初めてのソロ狩り②
風月はいない。
マクビさんもいない。
今回は、ついに初めてのソロ狩りです。
レベル110。
装備も揃った。
POTも持った。
重量も確認した。
……たぶん大丈夫。
昨日まで誰かの後ろで経験値を吸っていた男が、一人でどこまで戦えるのか。
それでは、続きをどうぞ。
仕事を終え、帰宅。
「ただいまー」
返事を聞くより先に靴を脱ぎ、部屋へ荷物を放り込む。
時刻は19時過ぎ。
いつもなら少しくらいダラダラするところだが、今日は違う。
昼からずっと考えていた。
コムルで初めてのソロ狩り。
今の俺は、どれくらい戦えるんだろう。
その答えを、早く知りたい。
晩飯を手早く済ませ、そのまま風呂へ。身体を洗い、湯船にもほとんど浸からず上がる。
「…………」
我ながら早い。
誰かと約束しているわけでもない。
風月が待っているわけでも、マクビさんが待っているわけでもない。
なのに、早くログインしたい。
そんな自分が、少しおかしかった。
部屋へ戻り、時計を見る。
20時。
「ふむ、良い時間だ。」
PCの電源を入れる。
PCが立ち上がるまでの時間に煙草へ火をつけた。
「ふぅ……」
煙を吐きながら画面を眺める。
今日は一人。
昼間は少し不安だった。
でも今は、それ以上に楽しみだ。
アカウントとパスワードを手早く入力してログインし、
画面がコムルへと切り替わる。
**ルディロス**
昨日と変わらず、多くのプレイヤーで賑わっている。
西洋風の街並み。
中央には女神像。
大通りには、ログインしたばかりのプレイヤーや狩りから戻ってきたプレイヤーが絶えず行き交っていた。
石畳の上には、装備を整えたファイターや色鮮やかなローブをまとったソーサレス、召喚獣を連れたサマナー達がひしめいている。
通りの両脇には露店が隙間なく並び、頭上には売り物や値段を表示する看板が浮かんでいた。
武器、防具、経験値スクロール、素材、見慣れないアイテム。
プレイヤーたちはそれぞれ違う装備を身につけ、
客を呼び込む白チャを次々と流している。
『課金装備だしてます!』
『経験値2倍30hだしてます。』
『フリチケ3,000万、残りわずか!』
白チャの文字が画面の上を流れては消え、その合間に、パーティ募集やギルド勧誘の声まで混ざっていく。
近くの噴水の周囲には、立ち話をするプレイヤーが集まっている。
何人かは座り込んだまま動かず、何人かは装備を見せ合うようにキャラクターを回転させている。
画面の端から端まで、キャラクターが動いている。
露店……
白チャ……
街を走り回るプレイヤー……
画面いっぱいに並ぶキャラクターたち。
それぞれが別々の目的で動いているはずなのに、
街全体が一つの生き物みたいにざわめいている。
「…………」
なんだろう。
まだ始めて数日なのに、この景色を見ると少し落ち着く。
昨日初めて来た時は、情報量の多さに圧倒されていた。どこを見ても人がいて、どこからともなく文字が流れ、知らない装備やアイテムの名前が飛び交っていた。
でも今は、その騒がしさが嫌ではない。
むしろ、ここへ戻ってきたという感じがする。
……
「さて」
すぐ狩りへ行きたいところだが、その前にやることがある。
昨日売り切れなかったフリチケだ。
アイテム欄を開く。
「残りは……っと」
アイテム欄を確認し、露店を開く。
慣れた手つきでフリチケを並べ、値段は昨日と同じ、
1個3,000万Kalz。
「これでよし」
準備OK!
……
さて……暇だ。
昨日もそうだったが、露店を出した瞬間、俺にできることはなくなる。
売れろ……
早く売れてくれ……
そう願うしかない。
画面を眺めたところで、売れるわけでもない……
ということで、放置することにした。
今日もルディロスは平和である……
ベッドに寝転がり、適当に漫画を読む。
途中で煙草を吸ったり、飲み物を取りに行ったりしているうちに、1時間ほど経過した。
「そろそろいいかな」
PCの前へ戻り、露店を確認する。
「お……」
売れてる。
全部ではないが、何個かなくなっている。
アイテム欄を確認すると、所持Kalzが増えていた。
「ふふっ」
自然と頬が緩む。
昨日から金銭感覚がおかしくなっている気がする。
まあいい。
金は大事だ。
そして今日は、金稼ぎよりやりたいことがある。
露店を閉じ、POTを確認する。
「…………」
ある。
重量。
「…………」
大丈夫。
昼間、散々言われたからな。
同じ失敗はしない。
たぶん。
「よし、行くか」
目的地は……タルノト。
昨日はタルノト1で、マクビさんたちにレベルを上げてもらった。
今日はその先。
しかも、一人だ。
ゲートを使い、タルノトへ向かう。
「狩り場……空いてるといいけど……」
そうぼやきながら狩り場を探す。
タルノト1と3の狩り場はいっぱいだった……
あとはタルノト2のみ……少し不安になる。
そして、最後にタルノト2を確認する。
空いている。
「よしっ!」
マウスを握る手に力が入る……
とりあえず地下2階へ向かう。
画面が切り替わり、薄暗い石造りのダンジョンが現れる。
昨日見た景色と同じだ。
そして……いた。
マミー。
「…………」
1体…
少し離れた場所にもう1体…
さらに奥にもいる。
合計8体……いけるのか……
とりあえず考えるふりだけしてみる。
「ふーむ、いけるっしょ」
昨日は、マクビさんの4体のエレメンタルが、こいつらを次々と消し飛ばしていた。
黒エレが殴り、赤エレが斬り、青エレが魔法を飛ばす。マミーなんて、ほとんど経験値の数字にしか見えなかった。
でも今日は、俺が狩り尽くす。
「…………」
マウスを握り少しだけ緊張する。
たかがモンスター8体。
以前だって、一人でモンスターくらい倒している。
なのに今日は、妙に意識してしまう。
昨日手に入れたジェットブラック。ハンの小手+10。
レベル110。
それがどこまで通用するのか、初めて自分で確かめる。
「……いくか」
マミーをクリックする。
俺のキャラクターが走り出し、黒い剣を振り下ろす。ダメージが表示された。
……すると、いっせいに8体のマミーが俺に襲いかかる……
「おっ」
俺へのダメージも、ポーションを飲めば何とか耐えられる。
そして、俺の攻撃は通る。
続けてもう一度斬りつける。
その直後、マミーが反撃した。俺のHPが減る。
「…………」
でも、思っていたほどダメージは大きくない。
これならいける。
マミーのHPを確認しながら、さらに斬る。こちらのHPが危なくなればPOTを使うつもりで、攻撃を続ける。
斬る。斬る。
悪戦苦闘の末、すべてのマミーのHPが尽き、
身体が崩れ落ちた。
経験値が入る。
「…………」
倒した。
別に一撃じゃない。マクビさんみたいに、画面上の敵が一瞬で消えるわけでもない。風月みたいに、何が起きたか分からない速さでもない。
何度も殴った。こっちもダメージを受けた。
それでも。
「倒せた……」
口元が自然と緩む。
経験値だけなら、昨日の方が遥かに効率がいい。立っているだけで、マクビさんが次々とマミーを倒してくれた。何もしなくても経験値が入った。
でも、今入った経験値は自分で稼いだ。
自分で敵を選んで、自分で近づいて、自分で殴って、自分で倒した。
たったそれだけなのに、妙に嬉しい。
「…………」
いけるやん、俺。
とはいえ、効率が悪い。
ふと、考えた。
何かを忘れている。
……ふむ。
GD……そう。
俺のかわいいツバイスちゃんだ。
レベルもすでに126まで上がっており、
見た目も頼もしくなっている。
とりあえずツバイスを召喚……
俺の隣が青白く輝き、ツバイスが姿を見せる。
「どれどれ……」
ツバイスの操作を復習する。
Ctrlを押しながら操作…
「よし、いけるな」
次に湧いてきたマミーが現れる。
俺はツバイスを操作し、反応したマミーがツバイスに襲いかかる。
……
『アイスウェーブ』
シャァァァン……!!
澄んだ音がスピーカーから響いた。
同時に、氷の波が地面を這う。
白い奔流がツバイスを中心に円を描き、部屋いっぱいに広がった瞬間、迫っていたマミーたちが次々とその中へ呑み込まれ、崩れ落ちる。
「うへぇ……」
効率厨万歳。
風月先生万歳……
俺が攻撃で1体倒すよりも、ツバイスのアイスウェーブが先にマミーを蹴散らしていく。
……
俺のファイターは確かに強くなっている……
が、攻撃が遅い……
そういえば風月から、まだスキル振りについて聞いてない気がする。
が……一旦は自分で調べてみるか……
今日の一番の収穫……一人で狩れる。
ちゃんと一人で戦えている。
「ふふっ」
楽しい。
今まで誰かの後ろをついて回っていた自分が、ようやく普通のプレイヤーになったような気がした。
敵が多ければ多いほど、ツバイスのアイスウェーブの威力の高さがよく分かる。
……
昼間、風月から言われた言葉を思い出す。
『無理して奥行くなよ』
「…………」
分かっとるわ。
とは言ったものの、実際にソロ狩りをしてみるとよく分かる。
死ねば経験値ロスト……
あれはもう嫌だ。
特に、マクビさんに報告して笑われるのだけは絶対に嫌だ。
だから、無理をせず狩っていく。
ツバイスのおかげで大量の経験値が増える。
「…………」
順調。
自分で戦っている。自分でレベルを上げている。
その感覚が楽しかった。
少しずつ操作にも余裕が出てくる。
マミーの動きを見て、HPを確認し、次の敵を探す。POTの残りも確認する。
「俺、普通に狩れてるやん」
誰もいない部屋で、一人呟く。
ちょっと調子に乗っている。自覚はある。
でも今日くらいはいいだろう。
つい昨日まで、俺はマクビさんの横で棒立ちしていた男なのだ。
それが今、一人でタルノト2を歩いている。
「…………」
少しだけ、強くなった。
そんな気がした。
その時だった。
「……ん?」
画面の端。通路の奥から、誰かがこちらへ向かってくる。
プレイヤーだ。
「…………」
一瞬、手が止まる。
昨日の記憶が蘇る。
PK……
両手に持ったダガー……レンジャーだ。
こちらへ近づいてくる……
「…………」
まさか。
俺は反射的に、そのプレイヤーの名前を見る。
赤くは……ない。
普通だ。
「…………」
いや、待て。
赤くないから安全なのか?
俺にはまだ分からない。そもそもPKの仕組みすら、
昨日教えてもらったばかりだ。
画面の向こうで、そのプレイヤーはこっちへ向かってくる。
「…………」
何? 何しに来た?
狩場が同じだけ? それとも、俺?
マウスを握る手が、少しだけ震える。
さっきまで余裕を持って狩っていたのに、急に周囲のマミーまで邪魔に見えてきた。
もし襲われたら、逃げる? 戦う?
「…………」
戦う?
いやいやいや。昨日のPKを思い出せ。
俺なんて瞬殺されるだろ。
でも、昨日とは違う。
今日はマクビさんがいない。風月もいない。
端へ逃げても、誰も助けてくれない。
「…………」
ちょっと待て。
俺。
初ソロを開始して早々、PKされんの?
勘弁してくれよ。
プレイヤーとの距離が縮まる。
俺は相手の動きをじっと見る。
そして。
ピタッ。
俺の近くで、そのプレイヤーが止まった。
「…………」
来た……
俺は身構える。
次の瞬間、白チャに文字が表示された。
『PT空いてますか?』
「…………」
え?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
『PT空いてますか?』
もう一度、頭の中で読む。
PT。空いてますか?
「…………」
俺に?
PKじゃない。襲いに来たわけでもない。
この人、俺に話しかけてる。
「…………」
どうしよう。
突然の白チャ。
知らないプレイヤー。
「ソロです。」
俺は恐る恐る答える。
『じゃ、PT組みませんか?』
……
遅かれ早かれ通ることになる野良PTというものを、俺は経験することになる……
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
2026年、現在も仲間とワイワイやって楽しくゲームをプレイしてますが、たまにこの時代のMMOを思いだし恋しくなってしまいます。
ようやく一人で狩れました。
マクビさんの後ろで棒立ちするでもなく。
風月に教えてもらうでもなく。
自分で敵を選んで、自分で戦って、自分で経験値を稼ぐ。
今考えれば当たり前のことなんですが、当時はそれだけで妙に嬉しかったんですよね。
……まあ。
途中からほとんどツバイスが倒してますけど。
俺よりレベルが高く。
俺より攻撃が速く。
アイスウェーブでマミーをまとめて蹴散らす。
早くも「俺、いる?」状態になりつつあります。
そして今回の最後。
知らないプレイヤーが近づいてきた瞬間、頭に浮かんだのは昨日のPK。
完全に警戒していた俺へ飛んできたのは、
『PT空いてますか?』でした。
今では珍しくない野良PTですが、知らない人と一緒に遊ぶこと自体が新鮮だった俺にとっては、これもまた初めての経験です。
次回。
初めての野良PT。
画面の向こうにいる「知らない誰か」と、一緒に狩りをします。
ここまで楽しんでいただけていたら、いいねやブックマークをそっと押してもらえると嬉しいです。
それでは、また次回!
……とりあえず。
PKじゃなくて、本当によかった。




