MMOはあったかい……
今回は、俺が初めて「画面の向こうの人」と会話した頃のお話です。
アイテムの拾い方すら知らない。
露店も知らない。
もちろん、白チャの使い方だってよく分からない。
そんな初心者が、ついに他のプレイヤーへ話しかけます。
今では当たり前になったオンラインゲームでの交流。
でも当時の俺には、それだけでかなり勇気のいることでした。
それでは、続きをどうぞ。
**2026年**
「やっばい!」
リビングの向こうから、嫁の声が飛んできた。
「ん?」
ソファに座っていた俺が顔を上げる。
テーブルの上には布やら金具やら、作りかけの手帳やら。
嫁がネットフリマで販売しているハンドメイド作品だ。最近、それがどうにも好調らしい。
「毎日3個くらい売れてんだけど! 作るの追いつかんのやけど!」
「おぉ。嬉しい悲鳴やん。いい感じに軌道に乗れてんやん」
「んー。まだまだやろ。ひと月で50個は売れるようにしたい」
「へぇー」
「へぇーってなんよ」
「まあ、頑張れ!」
親指を立てる。
完全に他人事である。
嫁がこちらを見る。
「うわぁ……うざっ」
「なんでや!」
そんな感じで、俺たちは今でも憎まれ口を叩きながら、それなりに仲良くやっている。
嫁は今、MMOから離れている。
「子供が小学生になるくらいまでは無理だね」
本人はそう言っている。
とはいえ、俺が遊んでいるFF14を横から覗き込んでは、
「そこで死ぬ?」
「今の絶対お前が悪いやろ」
「その装備ダサくない?」
頼んでもいない実況を始める。
「うるせぇ!」
そう言うと、満足そうに笑いながら去っていく。
MMOは引退中。
口だけは現役である。
……そんな嫁と、俺が初めて出会った場所は。
職場でも、学校でも、友達の紹介でもなかった。
画面の向こう側。
オンラインゲームの世界だった。
もっとも、この頃の俺は……その「画面の向こうにいる人」とまともに会話する方法すら、まだ知らなかったのだが。
◇ ◇ ◇
話を戻そう。
時は、俺がコムルオンラインを始めたばかりの頃。
チェシュカ地下5階。
レベル13の俺は、レベル21のモヤモヤ光るエリゴールに挑み……。
見事に2発くらいで消し飛ばされた。
「…………」
さすがの俺でも思った。
これは……何かが足りない。
まあ。
全部足りないのだが。
「……一回、町戻るか」
このまま突撃を繰り返しても、勝てる未来がまったく見えない。
武器。
防具。
回復アイテム。
とりあえず、その辺を何とかしよう。
そう考えた俺はチェシュカを離れ、始まりの町ルディロスへ戻ることにした。
◇ ◇ ◇
**ルディロス**
ゲーム開始時に選択できる2つの町のうちの一つである。
もう一つはイダー。
砂漠の中にある町で、その上部にはなぜか湖がある。
砂漠。
その上に湖。
うむ。
ファンタジー世界あるあるである。
対するルディロスは、いかにもRPGの「始まりの町」といった雰囲気だった。
石畳の道。
洋風の建物。
中央には噴水と大きな女神像。
俺も深い理由などなく、こっちを選んでいた。
ただ、ゲームを始めたばかりの頃は町を見る余裕なんてなかった。
操作方法も分からない。
どこへ行けばいいかも分からない。
とりあえず外へ出る。
ダンジョンを見つける。
入る。
サボテンがいる。
殴る。
そんな感じだった。
だから改めて戻ってみると、初めて来た町のように感じた。
「おぉ……中々広いやん」
マウスを動かし、ゆっくりカメラを回す。
石畳の道を進んで、気になった細い路地へ入ってみる。
行き止まり。
「なんもないんかい」
今度は階段を見つける。
登る。
何もない。
「ないんかい」
ゲーム的には無駄である。
だが、それすら楽しかった。
自分のキャラクターで知らない町を歩いている。
それだけなのに、本当に知らない土地を散歩しているような気分になる。
そして、町並み以上に俺の目を引いたものがあった。
「……人、多っ」
プレイヤーだ。
初心者っぽいファイター。
召喚獣を連れたサマナー。
弓を背負ったレンジャー。
派手な装備を身につけたプレイヤーもいる。
「なんやあの武器……」
デカい。
光っている。
強そう。
「絶対つえーやん……」
気づけばカメラで追いかけていた。
その人が走る。
俺の視点も動く。
そして……見失う。
「あ」
知らない人である。
何の関係もない。
なのに、なんとなく気になる。
町を走っている人。
噴水の横にいる人。
何もせず座っている人。
その全員がNPCではない。
画面の向こうのどこかで、俺と同じようにPCの前に座り、このキャラクターを動かしている。
「……すげぇな」
何度考えても、やっぱりワクワクする。
◇ ◇ ◇
とはいえ、俺が戻ってきた目的は観光ではない。
「そうや。装備や」
エリゴールにぶち殺された原因。
たぶん装備。
少なくとも俺はそう思っていた。
「武器屋……武器屋……」
町を歩く。
…………。
「どこよ?」
NPCはポツポツ立っているが、誰が何の店なのかよく分からない。
一人に話しかける。
違う。
次。
違う。
さらに次。
「おっ」
ようやく商品一覧らしき画面が開いた。
武器屋。
「見つけた!」
NPCの名前はロコ。
「ロコさんね。じゃあ武器見せてもらいますよっと……」
商品一覧を見る。
剣。
剣。
剣。
「…………」
正直、何が強いのか分からない。
攻撃力らしき数字や必要レベルらしきものが色々書いてあるが、初心者の俺にはほぼ暗号である。
「まあ……強そうな名前のでいいやろ」
目についた武器を選んだ。
ロングソード。
「お、これでいいやん」
価格。
76,000Kalz。
「…………」
ん?
画面に顔を近づける。
76,000Kalz。
「7万……?」
右下の所持金を見る。
100Kalz。
もう一度見る。
ロングソード。
76,000Kalz。
俺。
100Kalz。
「…………え?」
椅子に座ったまま固まる。
「いやいやいやいや」
ロングソードよ?
RPGによっては、下手すりゃ初期装備で渡されるやつよ?
伝説の剣じゃない。
エクスカリバーでもない。
ロングソード。
76,000。
俺。
100。
「買えるわけないやん!」
ゲーム開始直後に住宅ローンを提示されたような気分である。
◇ ◇ ◇
ここで一つ、疑問が浮かんだ。
「……おかしくね?」
俺はチェシュカで結構な数のモンスターを倒している。
死んだ回数も多いが、倒した数だってそれなりだ。
なのに……所持金100Kalz。
「いや……何かがおかしい」
そこで、チェシュカでの光景を思い返した。
モンスターを倒したあと。
地面に何か落ちていた。
「…………」
Kalz。
確かに落ちていた。
白い袋みたいなものも。
たまに青い袋も。
「…………」
俺。
一度も拾ってない。
「…………」
なぜ?
Why?
画面の前で腕を組む。
「……自動で入るんじゃないの?」
家庭用RPGなら、敵を倒せば、
『50ゴールドを手に入れた!』
勝手に財布へ入ってくる。
だから俺は、落ちている物も自動的に取得しているものだと思っていた。
「……あれ、拾わないかんの?」
しかし。
拾い方が分からない。
「…………」
詰んだ。
◇ ◇ ◇
「まあ……もう一回チェシュカ行くか」
何の解決にもなっていない。
だが、そういう結論になった。
その前に広場へ戻ると、さっきから気になっていた人たちが目に入った。
「……あれ何してんの?」
座っている。
とにかく、どっしり座っている。
一人じゃない。
噴水の周りにも。
道沿いにも。
広場の端にも。
しかも、頭の上には吹き出しのようなものが出ている。
『○○売ります』
『装備販売中』
『激安』
『○○募集中ササヨロ』
「なんじゃこりゃ」
このときの俺はまだ知らなかった。
これがMMOの町では当たり前の光景。
露店。
プレイヤー自身が店を開き、手に入れた装備やアイテムを他のプレイヤーへ販売するシステムである。
だが、それより今は……。
「……一回、誰かに聞いた方が早くない?」
そう。
ついに俺は、画面の向こう側にいる人間へ、自分から話しかけてみることにした。
◇ ◇ ◇
チャット欄を見る。
文字を入力できそうな場所がある。
「ここか?」
とりあえず打ち込んでみる。
『すいません。チェシュカでいっぱいモンスターを倒したのにお金がたまらないのはなぜですか?』
「…………」
Enter。
送信。
これが、俺の記憶にある限り……コムルオンラインで初めて発した白チャだった。
白チャ。
正式にはSay。
周囲にいるプレイヤーへ発言が表示される、いわゆるオープンチャットである。
後々、散々使うことになるのだが……。
送信した瞬間。
俺はなんとなく後悔した。
「…………」
誰も返事をしない。
「……あれ?」
数秒。
返事なし。
『誰こいつ?』
『そんなことも知らんの?』
『自分で調べろよ』
そんなことを思われている気がしてくる。
「…………」
今思えば、完全に初心者丸出しである。
下手をすれば、
『ググれカス』
の一言で終わっていてもおかしくない。
マウスを握ったまま、少し恥ずかしくなってくる。
「聞かん方がよかったか……」
そう思った、そのとき。
チャット欄に文字が流れた。
『スペースを押したら拾えますよ!』
「……お?」
続けて、別のプレイヤーからも返事が来る。
『分かりづらいですもんねー』
「…………」
普通に。
優しい。
「スペース……」
キーボードを見る。
中央の大きなキー。
「これか」
カチッ。
なるほど。
スペース。
覚えた。
ゲーム開始から数時間。
俺はついに……アイテムの拾い方を習得した。
遅い。
ものすごく遅い。
◇ ◇ ◇
そんなやり取りをしていると、露店を出していた一人のプレイヤーが立ち上がった。
そして、そのまま俺のところへ近づいてくる。
「ん?」
ピコン!
突然、画面に何かが表示された。
「うおっ。なんやこれ?」
よく分からない。
とりあえず『確認』を押す。
すると、小さな収納BOXのようなウインドウが開いた。
「……?」
中には剣や防具。
しかも、さっきロコさんの店で見ていた装備より明らかに強そうだ。
「え?」
理解が追いつかない。
「え? あ? へ?」
うむ。
我ながら気持ち悪い声だったと思う。
すると、チャットが飛んできた。
『ゴミなんであげますよ。狩り頑張ってください!』
「…………」
ゴミ。
今、ゴミって言った?
俺からすれば……宝の山である。
『ええええええ! いいんですか?』
『いいですよ』
あっさり返事が来る。
すると、さっき拾い方を教えてくれたプレイヤーも会話に入ってきた。
『おお、装備もらったんですね』
さらにもう一人。
『俺も渡したいけど今ゴミみたいなのないので、狩り頑張って!』
「…………」
なんだ、この世界。
知らない人にアイテムの拾い方を教えてもらい、さらに知らない人から装備まで貰っている。
現実なら、町中で知らない男が、
「財布の使い方分かりません!」
と叫んでいたら、たぶん距離を取る。
だが……ここでは違った。
『ありがとうございます! 頑張ります! お金もちゃんと拾います!』
慣れないキーボードで打ち込み、送信。
すぐに返事が来た。
『よくルディロスで露店出してるので、良いのあったら買ってくださいね!』
「露店……?」
ここで初めて、その言葉を知った。
頭に吹き出しを出して、どっしり座っている人たち。
あれは休憩していたわけでも、ただ放置していたわけでもない。
自分で手に入れたアイテムに、自分で値段をつけ、他のプレイヤーへ売っている。
プレイヤーの店。
露店だったのだ。
「…………」
改めてルディロスの広場を見る。
さっきまで、ただ座っている人の群れにしか見えなかった。
だが……意味が分かった瞬間、景色が変わった。
これは……市場だ。
誰かが狩りで手に入れた武器。
もう使わなくなった防具。
珍しいアイテム。
それを売る人がいて、買う人がいて、眺めている人がいる。
そのすべてをNPCではなく、プレイヤーがやっている。
「……すげぇな」
自然と笑っていた。
モンスターを倒すだけじゃない。
人から買う。
人に売る。
人に聞く。
誰かが答える。
誰かから物を貰う。
俺の知らないところで、ゲームの中にちゃんと人の生活みたいなものが出来上がっている。
「ネトゲ……」
マウスを握り直す。
「マジでおもしれぇな」
◇ ◇ ◇
『ありがとうございます! 本当に感謝です!』
最後にもう一度チャットを打った。
『頑張ってー』
『いってらっしゃい』
そんな言葉が返ってくる。
「よし」
俺は椅子に座り直した。
装備。
前より強い。
アイテムの拾い方。
覚えた。
そして何より……。
ゲームの中にいる知らない人と、初めて会話した。
目的は決まっている。
レベルを上げる。
Kalzを拾う。
装備も拾う。
そして、いつか……。
あのモヤモヤ光るエリゴールをぶっ倒す。
妙な自信に満ち溢れながら、俺は再びチェシュカへ向かった。
このときの俺は、まだ知らない。
今日、何気なく打った一行の白チャ。
知らない誰かから返ってきた返事。
それが、この先オンラインゲームで何年も遊び続ける俺にとって、大きな意味を持つことになる。
画面の向こうにいるのはNPCじゃない。
ちゃんと、人間なのだ。
そして……。
その中の一人と、いつか俺はとんでもなく深く関わることになる。
……まあ。
そんなことより。
今は、落ちているKalzを拾う方が先だ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今思い返しても、
「敵を倒したら、お金は勝手に入る」
と本気で思っていた自分が恐ろしいです。
数時間モンスターを狩って、所持金100Kalz。
そりゃロングソードも買えません。
でも、この「アイテムの拾い方が分からない」という小さな出来事が、俺にとってはオンラインゲームの面白さを知るきっかけの一つになりました。
分からないから、人に聞く。
知らない人が答えてくれる。
さらに装備までくれる。
そして「頑張って」と送り出してくれる。
画面の向こうにいるのは、本当に人なんだ。
そんな当たり前のことに、妙に感動したのを覚えています。
ここから少しずつ、俺のコムル生活にも「人との出会い」が増えていきます。
そして、その出会いの先にはもちろん……。
例の「ヤツ」もいます。
まだまだ先は長いですが、一緒に当時のネトゲ世界を楽しんでもらえたら嬉しいです。
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それでは、また次回!
……次からはちゃんとKalz拾います。




