ヤツとの出会い…
今回は、少しだけ特別な話です。
もし、あの日。
狩り場が空いていたら。
PT待ちがなかったら。
俺が別の道を通っていたら。
たぶん、この話は始まっていません。
ただ、その時の俺にとっては……。
そんなこと知る由もなく。
目の前にいたのは……
ただの「変なニワトリ集団」でした。
それでは、続きをどうぞ。
**2026年**
『ねぇねぇ、うちらがさ、最初に会話した内容覚えてる?』
妻が、たまに俺へ聞いてくる。
「…………」
覚えている。
というか、忘れろと言われても、たぶん忘れない。
俺たちは今でも、昔のネトゲ時代の話をよくする。
「あの時はあーだった」
「あそこで、こーすればよかった」
「あんなヤツいたよね」
「いたいた。あいつマジでヤバかった」
もちろん、ほとんどがコムル時代の話だ。
あの頃から随分と時間が経った。俺も妻も、今ではわりといい大人である。
それでも、あの頃の話をしていると楽しい。妻もよくそう言っている。
同じ趣味があると、話のネタには困らない。
俺たちなりの夫婦円満の秘訣なのかもしれない。
ただし……。
俺たちの出会いについては、それはそれ。これはこれ。
そんな言葉が非常によく似合う。
なぜなら……。
俺と妻の記念すべき最初の会話は、恋愛小説にあるような、
『はじめまして』
でもなければ、
『一緒に狩りませんか?』
でもない。
もちろん、
『あなたのことが気になっていました』
なんてものでもない。
もっとこう……なんというか……。
頭の悪い出会いだった。
◇ ◇ ◇
**イダー**
ギルド『再誕』へ加入してしばらく。
俺の活動拠点は、すっかりルディロスからイダーへ移っていた。
最初こそギルドチャットに入るタイミングすら分からず、『こんばんは』と打つだけで少し緊張していた俺も、今では普通に会話へ混ざっている。
毎晩ログインし、誰かが、
『狩り行く人ー?』
と言えば、
『ノ』
と手を挙げる。
PTを組んでダンジョンへ行き、くだらない話をしながらモンスターを狩る。
そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていた。
一方、俺をコムルへ引きずり込んだリアル組はというと……。
まずマクビさん。
最近あまりログインしていない。
理由。
合コン。
「…………」
ネトゲよりリアルの女を選びやがった。
まったくもって、けしからん。
そして風月。
こいつも最近、俺と遊んでくれない。
理由。
ギルド内に気になる女の子ができたらしく、夜な夜なSkypeで通話しているらしい。
「…………」
こっちも女。
まったくもって、けしからん。
俺をネトゲに引きずり込んだ2人が、揃って女へ走っている。
俺だけ真面目にレベル上げ。
おかしくない?
まあ……ギルド『再誕』へ入ったおかげで、2人がいなくても暇を持て余すことはなかった。
むしろ、俺のファイターとツバイスちゃんは、すくすくと育っている。
俺、レベル126。
ツバイスちゃん、レベル148。
「…………」
主人より強い。
いや、いいんだ。
GDの強さは主人の強さ。
前にもそう決めた。
そして、目標だった『1壁』も少しずつ見えてきた。
必要なアクセサリーを買うため、課金アイテムを露店で売って資金を貯める。
レベルを上げる。装備を整える。また金を貯める。
気づけば俺も、すっかりMMOらしい生活を送っていた。
狩り場もタルノトを卒業。
現在の主戦場は……。
『追従者の塔』
レベル180あたりまで使える人気狩り場だ。
しかもここは、通常のダンジョンと違ってPKができない。
つまり、狩りの途中で突然赤い名前が現れ、
『雑魚は死んどけ』
などと言われる心配もない。
実に平和である。
……狩り場さえ空いていれば。
◇ ◇ ◇
その日。
時刻は21時過ぎ。
俺は追従者の塔で野良PTを探していた。
「空いてます?」
返ってきた答え。
『今フルですー』
「…………」
満員。
人気狩り場の宿命である。
「待ちって何人います?」
『3人かな』
「3番待ちかぁ……」
すぐには無理そうだ。
一応予約だけして、俺はイダーへ戻った。
『塔あいてなかったですー』
ギルドチャットへ書き込むと、すぐに返事が来る。
『この時間は多いからねー』
先輩ファイターのアクセスさんだ。
『何番待ちなん?』
『3番待ちっすね。まあ露店でも出して気長に待ちますわ』
狩れないなら仕方ない。
金でも稼ごう。
俺は露店を出す場所を探して、イダー中央付近を歩き始めた。
「うーむ……」
やっぱり混んでいる。
イダーのあちこちには、ギルド募集の露店が並んでいる。
『初心者歓迎!』
『BD参加者募集!』
『ギルメン募集中♪』
昔なら、これだけでも何をすればいいか分からなかった。
でも今は違う。
俺には『再誕』がある。
「…………」
なんか。
俺もすっかり住人になったな。
そんなことを考えながら歩いていると……。
「ん?」
画面の端に、何やら異様な集団が見える。
「…………」
なんだ、あれ。
6人くらいが輪になって座っている。
それだけなら普通だ。
問題は……。
全員。
ニワトリ。
「…………」
ニワトリ?
黄色や青色に光る装備。
どう見ても強そうな連中が、なぜか全員ニワトリの着ぐるみを着て輪になっている。
ギルド名。
『ChronosCollar』
「…………」
何してんだ、こいつら。
強いのか。
アホなのか。
判断に困る。
ただ一つ分かるのは……。
「関わらんどこ」
こういう集団には近づかない方がいい。
俺の危機管理能力がそう告げている。
見なかったことにして、その横を通り過ぎようとした。
その時。
『おい!!!』
「…………」
白チャ。
『そこのお前!!!』
「…………」
俺じゃない。
たぶん。
周りには人がいっぱいいる。
俺なわけがない。
そのまま歩く。
『ニワトリ着な!!!』
「…………」
何言ってんだ、こいつら。
無視。
無視。
俺は何も見ていない。
そのまま通り過ぎ……。
バン。
突然、画面の中央にウインドウが現れた。
【トレード申請】
「…………」
え?
相手の名前を見る。
『遊羅』
「…………」
誰?
承認すると、トレード欄へアイテムが置かれた。
ニワトリ。
「…………」
いや。
なんで?
『これやるから、それ着てこっちこい!』
「…………」
俺の頭の上には、たぶん『???』が10個くらい浮かんでいた。
『早くwww』
「え? 俺っすか?」
『そう!』
「…………」
マジで俺だった。
◇ ◇ ◇
普通なら断る。
知らないヤツから突然ニワトリを渡され、
『着ろ』
と言われているのだ。
普通なら関わらない。
だが、俺はまだネトゲ初心者だった。
そして何より……こういう時に断れないタイプだった。
「…………」
装備。
カチッ。
画面の中の俺が……。
ニワトリになった。
「…………」
ジェットブラック。
ハンの小手+10。
速度ファイターを目指し、1壁を夢見る男。
現在。
ニワトリ。
「何してんだ、俺……」
言われるがまま、輪の中へ向かう。
そして座る。
ニワトリ。
ニワトリ。
ニワトリ。
ニワトリ。
ニワトリ。
ニワトリ。
そして俺。
ニワトリ。
「…………」
完全に仲間である。
いや。
違う。
俺はこいつらの仲間じゃない。
すると、ChronosCollarの一人が白チャを飛ばした。
『遊羅wwお前悪ノリしすぎwww』
名前は鈴花。
どうやら、この状況がおかしいという認識を持った人間が一人はいるらしい。
少し安心した。
『人数多い方が楽しいだろwww』
遊羅が返す。
「…………」
こいつか。
俺を巻き込んだ張本人。
「えっと……俺、何すればいいんです?」
遊羅。
即答。
『ん?』
一拍。
『しらねwww』
「…………」
こいつwwww
目的ないんかい。
だったら、なんで俺を呼んだ。
なんでニワトリをくれた。
なんで着せた。
聞きたいことは山ほどある。
だが俺も大人だ。
ここは冷静に対応しよう。
「…………」
とりあえず座っとくか。
俺は素直に輪へ混ざった。
◇ ◇ ◇
そして俺は、ギルドチャットを開く。
『ちょ、俺ChronosCollarの人に絡まれてるんですけどww』
助けを求める。
すぐにアクセスさんから返事が来た。
『あー』
「…………」
『まあ、友達増えそうでよかったやん』
「えぇ……」
梯子。
外された。
見事なまでに。
『助けてくださいよww』
『楽しそうやん』
「どこが!?」
画面を見る。
ニワトリたちは、まだ楽しそうに喋っている。
『お前それ似合ってるぞwww』
『そのまま入団しろwww』
『増えた増えたwww』
「…………」
再誕。
聞こえますか。
あなたたちの新人。
今。
他所のギルドにニワトリとして拉致されています。
救援……。
来ません。
◇ ◇ ◇
そこから……なぜか1時間近く。
俺はChronosCollarの連中に絡まれ続けた。
くだらない話をして、ニワトリのまま座り、時々知らないプレイヤーまで足を止める。
『何してんの?』
知らん。
俺が一番聞きたい。
そして、さすがに飽きたのか。
ChronosCollarの連中が、一人、また一人と立ち上がり始めた。
『じゃーなwww』
『またなニワトリwww』
「…………」
また?
またがあるの?
俺はニワトリ姿のまま、その背中を見送った。
静かになった。
「…………」
ようやく解放された。
長かった。
さて。
塔のPTは……。
時計を見ると深夜1時。
「…………」
え?
もう一度見る。
1時。
「…………」
俺。
今日。
何もしてなくね?
狩り。
0。
経験値。
ほぼ0。
やったこと。
ニワトリ。
「…………」
俺の4時間返せ!!!
◇ ◇ ◇
これが、俺と『遊羅』の初めての会話だった。
後に人生を共にする相手との、記念すべきファーストコンタクト。
『ニワトリ着な!!!』
「…………」
ロマンの欠片もない。
そして、この時の俺は遊羅の顔も知らない。
声も知らない。
男なのか女なのかすら、別に気にしていなかった。
ただの……。
変なヤツ。
それだけだった。
その後も、特別仲良くなったわけではない。
ギルドも違う。
普段一緒に狩るわけでもない。
たまにBDで『ChronosCollar』とぶつかれば、敵として戦う。
その程度。
まさか、このニワトリを押しつけてきたヤツと。
何年も経った後、同じ家で暮らすことになるなんて。
この時の俺が知るはずもなかった。
◇ ◇ ◇
**2026年**
『ねぇねぇ、うちらがさ、最初に会話した内容覚えてる?』
妻が聞いてくる。
俺は即答する。
「覚えてるよ」
『なんて言った?』
「ニワトリ着な!!! だったやん?」
妻は満足そうに笑う。
「ていうかさ。なんであの時、俺に声かけたん?」
前から気になっていたことを聞いてみる。
妻は少し考える。
そして……。
『ん?』
一拍。
『あの時はマジで悪ノリしてたw』
「…………」
やっぱりか。
運命。
一目惚れ。
赤い糸。
そんなものではない。
悪ノリ。
俺たちの始まりは、悪ノリだった。
そう。
俺の妻は。
知らないプレイヤーを呼び止め。
ニワトリの着ぐるみを渡し。
理由もなく輪の中へ座らせる。
そんな愉快犯……。
『遊羅』である。
「…………」
改めて考えると。
よく結婚したな、俺。
でも。
人の出会いなんて、案外そんなものなのかもしれない。
もしあの日。
追従者の塔が空いていたら。
もしPT待ちが3人もいなかったら。
もし俺がイダーへ戻らなかったら。
もし、あのニワトリ集団を避けて別の道を通っていたら。
遊羅と最初に言葉を交わすこともなかった。
そして何より。
あの時。
『ニワトリ着な!!!』
と言われて。
俺が本当に着ていなかったら。
「…………」
今の俺たちは、どうなっていたんだろう。
まあ。
妻にそんなことを言ったら、たぶんこう返される。
『知らんw』
うむ。
たぶん間違いない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ようやく登場しました。
『遊羅』
後に、俺の妻になるプレイヤーです。
ここまで読んでくださった方なら、
「どんな出会い方をするんだろう?」
と思ってくださっていたかもしれません。
答えは、『ニワトリ着な!!!』でした。
……ロマンがない。
一目惚れでもありません。
運命を感じたわけでもありません。
お互いの顔すら知りません。
妻に至っては、「あの時はマジで悪ノリしてたw」
だそうです。
でも、今振り返ると不思議なんですよね。
あの日、追従者の塔が空いていたら…
PT待ちがなかったら…
俺がイダーへ戻っていなかったら…
ニワトリ集団を無視して別の道を通っていたら…
そして何より、
『ニワトリ着な!!!』
と言われて、本当に着ていなかったら…
今の俺たちは、どうなっていたんだろう。
人生を変える出会いなんて、案外その瞬間には分からないものなのかもしれません。
当時の俺にとって遊羅は、
「知らないヤツにニワトリを押しつけてくる変なヤツ」
それだけでした。
ここからすぐ恋愛が始まるわけでもありません。
ギルドも違う。
一緒に狩りをするわけでもない。
むしろBDでは敵として戦うことになります。
どうやって、この「変なヤツ」が俺の妻になっていくのか。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
いいねやブックマークも、そっと押していただけると続きを書く大きな励みになります。
それでは、また次回!
……しかし。
改めて考えても、
よくニワトリ着たな、俺……




