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おや? 彼の能力は全裸にならないと発動しないようだぞ。  作者: 安藤 兎六羽
第一章 おや? 彼は奴隷になるようだぞ。
21/142

20、おや? オルレイウスが独りで思い悩んでいるようだぞ。

今回は短いお話になります。

それと、地味に序章・本文を差し替えました。

本筋には影響がありませんが、よろしければご覧くださいm(_ _)m



 放心するオルレイウスの頭上で、いつのまにか星が瞬き始めていた。

 すでに全裸ではなく、イルマがくれたローブに身を包んでいた。

 ロスに、待っていろと言われた《オバル街道》の傍ら。


 オルはまた独りっきりだった。


 複雑な気持ちでオルは自分の掌、まだ微妙に重い感触が残るそれに目を落とす。

 あれから既に何時間も経過しているはずなのに、その感触は消えることがない。


 だが、そうだ。

 オルがやりたかったことは、誰かを救うことだったはず。


 そこにどんな理由が必要だろうか。

 そこにどんな背骨が必要だろうか。


……ただ、オルの目は眩んだだけだ。

 あの碧緑色の翼の、その気高い色に。少しだけ。

 今回も三夜前のあのときのように、故郷を追放されたあのときのように、わずかながら成功を収めることができたはずだ。

 それに比べれば、……正々堂々と闘うことなんて……。


 そう考えては、首を振った。

 あの決闘は、神聖なものだったはずだ、と。



――あのあと、睨みつけるオルの眼差しを受け止めながら、クァルカスはこちらへ歩を進めてきた。



「私のせい、……そう言いたげな目だな」


 オルにだってわかってる。この場の勝者はオルでも《妖鳥王》でもない。

 敵の《眼》の性質を見切って仕掛けた、ロスと、彼に命じたろうクァルカスこそがほんとうの勝利者だ。

 重量もほとんどない、近辺から立ち上るありふれた黒煙を利用して、あの強力な《妖鳥王》の《眼》を奪った。


「実現できない理想を追うな……そして、その成否を誰かに委ねるな、オルレイウス。……きみの後ろにはその残滓しかない。振り返るべきじゃない」

「振り返っているつもりはありません。委ねたつもりもありません。理想なんかでもありません。……僕と、彼の現実でした」


 そうだ、敵は言った。『切らすな』と。

 だから、オルは剣を振り抜けた。あれは紛れもなく理想と現実が重なった一撃だった。

 そして、それを掻い潜るはずだった《エンヘン・ディナ》は、オルを凌駕していた。


 なのに、立っているのはオルだ。

 正しくない。それは、正しくないはずだ。


「……死んでも、良かった、と?」

「そうです。人間ならば、死ぬときは死ぬ。……死んでいないことと、真摯に生きるということはまるで違うっ……」


 クァルカスの眉が少しだけ動いた。


――オルは知っている。

 膝を屈する悔しさを。折り目がついた心の卑屈さを。それこそ、ほんとうに産まれる前から知っている。

 そのうちに罵声を浴びても、無力感さえ覚えなくなる。それが次第に当たり前になる。


 これはほんとうの自分じゃない……後悔とは、自分にそう言い聞かせることだ。


 簡単に『死ぬ』という言葉を口にしているつもりなんてない。一度、失っているのだから。

 でも、正しく、全力で生きるということは死ぬことを見つめることから始まるはずだ。

 一度死んだからこそ、後悔に、ほんとうに何も意味がなかったことをオルは思い知った。


 だから、今回もオルは全力を尽くした。

 乾坤一擲。最後の最後まで。相手もだ。……それで、勝利者がほかにいるなんて、何かがおかしい。


 そういうものだ、と。そう言ってしまうのは、きっと簡単。

 でも、きっと取返しはつかない。事実、《エンヘン・ディナ》はオルが斬った。

 彼の今の姿こそが、明日のオルかもしれない。


 《エンヘン・ディナ》は言った。『もう、復讐者はいない』と。そう、言ったんだ。

 あれは、純粋な名乗りだった。彼は名誉の生と死をこそ望んだはずだ。

 あの闘いに、恩讐など関係なかった! それが許されないなんて、おかしい!


 オルの心の中で渦巻く憤怒。

 だが、クァルカスはそれを承認できないらしい。


「わかってないな、オルレイウス。……その言葉は、無条件に死と生を賞揚するようだが、実は逆だ。……いいか、オル」


 《優良者》クァルカス・カイト・レインフォートの、その縦にも横にも大きな体躯がオルの前で停止する。

 まるで、頑丈な壁か、巨大な巌のよう。


「生きるということは、賞揚されてしかるべきことだ。だが聞くがいい、オル。……自らの生に真摯に、心ゆくまで生きるということは、それを誰かに圧しつけることだ。ときに見知らぬ誰かを殺すことだ」

「……そんなことをする気なんて、僕には」

「少なくとも、今回、私がしたのはそういうことだ。きみと《エンヘン・ディナ》の高潔ともいうべき決闘に横槍を入れた。ルールを変えた。そして、きみは『ルールが違う』と言って私を責めている……違うか?」

「…………僕は……」


 クァルカスはすこしだけ膝を曲げてオルと視線を合わせた。

 ブレることのない、強い瞳。揺らぐことのない、灰色の瞳。


「オル。私は《優良者》などと呼ばれている。ただ、私が自分の利益を追及した結果だ。それが、私が自分の生命と真摯に向き合って得た対価だ」

「……わかっています、クァルカス。……あなたが優秀な冒険者だということも。……今日、僕があなたに生かされたということも」

「わかっていないさ、オルレイウス。きみがそれを口にするためには、私と同じ舞台に上がらなければならない。……きみには、今、それを口にする権利さえない」


 そう言ってクァルカスは自分のコートを首を傾げるオルの肩へとかける。

 そして、大きな掌でオルの赤銅色の髪をくしゃりと撫でた。


「たぶん、知っているんだよ、私は。オル、きみが見過ごしているんだということを。おそらくは、きみが私の知らないことを知っているように。……それでも、今日は」


 そう言って、屈めた腰を伸ばし、オルの横を通り過ぎながらクァルカスは言った。


「よくやった」と。



……オルには、クァルカスの言葉をどう捉えればいいのかわからなかった。

 生かされた、そう口にする権利すらオルにはないのか?

 なぜだろうか? オルは何を見過ごしている、と?

 それなのに、よくやった?


 堂々巡りのように、考えだけがまとまらない。


『力が足りないのさ、オルレイウス。いや、力はあるのに意志が足りない』


 紫に染まる空とは反対、地面に融けるように広がっていく影の中で、《ピュート》はそう言って嘲った。


『だいたい、《エンヘン・ディナ》の一撃でお前さんが死ぬう? ……ちゃんちゃらおかしいね。心臓ひとつ抉れたら、次の心臓が生えてくるに決まってる』


 《ピュート》は恐ろしいことを上機嫌で語ったが、オルにはなんとも否定できない。

 《天真ボーン・トゥー爛漫・ビー・ワイルド》の効力とは、既知の《技能スキル》だけにとどまらない。

 状況そのものへの最適化。……心臓がないなら、次の心臓を構築させればいい。

 この《福音ギフト》がオルの身体をそういうふうに創り変えることは、十分に考えられた。


……《天真ボーン・トゥー爛漫・ビー・ワイルド》に頼り続けていたら、人族の概念を拡張し続けることになるのでは?

 そんな懸念に、オルはあらためて怖気を振るった。

 それはある意味死ぬことよりもコワいこと。


 でも、自分が何もできないことのほうが恐ろしい。

 自分可愛さに心を折ることのほうがよほど恐ろしい。

 人間は変われる。しかし、それは無暗に希望に満ちた言葉ではない。


 人間はいくらでも卑怯になれるし、卑屈にもなれる。冷酷にもなれるし、残酷にもなれる。

……ならば、今日のオルの覚悟には、《エンヘン・ディナ》の宣言には、なにも無かった?

 多くの人を助けられたから結果オーライ?

 クァルカスの言うことが正しい?


 何度も考え、幾度も頭を振った。それでも一向に答えは出ない。


――出ないなりにオルは掌を握りしめる。消えない感触を掌に圧しつけるように。

 オルだけが知っている。《妖鳥王》との決闘においての、ほんとうの決着を。真実を。

 だから、オルだけはなかったことにしてはならない。


 勝負に勝って、試合に負けた? そんなものじゃない。

 命を奪って、心が屈したのだ。

 クァルカスの言葉と、《妖鳥王》の気高さに。


『下らないな、オル。……そんなものにこだわっても、何も産まれやしない』


 オルは思った。言ってろ、と。

 心に傷を刻み込むことができなければ、生きている意味などないに等しい。

 これだけは《福音ギフト》にも譲れない。

 オル自身の選択だ、と。


『なーにが……おっと』


 なにかを言いかけた《ピュート》は沈黙した。

 何が起こったのか。そう、考えるオルの耳に大勢の人の足音と話し声が聞こえてきた。

 《オバル街道》を眺めれば、落ちかけた赤い陽に焼かれたような群衆。


 その先頭に、ルドニスとレシルに負ぶわれたリシルがいた。


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