをしていた名前が、テレビの中のニュースキャスターから飛び出してきたのである。


『市立総合高校からスタンフォード大学に合格したのは河田アリーさんが初めてであり、地元の方も歓喜の声で満ち溢れているようです。河田さんは幼少期から数学や物理が大好きだったようで、これまで物理オリンピックに参加した際には3回入賞するなど、科学に対する愛が人一倍強い人だったようです。ただ、高校の授業では数学や物理以外にも、国語や社会などの科目も勉強しなければいけませんでしたが、河田さんはこれらの科目に苦手意識があり、成績が振るわなかったようです。そこで、当時高校二年生のときの担任の先生が、海外の大学への受験を勧めたとのことでした』


 それはまるで、古傷を抉られたような感覚であった。完璧であった小学校中学校時代の唯一の恥部であった存在が、よりにもよって最悪なタイミングで再開することになったのである。俺には本当に実力があったのか? 長い間、俺は心の奥底に不安をため込めていたが、不幸にもその答え合わせが今突然やってきたのであった。実力がなかったのは、俺のほうだったのだ。勉強ができているように感じていたのは、たまたま知っていたからにすぎず、俺は所詮日本の大学にすら合格することのできない凡夫以下の存在に過ぎなかった。


気分が悪くなってきたため、トイレに向かおうとしたところで再びテレビの音声が耳に入ってきた。

『ここで河田アリーさんにインタビューをしてみました!市立総合高校三年生の河田アリーさんです!』

 三年ぶりにアリーの声を聞くことになるとは思ってもいなかった。ただ、劣等感に押しつぶされそうになっていたため、テレビを直視することはできなかった。


『インタビュアー:河田さん、スタンフォード大学の合格、おめでとうございます!

 河田アリー  :ありがとうございます。

 インタビュアー:河田さんがスタンフォード大学を受験しようと思ったきっかけなどはありますか?

 河田アリー  :昔から理論物理に興味があったので、数多くのノーベル賞受賞者、フィールズ賞受賞者を輩出しているスタンフォード大学に進学して、高度な学問を学んで研究者になりたいと考えていました。

 インタビュアー:そうだったんですね~!ちなみに物理や数学のことが好きになったのっていつ頃だったんですか?

 河田アリー  :小学生の頃あたりから物理の専門書を読み漁っていた気がします。なんとなく、この世のあらゆる現象が数式で表されるということをこの頃から知って、いろんな物理学の専門書をねだって買ってもらっていました。』


 テレビで流れていたインタビューの内容は、よくある科学番組のそれに似た取るに足らない内容であった。あいつが小学生のころから無駄に尖っていて、俺は意味不明な物理の数式を見せられる毎日を過ごしていたからだ。なにかを期待して立ち止まった俺がバカだったと後悔して、すぐにトイレに向かおうとしていた。続けてインタビュアーが質問をした。


『インタビュアー:それでは最後に、河田さんの将来の夢について聞いてみたいと思います!

 河田アリー  :ん~、夢ですか...。』


 アリーはしばらく長考しているようだった。


『河田アリー  :私は、小学生のころから大人が読んでも難しいような専門書ばっかりを読んでいたので周りからは変人扱いされて、小中高とずっと友達が少ない時期を過ごしていました。ただ、小学校から中学校の9年間で、唯一たくさん話していた友人がいたんです。そいつは、周囲の奴らより勉強ができるからってすぐ調子に乗って、私に教科書に載っている難しい問題を出してはからかってくるような奴でした。』


 ............俺のことだ。すぐに分かった。奴が俺以外の人間と話しているところなど見たこともなかったからだ。こいつも、俺のことを内心見下していたから、こんなことが言えるのだろう。

 そのとき、ずっと昔に向けられていた悪意のことを思い出した。あのときも、俺はスタメンの中で一番技術が劣っていた。ほかの人間がミスした時とは違い、俺がミスをしたときに向けられた侮蔑の目を俺は忘れることができなかった。だから俺は、組織で何かを成し遂げるという行為から逃げ続けてきたのに、受験という個人戦ですらこんなみじめな思いをさせられるのか。

 私はお前とは違う、とお前は言いたいんだろう? ああ、そうさ。俺はお前とは違う。俺は何物にもなれない凡夫だ。好きなだけ軽蔑すれば良いさ。そう心の中で吐き捨てて、俺はリビングを後にした。


 ドアを閉め、俺は無音となった廊下で立ち尽くしていた。


 ...........まあたしかに、アリーの言うとおりだな。少し早い時期から受験知識に触れていただけで、俺自身には大した能力も苦労を買って出る胆力もない。俺が間違いだったんだろう........。


 高校に入ってからも、俺はアリーの亡霊に囚われていた。高校一年生で初めてやった学力テストでも、学校全体で受験させられた進研模試でも、俺が周囲のやつよりどれだけ良い成績を収めようと、背後には圧倒的なセンスと執念を持った超越者である”お前”がずっといた。周囲と競争する環境に身を置いたら、必ず誰かに打ち負かされ酷い劣等感に苛まれた。だが今後は競争から逃げようとすれば、誰かに認められたいという承認欲求が襲ってきた。そうだ、この脱出不可能な無限ループに、俺はずっと苦しめられていたんだ。










『ほらね。やっぱり落ちた。あんたの実力じゃあ、まともな大学になんて入れないのよ』


 ........いや、違う。アリーはそんなことは言わない。確かにあいつは何事につけて難解な数式を見せては突っかかってきていたが、そんなふうに軽蔑したことは一度もない......。アリーはこんな俺にも仲良くしてくれていた........。




















『仲良くしてる演技よ』


 ...................................演技?
























『そう、演技。昔のあんたの友達もよくやってたでしょ。みんな組織の中で生きていくために上手いこと演技しているのよ』


 ..............そんなはずはない。アリーも、昔一緒にバレーをやってた奴らも、ずっと俺のことを覚えてくれていて..............























『そりゃあ覚えるでしょうよ』


























『だってあんたは、悪目立ちするくらい、いくら転生したところで何も成し遂げられない愚か者なんだから。わかった? お前はゼロ。お前は無なんだ』











 




















 なあ、教えてくれ。



































 俺は一体どうすればよかったんだ?






























 一体どうすればこの運命から逃げられるんだ?





















WORST END

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