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11話 特に捻りもなく唐突に


「不安、なのかね」


 司に、一応言うだけ言ってやるって、中村に言っちまったしな。

 けれどデリケートそうな事に突っ込むのって、俺としてはね……。

 普段の司とぶちまけあう自虐ネタとはまた違った感じがして、嫌だわー。

 天気もなんだか俺の気持ちを反映してるみたいに曇ってればいいけど、晴れてるのがなんか嫌だわー。


「思い出の場所とか、そんなのに浸るような人間じゃなかったつもりなんだけど……」


 ただいま当方、百均を経由し、司の家近く、広場に来ています。

 向こうでカラーボールを弾ませる似非ベースボールプレーヤーが数人伺えますね。

 いやぁ、端っこに長年放置された、板が湿ったベンチは座り心地が悪いですねー。

 ……昔はこんなんでも気にせず座ってたのにな。

 俺も、昔と変わってるわけだ。

 人へ積極的に声を掛けられなくなった辺り、人間として著しく衰えた気がする。


「はぁ……」


 ため息ついて、手元の携帯に目を落とす。

 司からのメール。


『選ばれし戦死よ……。どうか、世界に希望の光を……しお……からを……頼んだ……ぞ……』


 つまり塩辛買って来いってこった。

 誘いのメールには思えない、ネタまみれ。

 多分、戦士と戦死を誤字ってるし。

 普段はもっと無味乾燥で簡潔なメールなのに。

 そんなに塩辛食いたいか。

 まあ買ってやったけどな、百均で。

 小さなパックの割と美味しいやつ。

 当然、後でその分は請求する。

 ……例の件は、言わない方が良いのかもしれない。

 妙なテンションで、今刺激したらやばいんじゃねぇか?

 そして中村の軽薄そうな笑いが脳内でエコーする。

 ……やはり、頼み事を聞いてやる必要も無いか。

 なんか苛立って、声を上げたい気分。

 傍らに置いた、百均で買ったブツの入っているビニール袋が風に揺れるのが、やけに不快だった。

 いや、物が物なので若干かさばるんだけど、入り口に停めた自転車の籠に残す度胸なんて無かった。

 ああ、入り口の分離柵ウザい。

 広場の向こう、デコボコの遊歩道を挟んだ先は小さな公園。

 砂場とブランコと、昔は滑り台もあったかな。

 遠目にも撤去されているのが伺えるけど。

 

「公園も、行ってみるかな……」


 言葉にしないと、行く気になれないくらいかったるい。

 でも、ここで行かなかったら、何故か負けな気がする。

 ……多分、司と初めて会った場所で。

 だから、来てみたくて、行きたくなくて。

 結局、ノスタルジックな感慨に浸りたいという思いが俺を後押しした。

 広場を横切って歩こうとも思ったが、放置が不安な自転車を結局押しつつ、遊歩道を大回りして公園へ。

 そして俺は、やっぱり引き返そうかと思った。

 いや、だって、いるし。

 その……鬼瓦さん。

 目、合ってる。

 ……気まずいわー。

 小さい子といるし、ご家族ですかー?

 どうやって目立たずに距離を置くか迷っていた中、子供の方が鬼瓦さんを見てから、俺へ駆け寄ってくる。

 水兵服的な雰囲気の伺える、色の淡い半ズボンセーラー服に大きな帽子。

 ん、なんか見覚えが。

 そして、その子はぺこりとお辞儀する。


「こんにちは」


「あ、ども」


 思わず恐縮してしまった。

 いや、だって、いきなり挨拶されるとか、予想外すぎて。


「この間は、レンタルショップでお世話になりました」


 あ、あー、あー!

 あの時のマイナーアニメ借りようとしていた強者か。


「えと、鬼瓦真の妹で、昴っていいます」


 ――お姉ちゃんの友達ですか?

 その子――昴ちゃんは上目遣いで俺の目をのぞき込み、そう言った。




 現在、鬼瓦家には男子がいない。

 男子継承を重んじる家風のため、跡継ぎと認められる者がいない。

 当然、余所から婿を取るという手段もある。

 だが、出来ない。

 正確に言うならば、今まで守ってきた鬼瓦の家格を守れるだけの家との縁が失われているとのことだ。

 もはや没落して久しいというのに、愚かしいことだと真は思う。

 そして、愚かな家に今なお媚びようとする自分もまた、滑稽だ。

 自分が男のような乱暴な口調を好んで使うようになったのは、そのような考えに基づく結果だろうという自覚があったから。

 男が求められていて、その代わりになろうとした。

 そんな浅い理由から。 

 当然の帰結か、そんな真に向けられる目は多くが侮蔑を多分に含んでいた。

 家だけでなく、義務教育の中で口調を馬鹿にされて打ちのめされて、他人の前で地を出せなくなった。

 これで家を盛り立てられるほどの実力が、結果が伴えばまだ良かった。

 しかし、当代一の才覚は妹に宿った。

 妹は、昴は鬼子だった。

 正確に言うならば、鬼のような歪んだ魂を従えやすい、突然変異の奇形。

 普段ウィッグで隠すその下には、角がある。

 鬼瓦の一族は修行――正確に言うならばそれに伴う自己暗示で鍛え上げた精神を以て、鬼を調伏することを生業としていた。

 鬼瓦という姓も、魔除けとして用いられる瓦に因んだ物だ。

 そんな鬼を忌避する家だからこそ、鬼子を疎んだ。

 鬼を引き寄せ、それを容易くねじ伏せる強度を持った異形の魂を。

 もしくは、そのような環境に育まれるからこそ、妹の昴はあれほどとなったのかもしれない。

 昴の魂は、負の念に囚われたときに鬼を引き寄せる性質を持っていた。

 幼子というものは己の心に素直なもので、負の念を抱くことはしょっちゅうだった。

 そして時折鬼がやって来ては払われた。

 その時点で見捨てられなかっただけ、幸運だったのか。

 もしくは、家の人間達は昴の活用方法を見いだしていたのか。

 厳しい教育の果て、昴は己の魂を乗りこなし、鬼の行動に一定の制限を加えることが出来るまでになった。

 そして、まだ六歳でありながら不相応なまでに、己を律する事に長けた少女となった。


「お姉ちゃんのお友達ですか?」


 どこか媚びる風に、目の前のクラスメート――確か大山だったか――へ話しかける昴を見て、ずいぶんと猫を被るのが上手だと、改めて感心した。


「え、いや、なんつーか……」


 お友達。

 そう問われれば違う、と思う。

 向こうだって同じはずだが、答えに窮しているようだ。

 この子に向かって、違うと言い切るのが難しいか。

 だから昴の肩に手を置いて、よそ行きの声で諭す。


「昴、この人とは学校のクラスメートなの」


「じゃあ、お友達でしょ?」


 即答だった。

 何とも嫌な決めつけだ。

 当てつけだろうか。

 同じクラスだからってそうだとは限らねぇんだよ――。

 そう声高に主張したかったが、声が出なかった。


「私もね、さくら組みんな、おーちゃんとか、みっちゃんとか、みんな仲良しだよ?」


 あと、やっくんとか、りっくんとかもね――。

 え、何そのリア充ぶり。

 真はひたすらに妹の交友関係に圧倒されるばかりだった。

 幼稚園の先生が組の人気者って言ってたけど、本当だったのか。

 その割には、休日遊びに行かなかったけれど。

 霊脈の探索に時間かけたせいだけど。


「ええとね、まだ、お友達じゃないっていうか、旬を逃したっていうか……」


 高校生活最初の一週間で、スタート出来ずに大転けした結果というか。

 まあ要するに便所飯が似合いそうなボッチちゃんなんですが。

 ボッチちゃんだけど、略すとぼっちゃん男の子、なんつて――。

 うわあい俺のばーか。


「お姉ちゃんと、お友達じゃないの?」


「う、うんまぁ、あー、そんな感じ」


 昴の無垢を装った問いかけに、大山はかなり動揺しながら答えていた。

 単なるクラスメートだけど、それだけだけど、友達じゃないって断言されるというのもなんだか屈辱だった。

 と、そこで昴はいたずらっ子じみた笑みを一瞬こちらに見せ、それから大山に向き直った。


「まだなら、今お友達になればいいよ」


「へ?」


 真は思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、その意味を飲み込むまで間を要した。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんって、お名前なんて言うんですか?」


「あ、大山信治っていいます」


 大山、何故に敬語だ。

 え、というか、昴の言うこれからって、その、つまり――。


「じゃあ、信治お兄ちゃんだね」


 ――お兄ちゃん、お姉ちゃんとお友達になってあげてください。

 そう言って、昴はぺっこり頭を下げた。


「え、あ、いや……」


「嫌、なんですか……?」


 動揺していた大山に、昴が上目遣いで追い打ちを掛ける。

 芸の細かいことに、上擦った声、目は潤ませて。

 

「そ、そんなこたぁ無いよ!」


 大山も、屈したか。


「じゃあ、お友達だね!」


 ……えー?

 握手、握手――。

 昴は弾んだ声で、真と大山の手を交互に近づけるよう引っ張って。

 お互い、されるがままで。

 触れ合って。


「――握手、ね」


 静かに囁いて、昴が微笑んだ。

 その、普段のような起伏を感じさせない口調が、何故だか酷く穏やかで頼もしくて。


「えー、その、よろしくお願いします、ね。鬼瓦さん」


 大山は酷く畏まった風だった。


「え、ええ、うん。よろしく、大山君」


 真の声も何処か上擦っていた。

 そして改めて握る手は、少し汗ばんでいた。

 それが少し不快で、けれど人間の手を握っていると言うことを、真に強く実感させた。

 これで、友達なのか。

 何ともあっけなく、そして真のイメージとはかけ離れた、歪さ。

 こんな形で、友達だと言えるのか。

 いやそもそも、大山はこれを本気にしたのだろうか。

 その場限りのごまかしと考えた方が自然だ。

 昴は、今度は抱えたニムの前足を大山に握らせている。

 真には懐かない癖に、昴には従うがままだ。

 真がそう考えた矢先、話を振ってきたのは大山だった。


「じゃあさ、メールアドレス、交換しておく?」


 大山がそう言って、携帯を取り出した。

 真もそれに頷いて、アドレス交換する。

 赤外線でのアドレス交換は初めてで、少し手間取った。

 それからどう話題を次げば良いか悩んでいたら、メールが届いた。

 目の前の大山から。件名は挨拶、本文は簡素に宜しくと一言。

 ほぼ同じ内容で返信した。

 ……こういったやりとりが新鮮ではあるものの、地に足が着かないような不安感が伴った。

 再び、沈黙。

 そこで口火を切ったのは、昴だった。


「ところで、お兄ちゃんは何をしに、公園に来たんですか?」


 そう言えば、大山はビニール袋を持っている。

 水のペットボトルが覗け、他にも何か入っているようだ。

 買い物帰りだろうか。


「あーうん、友達の所に行く前に何となく寄ったんだ」


 畜生テメェ友達いるのか。


「お買い物は頼まれ物ですか?」


「それもある。ネタっつうか、差し入れとかみたいなの、あるけど」


 ペットボトルのパッケージには『純水』とあった。

 純水とは、あれだろうか。

 不純物が含まれない絶縁体で、漫画とかで水を操るキャラクターが雷を防ぐのに使われる――。


「まあ、長期保存に適した水で、あと、ご飯のオカズだよ」


 ……自分の知識は酷く偏っているようだ。


「ええと、じゃあ、お友達を待たせるのはまずいですか?」


 昴の問いかけに、大山は躊躇いがちな頷きを返した。


「ごめん、そろそろ行くね」


 真に向かって会釈して、それから傍に停められた自転車に小走りで向かっていく。

 ……一声、掛けるべきだろうか。


「またねー!」


 大きな声で、笑みを湛えつつ言ったのは、昴だった。

 それから昴は真の脇を小突いた。ほら――。

 昴の呟きに圧され、声を絞り出した。


「また、今度ね!」


 声は自分でも意外なほどになめらかで、明瞭だった。

 そして大山の姿はすぐに見えなくなった。


「――それで、これはどういうこった?」


「もうちょっと、真は社会勉強した方が良いと思って。お試しのきっかけ」


 先ほどまでとは打って変わった、昴の淡々とした静かな声。


「それでも、心の準備ってもんがな……」


「そんな事言ってもたもたするから、友達いないの」


 言い訳がばっさり切り捨てられた。


「でもな、あんまし図々しすぎても、向こうがなんて思ってるか……」


「だから、手伝ってあげた」


 普通の人なら、少し喧しくても子供は怒りにくいでしょうから――。

 つまり、友達作りのお試しを手伝うというだけでなく、大山の人となりを推し量ろうとしたのか。


「それに、私をダシにして話題も作れるでしょう?」


 お見それしました。

 真は、昴に深々と一礼した。


「アドレス交換してもらったんだから、そこまで悪い印象じゃ無かったと思う」


 後は、真次第――。

 それが一番の問題だろう。


「ちょっと話した印象だけど、そう悪くないと思う」


 あの人は真に似てるよ、と。

 ……そうだろうか。

 思わず顔をしかめながら、真は手元の携帯をのぞき込む。

 新しく追加されたアドレス帳。

 大山、信治。

 ちゃんと、下の名前も覚えておこう。

 そして、一度だけ呟いた。大山信治――。



 続く


姉妹については、叙述トリックのつもりでした。

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