『再誕』との出会い
レベルを上げたい。
もっと強くなりたい。
そんなことばかり考えていた俺ですが、今回は少し違います。
まだ見たことのない町、イダー。
そして、初めてのギルド探し。
ここから俺のコムルは、
「一人で遊ぶゲーム」から少しずつ変わっていきます。
それでは、続きをどうぞ。
**昼休み**
昼休み。
飯を食い終えた俺は、前から気になっていたスキル振りについて、風月に聞いてみることにした。
一応、自分でもwikiを調べてはみた。
ファイターには、使うスキルやステータス、装備、BDでの役割によって、いくつかの型があるらしい。
そこまでは分かった。
問題は、その先である。
「結局、俺は何に振ればいいんだ?」
wikiを読めば読むほど、分からなくなる。
知らないスキル名を調べ説明を読む。
そこに出てきた単語を調べ、さらに知らない単語が出てくる。
気づけば、最初に何を調べていたのか分からなくなっている。
初心者にありがちな、wiki迷子である。
こういう時は……
先生に聞くのが一番早い。
「あのさ、ファイターのスキルなんやけど……」
『あっ!』
突然、風月が声を上げた。
「ん? どしたん?」
風月が、なんとも罰の悪そうな顔をする。
『すまん』
「ん?」
『完全に教えるの忘れてた』
「…………」
おい。
先生。
大事なところ、忘れてるやん。
「いや、いいのよ?」
別に怒ってはいない。
俺自身、つい最近までスキル振りなんて、
「なんか強そうなの取っとけばいいんじゃね?」
くらいにしか考えていなかった。
「自分でもwiki見てみたんやけどさ。なんかファイターって、3種類くらいあるんやろ?」
『ふむ』
出た。
風月の『ふむ』。
この一言が出ると、風月先生の授業が始まる。
俺の中では、すでに存在しない眼鏡をクイッと上げている。
『まずな。ファイターは、BDで何をやりたいかによって、スキル振りが結構変わる』
「ほう」
『大きく分けたら、3種類かな』
風月が説明を始めた。
一つ目。
VF。
陣地を守ることを目的にした、防御寄りのファイター。
とにかくHPを増やし、敵が攻め込んできても簡単には倒れない。
攻撃するというより……
耐える。
何人に囲まれようが耐える。
『BDだと守りで重要なんよ』
「なるほど」
体力お化けということか。
敵に囲まれながら、
「もっと殴ってこいやぁ!」
と耐え続けるファイター。
……俺には向いていない気がする。
ゲームの中でまで、我慢する人生を送りたくない。
現実だけで十分である。
二つ目。
LBF。
ライトニングブレイクという範囲攻撃を主力にするファイター。
攻め込んできた敵に範囲攻撃を叩き込み、味方の攻撃をアシストする。
自分一人で敵を倒すというより、複数の敵へダメージを与えながら戦況を有利にするタイプらしい。
「なるほどねぇ」
これはこれで面白そうだ。
そして……
三つ目。
風月が俺を見る。
『たこみは多分、これやな』
「ん?」
『速度ファイター』
「…………」
速度。
その4文字だけで、めちゃくちゃ強そうだった。
『ODのボソコ使って攻撃速度を上げて、とにかく高速で殴るアタッカー型』
「高速……」
その瞬間、以前狩りをしていた時に襲ってきたPKのレンジャーが頭に浮かんだ。
画面の中で、とんでもない速度で攻撃を繰り出していた。
何をされているのか分からないほど速く、あの時は本気で、
「これ死ぬやつやん」
と思った。
結局、マクビさんがPKを撃退してくれて、事なきを得た。
あの時のマクビさんは……
普通にカッコよかった。
認めたくはないが、あの時だけは。
普段の性格については……
まあ、置いておこう。
「あのさ」
『ん?』
「俺も、あのPKのレンジャーみたいに、物凄い速さで攻撃できるようになるってこと?」
『あぁ……』
風月が、何でもないことのように答える。
『1壁ね』
「…………」
いちかべ?
また知らない単語が出てきた。
俺が一つ覚えるたびに、新しい単語が二つくらい増えていく。
ネトゲとは、そういうものである。
「1壁って何?」
『攻撃速度には壁があるんよ』
「壁?」
『ある一定の攻撃速度を超えると、攻撃モーションが一段階速くなる』
「ほぉ……」
『ファイターなら、装備で攻撃速度を確保して、ボソコのレベルを上げる。それに高レベルのプリからWF……ウインドフォースを掛けてもらえば、1壁は越えられる』
ボソコ。
WF。
1壁。
昼休みの会社員同士の会話とは思えない。
近くで聞いている人には、何の話か分からないだろう。
俺も少し前までなら分からなかった。
だが今は……
ちょっと分かる。
成長である。
「でも、それって結構大変なんやろ?」
『まあ、普通はな』
「普通は?」
『たこみの装備ならいける』
「え?」
『というか、その装備はもう1壁狙える装備やぞ』
「マジで?」
思わず聞き返した。
JJさんから譲ってもらったジェットブラック一式。
そして、ハンの小手+10。
攻撃速度132。
俺としては、黒くてカッコいい、強い、くらいの認識だった。
だが、速度ファイターをやるうえでは、かなり優秀な装備らしい。
『あとはレベルとアクセやな。アクセや装備でスキルポイントをかさ増しして、ボソコを上げれば1壁はいける』
「…………」
俺は頭の中で計算する。
現在レベル111。
スキルに振れるポイントは25まで。
つまり、レベルだけで振れるボソコのポイントには上限がある。
だが、アクセや装備でスキルポイントをかさ増しすれば、その上限を超えてボソコのレベルを上げられる。
今の俺に必要なのは、レベルを上げることだけではない。
アクセや装備を揃え、スキルポイントを上乗せすること。
そこまでやれば……
ボソコを25以上にできる。
そして、1壁を狙える。
「…………」
いい。
非常にいい。
昨日まで、レベルアップと表示されるだけで喜んでいた俺に、明確な目標ができた。
レベル111。
ボソコ25。
そして、アクセや装備でスキルポイントをかさ増しして、その先へ。
「今日、レベル上げよ」
思わず口から出た。
風月が笑う。
『ハマっとるやん』
「いやいや」
俺は否定する。
「まだそこまでは……」
『いや、ハマっとるやろ』
「…………」
否定できなかった。
そんな俺に、風月が続ける。
『ただな』
「ん?」
『たこみの場合、その前にギルドやな』
「…………」
ギルド。
その言葉に、少しだけ現実へ引き戻された。
以前、野良PTに参加した時も、メンバーのほとんどが何かしらのギルドに所属していた。
キャラクター名と一緒に表示されるギルド名。
俺には……
ない。
一匹狼。
孤高の戦士。
ソロプレイヤー。
言い方はいろいろあるが、要するにぼっちである。
「ふーむ……ギルドねぇ」
『入る気ないん?』
「いや、ないわけじゃないんやけど……」
少し考える。
「今は一人で遊んどる方が気楽な気もするんよね」
好きな時にログイン。
好きな場所で狩り。
飽きたら露天を見る。
眠くなったら落ちる。
誰にも合わせなくていい。
それはそれで楽しかった。
『まあ、分からんでもない』
風月もそこは理解してくれた。
『でも、早めに入って人間関係作っといた方が、後々楽しいぞ』
「人間関係かぁ……」
『それにBDやりたいなら、いずれギルドには入るやろ』
「それはそうなんよね」
BD。
コムルを始めてから、何度も耳にする言葉。
バトルダンジョン。
ギルド同士でダンジョンを奪い合う、コムルの大きなコンテンツ。
いつかは俺も参加してみたい。
ただ、いきなりBDガチ勢のギルドに入る勇気はない。
右も左も分からない初心者が、
「今日から俺も戦力です!」
なんて入っていっても、邪魔にしかならん気がする。
『ルディにも募集あるやろ?』
「あるけどねぇ……どこがいいのか全然分からん」
『なら、イダー行ってみれば?』
「イダー?」
その名前は覚えている。
コムルを始めた時に選べた二つの町。
一つがルディロス。
そして、もう一つがイダー。
砂漠に囲まれた町。
俺はゲーム開始時にルディロスを選んだので、一度も行ったことがなかった。
『イダーはギルド募集多いぞ』
「そうなん?」
『うん。アイテム屋にポータル売ってるから行ってみ』
「ふむ……」
知らない町。
ギルド探し。
悪くない。
「じゃあ、今日行ってみるわ」
『おう。まあ、適当に見てきたらいい』
ちょうどそこで昼休みが終わった。
俺たちは仕事へ戻る。
ただし、俺の頭の中は仕事どころではなかった。
レベル111。
ボソコ25。
アクセや装備でスキルポイントをかさ増し。
そして、まだ見たことのない町、イダー。
午後から仕事をする会社員としては、かなりよろしくない状態だった。
**ルディロス**
仕事を終え、帰宅。
飯と風呂を済ませ、PCの前に座る。
コムルを起動。
ログイン。
見慣れたルディロスの町が画面に現れた。
「さて……」
今日の目的は決まっている。
イダーへ行き、ギルドを探す。
俺はさっそくアイテム屋へ向かった。
NPCをクリック。
商品一覧を開く。
「あった」
イダー行きのポータル。
購入。
アイテム欄を開く。
使用。
ここまで一切迷わない。
「ふっ……」
思わず鼻で笑う。
手慣れたものである。
少し前まで、ポーションを買うだけでも右往左往していた男とは思えない。
NPCからポータルを買う。
ただそれだけで、自分の成長を感じていた。
……安い成長である。
ポータルを使う。
足元にゲートが現れる。
俺のファイターがフワッと飛び上がり、その中へ飛び込む。
ロード画面。
そして……
**イダー**
画面が切り替わる。
「…………」
砂。
「…………」
砂。
「…………」
砂。
どこを見ても砂。
第一印象は、それだった。
ルディロスとは全く違う。
乾いた大地。
砂埃。
少し色褪せたような建物が立ち並び、その隙間にヤシの木のような植物がポツポツ生えている。
ルディロスが緑の多い町なら、こっちは完全に砂漠の町だ。
「殺風景やなぁ……」
思わず呟く。
少し歩く。
建物を見る。
もう少し歩く。
「…………」
いや。
待て。
これ……
町か?
俺は画面を眺める。
「村やろ……」
イダー村。
そっちの方がしっくりくる。
コムル運営に聞かれたら怒られそうだが、俺の第一印象は完全に村だった。
ところが、少し中心部へ進んだところで印象が変わった。
「おぉ……」
人がいる。
しかも、かなりいる。
そして目についたのが、露天の看板だった。
『ギルメン募集中! 初心者歓迎♪』
『BD・狩り好きな方お気軽に♪』
『ギルメン募集 LV不問! 詳細ササよろ~♪』
『まったり活動中^^』
そこら中にギルド募集の露天が並んでいる。
「なるほど……」
ようやく風月がイダーを勧めた理由が分かった。
ルディロスが露天の町なら、イダーはギルド勧誘の町。
装備やアイテムを探すのがルディロス。
仲間を探すのがイダー。
そんな感じなのだろう。
「なんかMMOっぽいな……」
ちょっとワクワクする。
俺は一つずつ看板を見ていった。
初心者歓迎。
レベル不問。
狩り中心。
BD参加者募集。
まったり。
社会人歓迎。
チャット好き歓迎。
いろいろある。
本当にいろいろある。
「…………」
だが、見れば見るほど分からなくなった。
どこに入ればいいんだ?
初心者歓迎。
こっちも初心者歓迎。
あっちも初心者歓迎。
みんな俺を歓迎してくれている。
人生最大のモテ期である。
だが、歓迎されすぎると逆に選べない。
しかもギルド募集を出しているプレイヤーを見ると、強そうだった。
装備が光っている。
見たことのない武器を持っている。
レベルも高そう。
それに比べて俺は、見た目だけならそれなりに強そうである。
ジェットブラック一式。
ハンの小手+10。
中身……
初心者。
最も危険なタイプだ。
車だけスポーツカーで、運転手が仮免みたいなものである。
「…………」
俺はイダーをウロウロした。
右へ。
左へ。
看板を見る。
また戻る。
そして、何も決まらない。
ササを送ればいいだけなのだ。
『ギルド入りたいです』
たったそれだけ。
だが、送れない。
断られたらどうしよう。
初心者歓迎って書いてあるんだから大丈夫だろ。
でも、なんか怖い。
リアルの求人広告を見ている感覚に近い。
『初心者歓迎!』
本当に?
『みんな仲良し!』
本当に?
『アットホームなギルドです!』
……それ一番怖いやつじゃない?
俺は画面の前で腕を組んだ。
「ここから、どないせーちゅーねん……」
…………。
うむ。
見事なまでのエセ関西弁である。
もし近くに本物の関西人プレイヤーがいたら、ハリセンで思い切り頭をひっぱたかれるだろう。
その時だった。
ピコン。
ささやきが飛んできた。
『おぉ、この間はどうも~♪』
「ん?」
表示された名前を見る。
『暇神 やちこ』
「あっ」
覚えている。
以前、野良PTで一緒になったサマナーさんだ。
あの時も気さくに話しかけてくれた。
初心者の俺にも普通に接してくれて、分からないことがあれば教えてくれた。
まさかイダーで再会するとは思わなかった。
『何してんの?』
俺はすぐに返事を打つ。
『こんばんは。ギルド入ろうかなと思って、イダーに来てました』
『ほぉ』
「リアルのフレンドもコムルやってるんですけど……」
少し考えてから続ける。
『お前は他所で揉まれてこいって言われまして……とりあえず探しに来ました』
『www』
笑われた。
まあ、そうなるよね。
普通ならリアフレがやっているゲームに後から始めた場合、
『うちのギルド来いよ』
となる気がする。
俺の場合は、他所で揉まれてこい。
獅子は我が子を千尋の谷に落とす。
つまり風月は俺を成長させるため、あえて外の世界へ送り出したのだ。
……ということにしておこう。
単純に面倒を見るのが嫌だった可能性は考えない。
すると、やちこさんから返事が来た。
『ほな、うち来る?』
「…………」
ん?
俺は画面を見る。
もう一度読む。
『ほな、うち来る?』
……。
軽っ。
俺がさっきまで、どこのギルドがいいんだろう、初心者でも大丈夫かな、BDガチ勢だったら怖いな、と悩んでいたのに、一瞬で話が進んだ。
「いいんですか?」
俺は慌てて返す。
『俺、弱いし、知識もなーんもないっすよ』
『ええねん、ええねん』
やちこさんからすぐに返ってくる。
『うちは初心者もおるし、上級者もおるよ』
「ほう……」
『BDもやるけど、ガチガチじゃないしな』
それを聞いて、少し安心した。
BDには興味がある。
でも、今の俺がBDガチ勢の中へ飛び込むのは怖い。
右も左も分からない初心者。
ボソコもまだ。
1壁もまだ。
BD経験は当然ゼロ。
そんな俺が、
『今日から前線任せてください!』
などと言おうものなら、
『誰?』
で終わる。
初心者から上級者までいる。
狩りもする。
BDもする。
でもBDだけが全てではない。
俺には、そのくらいがちょうどよく思えた。
「ちなみにギルド名なんていうんです?」
『再誕』
「再誕……」
俺はその名前を画面の前で呟いた。
再び。
誕生する。
なんか……
カッコいい。
少なくとも、
『愉快な仲間たち』
とかじゃなくてよかった。
いや、それはそれで楽しそうだけど。
次の瞬間。
画面中央にウインドウが現れた。
ギルド加入申請。
そこに表示された名前。
『再誕』
そして、
『確認』
『キャンセル』
二つのボタン。
「…………」
マウスを握る。
さっきまでギルドを探しに来て、入りたいとも思っていた。
なのに、いざ目の前にすると緊張する。
オンラインゲームとはいえ、そこには人がいる。
ギルドに入るということは、その人たちの輪の中へ入るということだ。
知らない人ばかり。
俺だけ初心者だったら?
馴染めなかったら?
チャットについていけなかったら?
変な人しかいなかったら?
……最後はお互い様か。
『どうしたん?』
やちこさんからササが来る。
「いや……」
『緊張してます』
『www』
『大丈夫やって』
そして、
『はよwww』
「…………」
はい。
俺は恐る恐る、
『確認』
をクリックした。
……ポチ。
その瞬間、俺のキャラクターに一つの名前が加わった。
『再誕』
「おぉ……」
ギルドに入った。
俺が、ついに。
そして、ギルドチャットが表示された。
今まで存在していなかった新しいチャット欄。
そこへ最初に流れたのは、やちこさんの言葉だった。
『新しく加入した「たくみ」君や。仲良くしたってや!』
その直後。
『おー!』
『よろしくー^^』
『いらっしゃい♪』
『よろしく!』
『新人さんや』
『よろよろ~』
一気にチャットが流れた。
「うおっ……」
想像以上に人がいる。
慌ててキーボードへ手を置く。
『は、はじめまして。初心者ですがよろしくお願いします』
送信。
すぐに返事が来る。
『よろしく~』
『初心者なん?』
『装備良くない?w』
「…………」
やっぱりそこか。
俺のジェットブラックは、初心者が着ているには目立つらしい。
『初心者にしては良い装備もっとるやん?』
俺はこれまでの経緯を話すことになった。
リアフレに風月がいること。
同じ職場にマクビさんがいること。
課金したこと。
フリチケを売ったこと。
JJさんからジェットブラック一式とハンの小手+10を譲ってもらったこと。
そして、装備を揃えるのに11億Kalz掛かったこと。
『11億!?』
『初心者の金額じゃねぇwww』
『金持ちやん』
「いや、俺が持ってたの8億だけです」
『だけ?』
……どうやら初心者が8億に対して使っていい言葉ではなかったらしい。
「残り3億はマクビさんに出してもらいました」
その名前を出した瞬間、反応が変わった。
『マクビ?』
『あのマクビさん?』
「あの、が分からないですけど、多分そうです」
『リアフレなん?』
「同じ職場です」
『マジかwww』
『世間せまwww』
どうやらマクビさんは、俺が思っていた以上に名前が知られているらしい。
まあ、確かに強い。
狩りを見ていても、俺とは次元が違う。
PKに襲われた時もそうだった。
俺が何もできずに慌てている間に現れ、そのまま相手を撃退した。
「そういやこの前、狩りしてたらPKに襲われたんですよ」
『お』
『やられた?』
「いや」
少し間を置く。
「マクビさんと狩りしてて、相手追い払ってくれました」
『www』
『護衛つき初心者www』
『VIPやんw』
「いやいやいや」
思わずPCの前で手を振る。
誰にも見えていない。
「俺も戦おうとはしたんですよ?」
これは言っておきたい。
『で?』
「…………」
レンジャーの高速攻撃。
慌てる俺。
PKに立ちはだかるマクビさん。
そして、何もできない俺。
「まあ……横で見てました」
『wwwwww』
チャットが笑いで埋まった。
くそ。
事実だから何も言い返せない。
そこからだった。
一人が話せば、誰かが返す。
別の誰かが狩場の話を始める。
誰かがアイテムの相場を聞く。
BDの話になり、またくだらない雑談に戻る。
『今日BDどうする?』
『行ける人だけでええんちゃう?』
『俺狩りしたいw』
『自由すぎwww』
「…………」
なるほど。
やちこさんが言っていた意味が少し分かった。
『再誕』はBDガチ勢ではない。
BDには行く。
参加する時はちゃんと戦う。
でも、BDのためだけにログインしているギルドではない。
狩りをしたい人は狩り。
レベルを上げたい人はレベル上げ。
雑談したい人は雑談。
初心者が質問すれば、知っている人が答える。
上級者が装備やBDの話をしている横で、初心者が、
『それ何ですか?』
と聞いても、普通に話が続く。
ガチすぎず、かといって何もしないわけでもない。
なんというか……
居心地がいい。
俺が想像していた『ギルド』とは少し違った。
もっとこう、
『今日は21時からBD! 全員集合!』
みたいな世界を想像していた。
少なくとも、再誕は違うらしい。
『たくみ今何レベ?』
突然聞かれる。
「111です」
『あと4あげればボソコMAXやん』
「そうなんですよ。上がってるのはレベルだけで、これからスキルポイントを振ろうかと思ってまして……」
『ふむふむ』
別の人が入ってくる。
『ならボソコを25まで上げたら、次はソードマスタリーやね』
反応が早い。
『速度Fか』
「今日、友達にも同じこと言われました」
『その装備なら速そうやな』
「1壁いけるって言われました」
『いけるいける』
「マジっすか」
昼休みに風月から聞いた話が、ギルドでも通じる。
それが妙に嬉しかった。
少し前まで、
ボソコ?
1壁?
WF?
だった俺が、今はその会話に参加している。
まだ全然詳しくない。
でも少しずつ、この世界の言葉が分かるようになっている。
そして気づく。
「あれ?」
時計を見る。
結構な時間が経っている。
「…………」
俺……
今日、レベル上げる予定だったよな?
レベル111。
ボソコ25。
アクセや装備でスキルポイントをかさ増し。
昼休みには、
今日絶対上げる!
くらいの勢いだった。
なのに、俺のファイターはイダーから一歩も動いていない。
狩りどころか、剣すら抜いていない。
ずっと立ったまま、俺はチャットを続けていた。
「…………」
なのに、めちゃくちゃ楽しい。
モンスターを1匹も倒していない。
経験値も増えていない。
Kalzも増えていない。
装備も増えていない。
キャラクターは何一つ成長していない。
それでも、今日が一番MMOをしている気がした。
誰かが、
『ただいま』
と言えば、
『おかえり』
と返ってくる。
誰かが、
『これ拾ったけど売れる?』
と聞けば、
『それ店売りでいいよ』
と誰かが答える。
『腹減った』
『飯食えw』
『コンビニ行ってくる』
『いてらー』
……ゲーム関係ないやん。
でも、それが楽しい。
ついさっきまで知らなかった人たちだ。
顔も本名も年齢も、どこに住んでいるのかも知らない。
分かるのは、画面に表示されたキャラクター名だけ。
それなのに、話しているうちに距離が縮まっていく。
現実なら、知らない人が十数人いる場所に突然放り込まれて、
『はい、今日からこの人たちと仲良くしてください』
と言われても無理だろう。
俺なら、とりあえず端っこに座ってケータイを見る。
だがネトゲでは違った。
同じゲームをやっている。
それだけで話題がある。
狩場。
装備。
スキル。
BD。
モンスター。
PK。
くだらない雑談。
そこから少しずつ、その人の性格が見えてくる。
よく喋る人。
面倒見のいい人。
無口だけど質問すると答えてくれる人。
いつも冗談を言っている人。
強い人。
初心者。
いろんな人がいる。
『再誕』
名前だけ見れば、もっと殺伐としたギルドを想像していた。
実際は、かなりゆるい。
「……ええギルド入ったかもしれんな」
PCの前で一人、呟いた。
そしてふと気づく。
俺は笑っていた。
一人でPCの前に座っているのに、画面の向こうには人がいる。
ログインすれば会える。
話しかければ返事が来る。
狩りへ行けば一緒に遊べる。
今まで俺にとってコムルは、モンスターを倒し、レベルを上げ、装備を強くするゲームだった。
でも、どうやらそれだけじゃないらしい。
人と出会うゲームでもある。
今思えば、この日『再誕』に入ったことが、俺のコムル人生にとって一つの大きな分岐点だった。
この先、俺は再誕の仲間たちと狩りへ行く。
BDにも参加する。
勝って喜ぶ。
負けて悔しがる。
くだらないことで笑う。
時には揉める。
そして、さらに多くのプレイヤーと出会っていくことになる。
味方も。
敵も。
この時の俺は、まだ知らない。
この小さなゲームの中で生まれる人間関係が、やがてゲームの外にまで続いていくことを。
そして、その先に俺の人生を大きく変える出会いが待っていることも。
そんな未来を知るはずもなく、俺はギルドチャットを眺めながらニヤニヤしていた。
『たくみ、狩り行かんの?』
誰かが聞いてきた。
「…………」
あ。
忘れてた。
レベル111。
ボソコ25。
アクセや装備でスキルポイントをかさ増しして、その先へ。
今日の目的を完全に忘れていた。
俺は慌ててキーボードを叩く。
『行きます!』
『どこ?』
『タルノト2です』
『がんばw』
『早よ1壁出すためにアクセ装備も探さななw』
「…………」
少し前まで、一人でレベルを上げていた時とは違う。
たったそれだけの言葉なのに、妙にやる気が出る。
「よっしゃ」
俺はイダーを出る準備を始めた。
レベル111。
ボソコ25。
アクセや装備でスキルポイントをかさ増しして、その先へ。
目標は変わっていない。
ただ一つ、変わったものがあるとすれば、俺の名前の横に『再誕』という文字が増えたこと。
そして、ログインした先に話す相手ができたこと。
たったそれだけ。
でも当時の俺にとっては、それが思っていた以上にデカかった。
こうして俺は初めてのギルド、『再誕』に加入した。
初心者から上級者まで。
狩りもする。
雑談もする。
BDだって楽しむ。
そんな仲間たちとの出会いによって、俺はさらに深くコムルという沼へと沈んでいく。
……いや。
この頃の俺はまだ、自分が沼にハマっているなんて思っていなかった。
ただ毎日、仕事が終わったら早くログインしたい。
それだけだった。
そして、この『再誕』への加入が、やがてBDという更なる沼へ両足を引きずり込まれるきっかけになる。
もちろん、この時の俺は……
そんなこと、知る由もなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに初めてのギルド、『再誕』へ加入しました。
初心者から上級者までいて、狩りもする。
BDもする。
でも、BDだけに全力というわけでもない。
誰かが狩りへ行き、誰かが雑談し、
誰かが、『腹減った』と言えば、
『飯食えw』と返ってくる。
今思えば、俺にとってちょうどいいギルドだったと思います。
そして当時の俺が意外だったのは、
モンスターを1匹も倒していないのに楽しかったこと。
経験値も増えていない。
Kalzも増えていない。
装備も手に入っていない。
それでも、ギルドチャットを眺めているだけで時間が過ぎていく。
「MMOって、こういう遊び方もあるんだ」
と知ったのが、この頃でした。
顔も知らない。
本名も知らない。
住んでいる場所も知らない。
分かるのは、画面に表示されたキャラクター名だけ。
それでも毎日ログインしていると、いつの間にか仲間になっていく。
今振り返ると、ここから俺のコムルは本当の意味で「オンラインゲーム」になっていった気がします。
そして『再誕』への加入をきっかけに、俺は少しずつBDの世界へ。
そこでさらに多くのプレイヤーと出会うことになります。
味方も。
敵も。
今回も楽しんでいただけたら、いいねやブックマークをそっと押してもらえると嬉しいです。
それでは、また次回!
……ちなみに。
ギルドに入った日の目的は、レベル上げでした。
でも、ほぼチャットしてました。




