71話 空気の成分
優しい温もりを感じる
私はゆっくりと瞼を開いた
目の前に見えたのは、私を抱えるライの顔だった
ココは……
戻ったのか……
視線をうつらうつらと見渡す
もう薄暗くなった夕空を見た
美しかった
こんな空き地
こんな雑居ビルの隙間から見る夕空までもが美しさを心に刻む
アノ世界には何も無かった
在ったのは晴天と砂漠、そして大河だけ
雫が頬を伝う
ライの流した涙
まばたきをするたびに、私の顔をその涙が濡らした
【すまない…… すまない…… すまない……】
そう彼のまばたきが訴え掛ける
わたしもまた、同じ形で会話をした
【大丈夫よ…… ありがとう】
【僕は何て事をしてしまったんだ……】
【気にしないで、私が望んだ事よ】
【それにしたって……】
【本当に気にしないで…… 貴方が見た世界を見てみたかったの…… それは共に、私の力に繋がるし……】
【ありがとう……】
【ありがとうは私のセリフよ…… 届いたわ】
【何が……?】
【貴方の心よ】
【そっか……】
【それに良い人だったわ】
【え? 誰が?】
【ジャッジメンター】
【キミは…… 会えたのか?】
【ええ、会えたわ…… 凄く話易い人だったわ】
【そっか…… でも、ごめんな……】
【何が?】
【内臓は完全に修復した…… でも……】
【ん?】
【外創は痕が残ってしまった…… 本当にすまない……】
【大丈夫よ…… 私の傷痕、気にする?】
【女性の傷だぞ…… 気にならないわけが無い!】
【そうじゃなくて、傷痕が有る私を、女性として見れる?】
【もちろんだ! 咲子を好きな気持ちは変わらない!】
【そっか…… ありがと…… 後67年…… 一緒に居てくれる?】
【67年?】
【多分、私が逝くのは67年と138日、そして4時間後だと思う…… それまで、ずっと一緒に居てくれる?】
【勿論だよ】
【良かった…… 好きよ、ライ】
【僕もだよ】
そうして、私の唇に、柔らかいソレが重なった
ライが私の手を取り、体を起こす
立ち上がった私は大きく深呼吸をした
あの何も無い世界には、私の意識のみが存在していた
空気すらない
こんな小さな町の、こんな空き地に流れる空気すらも、今は美味しいと感じる
「窒素78%…… 酸素21%弱…… そして、その他……」
ライは目を丸くして居た、そして私に言った
【空気の成分かい?】
「そう…… なんだか、随分と吸ってなかったように感じるわ……」
【そうか…… 咲子は、空気の、科学の勉強でもしたのか?】
「ん? 授業で?」
ライが頷き、私は答える
「んーん、してないよ」
【その割には、随分と明確な数字を出したものだね……】
私は、自然と夕空を眺めていた
「なんだかね…… 解ったのよ…… ナニかをね…… 今はそれが空気だっただけよ」
【咲子…… 君はまさか?】
「ん?」
【いや、何でも無いよ……】
「そう?」
私はライから視線を離し、また夕空を眺めた
「ねぇ、ライ……」
【ん?】
「もう一度、斬ってくれる?」
【君をか? 断る】
「やっぱダメか……」
私は苦笑いを浮かべた
そしてもう一度だけ、頼み事をした
「じゃあさ、3つだけ頼んで良いかな?」
【……咲子の命に関わらない事ならネ】
そう言いライは頷いた
「大丈夫よ♪」
【なら、構わない…… 何だい?】
「ありがと♪ 1つ目はね、さっきの剣を振って欲しいの…… 力を込めた…… 素振りだけで良いから♪」
【ふむ】
ライは右掌を広げる
私を斬った剣が、無から形作られ、その手に納まった
その力の塊を私はまじまじと見る
そして彼に告げた
「ごめんね、少し淡いわ……」
【ん?】
「もっと濃くして欲しいの…… チーマー達と闘った時、その剣にサファイアを込めたでしょ? あの蒼剣を振って欲しいのよ」
【うん、いいよ】
目を閉じたライから力を感じる
そのままそれが流れ出た様に、右手に納まる剣が蜃気楼を纏い、そして蒼味を増した
【これで良いかい?】
「うん、ありがと♪」
【で? 素振りすれば良いのかな?】
「そ! 1回で良いわ…… 思いっきりね♪」
【O.K.】
先程の私に向けたように、空いた片手を添え、右足を一歩前に出し……
そして
ヒュン…… という乾いた音と共に空を一閃した
そのままライは静止する
体をゆっくりと起こすライが私に視線を向けた
【これで良かったのかい?】
「うん、素敵よ♪」
【ありがとう…… で、何の為にこんな事を?】
「ん! ありがとね! 用事は済んだわ♪」
ライは首を傾げる
彼にはただ剣を振ったというだけの行動に疑問を持っていたようだった
それもそのはずだったと思う
その行動だけで、私の用事は既に済んでしまったのだから
【これで良かったのかい? 何だかよく解らないのだけど……】
私は笑顔で蒼剣を指差す
彼の表情は驚愕へと変化した
そして、彼は呟いた
【これは…… なんだ……】




