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四十八 人種間戦争

 横転して機上から見おろす。

 滑走路西端の鉄鋼団地脇で、何十人もの野戦服らが持ち場にむけて走りまわるなか、オリーヴいろのトラックの背中から、箱形のコンテナが起きる。

 長い直方体のコンテナは、煙突のように垂直に大地に立った。

 射程五〇キロメートルをほこる03式中距離地対空誘導弾は、小松市どころか、石川県の大部分を射程圏内におさめる。

 敵のSA-6“ゲインフル”よりはるかに高性能な完全国産地対空ミサイルが、生きのこった高射中隊をかきあつめて再編した新生第2高射特科群により、のぞまぬ眠りからようよう醒める。

 愛知の豊川から撤退してきた第10師団の第10高射特科大隊は、二個ある中隊のうち、このときすでにまるまる一個を損耗していたが、加賀陸将補の指揮のもと、急ごしらえで新編。

 敵攻撃機の脅威がなくなったため、見通しのよい開豁地(かいかつち)にて、三トン半トラックが、四本脚のジャッキで車体を固定。

 広い荷台から、横にながい八角形の板状の電子走査位相配列レーダーがおきあがる。

 対空レーダ装置JIPS-P14には、半径三〇〇キロメートル以内の中・高空域にいる航空機をあまさず探知せしめる索敵機能がある。

 それは、土地の起伏や建造物さえなければ、小松基地から静岡や岡山の空まで監視下におく、圧倒的な探知能力。

 電子妨害により探知距離が半分以下にまで縮められているが、それでも強力にすぎる。

 対空監視をはじめたJIPS-P14からやや離れたところで、装甲車とスポーツカーの混血児(あいのこ)のような高機動車が、荷台から支柱を天高く伸ばす。

 戦闘機の飛び交う領域まで貫かんと伸ばされた支柱の先端には、パラボラアンテナがあった。

 強力だが高高度の航空機相手に特化しているJIPS-P14は、低高度の探知性能に難がある。

 探知距離がみじかいかわりに低空域の飛行機や回転翼機の捜索にむいた低空レーダ装置JTPS-P18が、パラボラアンテナを回転。隙間をうめる。

 二者のレーダーがたがいの弱点を補完し、航空機を探知、敵か味方か識別したうえで、高射部隊へ目標の情報をおくる。

 空自の小松基地と滑走路をはさんだ小松空港の駐機場で、三トン半トラックが停車。

 トラックの荷台には、左右に二発ずつミサイルが搭載された、旋回可能な発射台。

 対空レーダ装置や低空レーダ装置、AWACSからの情報をもとに、隊員が、三脚にのった写真撮影機のような目視照準具で標的をさがす。

 照準具を動かすと、連接された発射台も、まったくおなじ動作で旋回する。

 旋回がとまった直後、盛大な噴射音を鬨の声としてミサイルが発射された。

 ふた組の十字翼をもつミサイルが、天へ伸びあがって層雲の上に超音速飛翔。浅間も目で追う。

 上空の薄雲の層から、一機のMiG-29“フルクラム”が、蛸(たこ)か烏賊(いか)の墨のように黒い煙を吐きながら墜落してきた。

 81式短距離地対空誘導弾は、アクティヴ・レーダー誘導型の電波弾と、赤外線・可視光画像誘導型の光波弾の両方を装備する。

 電子妨害下でも、光波弾なら問題なく使用できるのだ。

 滑走路の西側の端付近では、荷台に三つの目の照準装置、それを左右にはさむ八連装のミサイルランチャーが乗る高機動車が停まる。

 運転席から下りた班長が、鉄帽に装着した目視照準具で敵機をさがしている。

 発見したらしく、手で射手に指示をだす。

 助手席の射手が、荷台の発射装置を旋回させる。照準装置からのテレビ映像と赤外線画像で目標を確認。

 三つめの目がレーザーを発振、距離をはかる。

 発射装置から、91式携帯地対空誘導弾とおなじミサイルが飛び出す。

 蛍光灯のように細いミサイルは、空中に全身をあらわした直後、固体燃料に点火。

 いっきに超音速域まで加速して、基地の南にそびえる山脈を射抜かんとする。

 数秒後、緑の屏風ともいうべき白山山系の手前で、炎の点がパッと閃いた。

 匍匐飛行で基地に忍び寄っていたMi-24“ハインド”重武装ヘリコプターに命中したのだ。

 93式近距離地対空誘導弾は、肩射ち式の91式携帯地対空誘導弾を車につんで発射できるようにした、低高度防空用の地対空ミサイル車輛だ。

 中SAMたる03式中距離地対空誘導弾と、短SAMである81式短距離地対空誘導弾、近SAMと通称される93式近距離地対空誘導弾が、一丸となって、たがいの死角となる空域をおぎないあう。

 それらをたばねるのは、ほんらいは高射部隊を教育して鍛えるのが任務の高射教導隊。

 戦闘機パイロットでいうアグレッサー部隊が現場指揮をとっているのだ。

 即席ながら、練度は最高水準の防空部隊といえよう。

 滑走路の北、安宅新町とのあいだの、民家がまばらに点在する草原では、補助動力で要員らとともに自走してきた大砲が設置されていた。

 榴弾砲FH-70が、人が床に座ったときに後ろに手をついて体重をあずけるようにして、二本の駐鋤(ちゅうじょ)で大地にみずからを固定。

 砲口直径一五五ミリメートルの三十九口径、すなわち六メートルの長砲身が北東をにらむ。

 駆逐艦の主砲なみの砲身から、砲弾が発射された。

 全地球測位網と慣性測定装置を併用した誘導装置により、砲弾は小松市を越え、横風でずれた弾道を自分でなおしつつ能美市上空を飛びこし、コリオリの力も考慮しながら白山市もすぎさって、じつに二〇キロメートルも離れた金沢市の中学校の校庭にて射撃準備をしていた朝鮮人民軍の榴弾砲部隊に弾着。

 爆風と鉄片は、校庭で殺戮の嵐となって吹き荒れた。

 浅間は舌を巻いた。火砲はふつう、一発めと二発めは外れ具合をたしかめ、三発めで命中させるものだ。しかも点で攻撃するものではなく、あくまで目標の近辺に着弾させて破片や爆風で一定の面積に危害をくわえる、誤差ありきの兵器である。

 いくら誘導砲弾だからといって、初撃で標的に直撃させるなど、神業としかいいようがない。

 驚愕しながらも、いっぽうで浅間には味方を誇らしくおもう気持ちも芽生えた。

 戦闘機だけでできることなど、たかがしれている。

 さまざまな装備と技能をもつ地上の味方と協力すれば、単純な火力だけでなく、とれる戦術も飛躍的にふえるのだ。

 いままでは小松基地が包囲されていたが、地上戦力が機能しはじめたいま、むしろ敵のほうが空と地上から包囲されているといえる。

「アマテラス、ポリプテルス1。敵機はあと何機だ」

「捕捉できているのはMiG-29が七機、FC-1が十機。Su-35編隊は依然として接近中」

 絶対的不利を告げる報告。しかし浅間は確信していた。カマクナラだろうがなんだろうが、いまの自分たちを止められるものなど、どこにも存在しない。

 と、そこで疑問が浮上する。

 北朝鮮はたしかにMiG-29を制式採用しているが、配備数は三十五機かそこらだったはずだ。

 これまでの撃墜数とあわせると、あきらかに超過している。

 FC-1はそもそも配備されたという情報がない。

 目の前にMiG-29がおどりでてきて、浅間の思考は敵機を墜とすことが至上命題の戦闘機乗りへと切りかわる。

 一発十万円ほどのバルカン砲弾が毎分六〇〇〇発の連射速度で空を裂き、美姫(びき)のような流麗な機体を撃ちぬいた。


  ◇


 小松基地の南、見わたすかぎり建物もなく、地平のはてまでつづくかにおもえる広大な水田地帯の舗装路を、四輛の機動戦闘車が快速で駈けぬけていく。

 10式戦車の履帯を八輪のゴムタイヤにすげかえたような外観である。タイヤなので整地では戦車より走破性がたかく、なにより身軽で速い。

 偵察隊としてきりこみ隊長のように先鋒をつとめる機動戦闘車部隊の姿が、双眼鏡でもみえなくなってから三分後、待機中の戦車のうすぐらい砲塔内に設置された車長用液晶画面に、敵部隊の位置を俯瞰した地図が映しだされた。

 車内外との通話用レシーバーとマイクからなるヘッドセットを装着した戦車帽、防護眼鏡、戦車手袋、戦車靴などの装甲用戦闘服装に身をかためた宵月(よいづき)三等陸佐が、タッチパネル式の統合型表示装置の液晶画面に指先でふれて操作。指揮下の僚車にそれぞれ目標を割りふりしていく。

「戦車前進。目的は包囲網の突破、ならびに市民の救出。まずは拓栄町を突っ走る。偵察隊とのデータリンクを確認しろ。世間にはびこる戦車不要論をいまこそ払拭してやろうじゃないか」

 車長であり、第1戦車大隊第1戦車中隊、呼び出し符丁<ボドワード>指揮官でもある宵月三佐の呼びかけに、各車輛の車長が、事務的ながらも興奮をかくせない返事をよこす。

 大地を噛む履帯は、無限軌道の別名そのままに、軌道を敷いて車体の道となる。

 炭素繊維やセラミックの複合装甲で鎧(よろ)われた車体はまさしく質実剛健。

 車体にのる旋回砲塔には、幾何学的な継ぎ目の線。楔(くさび)形の前面からは、四十四口径一二〇ミリメートル滑腔砲の砲身が、一角獣の衝角のごとくに伸びる。

 陸上自衛隊機甲科がほこる10式戦車が、エンジン音と履帯の擦過音の交響音楽を奏で、四十四トンの質量を前進させる。

 四輛の一個小隊を最小単位とし、五〇メートルの間隔で横にならんで内側の二輛がすこしだけ飛びだした小隊傘形隊形で水田地帯を進む。

 宵月の号令で、四輛の10式戦車が、一二〇〇馬力の大出力エンジンの咆哮をあげて加速。青々と色づいて実をむすびはじめた稲の絨毯をふみつぶしながら、時速五〇キロメートルぴったりで突撃する。

「スラローム射撃。パララックスに注意しろ」

 戦車の戦闘は、ヤアヤア我こそはと名乗りをあげて正面から殴りあうものではない。地形の起伏や段差、岩、樹木、建物などに車体をかくし、砲口だけをのぞかせた、いわゆるハルダウンの姿勢で射撃するのが理想で基本だ。

 しかし、拓栄町は広大な稲田ゆえに、遮蔽物も起伏もない完全なる開豁地(かいかつち)。ハルダウンができない。

 宵月が戦闘機動車から継続して送られてくる戦場の情報を処理しつつ、小隊長としてほかの三輛を指揮し、車長をつとめる自分の戦車の操縦手と砲手に命令をくだしていく。

 閉めきられた車内は、空調があるとはいえ、真夏の辱暑(じょくしょ)とエンジンの熱、戦闘室を席巻する多数の電子機器の発熱で、摂氏五〇度ちかくになっている。

 狭いうえに暑苦しく、はやくも酸っぱい臭いの充満しはじめた車内、その操縦手席では、操縦手が、潜望鏡と五つの車外カメラからの映像をたしかめながら、単車のハンドルのようなステアリング制御ハンドルで操縦をおこなっている。ハンドル中央部のギアチェンジ・スイッチを操作すると、三速の有段変速と油気圧無段変速が組み合わさった変速機は円滑に変位した。

 車長とおなじく砲塔内に席をもち、主砲の自動装填装置によって車長席とわかたれている砲手は、正面の砲手用照準画面をのぞきこみ、両の手は、砲の俯仰や砲塔の回転、測距レーザーの発射などをおこなう動力式砲・砲塔制御ハンドルに置く。

 肉声では耳元まで口をちかづけねばきこえぬエンジンの騒音のなか、右に重力がかかる。

 ついで、こんどは左に引っ張られる。とおもいきや、また右、左にGがはたらく。

 操縦手がステアリング制御ハンドルを左右に振り、10式戦車が蛇行運転しているのだ。

 動いている目標に砲をあてるのはむずかしい。まして蛇行などしていれば射撃の難易度は数十倍にはねあがる。

 ただし、それはこちらもおなじだ。こちらが蛇行すれば、相手が静止していても、見かけ上は相手も右に左に動いていることになる。

 宵月がタッチパネルで目標を選択。機動戦闘車が捕捉した、五〇〇〇メートルさきにいる一〇五ミリ装輪自走対戦車砲が、まるで戦闘機のHUDのように、緑の正方形に囲まれてロックオン。その映像は砲手の照準画面にも転送される。

 目標のいる緯度と経度、海抜高度に、自動で砲塔が旋回。自車は直接視認できていないにもかかわらず、目標へ砲身が無言の殺意とともにむけられた。

 左右にカーブし、水田から畦道にのりあげ、また水田におりても、安定化装置が衝撃を吸収し、砲塔と砲身は敵のいる方角に固定されつづける。

 すでに先鋒の機動戦闘車部隊が、接敵機動から応急攻撃へ階梯(かいてい)をすすめている。

 たんなる偵察だけでなく、攻撃されたとなれば、敵も反撃、あるいは退避行動にうつらざるをえない。隠れている敵をのこらずあぶり出すまでが機動戦闘車の任務だ。

 機動戦闘車からの砲撃を警戒したか、一〇五ミリ突撃砲が車体をぐるりとかこむようにいくつも吊るした砂袋をゆらし、発進。静止目標から動目標となる。

 測距レーザーを敵に照射。

 反射光をひろい、正確な距離を測定。

 こちらは蛇行し、標的も側進している。一秒ごとに十メートル以上も近づいては離れる。コンピュータが情報を更新しつづける。

 砲塔後部から垂直にのびる棒みたいな環境センサーがえた、風向、風速、気温、気圧、砲軸傾斜計による車体の傾斜ぐあいなど、射撃に必要な情報が自動で計測、入力される。

 砲手が弾種と装薬の温度を手動入力する。

 装填されるのは運動エネルギー弾。

 入力された膨大な情報をもとに弾道計算機が高速で計算、自車と標的の動きから未来位置さえはじき出し、射角と方位角を決定。砲塔で方位角を、砲身で射角を微調整する。

 火器管制装置から射撃指示がでる。

「撃て」

 宵月の命令に、砲手がタッチパネル式の照準画面に映る目標に人差し指を押しつけて発射。

 砲口が吐きだした爆発音は地をゆるがし、発射焔は、戦車の前方で焔の壁となった。

 撃ちだされた一二〇ミリメートル戦車砲装弾筒付翼安定徹甲弾(せんしゃほうそうだんとうつきよくあんていてっこうだん)の砲口初速は、秒速一八〇〇メートル。じつに音速の五・三倍という超々音速で、約三〇〇〇メートルの大気をつらぬく。

 矢のように細長いタングステンの弾芯は、初速からほとんど速度をおとさず、全速でにげまわっていた一〇五ミリ突撃砲の右側面に突き刺さった。

 超々音速の運動エネルギーが一極集中し、軽装甲と砂袋の増加装甲を薄紙のように貫通。衝撃波が砲塔をびっくり箱のごとく真上に吹き飛ばし、車体を前後に真っ二つに引き裂いた。

 宵月はわれしらず止めていた息を吐いた。蛇行しながらの射撃で、三キロメートルもさきの、それも動く目標に初弾を命中させた。

 ああ、いままでの訓練と忍苦は、すべてこの一瞬のために……自国の戦車の製造技術と部下の練度の高さに感動を禁じえない。

 ほかの三輛も、割りあてられていた目標に初撃を命中させていた。

 宵月は余韻にひたることもなく、タッチパネルにうかぶ第二目標にふれる。ボドワード1の砲塔が、指定された目標へ自動的にむく。

 自動装填装置により次弾が四秒で主砲に込められる。

 と、液晶画面の映す曇天の灰いろと大地の緑のはざまで、親指の爪ほどの大きさの発砲焔がまたたいた。

 風切り音。

 敵が一〇五ミリメートルのライフル砲で応射してきたが、狙いがそれて、蛇のようにジグザグ走行する10式戦車の左をかすめていったのだ。

 ボドワード1の第二射。

 画面では、一〇五ミリ装輪自走対戦車砲から青紫の焔がはじけ、砲身やゴムタイヤがばらばらに飛び散るのが確認できた。またもや命中だ。まさに流鏑馬(やぶさめ)。

 戦闘機動車の収集した情報をもとに、10式戦車小隊が重複攻撃も撃ちもらしもいっさいなく、一〇五ミリ突撃砲や兵員輸送車を効率よくかたづけていく。

 自衛隊にAWACSはあっても、地上部隊を指揮管制するE-8ジョイント・スターズのような地上監視機はない。無人偵察機の導入も進んでいない。

 そのため、装輪ならではの韋駄天のごとき俊足と機動力、74式戦車とおなじ直径一〇五ミリメートルの主砲で少々の敵なら撃破できる機動戦闘車に探りをいれさせたのだ。

 機動戦闘車と10式戦車部隊は電脳で結ばれている。戦車からみえていなくても、機動戦闘車が敵を捕捉していれば、10式戦車は、その目標の存在も種別も位置もしることができる。逆もまたしかりなら、機動戦闘車どうし、10式戦車どうしもしかりだ。

 それは、個が個のまま戦うのではなく、すべての戦闘単位が知覚と情報を共有し、戦場を電網で掌握する、二十一世紀の戦術。

 宵月の胸に自信の炎が燃える。

 高度に組織化された部隊は、戦力に換算すれば二けたはちがう。機動戦闘車と10式戦車の連携のまえに、先端技術とは無縁な北朝鮮など敵ではない。

 機動戦闘車から報告。敵が後退し、市街地まで下がったとのこと。

 拓栄町は制圧できたと判断した宵月は、うしろで待機中の96式装輪装甲車と高機動車の輸送部隊を呼びよせた。どちらも普通科の戦闘員を満載している。

「各車、ボドワード1。市街地戦だ。随伴の普通科隊員とけっして離れるな。断じて並足としろ。終わり」

 戦車以上の高速で、96式装輪装甲車と高機動車が二台ずつ駆けつける。

 輸送車から吐きだされた野戦服たちの手には、89式小銃や古い62式機関銃、無反動砲がかかえられていた。小銃手、支援火器手、無線手などで構成された、三十二名の随伴歩兵だ。

「情報によれば、敵兵の一部はわれわれとまったくおなじ野戦服を着用しているとのことだ。ただし、64式や89式小銃ではなくAKで武装している。そこで見分けろ。誤射をさけるため、弾薬がつきても敵の武器を鹵獲するな。全員に徹底させろ」

 東西にのびる一車線の道路を境として、唐突に水田地帯がきれる。

 住宅街がちかづく。平凡で没個性的な一軒家ばかりのつらなりに左右をはさまれた、片側一車線の道路が直線にのびる。

 四輛の横隊では通れない。

 まず普通科の分隊が先行する。つぎに注意ぶかく宵月のボドワード1が左車線に入る。距離をあけてボドワード2が右車線へ。つぎに左の車線に機動戦闘車、後方右車線に二輛めの機動戦闘車……そうして二列の縦隊を組んで、しんがりはボドワード4がつとめ、車列のあいだを随伴隊員たちがうめる。

 10式戦車はその気になれば時速七〇キロメートルで疾走できるが、普通科隊員をともなっているので時速十キロメートル以下におさえる。

 戦車と歩く隊員らは89式小銃の銃口をあちこちにむけた。建物の窓、曲がり角、すべてに敵がひそんでいるという強迫観念にとらわれているようだった。

 車内の宵月も、緊張に顔が鬼瓦のようになっていた。

 戦車は、平原はもちろん丘陵、凍土、沙漠に砂礫地帯と、およそ地球上の多くの地形で走行できる。そんな戦車がもっとも苦手とするのが、市街地だ。

 戦車は装甲で固められているぶん視界がせまい。路地だと『戦略大作戦』のティーガーⅠよろしく砲身がつっかえてまわらないこともある。対して敵は建物にかくれ放題だ。

 戦車はまた、上部分がもっとも装甲がうすい。建物のうえからの攻撃には最大の弱点をさらすことになる。

 上方へ反撃しようにも、砲の射角には限界がある。

 10式戦車の場合は、主砲が二〇度までしかあがらない。

 これは建物との距離が二〇メートルであるとき、十二、三階以上からの攻撃には無力となり、六〇メートル離れていても二〇階以上にいる敵に手も足もでないことを意味する。

(さいわいというか、小松市じゃそんな高いビルは朱鷺よりめずらしいが、たとえ低い民家でも危険だ……)

 屋根のうえから対戦車ロケットが撃ちこまれるおそれとてある。

 普通科隊員らが戦車の目となり、油断なく索敵する。三十二名の隊員たちがもつ六十四個の目玉は、さながら視線の針鼠となって周囲をくまなく警戒する。

 後方にまわりこまれて包囲されてはたまらない。入念に安全を確保しながら進むため、一行の足は牛歩となる。

 宵月には違和感。街があまりに静かすぎる。敵どころか市民のひとりもいない。

 街ごと打ち捨てられたようにひっそりと沈黙する住宅街に、10式戦車と機動戦闘車の動力の騒音と振動だけが響く。

 信号機にとまる鴉(からす)が慎重な足どりの自衛隊を見おろし、老婆のような嗄れ声をあげて羽ばたいていった。

 交差点に入ろうとしたとき、先頭の隊員が左手を直角に上げた。横顔には焦燥。

「停止! 車が走ってくる!」

 通信に、10式戦車と機動戦闘車らが交差点まえで停まる。

 車長用の画面では、交差点の中央に立ったふたりの隊員が、右の道路にむかって手を大きく振っている。停車をうながす呼びかけが、すぐに怒号となる。

 つぎの瞬間、右の道路から白いワゴン車が飛び出し、制動もかけないまま交差点に進入。

 隊員のひとりが横に飛んで回避したが、もうひとりは間に合わなかった。

 ボンネットに体が乗り上げて、フロントガラスに鉄帽が激突。ガラスに放射状の日々を刻み、まるで人形のように軽々と撥ね飛ばされた。受け身もとらないままアスファルトに叩きつけられる。

 ワゴン車は一顧だにせずタイヤを流して曲がった。トヨタのエンブレムが宵月の眼底を射抜く。宵月の心拍が跳ねあがる。こちらにくる。

「VIED(自動車爆弾)だ。撃て! 近寄らせるな」

 さけびつつ、車内から遠隔操作で砲塔上部の十二・七ミリメートル重機関銃を運転手席へむけ発射。

 重低音の銃声とともに大口径の銃弾が連射される。

 毎分一二〇〇発の直径十二・七ミリ弾の嵐に、ひびで白濁していたフロントガラスが完全にはじけとび、タイヤに穴が開き、車軸も寸裂。

 ワゴン車は瞬時に大破し横転。倒れてなお慣性のまま路面に火花をあげながら特攻し、ボドワード1の右を辷(すべ)っていく。

 車は右後方のボドワード2に激突してようやく停止。

 液晶がやけつくほどの閃光。

 気密された戦車の車内にいても耳をつんざく爆発音。ガソリンに引火しただけではありえない大爆発だ。ボドワード2が黒煙に包まれている。

「ボドワード2、被弾! 負傷者なし。射撃継続可能なるも左履帯破断、誘導輪破損。走行不能!」

 煙が晴れると、装甲にはほとんど傷のないボドワード2の姿が現れる。

 戦車砲さえ受けとめる10式戦車の正面装甲は、密着した状態での即製爆発物の爆発にも耐えたのだ。しかし、さすがに履帯までは防護しきれなかったようだ。

「敵を確認。正面二階。奥の陰に一〇五ミリ、複数」

 無線に普通科隊員の上ずった声が飛び込んできた。

 車長用統合型表示装置の液晶で確認。交差点のむこう、角に建つ酒販店の二階から、何人もの男がカラシニコヴァの発砲焔をまたたかせている。射弾はばらまかれ、宵月の乗るボドワード1の装甲を啄木鳥(きつつき)のようにつつく。戦車にとっては豆鉄砲だが、生身の普通科隊員にとっては危険だ。

 宵月は操縦手に命令。超信地旋回で自車を回頭、敵火力点たる酒販店に対し真横にむけさせる。

 酒販店のむかいの、板井歯科医と看板の出ている三階建ての白い建物の窓からも、アサルトライフルの発砲焔がのぞく。

 完全装甲弾の雨のなか、普通科隊員らが城壁となったボドワード1の陰に入る。

 ボドワード2は動けない。履帯と誘導輪を直そうにも、銃弾の飛び交うなかでは不可能だ。

「榊(さかき)士長、立つな。匍匐でこちらへこい!」

 隊員の怒鳴り声。さきほどの自動車爆弾の突撃のさいに間一髪でかわした隊員が、交差点のど真ん中にとりのこされていた。

「射撃用意、正面、二階をねらえ。化学エネルギー弾」

 宵月の命令に、砲手が砲塔旋回。

 主砲たる四十四口径一二〇ミリメートル滑腔砲の砲身が指向。

 画面のむこうで、酒販店二階の男たちがそろって青ざめる。

「撃て!」

 移動する要塞から、憤怒の戦車砲が発射された。

 音速の五倍以上、ほんらいは二〇〇〇から五〇〇〇メートルむこうの敵戦車を破壊するための砲弾が、わずか三〇メートルの間合いで放たれた。

 まばたきする間もなく着弾。

 爆音とともに酒販店の二階部分が爆裂し、粉砕された。コンクリが砕け、鉄骨が飴のようにちぎれ、破片と白煙がまきちらされる。

 対戦車装弾筒付翼安定徹甲弾が純粋な運動エネルギーのみで装甲を貫徹するのに対し、化学エネルギー弾と通称される安定翼付成形炸薬砲弾は、弾頭につめられた炸薬の爆発に円錐形の指向性をあたえ、超高圧のジェット噴流で鋼板を穿つ。

 徹甲弾同様、装甲貫通のための砲弾だが、金属を常温で流体にせしめるほどの超圧力で噴射される成形炸薬の爆裂と、それにともなう衝撃波は、人体など、豆腐よりたやすく引き裂く。

 酒販店は、一階の天井から二階が屋根ごと円形にえぐりとられ、戦車砲弾の直撃による破壊の惨状をさらしていた。内部では堆(うずたか)く何列にも積まれていたプラスチック製の通用箱が倒壊し、なかには液状に溶けているものさえあった。

 粉塵があたりに拡散。榊士長が煙幕のなかを匍匐する。だが、進路がそれている。

 当惑していると、榊士長は、ワゴン車にはねられた隊員に手を伸ばしていた。

 息があるはずがない。それでも榊士長は隊員の腕をみずからの首のうしろに回し、だきかかえるようにして、ボドワード1にむかう。

 ボドワード1は自動装填装置が装填中。次弾装填までの四秒が長い。副砲の七・六二ミリメートル同軸機銃と車載の十二・七ミリメートル重機関銃でつなぐ。

 宵月の撃った十二・七ミリメートル弾の一発が、歯科医院三階でカラシニコヴァを撃っていた男の右のこめかみをかすった。それだけで男の顔は右半分が赤い霧となって消失。断面から血と脳漿、崩れた桃いろの脳味噌がこぼれる。のこった左目が驚愕に見開かれる。男はあわてて右手で断面をおさえ、脳味噌が落ちるのをとめようとするが、直後に白目をむいて倒れた。

 となりの男が悲痛な顔で見下ろす。ふたたびあげられた顔は憤激に燃え盛っていた。なにごとかさけびながらAKを乱射する。

 普通科隊員たちも後方の何軒かの民家の屋上に展開。

 二脚で安定させた89式小銃と、三脚を据えた62式機関銃で制圧射撃。榊士長を援護する。

 前後からの弾雨のなか、榊士長は、うなだれて両足もひきずっている隊員をかかえてもどってくる。完全武装の大の男だ。やたらに重い。ボドワード1までの二、三〇メートルが、何キロメートルにも伸びる。

「ボドワード1、支援火器班。新たな火力点を確認。十時、酒屋の隣」

 敵がさらに増えた。酒販店の向かって左隣、二階建ての蕎麦屋のベランダから、アサルトライフルが火を吹く。

 動けぬボドワード2の主砲が歯科医院に突きつけられる。

 発射された砲弾が医院ごと敵兵をまとめて誅戮(ちゅうりく)。火力点のひとつが沈黙する。爆風がかえって白煙を散らしていく。

 蕎麦屋の瓦葺きの屋根上に人影。宵月の汗まみれの体が凍りつく。

「RPG! 榊士長、そいつはもう死んでいる。はやくこい!」

 屋根に立つ、陸上自衛隊とまったく同一の野戦服の男が、肩にかついだロケットを射った。

 ロケット推進の榴弾は、榊士長の頭上を通過。すぐ目の前の路面に着弾した。

 一定の大きさに分断するように鋼線の仕込まれた弾頭が爆発し、同心円状に弾殻がまきちらされる。

 そのうちのひとつが、榊士長の胸部中央に突き刺さり、防弾チョッキや胸骨の抵抗などないように背中側へ抜けていった。

 榊士長の胸には、成人男性の腕の太さほどの穴がぽっかりと開けられていた。穴からは、むこう側の景色さえのぞくことができた。

「は?」

 自分の身に起こったことが信じられず、胸板をながめる榊の疑問の声がきこえた気がした。

 胸と口から鮮血がほとばしり、肩をかしていた隊員もろとも倒れる。アスファルトに猩々緋(しょうじょうひ)の水溜まりが広がっていく。

「一時方向に民間人。援護を求む!」

 呆然とする時間などない。戦況は秒単位で進展する。

 歯科医院のあった道から、砂塵で真っ白に染まった少年が走ってくる。ぜったいに助けださなければならない。

 発煙弾で煙幕を張る。濃密な煙が敵から視界と赤外線をさえぎる。

 煙幕とすさまじい援護射撃のなか、普通科隊員三名が少年の確保に乗りだす。

 だが、丸刈りの少年は隊員らの手をぬけ、なおも全力疾走。ふりかえる三人の顔には困惑が張りつく。

 少年は、ボドワード2に駆け寄り、ズボンのポケットからとりだした何かを主砲の砲口に投げ込んだ。

 きびすを返した少年は、ふたたび煙幕のむこうに帰っていく。

「ボドワード2、いますぐ下車しろ!」

 悪寒に宵月が喉をからしてさけんだのとほぼ同時に、くぐもった轟音がして、砲口と、車長用ハッチから、黒い煙が噴き出した。

 やや間があって、こんどは砲塔上面から火が出たかと思うと、たちまち急成長。勢いよく立ち昇る焔は、建物の五、六階にまでなんなんとする火柱となった。

 火勢が弱まる。

 ハッチから、ボドワード2の車長が這い出てくる。野戦服も鉄帽も真っ黒に炭化しており、顔の皮膚も、焦がしすぎた肉のいろとなっていた。

 砲塔から車体、道路へと転げ落ちる。車長は人のかたちをした炭も同然だった。倒れたまま痙攣する五体からは蒸気があがり、沸騰した血液が流れ出てくる。

「さっきのガキは、日本人じゃない。便衣兵(べんいへい)だ」

 薄れた煙幕のむこうで、影が動く。影は、戦車なみの巨体に、長大な一本角をそなえていた。

「一〇五ミリ突撃砲が動くぞ。照準あわせ!」

 胸には暴風が吹きすさんでいるが、宵月には車長と小隊長としての責務がある。

 発進した一〇五ミリ装輪自走対戦車砲の車体や砲塔の周囲には、これでもかと人間が乗っていた。戦車跨乗兵(せんしゃこじょうへい)のつもりだろうか。

 風が煙を流す。輪郭が明瞭となる。なおも画面をにらむ宵月の眉間に、極大の嫌悪の亀裂が刻まれる。

「くそったれが」

 唇は憎悪の塊を吐き捨てた。

「それが人間のやることか!」

 おのれの運命を呪う数多の絶叫、叫喚、悲鳴が渾然とまざり、天に冲(ちゅう)する怨嗟となる。

 車体に敵が跨乗していたのではない。一〇五ミリ突撃砲には、周囲をぐるりと取り囲むように、十人以上もの市民がロープで縛られ、吊るされていたのだ。まるで土嚢や砂袋で即席の増加装甲とするように。

 肉の盾にされた市民は、男もいれば女もおり、子供も老人も見境がなかった。いずれも涙とよだれと鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしながら泣き叫んでいる。

 自衛隊に対しては最強の装甲をまとった一〇五ミリ突撃砲が、宵月らのいる方向とは逆に走り出す。撤退する気だ。

「照準あわせ。射撃を許可する」

 砲手が正気かとふりむく。車長たる宵月のこぶしは震えていた。

「ここでわれわれが攻撃しなければ、やつらはあのくそったれな方法が自衛隊に対して有効であると学習する。そうすれば、ますます犠牲者は増える」

 煮えくり返るはらわたをかきむしりたい衝動に襲われながらも続ける。

「わたしがすべての責任を負う。命令するのはわたしだ。罪もわたしが背負う。なんならわたしが撃ってもいい」

 砲手が照準用画面に顔をもどす。

「撃つのは自分の仕事です。命令してください」

 弾道計算機が方位角と射角を算出する。発射準備完了。

「撃て!」

 一二〇ミリメートル滑腔砲から発射された運動エネルギー砲弾は、寸分の誤差なく一〇五ミリ装輪自走対戦車砲に命中。細長い弾芯がつぶれながら運動エネルギーを破壊力に変換し、貫徹。車内に超衝撃波の嵐をまきおこす。

 積んでいた砲弾に誘爆したか、内部から爆発。周囲に吊られていた市民らも、首や手足、胴がちぎれ、一〇五ミリ突撃砲の破片とともに宙を舞った。

(すまない!)

 画面に視線を固定させたまま、宵月は滂沱(ぼうだ)と涙を流していた。目をそむけることは許されない。それだけはしてはならなかった。

 おなじように人間の増加装甲をまとったもう一輛の一〇五ミリ突撃砲に、断腸の思いで発射。肉と内臓と金属、炎が画面のむこうで乱舞する。

 炎上する建物に爆砕された民家、沈黙した味方戦車。濛々(もうもう)たる粉塵。煉獄への顎(あぎと)が開いたかのような光景だった。

 褐色の土煙に小さな影。小学校高学年くらいの少女が塵肺のように咳き込みながら歩いてくる。白かったであろうワンピースは泥のいろに汚れていた。

 少女のぶどうのような瞳が自衛隊を映す。双眸には安堵の色。少女は咳とともにさらに近づく。

 銃声。

 少女のワンピースの胸元が赤く染まった。少女は全身が液体になったかのように力なく倒れた。

「だれだ、いま撃ったのは!」

 戦車帽のレシーバーにだれかの怒声が響く。

 液晶でまわりをたしかめる。89式小銃を少女のほうにむけたまま棒立ちしている隊員がいた。硝煙のあがる銃口は、画面ごしでもわかるほど震えていた。

「あのガキは、きっと敵の一味だ。油断させて戦車にちかづいて、手榴弾をぶちこむ気だったんだ」

 ひきつった笑みを横顔に刻んだ隊員が、どもりながらまくしたてた。

 べつの隊員が、用心深く少女に歩み寄る。右手で小銃を保持したまま、幼い体を検分。首を左右に振る。

「武器も、爆弾ももっていない。おそらく本物の日本人だ」

 いまだ射撃態勢のままの隊員の笑みが硬直した。

 交差点左の道路から連続的な銃声がこだまする。

 カラシニコヴァだ。ただし、撃っているのは朝鮮人民陸軍兵士の戦闘服でも陸上自衛隊の野戦服でもない。Tシャツにジーパンという私服の男だった。

 右へ行く道路では、若い女性が号泣しながら髪を振り乱して走り回る。何人もの私服がつづく。

「どれが敵で、どれが日本人だ!」

 最新技術の粋をあつめた10式戦車とて、朝鮮人と日本人をみわける能力などついていない。

 敵か味方かもわからない人間が、大挙して宵月たちに押し寄せる。

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