風月参上
装備を更新した。
アイテムも拾えるようになった。
レベルも上がった。
そして……相変わらず素足。
今回は、そんな俺がエリゴールへ再挑戦します。
さらに、ようやくあの同僚ともゲーム内で合流。
ここから少しずつ、俺のコムル生活が「一人で遊ぶゲーム」から変わっていきます。
それでは、続きをどうぞ。
装備を更新した。
アイテムの拾い方も覚えた。
レベルも上がった。
そして俺は今……PCのモニターに映し出された、木々の生い茂るチェシュカを駆け回っていた。
正確には、俺は椅子に座っている。
走っているのは画面の中のファイターだ。
しかも……。
素足で。
「…………」
剣。
盾。
鎧。
小手。
そして素足。
上半身だけ見れば立派な冒険者。
下まで見ると、何かあった人である。
まあいい。
靴を履けば重量オーバーになるのだから仕方がない。
たぶん冒険者に必要なのは、オシャレより実用性だ。
◇ ◇ ◇
木々の隙間にケーブマンを見つけた。
「おった」
カーソルを合わせてクリック。
画面の中のファイターが勢いよく駆け出す。
素足で。
「いけ!」
ザシュッ!
数回剣を振ると、ケーブマンが地面へ崩れ落ちた。
その足元にKalz。
「おっと」
昨日までの俺なら、ここで颯爽と立ち去っていた。
金を残して。
だが今の俺は違う。
学習した男である。
スペースキーを押す。
チャリン。
所持金の数字が増えた。
「……入った」
当たり前である。
拾ったのだから。
だが昨日、何時間も狩って所持金100Kalzだった男にとっては、これだけでも大きな成長だった。
◇ ◇ ◇
次に見つけたのはケーブマンソード。
「……お前か」
昨日、散々苦しめられた相手である。
もちろん向こうは俺を知らないし、同じ個体ですらないだろう。
だが俺の中では……お前である。
「昨日はよくもやってくれたな」
深夜。
一人。
PCの前でモンスターに話しかける会社員。
まだネトゲを始めて2日目である。
先が思いやられる。
クリック。
ザシュッ!
反撃を食らう。
「お?」
HPを見る。
思ったほど減っていない。
「全然痛くないやん」
もう一撃。
さらに一撃。
ケーブマンソードが倒れた。
「…………弱っ」
昨日の俺に聞かせたら、たぶん殴られる。
◇ ◇ ◇
そこからは完全に調子に乗った。
敵を見つける。
倒す。
スペース。
拾う。
次。
白い袋。
「いただきます」
青い袋。
「青!」
こういう時だけスペースキーを押す速度が速い。
アイテム欄を開く。
「…………」
何に使うのかは分からない。
「まあ、青いからええやろ」
初心者のアイテム価値判断など、だいたい色である。
そんな感じで夢中になっていると、ふと時計が目に入った。
午前0時30分。
「…………」
二度見。
午前0時30分。
時計というものは、二度見したところで時間を巻き戻してはくれない。
「やっべぇ……明日も仕事やん」
急に現実が戻ってきた。
数秒前まで俺はチェシュカを駆け回るファイターだった。
モニターから目を離せば、ただ夜更かししている会社員である。
「寝るか……」
普通なら、ここで寝る。
だが。
「…………」
一匹。
やり残したヤツがいる。
エリゴール。
昨日、俺をほぼ瞬殺したモヤモヤ光る怪人。
時計を見る。
モニターを見る。
「…………」
ふむ。
「エリゴール倒して寝るか」
なぜそうなる。
◇ ◇ ◇
地下5階へ向かう。
もちろん……素足で。
「……靴、欲しいな」
ようやく冒険者として当然の願望が芽生え始めた。
地下5階。
周囲を見渡す。
木。
木。
モンスター。
木。
そして……。
「……おった」
モヤモヤと光るエリゴール。
昨日の宿敵。
少なくとも俺の中では。
向こうからすれば、昨日たまたま倒した素足のファイターがまた来ただけである。
「よし……」
椅子の上で姿勢を正す。
装備は強くなった。
レベルも上がった。
回復アイテムは……ポーション数個。
「…………」
ここで気づく。
「町で買えばよかったんじゃね?」
正解。
なぜ地下5階で気づく。
まあ……。
「いけるやろ」
根拠はない。
ネトゲ初心者の「いけるやろ」ほど信用できないものもない。
◇ ◇ ◇
エリゴールへカーソルを合わせる。
「いくぞ……」
カチッ。
ファイターが駆け出した。
ドンッ!
「痛っ!」
エリゴールの一撃に、思わず俺まで身体を引く。
もちろん現実の俺は何も食らっていない。
それでも痛い。
HPを見る。
「……あれ?」
思ったほど減っていない。
「いける!」
カチッ!
ザシュッ!
エリゴールのHPが削れる。
さらに攻撃。
反撃。
攻撃。
反撃。
昨日とは明らかに違う。
ちゃんと戦えている。
「これ勝てるやん!」
完全に調子に乗ったところで、自分のHPを見る。
「…………」
こっちも結構減っていた。
「ポーション!」
アイテム欄を開く。
「……どれ?」
クリック。
反応なし。
ドンッ!
「ちょ、待て待て!」
当然、エリゴールは待ってくれない。
「これやろ!」
クリック。
HPが回復する。
「おぉ! 使えた!」
ドンッ!
「回復した瞬間殴んなや!」
理不尽である。
エリゴールは何も悪くない。
「くっそ!」
カチッ!
「昨日の分!」
ザシュッ!
「もう一発!」
ザシュッ!
「素足の分!」
素足はエリゴールのせいではない。
だが、この時の俺にそんな冷静な判断を求めてはいけない。
エリゴールのHPが残りわずかになる。
「あとちょい!」
マウスを握り直す。
「いけ!」
カチッ!
ザシュッ!
HPがゼロになる。
「…………」
倒れた。
「……勝った」
しばらく画面を見つめる。
昨日あれほど恐ろしく見えたエリゴールが、今は俺のファイターの足元に転がっている。
ゆっくり背もたれへ身体を預け、腕を組む。
「ま、まあ……こんなもんだ」
誰も見ていない部屋で、最大限の強者感を出してみる。
数時間前に瞬殺された男である。
◇ ◇ ◇
そしてRPG好きなら期待する。
強敵を倒した。
ならば……。
レア武器。
ユニーク装備。
伝説の何か。
「さてさて……」
前のめりになってドロップを見る。
「…………」
…………。
「…………」
うむ。
現実である。
いや。
ネトゲである。
漫画の主人公なら、ここで伝説の魔剣でも手に入れるのだろう。
だが、ここはコムルオンライン。
俺がこの物語の主人公かどうかなど、運営は知らない。
「……まあ、分かってたけどね」
時計を見る。
午前1時。
「寝よ」
社会人としての理性が、約30分遅れて帰ってきた。
◇ ◇ ◇
翌日。
「…………ねむ」
当然である。
深夜1時までモヤモヤ怪人と戦っていたのだから。
それでも不思議と気分は悪くない。
いつもの職場。
いつもの仕事。
昨日までと何も変わらない。
ただ一つ。
時計を見る回数だけが増えていた。
「まだ10時か……」
早く帰りたい。
コムルがしたい。
仕事が終わった後に楽しみがある。
たったそれだけで、いつもの一日が少し違って感じる。
人間。
実に分かりやすいものである。
◇ ◇ ◇
昼休み。
同僚が声をかけてきた。
「そういや、コムル入れたん?」
「ああ! 入れた入れた! めっちゃ楽しいやん!」
「そうやろ? レベルなんぼまで上げたん?」
来た。
俺は少し姿勢を正した。
「ふふん……20」
昨日は何度も死んだ。
装備も貰った。
エリゴールまで倒した。
初日にしては相当頑張ったはずだ。
「おぉ」
同僚が少し感心した顔をする。
そして。
「雑魚やん」
「…………え?」
「まあ、初日にしてはボチボチやね」
「いやいやいや! 俺、マジで頑張ったよ!?」
「やけん電話しーよって言ったやん。渡せる装備とかあるし、説明もいるやろ?」
「…………」
衝撃が走った。
そうだった。
こいつ、確かに言っていた。
『コムル入れれたら電話してよ』
「おおお……俺の苦労……」
頭を抱え込む。
「知らんがな」
同僚は笑っている。
だが、後悔はしていなかった。
もし最初から全部教えてもらっていたら。
アイテムを拾えず悩むことも。
知らないプレイヤーに助けてもらうことも。
エリゴールを倒した時の感動も。
なかったかもしれない。
何も知らなかったからこそ、昨日はあれだけ楽しかった。
…………。
それはそれとして。
エリゴールを倒した俺の感動を返してほしい。
「とりあえず今日ログインしたら電話してちょ」
「ん?」
「色々教えることあるからさ」
同僚が妙に得意げに笑った。
「…………」
なんか嫌な予感がする。
◇ ◇ ◇
仕事を終え、会社を出る。
10月の夕方。
外はもう薄暗い。
車に乗り込み、エンジンをかける。
「帰ったらコムルや」
それだけで気分が軽くなる。
早く帰りたい。
早くログインしたい。
ふと、子供の頃に新しいゲームを買った帰り道を思い出した。
家に着くまでが待ちきれなかった、あの感じ。
大人になって、そんな感覚はもうなくなったと思っていた。
でも。
ちゃんと残っていたらしい。
「ゲームでこんなワクワクすんの、久しぶりやな」
一人、車の中で少し笑った。
◇ ◇ ◇
帰宅。
飯。
風呂。
歯磨き。
いつもより明らかに早い。
午後8時。
「完璧や」
自室へ入り、ボロいPCの電源を入れる。
ブォォォン……。
「…………」
遅い。
仕方なくタバコに火をつけ、煙を吐きながらモニターを見る。
「まだ?」
PCに聞いても返事はない。
ようやく起動。
「よし!」
コムルを立ち上げ、ログイン。
ルディロス。
「さあ、今日も冒険しよう……」
ちょっと格好をつけて言ってみる。
そして。
そそくさと携帯電話を手に取る。
まず同僚に電話である。
◇ ◇ ◇
プルルルル……。
5コールほどで同僚が出た。
『ごめーん、飯中~♪』
「…………」
ログインしたら電話しろと言ったのはお前である。
「ふむ。あと10秒待つから早く済ませたまえ」
『オーケー。その態度、忘れんぞ』
「ふふん。早くしてや」
結局。
10秒どころか10分待った。
『よし、食った』
「おせぇよ」
『うるせぇ。で、ルディとイダ、どっちいんの?』
「…………」
ルディ。
イダ。
なるほど。
略したか。
なんとなくネトゲ慣れしている人っぽい。
今度から真似しよう。
「ルディにおるよ」
さっそく使う。
『おーけぃ。キャラ名なによ?』
「ひみちゅ」
『あ、はい。そーいうのいいんで早く教えて』
「…………」
冷たい。
「あ、はい。たくみです」
『おーけぃ、たこみ』
「たくみな」
『ルディの中央の像で待っとき。俺は風月な』
「ういす」
◇ ◇ ◇
ルディロス中央。
女神像の前。
俺のファイターが棒立ちしている。
剣。
盾。
鎧。
小手。
素足。
棒立ち。
「…………」
なかなかシュールである。
しばらくすると、電話の向こうから声がした。
『着いたで』
「ん?」
『俺俺』
画面の中。
一人のファイターがこちらへ歩いてくる。
「……おぉ」
不思議な感覚だった。
数時間前まで職場で普通に喋っていた同僚が、今はモニターの向こうから歩いてくる。
コムルオンラインでの名前。
風月。
俺は思わず画面へ顔を近づけた。
同じファイター。
なのに……全然違う。
白銀の刀身。
金色の柄。
中央にはエメラルドのような細工。
左手には緑と白の騎士らしい盾。
「……かっこよ」
『やろ?』
「調子乗んな」
俺を見る。
風月を見る。
もう一度、俺を見る。
「…………」
俺。
素足。
風月。
ちゃんと靴。
「同じファイターよね?」
『そうやけど?』
「……なんでもない」
◇ ◇ ◇
ピコン。
突然、画面にウインドウが出た。
パーティ加入。
「これ何?」
『確認押して』
クリック。
画面の端に「風月」の名前とHPが表示された。
「おぉ……これがPTか」
RPGのパーティなら知っている。
だが、画面にいる風月を動かしているのはCPUではない。
電話の向こうにいる同僚だ。
それが妙に新鮮だった。
『左下のチャット欄押したらPTチャットにできるから』
「電話でも喋っとるのに、画面からもお前が喋ってくるんやな」
『俺やからな』
「そりゃそうやけど」
言われた通りPTチャットへ切り替える。
『テステス。』
Enter。
「おぉ……」
また一つ。
ネトゲっぽいことができた。
すると風月から青い文字が返ってきた。
『たこみ、その装備どーしたん?』
「たくみな」
『はいはい。で、その装備』
「ああ。昨日アイテムの拾い方分からんかったけんSayで聞いたんよ。そしたら教えてくれて、ついでに装備までくれた」
『ふむ』
「何その“ふむ”」
『いや、ゴミ押し付けられたんだなって』
「おまえ……」
まあ、風月はこんなヤツである。
「俺的にはめっちゃ助かったんやけどな」
『何にせよ、よかったやん。ゴミでも課金装備が手に入って。とりあえずパワレベ行く前に、このゲームの基本から教えるわ』
「…………」
電話の向こうから、妙な張り切り具合が伝わってくる。
「先生」
『なんだね、たこみ君』
「手短にお願いします」
『無理です』
「即答かよ」
『まずな……』
始まった。
風月による。
コムルオンライン初心者講座。
昨日まで、サボテンを殴り、アイテムを拾えず、知らないプレイヤーに助けてもらい、素足でチェシュカを駆け回っていた俺。
そんな俺に、風月は何を教えるつもりなのか。
そして。
昨日聞いたあの言葉。
『パワレベしてやる』
パワーレベリング。
この時の俺はまだ知らなかった。
このあと。
昨日あれだけ苦労してレベル20まで上げた自分に、心の底から言いたくなることを。
……俺の昨日一日、何だったん?
と。
まあ。
それは次の話である。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ようやくエリゴール撃破。
昨日あれだけ苦戦した相手を倒して、
「俺、強くなったな……」
と満足していたわけですが。
翌日。
「雑魚やん」
一言で終わりました。
当時の俺はレベル20まで上げただけでも、かなり頑張ったつもりだったんです。
それだけに「パワレベ」という言葉が何を意味するのか、まだよく分かっていませんでした。
そして今回、初めて風月とゲーム内で合流しました。
現実では普通に顔を合わせている同僚が、モニターの中では別の名前、別の姿で歩いてくる。
今なら何とも思わないことですが、初めて経験した時は妙に不思議で、ちょっと感動したのを覚えています。
そして次回。
いよいよ始まります。
風月先生のコムルオンライン初心者講座。
そして……初めてのパワレベ。
昨日あれだけ必死になって上げたレベル20がどうなるのか。
俺はまだ知りません。
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それでは、また次回!
……俺の昨日一日、本当に何だったん?




