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10話 望みは何かありますか?


 勉は要の私有地となっている小山の麓周辺を走り回っていた。

 仮に何らかの儀式を行って鬼を制御していたというならば、何らかの物的証拠があるはず。

 それなりの規模であれば、周囲の霊脈に何らかの痕跡もあるだろう。

 そう辺りをつけて。

 近隣の地を行く霊脈は規模の大きいものであるが、支流――あるいは毛細血管のような細々とした流れがそこから幾つも繋がっている。

 勉は、自分であればその辺りで人目に付きにくい場所を選ぶだろうと考え、そういった場所を中心に探っていた。

 相手にとって幸いな事に、郊外に位置する小山の麓はそういった場所に困らない。

 果たして予想と違わず、一時間経たずにそれらしい場所を発見できた。

 付近に点在する畑の一つ、その側にある茂みに。

 ご丁寧に結界で分かりにくくした霊脈への干渉、その痕跡がありありと残されていた。

 何が行われたのかも、おおよそ勉の予想通りだった。

 大気中における気の乱れを察知する結界を避けるため、地を行く霊脈を伝って何らかの干渉を行ったということだ。

 しかし、言うは易いが行うには難い技術。

 なおかつ、霊脈にはそう、鬼が潜んでいる。

 その封印が阻むこともある。

 なにより、鬼を刺激することを恐れなかったのか。

 そこに干渉するということは――。

 と、そこで勉の脳裏に閃くものがあった。


「いや、鬼を利用したのか。既に、封印への干渉は示唆されていた……」


 そう、司からそのような報告は受けていた。

 先ほどの鬼への干渉は、おそらくは封印された霊脈の鬼を利用したもの。

 封印へ負荷をかけ、それを軽減しようとする結果、封印よりあふれ出す有害な負の気。

 同時にその気を利用し周囲の適当な鬼へと干渉。

 鬼を利用する際は、負の念を使用する方が都合がいい。

 そして、更に鬼を刺激した何かがあったはず。

 あの爆発はまるで、鬼が複数共鳴し合ったかのような規模――。

 そう、それほどまでに凄まじい何かだった。

 それに耐えきった司。


「……あそこまで、悠然としていられるものなのか?」


 その場を離れるべく歩を進めながら、勉は半ば問いかけるようにひとりごちた。

 その内心は驚愕に少しばかり揺れている。

 司が、鬼を前にして淀みなく対処する様に思いを巡らせてのことだ。

 鬼と向き合うということは、すなわち己の感情をかき乱され、負の念を呼び起こすということだ。

 人は生きる上で障害となる負の感情を忌避するのが普通だ。

 多少大げさな物言いにはなるが、つまりは負の念と向き合うということは、死と向き合うということだだ。

 イレギュラーの起こる直前まで、司は傍目に機械的な対処をしていた。

 その様は、勉の常識から見れば異様とも言える。

 遠目に助けは要らぬかと胸をなで下ろす思いだったが。

 それに、推測が正しければ単なる鬼の調伏というレベルではなかったという事になる。


「通常であれば、護符の一つも掲げるだろうに」


 嘆息気味に呟いた。

 護符自体は、実質的な力をさほど宿さない気休めだ。

 それでも、精神的な要素の大きい禍払いにおいてプラシーボ効果というのは軽視できる要素でもない。

 ……だというのに。

 その胸中がどれほど乱れていようと、表に出ることもなく。

 自身が死に臨む幽鬼のごとく――。


「……むしろ、死を望んでいる?」


 それならば、説明の付く部分もある。

 不用意ともとれる対処は、願望の発露ではないか。

 鬼との共鳴、爆発の規模はもしや、司自身が原因ではないのか。

 距離を置いた観察で、我ながら根拠の薄い推察ではあるが。

 ……魂が、鬼に近づいている?


「そもそも、神崎が率先して援助し手元に置きたがるのは、何故だ?」


 疑問は尽きない。

 役所からと隠れ蓑を被ってはいるが実質、司の生活は神崎の扶助によって成り立っていると言っていい。

 生活費から、武器は特注まで引き受けている。

 勉も神崎本家の命令により、この任を受けるに至ったのだ。

 理由に関して、要が神崎の分家筋だということ。

 かつて神崎と要の間に結ばれた契約があるということは知っている。

 加えて、契約の内容も幾つか。

 神崎という家が尽くすにそれだけでは不可解だ。


「要への執着心、使えるか?」


 応援の要請。

 通常の手続きであれば、別条災害対策部を通した仲介は非常に遅々としたものだ。

 だが、神崎に直接応援を要請すれば――。


「冷や飯食いの私でも、あるいは」


 ある程度の人材を動かせるかもしれない、と。

 でもやっぱ無理かな。

 実際は、それさえも希望的観測だ。

 人材不足はどこも同じ。

 霊障は時と場合によって死者を招く、立派な災害だ。

 しかし、昨今の政府は霊的存在を軽視する傾向にある。


「まあ、やるべき事をやるだけだ」


 既に事態は、単なる見聞役である勉の職務を越えた域にある。

 それでも、勉にはここで司を放り出すつもりはない。

 今はただ、自らが成すべきと思った事を為すのみだ。

 決意に拳を固め、しかし――。

 それでも、勉は思う。

 仮に二年前のような事例だとして、ここまで大それた真似ができる人材ならば、おさえて利のある霊脈か、あるいは大勢に干渉してパニックを引き起こせるような霊脈を狙えばいいものを、と。

 どうせだったら、もっと派手なところでテロれ。


「あるいは、先方も要に何らかの含みでも在るのか……」


 ふと過ぎった、不吉な予感。

 だから、とは言わないが、人員補充は叶わなかった。



 キィキィ。

 ブランコが揺れている。

 子供が群れて、一人乗り、二人乗り、三人乗りにも挑もうと。

 キィキィ。

 三つ並んだブランコを取り合って、遊んでいる。

 はしゃぐ声に険は無く、無邪気に明るい喜びで満ちて。

 キィキィ。

 錆びかけのブランコの、きしむ音。

 今にも壊れそうな音を、それすら楽しみに変えて、はしゃぐ声。

 そしてブランコを放り出し、かけていく子供達。

 その先、小道を隔てた向こうには、広くぽっかり空いたグラウンド。

 ――キィ。

 まだ、ブランコは微かに揺れている。

 公園の片隅に、俺は一人。

 そして、少し離れてあいつも一人。

 あいつはじっと見ている、群れが駆けていく先を。

 そこにはもっとたくさん、人が駆けて、声を上げて。

 あいつは珍しいものでも見るような、変な顔だった。

 格好も変だと思った。

 お祭りでもないのに、着物を着ている。


「向こう、いかないの?」


 思わず、聞いていた。

 目があった。

 同じ組の子より、ずっと可愛い女の子だと思った。


「そっちは、いかないの?」


 首を傾げて、小さな声で聞き返してきた。

 ムッとなったのは、痛いところを突かれたからじゃない。

 礼儀知らずな奴だからだ――。


「いいんだよ。僕は、ブランコ待ってたんだから」


 俺はブランコに飛びついた。

 ゆっくりと、立ちこぎを始める。

 そう、俺はブランコで遊びたいんだ。

 自分に言い聞かせて。

 別に、他の奴となんて、遊ばなくていい。

 ……嘘だった。

 引っ越してきたばかりで、自分の部屋ができたのは嬉しくとも、周り全部が知らないもので、不安だった。

 だから、余裕なふりをしているだけだ。

 ブランコの漕ぐ勢いを強くしようとして、けれどあいつがこっちをじっと見ているのが気になって、出鼻を挫かれたような気分で。


「一緒に遊ぶ奴、居ないの?」


 そう聞いたら、ちょっとしてから頷いた。


「じゃあ、僕が一緒に遊んであげる」


 そうだ、こいつが一人じゃ可哀想だからだ。

 俺が一人でつまらなかったからじゃない――。

 ……いや。

 ほんとは、ただの強がりだった。誰かに、偉ぶってみたかっただけだ。


「僕は、大山信治だよ」


「……かなめ、つかさ」


 俺の名乗りに、あいつは小さな声で応えた。

 そう、こんな出会いだった――。




 低い振動音が響いている。

 ……携帯が、枕元で揺れている。

 耳元のバイブレーションはやけに耳障りで、半ば反射的に手を伸ばしていた。

 覚醒。

 頭にちらつく夢の断片的記憶、たしか小学校にあがるかどうかというくらいの時だったか。

 軽く苦笑しつつ、俯せだった姿勢から身を起こした。

 振動時間が長い。

 電話、誰からだろう。

 通話機能とか、使用するの久々で動揺を禁じ得ない。

 ついでに言えば、着信メロディは山ほど蓄えてあるが、常時マナーモードの俺に意味は無かった。

 画面を注視すると、そこに映る名前に思わず顔をしかめた。

 それでもとりあえずと、通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『大山、オレオレ』


「うん、中村だろ?」


『そうそう、覚えてたか。元気してる?』


 つい確認していた。

 携帯じゃ、声が微妙に分かりづらい。

 まあ、登録番号は中村の携帯からなんだけど。

 つか、覚えてたも何も、入学して一週間位したとき駅前で会ったろ。

 道ばたでコイツにボッチだと囃し立てられ、笑いものにされた恨みは忘れていない。

 コイツはその時のメンバー毎に性格が一変するのがウザかった。


「で、何かあったの?」


 メールじゃなくて電話という辺りがねぇ。

 中学時代は男同士で電話なんぞ殆ど無かったというに。


『それなんだけどさ、お前って要と今も合ってんだろ?』


 何故でそこで、司の名前が出る。


『広美のことで、相談したいんだよ』


 ――いいか?

 次いだ言葉はどこか語気荒く、断りづらい雰囲気を醸し出していた。


「広美って誰よ?」


 何処かで聞いたような気がしないでもないけれど。


『え、つい昨日会ったっつってたぞ』


 昨日……ああ!


「えーと、西さんだっけ?」 


 そういや、司がそんな名前言っていた気が。


『そうだよ。オレと付き合ってたの、知らなかったのか?』


「いや、そう言われても……」


 どうして非難するような声なんだ。

 頼みがあるのはそっちじゃないか。


『広美、要と結構仲良かったんだろ?』


「だから、知らないって」


 中学に上がってからしばらくは司と会う回数減ってたし、特に尋ねたりもしなかったから交友関係はサッパリなんだよ。


『なんだ、アテにならなさそうだな』


 落胆混じりの声。

 ……なんかむかついてきた。

 

「だから、なんだってんだよ」


 うん、なんかコイツがとことん嫌いになってきた。


『なんだよ、キレんなっての』


 だからダチできねんだよ――。

 その一言が何気にクリティカルヒットだった。


「いいから、さっさと本題言ってくんない?」


 つか、切るぞ。

 つか泣くぞ。


『あー、もしかしてこないだの事、根に持ってる? わりわり、軽い冗句だったの』

 

 コイツ微塵も悪いと思ってない。

 もうコイツとはこれで最後だ。

 だから、早く言え――。

 決意と共にそう促すと、中村は軽く咳払いしてからこう言った。


『広美と要が話せるように、取り持って欲しいんだ』




 きっかけは些細なことだったと、そう覚えている。

 余りに些末で、具体的にそれが何だったのか忘れるくらいには。




 ――嫌な夢見た。

 そう呟いて、司は思わず顔をしかめていた。

 自分が家に引きこもる少し前の夢だ。

 眠りが浅かったのか、疲労が抜けきっておらず、体が重い。

 妙に目が冴え、寝直す気も起きない。


「本当の友情とか、痛い妄想を信じていた時期が僕にもありました……」


 身を起こして軽く伸びをする。

 あるいは夢見の悪さも、昨夜の鬼による後遺症かもしれない。

 そう思いながら、意識を嫌な思い出から逸らそうとする。

 でも、無駄だった。

 吐き気と共に、内側からせり上がってくる。口内に酸っぱいものがこみ上げるような、そんな気さえしてくる。

 ――あー、メンタル弱いな、アタシ。

 呟いてから、僕以外の一人称を使ったことに気づき、強烈な違和感を覚えた。

 小学生の頃、僕という一人称を周囲がいぶかしむので、人前では極力使わないようにしていた。

 いやそもそも、なぜ僕と言っていたのか。

 小学校の時から、いつの間にか使っていた。

 おそらくは母のせいだろうと思うが。

 後、男の子がいれば――。

 そう、寂しげに漏らしていたのを覚えている。

 だから息子が増えないかな――。

 信治に向かってにやけた笑みで告げる母の声が鮮明に再生された。

 ……思わず苦笑が漏れる。

 先ほどまでの不快感もあっさりとなりを潜めた。

 ――今日、信治は来るのかな。

 気になる。

 メールして、確かめよう。

 あんまり気にしてるみたいだと恥ずかしいから、百均でなにか買ってくるように頼む内容で――。




『鬼瓦が手がけた鬼子とやらの性能を、確かめてみたい』


 つまるところ、鬼瓦真が妹である昴を連れて、縁が丘まで駆り出された理由は、そんなところだ。

 要は神崎の分家筋で、家を永らえる支援を得るため、男児を生まれる度に差し出している。

 つまり、それだけ神崎は要に生まれ落ちる人材を重要視しているのではないか。

 鬼の封印を支えたせいなのか、それとも他に何らかの理由があるのか。

 成る程、要司は恐るべき祓い師だ。

 神崎の一族すら上回る様を見せつけ、華々しくデビューし、鬼瓦のお家を再興する。

 言ってしまえばそれだけのことだが、やはり緊張を伴う。

 神崎――かつて巫の代表だと自負し、名を持たないことで知られていたと耳にしている。

 事実、巫のあの家で通じる、それほどの一族であったと。

 かんなぎから転じて、かんざきと読む姓を得ていると。

 しかし、その隆盛も今は昔。

 取って代わろうとする勢力がいくつもある。

 そんな派閥に力を見せつけ、取り入る必要がある。

 そう、祖父から命じられている。


「難しい顔して、どうしたの?」


 ベンチに座り俯きがちだった真をのぞき込む昴。


「なんでもないさ」


 そう言って笑んでみせる。

 それが強がりだと、昴には気づかれているだろう。昴は、真をよく見ているから。


「あんまり遠出は出来ないけどさ、公園まで散歩はさすがにセンスなかったかな」


 そう、これは自嘲さ。


「別に、かまわないのに」


 隣に座って微笑む昴。

 その傍らに、気まぐれな黒猫がひょいと降り立った。


「早めに片を付けて、どっか遊びに行こう。遊園地とか」


「うん、頑張るから」


 そう、妹に頼りきりの自分に対する、自嘲だ。

 にゃぁ。

 二人の間で丸まっている黒猫のニムは、関係ないとばかりに一鳴き。

 真は、何故だかあてつけじみた物を感じた。

 思わず喉の奥から漏れた苦笑。

 真は表情を歪めたまま、なんとなくニムへ手を伸ばしたが、前足で払いのけられた。

 


 続く

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