18話 プロフェッサー・スティ
私は翌日の授業をいつも通りに受ける
いつも通りを今の私が行う事が重要だ
大学生活の、ある一日の科目を滞りなく終えた
大学の中庭にある長椅子に腰掛けていた
サァァァーーー……
心地よい風が吹く
私は、なびいた髪をかき上げる
そして空を見た
辺りはもう暗い
左手首のデジタル時計は20:06
昨日はあんな事があったのに……
こんなにのんびりと過ごして良いのだろうか……
そんな事を、ふと思う……
昨夜の件は直ぐにニュースとなった
結論として、私の事が表に出る事は無かった
フリーマンは、フリーマンなりに警察へ弁明しただろう
だが、理解不能の力
私の持つルビーアイを、いくら一般人に言った所で信じるわけが無い
それよりは変わる事の無い事実
フリーマンの放った銃弾が幹部連中の体内に有り、ソレが直接の死因だ
そして、その患部を触ったフリーマンの手には血が付いていた
私があの場から立ち去った後に拭いたかどうかは知らない
だが、警察もバカでは無いだろう
状況が全てであり、その状況はフリーマンが仲間を殺害した以上、考えられない
1つ不安があるとすれば、私が幹部1人の片手指の爪を全て剥ぎ取った事
それでもまぁ、何かしらの口実合わせが行われると推測できる
そんな些細な事よりも、重大なのは殺人事件だ
警察は内部抗争と断定するんだろうね
なんでも良いさ……
いずれフリーマンの裁判が行われる
そして有罪となる
もはやエリスの身に何か起こるとは考えられない
昨夜の事件は、とりあえずの収束を迎えた
「イズミー!」
不意に背後から声を掛けられる
金髪ストレートの美しい女性がソコに居た
「hi! エリス♪」
「アノ後、大丈夫ダッタ!?」
「あの後!?」
事件のことか!?
「無事二宿舎ヘ着ケタ!?」
そっちか……
焦らせないでよ……
「勿論♪ エリスはどう? 寝れた?」
「ウン…… マァ……」
「ちゃんと寝ないと肌に悪いよ!」
「大丈夫♪ 昔カラ多少ハ…… 有ッタカラ……」
「そっか……」
強い子だ……
日本じゃ考えられない
お金持ちだから誘拐……
そんな事が日常的に起こってたまるか……
だけど、ソレを昔から隣り合わせに生きている彼女は事態を理解している
そして受け入れている
今も恐怖に駆られて居ない彼女は、やはり友達として…… 人として…… 尊敬出来る存在だった
ふと足音に目を向ける
アーサーとライ、2人が歩み寄って来た
「あれ? アーサー、ライ? 2人の授業も終わったの?」
ライはコクリと頷く
アーサーはそんなライを見ながら笑顔で向き直り言った
「泉! 探シタヨ♪」
「探した? 私を? どうしたの?」
うんうんと首を縦に振り、アーサーが言う
「教授ガ呼ンデルヨ!」
「教授ってスティ? なんだろ? 論文はもう出したのになぁ……」
まさか昨夜の件では無いと思うけど……
そんな表情が出ていたのだろうか
アーサーが私の耳元で呟いた
(昨夜ノ事ジャ無イ様子ダヨ……)
(なら良かった♪)
(ウン、行ッテオイデ♪)
アーサーの言葉にニコリと笑顔を向ける
隣に居たライは親指を校舎に向け、クイッと私を促した
「O.K.! Thanks!」
せっかくだから、もう少しゆっくり話したかったが、3人に手を振った私は校舎に向かった
長い廊下だ
カッ…… カッ…… カッ……
天井に灯りがあるとはいえ、もう夜の20時半
窓から見える空には輝く星
かすかに聞こえる人の声
研究室籠もりの生徒や、部活動の練習生だろう
のんびり歩いているのは…… 私くらいのものだ
カッ…… カッ……
無駄に廊下が長いせいで、異様に響く足音が耳障りに感じる
カッ…… カッ…… カッ……
ようやく廊下の曲がり角が私に近付く
そこを抜けると教室がある
見上げると教室の名が刻まれたプレート
【生物研究室】
そう、書いてある
コンコン……
私はノックをし、そして
ガラガラガラガラ……
音を立てて扉を開けた
そこには1人の男性の後ろ姿が見える
彼は振り返り笑顔を見せた
「oh! イズミ! 待ッテ居タヨ!」
白のフェルト帽を被り、上下白のスーツ
そして、たわわな髭の上にある水色のサングラスが更にオシャレを際立たせる
そして、ふくよかな体系のオジサマだ
一見、カーネル・サン○゛ースにも似ている
彼はこの研究室の教授
名はスティープン・スピルポーク教授
映画は創っていない
体型も顔もヒゲも似ているだけの別人だ
そして人当たりの良い彼を、敬愛と親愛を持って皆はこう呼ぶ
「プロフェッサー・スティ? お呼びでしたか?」
「Yes! youノ論文サイコーネ! 人ノ可能性… ソノ本能…… heartガ揺レタヨ!!」
「ルー大柴ですか!?」
私は引きつる顔を隠せない……
「ルー大柴!? 誰デスカー?」
「い、いえ…… 何でも無いです……」
教授は首をかしげ、言葉を続ける
「ソウ……? アノ論文ガ、ドウヤッテ出来上ガッタカ聞キタカッタ! 今後ノ参考ニシタイノデース!」
私は言葉を選ぶ
「いえ、それは…… 可能性を飛躍した、ひらめき? みたいなぁ……」
言えるわけも無い
私の論文は、私を題材とした物だった
そう、ルビーアイの、だ
コレを書く事によって、ドコからか目につく可能性に賭けたのだ
不可思議過ぎる物を立証するすべは無い…… 取っ掛かりも無い…… 生物学に特化したこの大学ですら可能性を見失っていた
そこに辿り着いたからこその論文だった
そして自己では【脳科学】も研究していたのだった
実際、証明されてルビーアイが複製されるわけにはいかない
それでは戦争になる
だからこそ、私ははぐらかした
ドカッと倚子に腰を下ろしたスティ
「ソウデスヨネ…… 残念デス…… タダ、アノ事ガアッタノデ論文、youノ論文二賭ケテミヨート思ッタノデス……」
と言った
あの事?
昨夜の件では無さそうだ……
では、何の事だろう?
私は首を傾げる
そんな私に教授は全身で手を振った
「No! No! No! 気ニシ無イデ! 大学生活ヲ楽シミナサイ♪」
モヤモヤした感情が胸に広がる
何だろう
この違和感
いや、嫌悪感
私はただ……
私達はただ、知りたかっただけだ
私達の可能性を……
ちゃんとした使い方が解れば何か……
人の為になるハズなんだ
でも気軽に公表するわけにもいかない
それは昔からママに嫌と言うほど聞かせられている
ママは何も言わない
でも私は、私と咲子は知っている
ルビーアイの創り方を……
ママには知ってても言えない
いや、多分……
知ってて言わない事を、多分ママは識っている
そういう人だ
昔から、何でも識っている
ママは単眼のルビーアイらしい
でも、双眼を持ってしても、私はママに勝てないだろう
何か違うのだ、ママとは……
常識外の力の差を感じた事が幾度もある
勿論、ママと戦おうなどとは思ってもいない
むしろ親子喧嘩すら、したことが無い
私達の力をもっと深く知る研究
この行動……
それはママとの差、そのものを埋める為の行動でもある
私達の他に、もしも……
双眼のルビーアイが居たら、私は……
私達は…… 負ける
私達は単眼のママに負けるのだ
もし、そのレベルで使いこなす…… 悪意の双眼が居たら……
私達の命は…… 即座に終わる
こんなに……
こんなに調べて居るのに…… なぜ……
何が足りないの!?
ママは何も答えてくれない
笑って……
【その時が来たら解るわ】
そう、言っていた
その時って何?
研究は意味が無いの?
今している事は無意味なの?
なら、なぜ私はココに居るの?
分からない
解らない
わからないよ……
「ミ……」
「ズミ…」
「イズミ……!?」
ハッと顔を上げると男性の顔
「プロフェッサー・スティ……?」
ホッとした顔を見せる教授
「ドーシタ!? ボーットシテ動カナイカラ驚イタヨ!」
負の思考に深く入りすぎたのか……
私はブンブンと顔を振り、ほっぺたを両手で叩いた
そして
「いえ! 何でもないです! どうすれば論文を立証出来るかなーって集中してしまって♪」
嘘だ
こんな事を言ってはぐらかしたって、その心配そうな顔を見ればバレバレだ……
でも、彼は微笑みながら
「ソーデスカ…… 無理ダケハ… シナイヨーニネ!」
そう全てを聞かずに、大きな器で優しく手を振る彼に頷き、私はその場を後にした




