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奈落に落とされた俺だけが、世界のログを読める ~ハズレ魔術〈残響〉で断章を喰らい、神の仕掛けごと最強へ至る~  作者: 小竹X


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第007話 契約降下

礼拝堂は、砦の中でいちばん静かな場所のはずだった。


だが今朝のそこは、妙に騒がしい。兵たちが祈るためではなく、床板を剥がし、祭壇を動かし、地下の石扉を露出させるために出入りしているからだ。長椅子は片端へ寄せられ、壁の聖画は外され、普段なら神聖と呼ばれる空気はすっかり作業場のそれに変わっていた。


バルドは祭壇の裏から出てきた鉄輪を蹴った。

「本当にあるとはな。俺が司令になって八年、こんなもの一度も報告されてねえぞ」


「報告されたら困るための通路ですから」リゼが当然のように答える。


石扉には円環と七鍵の紋が刻まれていた。ネムロスで見たものと同じ意匠だ。中央の窪みにレンが断章を当てると、わずかに振動が返ってきた。


《旧式保守路を確認》

《開門には暫定権限と誓約照合が必要です》


「誓約?」レンが眉をひそめる。


セフィリアが一歩前へ出た。「たぶん、生体認証みたいなものだよ。昔の人たちは、権限だけじゃなくて心の向きも見てたのかも」


「心の向きで扉を開けるとか、胡散臭すぎるだろ」


「教会の聖堂も似たようなことしてるから、笑えないんだけどね」


セフィリアはそう言って、聖印を外した。細鎖の先で光る円環を掌に載せると、淡い金の膜が広がる。


「簡単な誓約を結ぼう。下で見たものを利用して仲間を売らないこと。必要なく命を切り捨てないこと。あと、嘘をつく時は嘘だって分かるようにすること」


「最後だけ妙に緩いな」とレン。


「全部本音しか言えないと、人間関係が終わるから」


「妙に実感がこもってるな」


リゼが短く息をついた。「構わない。誓約魔術なら、教会側にあとから改竄されにくい」


「お前も教会の術を信用してないんだな」


「教会上層部を信用していないだけだ」


結局、三人とも誓約に同意した。


セフィリアが祈りの言葉を紡ぐ。だがそれは礼拝堂で聞く柔らかな祝詞ではなく、もっと古く、短く、硬質な音だった。金の糸がそれぞれの手首へ巻きつき、一度だけ脈打って消える。


「これでよし。破ったら?」

レンが聞くと、セフィリアはにこりと笑った。

「痛いよ」

「ざっくりしてるなあ!」


リゼが石扉へ触れた。「開けろ、レン」


レンは断章を中央へ押し当てた。七鍵の紋が青白く輝き、重い石扉が左右に割れていく。下から吹き上がってきた空気はひどく冷たく、乾いていた。長い時間、人の出入りがなかった匂いだ。


地下へ伸びるのは、狭い螺旋階段だった。石ではなく白い合金でできている。靴底が触れるたび、薄く灯が点く。


バルドが階段口で腕を組む。「ここから先は砦の管轄外だ。だから命令はしねえ。ただ、一つだけ頼む」


「何だ」


「戻ってこい」


短い言葉だったが、思っていたよりずっと重かった。辺境司令官の立場からすれば、断章持ちも執行騎士も聖女候補も、面倒の種でしかないはずだ。なのにこの男は、砦を守る責任と引き換えに、自分では行けない奈落へ三人を送り出す。


レンは頷いた。

「そっちも砦を持たせろよ」


「誰にものを言ってやがる」


バルドの口元が、ほんの僅かに上がった。


三人は階段を降り始めた。


最初の百段ほどは何もない。二百を過ぎたあたりから、壁面の刻印が増える。円環、鍵、星、見たこともない文字。セフィリアが手を這わせながら呟いた。


「祈りじゃない。命令文だ。たぶん、施設の管理用」


リゼが前方を警戒しながら答える。「読めるのか」

「意味までは全部じゃないけど、声色で分かるの。偉そうな文と、焦ってる文の違いくらいは」

「便利なのか不便なのか分からんな」


階段は途中で三度折れ、やがて水平通路に変わった。通路の床には青い帯が流れている。動力が生きている証拠だ。


だが、その帯の先に赤い線が見えた。


「止まれ」


レンが手を出す。直後、天井の継ぎ目から無数の針が降り注いだ。何も知らずに進んでいれば、全身を蜂の巣にされていた量だ。


セフィリアが目を丸くする。「ありがとう。ほんとに見えてるんだ」

「見えてなきゃ、とっくに死んでる」


レンは壁面を調べた。針の残響は同じ一点へ収束している。隠し操作盤だ。断章を近づけると、そこだけ刻印が浮かぶ。


《保守路、防衛機構を一時停止》


通路が静かになった。


「便利だな、お前」リゼが素直に言う。

「今さら気づいたのか」

「さっきまでは危険物として見ていた」

「正直で結構」


そんなやり取りをしながら進むうち、空気が変わった。冷たいだけでなく、下から巨大な空間が開けている気配がある。通路の先の扉を抜けた瞬間、三人は同時に足を止めた。


その先には、都市があった。


白い塔群。崩れた街路。空中で止まったままの橋。地下なのに、頭上には青黒い『空』のような膜が張っていて、そこに古い星図みたいな光が淡く流れている。昨日レンが見たネムロスの外縁より、ずっと中心部に近い場所だ。


都市の中央には巨大な円形広場があり、その真ん中に黒い人影のようなものが跪いている。


「……人?」セフィリアが小さく言う。


「違う」リゼの手が大剣の柄へ伸びる。「人の形をした兵器だ」


広場まで続く道の両側には、また白骨が折り重なっていた。だが今度は全てが同じ方向へ、中央の黒い人影へ向かって倒れている。逃げたのではなく、守るために立ち向かって死んだ配置だ。


レンの断章が熱を持った。


《防衛機構:アスラ》

《再起動待機》

《侵入者権限、照合不能》


黒い人影が、ゆっくりと頭を上げる。


顔のない顔面。六本の腕。背に折り畳まれた刃翼。跪いたまま何百年も動かなかったはずのものが、軋みながら立ち上がろうとしていた。


リゼが一歩前へ出る。

「戦うしかないな」


レンも短刀を抜いた。セフィリアは緊張で少しだけ唇を強ばらせながら、それでも逃げなかった。


誓約はもう結んだ。

後戻りもできない。


沈都ネムロスの中枢で、神代の守護兵器が目を開こうとしていた。

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