第四話 (ノーマルエンド)
俺の受験番号は『114514』であった。
恐る恐る大学のホームページから、今年度の合格発表のページをクリックした。俺の受験した電気工学科は、工学部の合格者が記載されているページの上から二番目の欄に位置していた。合格者の番号は、数字の小さいほうから順番に乗せられていた。俺は額に汗を浮かばせつつ、ゆっくりとマウスホイールを動かしていった。
114500
114501
114504
114505
114507
114509
114510
段々と、俺の受験番号へと近づいて行った。心臓の鼓動の音が外に聞こえるのではないかと思えるほどに、緊張は高まっていった。続けてマウスホイールを動かしていった。
114511
114512
114513
114516
114520
114521
俺の中で一瞬時が止まった。何かの勘違いなのではないかと再び初めのほうから受験番号の表を上から確認した。しかし、いくら確認しようと俺の番号が載っていることはなかった。
「.........ない.......」そう一言だけつぶやいて、俺は大学のホームページを閉じた。
結論から言うと、俺の受験勉強は明らかに失敗であった。学校全体で受験させられる進研模試に関しては、第一志望の東北帝国大学の合格可能性はいつもB判定であった。しかし、高校三年生になって初めて受けた外部の模試では見るも無残な結果となっていた。俺はこの原因を、模試で出された問題の相性が悪かったとして対策を全く行わなかった。いや、というよりも、自分に東北帝国大学を受験するだけの実力が伴っていないという現実から逃避したかっただけかもしれない。結局俺は、小学校のころから愛用していたチャート式の例題ばかりを周回し続け、本番を想定した対策をセンター試験後まで放置していた。
迎えたセンター試験では、自分の実力を完全に発揮することはできなかった。得意分野であった数学では、今まで使っていたセンター試験の過去問のどれよりも問題量が多く、時間内に解ききることができず、結果は75点に留まってしまった。加えて物理では、見たことない問題が出てきたおかげで空欄が目立ってしまった。国語と英語の成績はさらに散々であった。設問の内容が全く頭に入ってこず、一体どの選択肢が正しいのかが全く分からず、あてずっぽでマークを埋めるほかがなかった。リスニングも音声が聞こえはするものの何を言っているのかがわからず、文章からなんとなくそれっぽい選択肢を選んでやり過ごすしかなかったのである。結果、最低ラインであった7割にすら届かず、目標としていた合計8割はこの時点で絶望的となってしまった。唯一8割を超えたのは、ほとんど対策をしていなかった地理であった。自己採点後に行われたセンターリサーチでは、東北帝国大学の判定はD判定であった。
過去問ではどの教科も平均して8割を超えていたため、俺はこの結果に対して絶望していた。時間があと10分あれば全部解ききることができた。過去問から傾向が変わっていなければ全部確信をもって解ききることができた。悪いのはこの問題を作った作問者と時間設定をした試験官だ。俺はこうして、試験の結果が振るわなかった原因を問題側に転嫁して、自分に非はなかったと結論付けることにした。
........まあ過去問解いているときは時間を計っていなかったし、解答見た後に惜しい間違いをしていたところは鉛筆で消して合ってたことにしていたけど。
センター試験直後に行われた面談では、国立大学の志望校をワンランク下げることを勧められた。実際、保険でリサーチにかけておいた広島大学と金沢大学の合格判定はCランク、Bランクであり、受験校の引き下げは十分妥当な案であった。しかし俺はこの案を受け入れることなく、東北帝国大学を受験することを選んだ。その理由としてはセンター試験の点数は1/2に圧縮されるため結局合格の可否は二次試験にゆだねられるということと、今回センター試験で失敗したのは俺の実力が足りないからではなく、単純に問題との相性が悪かったためだと考えたからである。先生はこの案を決して推奨することはなかったが、自分の考えを信じて受験するほかなかったのだ。
もし俺がここで受験校のランクを引き下げれば、周囲からは俺の実力が本当は大したことがなかったんだと勘違いされるし、なにより俺自身がそれを認めることを許さなかったのである。俺が特定大学模試に受験することを遠慮し、直前になるまでセンター試験や受験校の過去問対策をしなかったのも、俺の本当の実力が明らかになることを恐れていたからなのだろう。まさかそれが今回のようにセンター試験で失敗した真の原因であろうとは、俺は思いもしていなかった。
そうして俺は、ようやく重い腰を上げて東北帝国大学の赤本を使って過去問対策を行い始めた。このとき、俺はほとんどの年度の問題を完答することができなかったものの、正直あまり悲観はしていなかった。というのも、問題の解説を見ればなんとなく理解することができていたためである。実際の受験では完答する必要というのは全くない。重要なのは、いかにして解答用紙を埋めて部分点を稼ぐかなのである。クラスの中には、夏頃から赤本を触り始めて問題の対策をしている連中がいたが、はっきり言って愚かである。重要なのはチャート式などの基礎問題が乗っている問題集を周回することであり、過去問に乗っている問題を暗記することではない。そうして俺は早くから赤本を使って問題演習していた人間どもを冷笑して過ごしてきた。
2月になると、私立大学の受験シーズンとなった。俺も例にもれず、いくつかの私立大学を併願していたため、この時期になると併願先の私立大学の過去問対策も並行して行っていた。俺は正直、私立大学の対策を全く重要視していなかった。というのも、高校受験の時にも私立高校を併願していたが、ほとんどの人間が合格していたということから、私立大学においても同様に大量の受験者を合格にするだろうと高をくくっていたためである。加えて、併願先の明治大学は私立の大学群において『早慶上智』の下のランクに位置する大学であり、トップクラスの偏差値をもつ東北帝国大学を受験する俺にとってはたいして難しい問題など出題されないだろうと考えていたのである。実際、この時期になるとYoutubeには受験に関連した動画が出てくるが、『MARCHは3か月勉強すれば受かる』だの、『MARCHは所詮Fラン大学』だのと明治大学を揶揄する動画が散見されたことからも、受験界における明治大学の地位がそれほど高くないという認識を持っていた。
しかしそれは誤りであったことが分かった。明治大学を受験したとき、問題の半分近くが解けなかったのだ。私立大学の入試問題というのは、国立大学の試験対策をしておけば十分などということは全くなかったのである。むしろ、私立のほうがひねくれた問題を出してくることもあるため、まともに対策しなければ解答すらできないことがざらだった。俺はまんまとその術中にはまったのだ。明治大学のホームページから合否の確認をしたところ、ディスプレイにでかでかと『不合格』の文字が出てきたのである。ほかにも併願していた東京理科大学も同様に不合格であることがのちに判明した。こうして俺は、私立大学という保険が全くない状態で本命の東北帝国大学に突入するしかなくなってしまった。
あとがない状況で臨んだ東北帝国大学の結果がこのざまである。何度確認しても自分の受験番号が見当たらなかった。恐れていたことが現実になり、俺は背中から冷や汗が止まらなかった。それに続いて、強い耳鳴りが俺を襲ってきたのである。いくら堪えようと耳鳴りが収まることはなく、次第に吐き気すら催すようになったため、しばらくトイレに籠ることにした。俺はトイレで、何度も自分に言い聞かせていた。
「これは夢だ...これは夢だ...」しかし悪夢が覚めることは一向になかった。これほど不快な気分にさせられる夢が今までにあっただろうか。小学校中学校と、俺の人生は順風満帆だったはずだ。挫折というものを知らず、周囲からは尊敬のまなざしを向けられて過ごしてきた。それが一体どうしたらこんな最悪な目に遭ってしまうんだ? センター試験では目標の8割から大きく遠ざかり、受験した大学にはことごとく落ちた。大学に進学できないというショック以上に、自分には思っていたような実力が全くなかったという現実を打ち付けられたことを、受け入れることができなかったのだ。周囲の人間にはこのことを一体どう説明すれば良い? 浪人するのか? 浪人している間、周囲の人間が大学生活を謳歌しているサマを見せつけられながら一年間勉強しなければいけないのか? そんなこと、耐えられるはずなどなかった。
トイレに数十分籠ったことで、気分がいくらか落ち着いてきたので外に出ることにした。だが、目の前に脱ぎ捨てられた衣服を今までどうやって身に着けていたのかが、俺は思い出すことができなかった。まるで、ゲシュタルト崩壊を起こして簡単なひらがなすら読めなくなっているような感覚であった。俺はズボンのはき方を忘れ、頭からズボンを被って外に出ることにした。しかし、ズボンの製作者がそれを頭から被ることなど想定していないため、俺の視界は完全に封じられてしまったのである。
俺はそのまま階段から転げ落ち、意識が徐々に失われていくのを感じていた。
第一志望の大学に落ちた。俺はなにより、俺より実力の低い人間が東北帝国大学に合格していることが許せなかった。それに、クラスの人間だって俺より実力が低いクセに、のんきに低レベルな大学に受かって幸せそうにしていると考えると、腹が立って仕方がなかった。絶対に認められない。来世になったら、絶対に東北帝国大学に合格して、周囲の奴らを見下してやる。
目が覚めると、そこはどこか見覚えのある部屋であった。さっきまで、生々しい悪夢を見ていたような気がするが、気のせいなのであろう。周囲の家具を見てみると、そこにはおもちゃや絵本といった、明らかに児童向けのものが置かれていることに気づいた。
とりあえず顔を洗うために洗面台に移動すると、自分が思っていた以上に顔が幼いということに気が付いた。さっきまで、俺は大学受験をしていた高校生のはずだったが、これは何かの間違いか? と疑ったものの、蛇口から出る水の冷たさから、これは紛れもない現実であると実感した。
俺は小学生の姿となっていたのである。
END




