74話 ライ
「もう一つね、聞いたの…… 片腕さんから……」
私は胡桃ママに呟いた
「…… 何を……?」
強張る表情で胡桃ママは問い掛ける
今以上に最悪の何かかと思ったのだろう
あながち間違いでもない
でも、避けられない物事だ
「敵は、真の覚醒者…… 今の名前は…… 私達の大学の教授…… 高田教授よ」
「昨夜の…… 人ね……?」
「そう……」
「明日が例の日になるわ…… 気を引き締めてやりなさい」
私はゆっくりと頷き、
「はい」
と答えた
胡桃ママは目を閉じ、天井を向いていた
涙は見えない
でも、何かを堪えて居るようにも見える
その姿を見て、無言を貫いて居たママが口を開いた
「咲子…… 何の事かは大体察しが付くわ…… 貴女は何かしらの大きな力を手に入れた…… そうね?」
「うん」
「そして、その力は…… 戦争に置いて、まだ足りないかも知れない」
「うん」
「でも、行くのね?」
「うん…… 私がやらなきゃ……」
私に柔らかな微笑みを向けたママが首を振った
「解ってるわ…… ごめんなさい…… でも、貴女は独りじゃない…… 泉が居る事…… 忘れないでね……」
「勿論よ……」
ママは1度頷き、静かにキッチンに向かった
ただ、淡々と……
食器を洗い始めた
胡桃ママが私に向き直り……
そして、目を開き、言った
「貴女はニア・ラピス…… もう、私の思いの力でも…… 未来を見る事は出来ない…… 先の事は変える事が出来ない……」
1度、胡桃ママは口を閉じ、そして、また開いた
「でも、貴女だけは違う…… ラピスは未来を変える…… 良くも悪くも…… 未来を創るのは貴女よ…… 咲子」
「うん…… 承知してるよ……」
そこまで話して居た時、廊下がガヤガヤとし出した
男性陣がお風呂から上がって来たようだ
「じゃ、私も入って来るね……」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい……」
2人の母の声に見送られ、私はリビングを後にした
闇夜……
とても暗く……
飲み込まれるような無情の空間
私は、ふと目が覚めた
ベッドの頭に置く目覚まし時計を見上げた
am 1:21
今夜も寝られないのだろうか……
いや、さっきまではちゃんと寝ていた
昨夜とは違う
でも、昨夜とも違う
教授が敵の可能性
それが決定した
そういう事
でも昨夜とは違い、今夜はまだ眠れている
むしろ、昨夜眠れなかった事が功を奏したともいえる
私は起きたついでにトイレに向かった
2階にある私の部屋を出ると、階下が光を灯している
電気の消し忘れ?
そう思い、私はヒタヒタと階段を下りた
話し声が聞こえる
電気の消し忘れでは無い
3人……
3人の声だ……
「これが…… 全てだ……」
これは…… 龍パパ……?
「でも龍斗は知らなかったのよ……」
これは胡桃ママの声だ……
「イエ、大丈夫デス…… 事ノ成リ行キハ解リマシタ……」
カタコトの日本語…… アーサーみたいね……
「龍斗サン…… 貴方ハ悪クハナイ…… 貴方ノ思イハ伝エラレルベキダ……」
「ありがとう……」
「お願いします……」
「顔ヲ上ゲテ下サイ…… 貴方達ノ心ハ僕ガ伝エマス…… 身命ヲ賭シテ」
「君には本当に救われるよ…… 咲子を頼むね」
「ハイ、命二変エテモ……」
「敵は強いわ…… それより何より、その思惑が厄介よ…… 貴方も見えているでしょう? 守定の後継者である貴方なら……」
「ハイ……」
「明日はタイミングが重要になるわ…… それ程のシビアさが鍵を握る……」
「デショウネ……」
「頼むよ…… 君の力で……」
「大丈夫デス、龍斗サン…… 胡桃サン…… 咲子ハ強イ…… 今ノ僕ヨリモ遥カニ…… デモ独リデハ無理ダ」
「そうだな……」
「そうね……」
「僕達全テノ本気ガ集マレバ…… アルイハ……」
その時だ
妙な違和感を覚えた
今の会話……
何故?
何故、貴方がそんな事を……?
階段に腰を下ろし、リビングの会話を聞いていた時だった
私はビクリと体を揺らす
私の肩に手を掛けられたのだ
ゆっくりと背後に目を向ける
そこに居たのは、ライだった
「ドウシタ? コンナ所デ?」
「いえ、何でも無いわ……」
え?
違う
これは違う……
そういう事か……
先程感じた妙な違和感がカチリとハマる
これが違和感の正体……
「貴方……」
「ン……?」
「……アーサーよね?」
「何ヲ言ッテルンダ? 当タリ前ダロ?」
「そうね……」
さっきの会話で、命を賭けてまで助けるのは、アーサーなら泉のハズだ
それを解って居るのに、何故両親がアーサーに私を託したのか疑問だった
中で……
リビングの中で……
声を出せないハズの人物……
会話しているのは、ライだ……
私はゆっくりとリビングのドアノブに手を掛ける
そして、ギィィ…… と音が鳴り……
私は、そのドアを開いた
龍パパの、胡桃ママの、ライの視線が私に集まる
背後にアーサーを置き、私は口を開いた
「貴方、ライよね…… 話せる、のね……?」
私の肩越しに見えるアーサーに視線を一瞬移し、またライは私を見る
「ウン、ゴメン……」
申し訳無さそうにそう言い、ライは俯いた
「いいよ…… 顔上げて…… 何か理由があったんでしょ? 声が出せなかった理由……」
彼は1度頷くと、顔を上げる
「僕ノ…… ディープ・サファイア…… コレハ本当二強イ…… 自分デモ制御出来無イ時ガ有ル……」
「うん……」
「想イト共二言葉ニシテシマウト、意志マデ捻ジ曲ゲテシマウ時スラ有ルンダ…… ダカラ僕ハ言葉ヲ封ジタ……」
「言霊ってやつ……?」
彼は頷く
「ソウ…… 見タ物以外モ造ッテシマウ事ガ有ル…… 願イト言葉デ……」
「そんなに……」
「ダカラ…… 咲子ヲ欲イト本気デ言葉ニシタラ、想イガ強ケレバ強イ程、君ノ意志トハ関係無ク、僕ヲ好キニ成ルカモ知レナイ…… ソレガ怖クテ……」
「そっか…… 私を大切にしてくれたんだね……」
「ゴメン…… 理由ヲ話スダケデモ…… スレバ良カッタネ……」
「良いのよ、ライ…… ありがとう」
「許シテクレルノカ……?」
「勿論よ♪」
「Thanks……」
「それにね、届いたのよ」
「エ?」
「空き地でも言ったでしょ…… 貴方の声がよ♪」
「ソッカ……」
「私がアッチに行く前に、逝くなって叫んでくれたね…… アッチに居る時も、戻る道順教えてくれたよね」
「アチラノ時ハ、タダ叫ンデ居タダケダヨ……」
「充分よ♪ 届いたもの、貴方の声…… 聞き覚えが無くても、とても暖かい声だった……」
「アリガトウ……」
「でも、もういいよ」
「ン?」
「私と居る時は話しても」
「ソッカ…… ソウダネ……」
「うん、私は…… ニアだから♪」
「ウン……」
龍パパが……
胡桃ママが……
私達を優しく見つめて居た
私の頭に、優しく手が乗った
振り向くと笑顔のアーサーが、コクリと1度、頷いた




