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おや? 彼の能力は全裸にならないと発動しないようだぞ。  作者: 安藤 兎六羽
第一章 おや? 彼は奴隷になるようだぞ。
18/142

17、おや? 大馬鹿者とお調子者が活躍しているようだぞ。



 夏の若木からたった今もいできたような碧緑色。広い肩幅をさらに広げて、大きな影をつくる両腕の翼。

 ほかの魔鳥たちとは違う、厚くて硬そうな胸板。

 腹部から下は柔らかそうな羽毛におおわれて、その終点である鱗をまとった足首は細く、枝が分かれて伸びたような節くれ立った指の先端には緑玉エメラルド色の鋭い爪が輝いている。


 大きい。

 オルレイウスは、ピンボールかパチンコの玉のように《スノウ・ハーピー》の間を跳ね返りながら、その個体を視界におさめていた。


 ほかの《スノウ・ハーピー》は多少の個体差はあっても人族の女性ほどの小柄な身体に翼長3メートルほどの翼を持つにすぎない。

 だが、今オルが目指している個体はその倍近い大きさがあるように見える。

 加えてその身体的特徴から《ディナ》と呼ばれる雄性の魔鳥だと思われた。


 ハギルによれば《ハルピュイアイ》における《雄性の魔鳥ディナ》は産まれる数が少なく、雌性個体よりもさらに小さくて弱いという。

 巣から出ることも稀だと言っていたし、事実、オルも《雄性の魔鳥ディナ》を見たのは初めてだ。


 たまたま強力に産まれついた《ディナ》の――《突然変異個体》というやつなのだろうか。


……しかし、なんとも言えないのが、その顔の造りだ。


 これまでに見た《スノウ・ハーピー》の雌性個体はどれも明らかに人間離れした顔をしていた。

 黄みがかった瞳の色といい、凹凸が少なくて全体的にのっぺりしているのに鼻筋だけが異様に鋭く尖った顔面といい、頬まで裂けた大きな口といい、その内側に並ぶ牙といい。

 こけていて白を通り越し蒼色をした頬は生物として不可解な色だし、眉は生えていないし、頭は髪の代わりに氷のような羽でおおわれているし。

 一目でそれとわかる獰猛性と怪物性を有していた。


 だが、なんだろうか、この《ディナ》は?


 鋭いというよりはスラリと伸びた鼻筋。

 頬は少し柔らかそうだし、蒼いというよりピンク色。

 口は裂けるどころか、人間の常識の範囲に収まる大きさだし、むしろ小さめにも見える。

 眉のあたりには産毛のような細かい羽が生えているし、頭を蔽っているものは人間の髪に近くてただ碧緑色なだけ。

 彫りが深い目元の奥には、理知を湛えてさえいそうな緑玉色エメラルドの瞳が鎮座している……。



――妙なコスプレをした、背の高い、緑の長髪の、……言うなれば微妙なイケメンが、空を舞っている。


 オルが考えたことはまさにそれだった。


 少しばかり動揺する。

 なにかあまり接触したくない、と。

 なんだか、あれ・・は、見た目がとても気持ち悪い、そうオルは考えていた。


 さらに気味が悪いのがその眼球の動き。

 左右別々にぐるんぐるん蠢いて、どうも高速移動しているオルの動きを捉えているよう。

 端正と言ってもいい顔立ちの中で、その目の動きだけが明らかに異質にして異様。


 はっきりと言えば、キモい。

 ただでさえ気持ち悪いのに、より確定的にキモい。


 オルは《スノウ・ハーピー》を踏みつける一歩一歩に力を込めて加速する。

 その《ディナ》を護るように囲む《スノウ・ハーピー》の群れの中を不規則な直線の連なりを描いて加速していく。

 気持ちの悪いあの《ディナ》の眼差しに捉えられないように。


 オルの発射台となる《スノウ・ハーピー》の身体が弾かれ、音の連なりを結んでいく。

 どどどどどどどど…………、と。

 音に合わせて四方八方に弾き飛ばされる《スノウ・ハーピー》の身体。


 オルの動きに合わせるように目をぎゅるぎゅる回転させ続ける《ディナ》が口を開いた。


『なんと、無体なっ!!』


 嘆くような声音。

 滝の落下音さながらの、オルが《スノウ・ハーピー》を蹴り続ける絶え間ない音。その中でもよく通る、男性の高音。

 美声を誇るテノール歌手のような、無駄にいい《ディナ》の声にオルは身震いした。そのアンバランスな気持ちの悪さに。


 悪ふざけにもほどがある。オルはそう考える。

 なんなんだ、こいつは、と。

 どれだけ盛って来れば気が済むんだ、と。


 しかも、その《ディナ》は続ける。


『狼藉を控えよ、無法者めっ! は《妖獣種レムレース》の王、《エンヘン・ディナ》! 《大地ゲーア》に響き渡る娘たちハルピュイアイの絶命の声に呼ばれて、遠き海を越えて参った!』


 しかしながら、《エンヘン・ディナ》の名乗りはほとんどオルの耳には入って来なかった。


 《エンヘン・ディナ》の一人称、『ちん』。

 古代の王侯が使用したとされる、その言葉を聴いた時にオルの頭はもう考えることをやめていた。


 オルは一個の兵器となる。弾かれ、打ち出されるのみの兵器へ。

 硬く硬く握りしめられた拳。加速していくその身体。



 それを驚愕と共に《エンヘン・ディナ》は《予見の眼》で追い続ける・・・・・

 そう、彼の《眼》が先を読んでも、なお追うことを余儀なくされるほどの速度。


――《エンヘン・ディナ》は考えていた、この人族の子供に違いない、と。


 炎を灯して《ロクトノ平原》を徘徊し続け、彼の娘たちをおびき出しては手にかけていた卑劣極まりない存在。

 頭の弱い娘たちからはその程度の情報しか得られなかったが、やはりこの虐殺者はこの近辺の里を拠点としていた人族だったのだ、と。



……《ロクトノ平原》にやって来た《エンヘン・ディナ》が最初にしたことは、娘たちハルピュイアイを守ることだった。

 思慮深い彼は、激しい怒りを押し殺して狩られ続ける娘たちをまとめ上げ《ロクトノ平原》の際で見張りに立った。娘たちがあの神々の恩寵と思われる《炎》に釣られぬように。

 頭の弱い娘たちに言い含めるのにそれなりの時を要したが、なんとか被害を食い止めることには成功した。


 それでも、その人族と思われる殺害者はなおも《炎》で飢える娘たちを釣りだそうとする。


 温和な《エンヘン・ディナ》も、飢える娘たちも、とうに限界だった。


 とうとう、彼はその大きな翼を広げた。

 なるほど、もしかするとやつらの狙いはこの《エンヘン・ディナ》だったのかもしれない、と。

 愚かな人族が、かつての英雄のごとく、この《妖鳥王》に挑もうとしているのかもしれない、と。


 その身の程知らずな大望を、砕いてやろう、と。


 だが、怒りに燃える《エンヘン・ディナ》が《ロクトノ平原》の上空を旋回し始めたときにはもう、殺害者は現れなくなってしまっていた。

 《エンヘン・ディナ》に怖れをなして、逃げ隠れしているとでもいうのだろうか?

 なんと卑怯な!


……彼は考えた。

 この《エンヘン・ディナ》の《眼》を盗んで、やつらが手あたり次第に娘たちを狩ろうというなら、こちらも手あたり次第にやつらの同胞を殺してやろう。

 少しばかり神々の恩寵を賜っているからといって、思い上がった人族め。

 やつらが娘たちを殺すことで、この《エンヘン・ディナ》を招いたように、こちらも同じことをしてやろう。


 温和で思慮深い彼は、本来、彼の子孫に関わることも、人族に関わることも無い。

 弱ければ狩られ、強ければ生き残る。

 彼の死さえも透徹する《予見の眼》と、永遠とも思われる神代からの時間は、いつしか彼の精神に静謐せいひつを運んでいた。


……だが、その静謐せいひつは乱された。

 あまりの無道。あまりに非道。

 一方的に数万の娘たちを狩り、そして、《エンヘン・ディナ》が姿を現した途端に雲隠れなど……。


 この所業は戦などではない。種の存亡を賭けた、自然の摂理に則った戦争でもなければ、ましてや名誉と栄光を求める誇り高い戦いなどでは決してない。

 虐殺だ。


――彼は、復讐を決意した。


 飢えた娘たちにはそれぞれより大きな群れをつくるように命じ、残った半ばを率いて、近場にあった人族の小さな里を手あたり次第に襲った。

 どの里にもそれらしき手練れはいなかった。

 それなりの数の人族を殺して熱を奪った娘たちの腹は膨れたが、失った娘たちに比べればまだまだ少ない。


 娘たちをおびき寄せようとするあの《炎》を見たという報せもいつになっても入って来ない。

 虐殺者はどこか遠くに去ってしまったのだろうか?

 それとも、もう殺してしまったのだろうか?


――いや、狡猾な卑怯者のこと。そう簡単に仕留められるとは思えない。

 それに何より、《エンヘン・ディナ》の腹の虫が収まらない。


 もっと大きな里ならば。そう考え始めた矢先に、大きな群れをつくっていたはずの娘たちの一群が逃げ帰ってきた。

 半数近く失われてしまった娘たち。やはり、虐殺者は未だにこの近くにいたのだ。


 そんなときに、壁に囲われた里を発見した。

 ここにこそ、それがいるかもしれない。

 娘たちを虐殺し続ける、人族が。



 ここまでは、彼――《エンヘン・ディナ》の予想の通り。

 人族を殺して回れば、きっと虐殺者が現れるに違いない、と。


 だが、現れた人族の、なぜか全裸の子供に、《エンヘン・ディナ》の予想は覆される。

 ときに神々の恩寵を授かった英雄たちとさえ互角以上に闘い、二度の大戦を永らえてきた彼の《予見の眼》が、小さな子供の動きを捉えきれない?


『何者だ?! 名乗るがいい、子供っ!!』

「オルレイウス!!」


 怒りをはらんだ返答と共に、《エンヘン・ディナ》の顔に硬い拳がめり込んでいた。

 彼の強靭な首の筋が、ぷちぷちとイヤな音を立てる。

 《妖鳥王》の意識が飛びかける。

 必死に意識をつなぎ止める《エンヘン・ディナ》の耳に聞こえてきたのは。


「お前が《突然変異個体》というものか?!」


……という人族の使うグリアの言葉。こちらの名乗りを一切無視したその暴言。

 本来、思慮深く、温和と名高い《妖鳥王》の最後の理性が弾け跳んだ。


ちんを、なんと心得るっ!!』


 きりもみしながら、神代から生きる《妖鳥王》と、オルレイウスは地上へと落下していく。



 〓〓〓



 終わりの見えない爆裂音。

 いつまでも続くような衝突音に、なにかが潰れ、なにかが砕ける音。

 窓の外に輝く《魔法》のきらめき。


 そしてなにより、今朝がたから聞かされ続け、耳の奥にこびりついた『キィヤアァァァァ』という硬い鳴き声。


「……もう、たくさんだっ!!」


 宮城内の執務室に閉じこもったハグワティ伯の継嗣にして《ノクトゥム》宰相でもあるヘンドリクス・ハグワティ・カタリアーナ・デヴォンは、細い指先で窓の桟に爪を立てながら嘆いた。

 なにもかもがおかしかった。


 夜行性で吹雪の夜にしか出現しないはずの《スノウ・ハーピー》。

 ここ半年ほどは《ノクトゥム》近郊でのそれらの被害報告が急激に減り、むしろ平穏だったというのに。

 このひと月ほどのイカれ具合はなんだというのか?!


……ひと月ほど前、まず《ロクトノ平原》と《ノクトゥム》の間にある小さな村が《スノウ・ハーピー》の大群に襲撃されたと報告が上がって来た。

 それを聞いたヘンドリクスは鼻で笑った。

 《魔獣種モンストゥルム》は《魔物種オルカ》に比べて知能が高いから、街や村を襲うことなど滅多にない。

 それにここ数か月というもの、《スノウ・ハーピー》の姿はほとんど確認されていない。

 なにかの間違いに決まっている、と。


 ヘンドリクスは険しい顔をした部下に向かって「よきにはからえ」と言って執務室から追い出した。

 まったく、くだらない妄言を口にするやつがあったものだ、と。


 だが、それこそが始まりだった。


 《スノウ・ハーピー》の大群に襲撃されたという村の生き残りがぱらぱらと、庇護を求めて《ノクトゥム》に来るようになったのだ。

 襲われたという村の規模はどれも小さかったが、その数は五を数え、やがて十を超える。しかも、そのすべてが壊滅に近い被害を被っているという。

 《ノクトゥム》に逃げてくる生き残りの数が百を超えたころには、ヘンドリクスの顔もすっかり凍りついていた。


「……生き残りが《ノクトゥム》に逃げてきていない村や、全滅した村もあるはずです。我々が把握している以上に事態は深刻なのでは……?」


 ヘンドリクスはそう言った部下を迷わずに幽閉した。

 周辺村落の監督・守護は《ノクトゥム》宰相の重要な責務のひとつだ。こんなところでケチがついては堪らないとヘンドリクスは考えた。

 しかも、上位の《魔獣》ならばともかく低位の《魔獣》で、この辺りではありふれた魔鳥の《スノウ・ハーピー》が事態の主役だということがヘンドリクスの頭を大いに悩ませた。


 そんな与しやすい《魔獣種》からも周辺村落を守りきることができないのか?

 そう糾弾してくる弟たちの姿がありありと目蓋に浮かんだのだ。


 伯爵位継承権の第一位は間違いなくヘンドリクスにある。だが、決して予断を許す状態ではなかった。

 現・ハグワティ伯爵たる父は醜聞を嫌う。こんなことが父の耳に入れば、きっと継嗣を降ろされる。


 だから、ヘンドリクスは全ての情報をハグワティ伯にも、その上のスエビ王にも上げなかった。握りつぶした。

 《スノウ・ハーピー》の異常行動もきっと一時的なものだ。


 《ノクトゥム》の民衆に向かって演説さえした。


「《スノウ・ハーピー》の動向が少々おかしいようだが、何も心配することはない。ここ《ノクトゥム》は堅固な城塞と多くの手練れを揃えているのだから。それに私は既に手を打っている」と。


 手などひとつたりとも打っていなかった。そう言えば、騒ぎ出した群衆がほかの街に《ノクトゥム》近郊で起こっている事件を吹聴しに行かないだろうと考えただけだ。

 だが、《学術系技能》の《巧みな舌》を持ち、それなりそちらの道に秀でていたヘンドリクスの言葉は民衆に受け入れられた。

 大衆が信じるように、ヘンドリクスも己の言葉を信じた。


 そう、これは一過性の現象にすぎない。ひと月もすれば、また平穏な日常が還って来るのだ、と。

……その演説をぶっこいたのは、昨日のことだ。


「……なぜだぁ……」


 運に見放されたとしか思えない。どうしてこのタイミングで、しかもこの《ノクトゥム》なのか?

 そう考えるヘンドリクスの耳に執務室の扉をノックする音。びくっと肩をすくめて、ヘンドリクスは扉の向こうの部下を怒鳴りつける。


「私は陣頭になど立たんぞ! 私の《戦闘技能》の低さは承知のはずだ! この私が《スノウ・ハーピー》ごときの爪にかかってみろ! この《ノクトゥム》防衛軍の士気が」


 執務室の窓の桟にすがってまくし立てるヘンドリクスの声を途絶させるような真剣な声。


「閣下! お聞きください、《スノウ・ハーピー》の動きに乱れがありますっ!」

「……っ! ……入り給え」


 素早くデスクに着いたヘンドリクスは威厳たっぷりに部下を迎えた。

 扉が閉まる瞬間に、なにかが入り込んだような気がしたが気のせいか?


「失礼いたします」

「いや、火急の時だ。礼儀などはいい。……それで、私のどのような策が功を奏して《スノウ・ハーピー》の撃退につながりそうなのかね?」

「……いえ、そういうわけではないのですが……なぜか、《スノウ・ハーピー》の群れが上空へと退いて行っているようなのです」

「どう考えても、私の采配によるものだろう? やはり、魔法師部隊の投入タイミングが絶妙だったとしか」

「閣下の起用された魔法師部隊は既に《魔力オド》切れのために沈黙」

「まあ、いい! ……それでこのまま行けば、《スノウ・ハーピー》の群れを撃退できるのだろう?」

「ここが、正念場かと。……特殊な個体を上空のほうに見たという報告もあります。おそらくは《突然変異個体》と思われますので、ぜひとも、閣下に陣頭にご出馬頂き」

「よさないか! ……まあいい。それでは君は、戦列に戻り給え。……いや、その前に《突然変異個体》とは、なんだね?」

「…………強力な《スノウ・ハーピー》の個体です」

「そうか! ならば、報告に上げても……何をしている? さっさと戻り給え!」

「…………失礼いたしました」


 扉を閉める名前もわからない部下に向かって手の甲を振ったあとで、ヘンドリクスは考える。

 《突然変異個体》か。初めて聞いたが使えるぞ、と。


「そうだ! すべてその《突然変異個体》とやらのせいにしてしまえばいいんだ! そうすれば、私の失態にはならない! ……ふふ」

「…………閣下さんよお、その前に生き残らなけりゃなあ」

「そうだ。……その通り……」


 ヘンドリクスは言葉に詰まった。

 先ほど、部下は扉を閉めて出ていった。

 では、今の言葉はいったい何者が?


 いつの間にか閉じられた樫材の扉に背中を預けた、少年とも見えそうな童顔の小柄な男が立っていた。

 使い込まれた皮鎧に、腰に巻き付けられたロープ。その下には何本もの短刀か?

 黒髪で茶色い瞳。ルエルヴァ人のように見える。


「……な、な、な」


 言葉に詰まるヘンドリクスに向かって男は、何かを投げて寄越す。

 デスクの上で跳ね、ヘンドリクスの掌に落ちる何か鎖につながれたコインのような物。

 鎧をまとった《純潔神アルヴァナ》が刻まれた金属製のタグ――


――共和国冒険者ギルド《最上位冒険者》パーティーにのみ与えられるという、金以上に黄金色の光を放つ《魔法》の言葉を刻まれた《鉱質魔獣》の身体から削り出されたという身分証タグ


「《テオ・フラーテル》のハギルっつー者だ。……ひとつ、閣下さんに取引を持ちかけに来た」


 ハギルと名乗ったその男は、いかにもキザにそう言った。



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