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奈落に落とされた俺だけが、世界のログを読める ~ハズレ魔術〈残響〉で断章を喰らい、神の仕掛けごと最強へ至る~  作者: 小竹X


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第008話 神代兵器アスラ

アスラは、完全に立ち上がるまでに三度、空気を震わせた。


六本の腕が順番に持ち上がる。肘関節から黒い砂が零れ、千年分の眠りを払うように刃翼が開いた。人の形をしているのに、人らしさは一片もない。顔のない頭部の中央に細い光の亀裂が入り、そこが目の代わりに三人を走査した。


《侵入者、確認》

《権限照合、失敗》

《排除工程へ移行》


「会話の余地はなさそうだ」

リゼが低く言う。


「そもそも会話してるのかも怪しいよ、あれ」セフィリアが聖印を握り直した。「祈りの匂いがぜんぜんしない。命令だけで動いてる」


レンは何も答えず、広場へ伸びる石段を駆け下りた。残響視がすでに赤と青の線で飽和している。アスラの六本腕、刃翼、足運び、地面の崩落、周囲の柱の倒壊。普通の敵なら一つの殺意を読めば済む。だがあれは同時に六つ以上の殺意を走らせてくる。


先に動いたのはアスラだった。


右上の腕が空を薙ぐ。何も持っていないように見えた手から、黒い刃圧が扇状に飛んだ。石段がまとめて断ち切られ、白い破片が舞う。レンは転がり落ちるように避けたが、少し遅れれば胴が消し飛んでいた。


続けて左下の腕が地を打つ。広場の床から黒い杭が十数本、槍のように突き上がる。


「下がって!」


セフィリアの声と同時に、金色の膜が三人の前へ展開した。杭が膜へ突き刺さり、火花を散らす。一本、二本なら弾けるが、五本目で膜が軋み、七本目で罅が入る。


レンはその隙に横へ走った。真正面からは無理だ。六本腕を全部相手にしていたら削り負ける。なら、役割を分ける。


「リゼ! 右側の二本だけ見ろ! 他は俺が散らす!」

「命令するな」

「じゃあ提案だ!」

「採用!」


リゼが笑った。初めて見た、獰猛な笑みだった。


彼女はアスラの正面へ踏み込む。大剣が唸り、右側の二腕と打ち合った。金属と金属がぶつかる音じゃない。鐘と雷が正面衝突したような轟音が広場へ広がる。アスラの腕は細いのに、リゼの大剣を正面から受け止めていた。しかも一歩も引かない。


「硬っ……!」


リゼが舌打ちする間に、残る四腕がレンへ向いた。


いい。こっちへ向けさせるのが狙いだ。


レンは偏移歩法で円を描くように走る。一本目の突きは紙一重、二本目の薙ぎは倒柱を盾にしてやり過ごす。三本目の鉤爪が柱ごとレンを抉りにきた瞬間、残響視の中に一筋の白線が混ざった。広場の床下、古い送電路。そこへ衝撃を流せば、アスラの右脚が一瞬だけ鈍る。


レンは拾った短槍を足元へ突き立てた。槍先が床下の導路に触れ、火花が走る。アスラの右脚が止まる。


「今!」


リゼの大剣が、アスラの肩口へ深くめり込んだ。黒い外装が裂け、内部から赤ではなく青白い光が漏れる。生き物ではない。やはり兵器だ。


だが浅い。切断までは届かない。


アスラの胸部が開き、内側の円環が回転する。嫌な予感と同時に、セフィリアが叫んだ。


「離れて! 大きいの来る!」


三人はそれぞれ散った。次の瞬間、アスラの胸から放たれた黒光が広場を一直線に貫いた。轟音。熱風。後方の塔が半ばから蒸発する。もし直撃していれば、骨すら残らない。


「ほんとに兵器じゃねえか!」


レンは瓦礫の陰から飛び出しながら毒づいた。


アスラの動きは単純なようでいて、各腕が別系統に最適化されている。斬撃、刺突、捕縛、砲撃。下手に近づけば六方向から分解される。だが無敵ではない。残響視が、その証拠を広場全体に浮かべていた。


骨の山。

割れた槍。

砕けた旗。

最後までここを守ろうとした人々の死の軌道。


その全てが、同じ一点へ集まっている。


「うなじか……!」


レンは気づいた。アスラの首の後ろ、刃翼の付け根の間に、他より濃い白線がある。そこが核だ。問題はどうやって届くか。


真正面は無理。上を取るしかない。


レンは広場の外縁に並ぶ列柱へ走った。一本目、二本目、三本目。飛び移る。アスラがすぐに反応し、二本の腕が上へ伸びる。予測通りだ。


「セフィリア!」


「分かってる!」


彼女の祈りが広場に満ちる。金色の細糸がアスラの腕へ絡みつき、ほんの一拍だけ動きを鈍らせた。完全な拘束には程遠い。だが一拍あれば十分だ。


レンは四本目の柱から身を投げ出し、アスラの背へ飛んだ。


刃翼が迎撃に開く。赤線が十本以上走る。全部避けるのは不可能。なら、一番浅い傷で済む軌道を選ぶ。右肩、左脇腹、太腿。三か所を切られながらも、レンは翼の根元へ短刀を突き立てた。


浅い。


だが断章が共鳴した。


《局所再演、拡張》


視界が反転する。レンは一瞬、自分ではない誰かの目で戦場を見た。


白い鎧の兵。

焦げた空。

泣き叫ぶ子供を背に庇う女。

そしてアスラへ斬りかかる、一人の兵士。


兵士は死ぬ直前、槍をアスラのうなじへ投げていた。だが僅かに逸れた。その無念が、広場の残響として今も残っている。


「借りるぞ」


レンはその軌道を、自分のものとしてなぞった。


右手の短刀を抜き、左手に持ち替える。自分ではやったことのない投擲の型なのに、局所再演で体が勝手に理解する。肘の高さ。手首の返し。踏み込みの角度。


そして、投げた。


短刀は白線の上を飛んだ。


アスラの刃翼が迎撃しようと動く。だがその瞬間、リゼの咆哮が響く。


「こっちを見ろ、鉄屑!」


大剣がアスラの正面外装をこじ開ける。胸部の回転環へ無理やり刃をねじ込み、発砲動作を止めたのだ。アスラの注意が前へ傾く。


短刀が、うなじへ刺さる。


一瞬の沈黙。


次の瞬間、アスラの全身に青白い亀裂が走った。六本腕が痙攣し、刃翼が無秩序に開閉する。レンは振り落とされる前に飛び降りた。着地の衝撃で傷口が開く。だが立ち止まる余裕はない。


「リゼ、今だ! 首の後ろ!」


リゼはもう走っていた。大剣を両手で担ぎ、一直線に加速する。その踏み込みは剣というより処刑台そのものだった。


「断て」


一閃。


アスラの首の後ろ、短刀が刺さった一点を、白銀の刃が正確に断ち切った。


巨兵が止まる。


それでも一秒ほど、世界がその結果を理解できなかったみたいに静止した。やがて青白い光が内側から膨れ、アスラの体が無数の黒い砂へ崩れ始める。


《防衛機構、停止》

《鍵座保護層、解除》


広場中央の地下から、円形の台座がせり上がってきた。七重の輪に守られた、拳大の黒い結晶。これまでの断章より、密度も圧もまるで違う。見ているだけで頭痛がする。


セフィリアが息を呑んだ。「これ、欠片じゃない……鍵に近い」


リゼも頷く。「ネムロスの中枢断章だ」


レンが台座へ近づくと、広場の白骨たちが一斉に淡く光った。恐怖で身構えたが、骨が動くことはない。ただ、その残響が広場を満たしただけだった。


守れなかった。

届かなかった。

もう一度。


無数の断末魔ではない。最後まで守ろうとした意思だけが、静かに流れ込んでくる。レンは歯を食いしばり、黒い結晶へ手を伸ばした。


触れた瞬間、頭の中で扉が開く音がした。


《中枢断章・ネムロスを取得》

《補助術式《界断》を解放》

《天蓋観測記録への接続を許可します》


広場の上空、青黒い膜が揺らぐ。


すると地下都市の頭上だと思っていたそれが、ただの天井ではないと分かった。透明な球殻の向こうに、もう一つの『空』が映っている。星ではない、巨大な光輪に覆われた本物の空。そして、その外側を、無数の黒点が巡回していた。


兵器だ。

空を飛ぶ、処刑の群れ。


セフィリアが小さく震えた。「ねえ、あれ……わたしたち、地下にいるんじゃないの?」


リゼの返答はなかった。彼女も、初めて見る顔をしていた。


沈都ネムロスの中枢は、ただの遺跡ではない。

世界の仕組みそのものへ、穴を開ける場所だった。

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