20話 泉の心
ひとしきり携帯電話の集音部を叩いた、というよりも【つついた】ライは私を見る
私は満足げな彼を見ながら話し掛けた
「楽しかった?」
何度も何度もうなずくライを見た私はとても暖かい気持ちが広がっていくのを感じる
ココはとても幸せな所だ
だが、私は一抹の不安を隠せない
ルビーアイ……
私達の他にも居る……
そしてソレらは、自分の意思の有無があるかは別として、危険で在る事には変わりない
咲子は強いから大丈夫だろうけど……
いや、そうだとしても、私も咲子も更に力を高めなければ勝てない相手が出てきたら!?
そう、その可能性は……
ゼロでは無い
むしろ、その可能性を100に想定するべきなのだ
安易に考えるのは危険
そう……
そういう力なのだ、コレは……
だからこそ、彼女の、咲子の周りは一般人だ
対処するすべは無いだろう
自然覚醒か
それとも人為的覚醒か
いや、実験なのかも知れない……
なんにせよ、そろそろなのだろう
戻る事になりそうだ
日本に……
「行クノ?」
不意に声を掛けるエリス
私は驚いてエリスの顔を見た
いや、今は夜だ
宿舎に、だろう
「もうこんな時間だもんね! 宿舎に戻るね!」
踵を返す私の腕をエリスが掴む
振り向くとエリスのとても美しいブルーの瞳から一筋の雫が流れる
「違ウヨ……」
そうか
解ってしまったんだね
そう理解しても、私ははぐらかした
「どうしたの!?」
これが精一杯……
「……ソンナノ要ラナイ! 解ッテル! シスター心配ナノモ!」
ライが、私を掴むエリスの腕にソッと手を置く
そしてアーサーもまた、
「エリス…… 止メナヨ……」
そう、呟いた
エリスが俯く
そして私に再度話し掛けた声は、消え入りそうな呟きに似た声
「マタ戻ルヨネ? コノ大学二……?」
彼女の目は私に向いている
視線を外す事は出来なかった
私は何と言えば良いのか解らず
「うん……」
それだけ口にする
敵かも知れない輩が目撃されている
どのみち、戦いを回避は出来ないだろう
でも
私は生きて戻る
待っててくれる人が居るのだから……
私の目を、その綺麗な瞳で直視し続けたエリスが俯いた
そして私の腕から彼女の手が解ける
「絶対戻ッテ来テネ……」
「勿論よ♪ 今度は駅前のコーヒーショップのカフェラテ、私がおごる番だものね!」
フフフッとエリスが微笑む
彼女にはいつも笑って居て欲しい
絶対戻るよ
貴女の所に……
3人の所に……
アーサーが口を開く
「イズミ… 宿舎二送ルヨ… 出発ハ今日デハ無イダロウ?」
「うん…… 明日辺り、かな……」
「ソッカ…… 今日ハ寝ナキャ…… ユックリトネ……」
私はコクリと頷き
「そうね…… ありがとう」
そう言った
不安そうなエリスの肩に手を置いたライは、私に手を振り、彼女を連れて行く
「……行コウ」
そしてアーサーもまた、私の隣から宿舎に向かい、歩き始めた
タッ…… タッ……
タッ…… タッ……
タッ…… タッ……
無言で歩き続ける
タッ…… タッ……
タッ…… タッ……
タッ…… タッ……
でも、ゆっくり流れる感覚が心地良い
タッ…… タッ…
タッ…… タッ……
タッ…… タッ……… タ
不意に足を止めたアーサーを、同じ歩幅で歩いていた私は少し追い越し、振り向いた
「どうしたの?」
「ウン…… マァ……」
俯いた彼が言葉を濁した
「ん?」
どうしたのだろう?
「泉…… 危険ナ場所二行ク事ニナルンダヨ……? 解ッテルノカ?」
彼の不安そうな表情は先程のエリス以上に見えた
「うん…… そうなるだろうね…… でも、これが運命だと思うし……」
今も尚、俯くアーサー
静かな時間が流れた
私はその姿を見ている事しか出来ない
どれほどの時が経ったのだろう
顔を上げたアーサーの表情は決意が見えた
「泉……」
「うん?」
「僕ハ君ヲ愛シテル」
「……え」
「君ヲ守リタイ…… コレカラモ、ズット……」
「あ、ありがとう…… でも、ちゃんと…… 生きて戻るけど…… でも…… 戦場に行くのよ? 私……」
「ソンナ事、解ッテル!!」
驚いた
アーサーの怒った顔なんて見た事が無い
でも、日本は、今の私の町は危険だ
大事に思ってくれるのは解る
でも、だからこそ連れて行けない
もし、敵が完成された双眼なら……
私でも、咲子でも、逝く事になる
やはり連れては行けない
「ありがとう…… そしてさ…… 言われて、さっきの言葉を言われて…… 昨日の返事が…… したいの…… 聞いてくれる?」
「……アア」
私はスッと息を飲んだ
ノドが乾く感覚
初めて持つ感情
それを言葉にするのも初めてだ
でも、その初めてがアーサーで良かった
「私も、貴方が好きよ……」
目を丸くしたアーサーは大きく息を吐き、しゃがみ込んだ
そして
「ヨカッターー!!!!!!」
と、地面に向かって吠えた
私も笑みが溢れる
が、その顔を引き締め、次の言葉を繋げた
「でも、本当に危ない所なの…… だからココで待ってて」
しゃがみながら、顔を上げるアーサー
「スマナイガ、ソレハ無理ダ……」
「どうして解ってくれないの!?」
好きなんて言うんじゃ無かった……
生きて戻れたら返事する事だって出来たのに……
とんでもない失敗をしてしまった
なんで今、思いに答えてしまったのだろう
こんな事になるなんて……
いや、そうか……
私だ
私のせいだ
私が、私の覚悟の為に……
私が好きな人にキチンと伝えたかっただけだ
ダメだ
コレじゃエゴだ
私の自己中心的な覚悟のせいだ
アーサーを止めなきゃ……
日本は……
私の町は危険だ
アーサーを連れてはいけない
昨日手に入れた力
日本に来るという記憶だけを消す事は可能だろう
いや……
私はアーサーが好き……
怖い……
ちゃんと記憶だけを消せるか……
私の事を忘れてしまわないかが、怖い
だけどやっぱり連れてはいけない
少し軽めに…… 意識を無くす位なら調整可能だろう
不意に私へ、アーサーは手を向けた
そして言った
「大丈夫ダ、直グニハ行ケナイ…… パスポート取ラナキャ行ケナイ……」
そんな現実的な理由で断られるとは思ってもみなかった
笑わせたかったのだろか?
この状況で笑える訳も無い……
それに私は【来るな】と言っているのに……
ただ……
何だろう?
今の不思議な違和感は……
そう思った時だった
「急イデ行クカラ無茶ハスルナヨ…… 泉…… 君二白イ流星ノ導キガアリマスヨウニ……」
白い流星?
この地方の祈りの御言なのだろうか?
1年間住んでも聞いた事は無かった
「それは何?」
少し考えた顔つきをして、視線を戻したアーサーは
「未来サ」
と言った
「未来? 未来が見えるの?」
「見エ無イ……」
どういうこと?
意味が解らない
それは何?と、聞こうとした瞬間、それを阻むようにアーサーは言葉を続けた
「未来ガ見エル訳ジャ無イ、解ルンダ…… 多分…… ソウイウ事ダ……」
予知でも出来るのだろうか?
そんな事があるとは思えない
ルビーアイを持ってすら、未来などは見えない
いや、予知にも似た物は以前に何度か言われた事がある、ママに……
でも彼はルビーアイでは無い
絶対に……
それは何となく解る
更に言葉を綴る彼
「ナンニセヨ、祈リヨリモ僕ガ守ル」
その言葉だけは私が遮った
「ダメよ! そんな生易しい状況じゃないの!! それに私は貴方を失いたく無ぃ……」
そこまで口に出した時だった
先程感じた違和感が私を包む
ネットリとした何が纏わり付くような……
そんな感覚
感じた事も無い様な暖かいベール
少し自分の体が、この闇夜で光っているような気がする
……何コレ?
色々な思考が交錯する脳内で、コレだけは確かな実感
コレは
【力】だ
ルビーとは何かが違う
何が私の体に起きているのか解らぬまま、不意に目の前の彼を見た私は、呟いた
「貴方、ソレは……」
夜はより、その漆黒の深みを増していた




