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奈落に落とされた俺だけが、世界のログを読める ~ハズレ魔術〈残響〉で断章を喰らい、神の仕掛けごと最強へ至る~  作者: 小竹X


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第005話 処刑騎士リゼ

白銀の騎士たちが門をくぐった瞬間、戦場の空気が変わった。


王都直轄執行騎士団。

辺境の兵からすれば、王の剣というより『見せしめの刃』に近い。反乱貴族の首を刎ね、禁忌遺物に触れた者を裁き、時には領地ひとつを黙らせるために派遣される。良い噂はほとんど聞かない。


その先頭にいた女騎士は、馬から降りると周囲の死骸を一瞥した。月光に濡れた銀髪。細身だが、立ち姿だけで分かる。本物の戦場をくぐってきた人間だ。彼女の背の大剣は、処刑用の刃にしては長すぎる。人ではなく、何か巨大なものを斬るための武器に見えた。


「返答を」


再び問われる。青い瞳がレンを射抜いた。


レンは黒い断章を懐へ押し込み、口を開いた。「だったら何だ」


周囲の兵が息を呑む。相手は執行騎士だ。辺境の孤児がそんな口を利けば、普通はその場で斬られても文句は言えない。


だが女騎士は眉一つ動かさなかった。

「確認したいだけだ。砦の記録では、第五層の採掘場で未登録断章の反応が出た。続いて魔物暴走。私の任務は、原因の回収と封印、必要なら処分だ」


必要なら処分。


その一言で、門前の兵たちが一歩引いた。自分に向けられたわけでもないのに、刃を突きつけられたような緊張が走る。


司令官バルドが前へ出た。「カルミナ砦司令、バルド・ゲンツだ。今夜の暴走は、探索班長ガルグの不正採取によるものと判明した。件の断章は、そこにいるレンが危険を承知で奪取し、暴走を止めた」


「そのレン本人が、処分対象の可能性を含むと?」


女騎士は容赦なく言う。


バルドが舌打ちした。「王都は、命を拾った人間にまず礼を言う習慣もないらしいな」


「礼はあとで言う。先に生存確認と危険評価をする。それが私の仕事だ」


感情の起伏が薄い。だが冷血とは少し違う。優先順位が極端なだけなのだと、レンは直感した。


女騎士はようやく名乗った。

「リゼ・ヴァルトハイム。執行騎士団第三位階。通称は、そちらが勝手につけた『処刑騎士』だ」


噂は本当らしい。門前がざわめく。


リゼはそのままレンの前へ来た。間近で見ると年は二十を少し越えたくらいだろうか。肌は白く、戦場にいるには整いすぎた顔立ちだが、その目だけは眠っていない獣みたいに鋭い。


「断章を見せろ」


「断る」


「なぜ」


「信用できないからだ」


即答すると、リゼはほんの僅かだけ口元を緩めた。笑ったのか、それとも呆れたのか分からないくらい短い変化だった。


「なるほど。自分が狙われる理由は理解しているらしい」


「処分だ何だって最初に言ったのはあんただろ」


「正しい。だが、処分する価値があるかどうかは見てから決める」


そう言うと、リゼは背の大剣を抜いた。鞘鳴りの音だけで、何人かが肩を震わせる。刃渡りはレンの身長の半分ほど。幅広で重厚。それなのに彼女の手では、木の枝みたいに軽く見えた。


「私と打て」


「は?」


「一撃でいい。断章に呑まれた人間なら、剣を交えれば分かる」


バルドが眉をひそめる。「今ここでか?」


「今ここでだ。時間が惜しい。遅れれば、本命が来る」


その言い方に引っかかったが、考える間もなく、リゼはすでに構えていた。拒否すれば強制される類の空気だ。


レンは短刀を抜く。周囲が慌てて距離を取った。門前の死骸の間に、即席の円ができる。


「一撃だけだぞ」


「一撃で足りるなら、それでいい」


直後、リゼが消えた。


いや、消えてはいない。速すぎて見失っただけだ。残響視に赤線が走る。真正面ではない。右後方上段から、斜めに落ちてくる。


レンは偏移歩法で身を沈めた。だが読み切れない。剣圧だけで頬が裂け、背後の石畳が紙のように断ち切られた。重い剣なのに、軌道の後半が加速していた。単純な膂力じゃない。剣そのものに魔力流が乗っている。


「ちっ」


レンは転がりながら距離を取り、次の線を読む。リゼの周囲には、他の敵には見えなかった蒼い線が混ざっている。剣筋の予測がぶれる。彼女自身も残響を殺しているのか。


「それが断章使いの動きか」

「そっちこそ、人間の剣に見えないな」


「人間だ。たぶん」


軽口の直後、二撃目が来た。


今度は真正面。だがフェイントだ。踏み込みの途中で刃が半回転し、腹を狙う軌道へ変わる。レンは見えてからでは遅いと悟り、先に左へ飛んだ。剣先が上着だけを裂く。


そのまま懐へ潜る。大剣使いの内側。普通なら有利な位置。


なのに、リゼは柄頭でレンの顎を狙ってきた。


レンは短刀で受け、衝撃に歯を噛み鳴らした。重い。腕が痺れる。だが同時に、リゼの手首と肩の接続部に、ごく短い白線が見えた。一瞬だけ、防御の死角が生じる。


レンはそこへ短刀を滑らせた。


甲高い金属音。

リゼが目を細める。


刃は彼女の肩当てを掠めただけだったが、確かに届いた。周囲がどよめく。辺境の灰拾いが、執行騎士に一太刀入れかけたのだから当然だ。


リゼは剣を下ろした。

「十分だ」


「もう終わりか」


「これ以上やると、どちらかが死ぬ」


彼女は真顔でそう言った。脅しではなく、事実として。


レンも同感だった。今の二合で分かった。目の前の女は、今の自分より一段上にいる。だが越えられない差じゃない。断章を喰えば、いずれ届く。そう思える程度には、手応えがあった。


リゼは大剣を納め、レンの懐を指した。

「断章は持っていろ。いま無理に取り上げる方が危険だ」


「さっきと言ってることが違うな」


「評価が変わった。お前はまだ呑まれていない。むしろ断章を押さえつけている側だ」


門前にざわめきが戻る。処分されないと分かって、兵たちが目に見えて息をついた。


だがリゼの表情は晴れない。


「問題は別にある」彼女は第五層へ続く闇を見た。「この規模の暴走は、欠片一つでは起きない。下に本体がある。しかも王都の観測網より先に動いたということは、旧式の保守都市が生きている可能性が高い」


レンの胸がわずかに跳ねた。ネムロスのことだ。


「知っている顔だな」リゼが言う。


「……少しだけ、見た」


「どこまで」


「白い都市。鍵の紋章。天蓋維持率とかいうわけの分からない記録」


その言葉を聞いた瞬間、リゼの目つきが変わった。警戒ではなく、確信に近い色。彼女は周囲を見回し、門前の兵に聞こえない位置までレンを連れていった。バルドも無言で付いてくる。


「ネムロス。やはり第七保守都市か」


「知ってるのか」


「王都でも最上位の禁書にしか載っていない。建国以前に沈んだ、神代末期の保守都市だ。迷宮ではない。迷宮を管理していた側の施設」


レンは沈黙した。自分が見たものが、ただの古代遺跡ではなかったと裏付けられた形だ。


バルドが低く問う。「王都は何を隠してる」


「全部だ」


リゼの返答は速かった。「そして天蓋教会も知っている。だからこそ私は先に来た」


「先に、ってことは」


「明朝には教会の監察使が来る。名目は浄化と救護だが、実際は封殺だ。証拠も人も、都合の悪いものはまとめて消す」


その言葉で、レンの中の疑問が繋がった。ガルグが未登録断章を隠し持っていたこと。王都が異常な速さで執行騎士を差し向けたこと。断章という存在そのものが、相当に危険視されている。


「じゃあ、あんたは何しに来た」レンは聞いた。「封殺じゃないなら」


リゼは少しだけ目を伏せた。「止めに来た。三年前、別の辺境砦で同じものが見つかった。私は命令通り断章を回収し、関係者を全て拘束した。その夜、教会が砦ごと焼いた」


「……」


「子供もいた」


簡潔すぎる告白だったが、それで十分だった。


リゼは顔を上げる。「私は二度目を見たくない。だから聞く、レン。お前は下へ戻れるか」


普通なら、冗談じゃないと返す場面だ。あの奈落へ、ついさっき命からがら這い上がったばかりなのだから。


だがレンは、もう答えを持っていた。


「戻るさ」


ザックの死がある。ネムロスの白骨がある。空に蓋があるという、わけの分からない記録がある。ここで見なかったことにはできない。


リゼが頷く。「なら私も行く」


「おいおい、勝手に決めるなよ」


新しい声が割り込んだ。門の陰から現れたのは、青白い法衣を纏った少女だった。年はレンと同じくらいに見える。長い蜂蜜色の髪に、教会の聖印。だがその瞳はひどく澄んでいて、月光の下では金に近く見えた。


彼女は少し困ったように笑う。


「下へ行くなら、わたしも同行する。だってその断章、もう祈りの匂いじゃ隠せないもの」


リゼが眉を寄せた。「セフィリア。どうしてここにいる」


「監察使より先に来たの。あなたと同じだよ、リゼ」


少女――セフィリアはそう言って、まっすぐレンを見た。


「はじめまして、断章持ちさん。わたしは天蓋教会の聖女候補。で、たぶん今夜から、教会の裏切り者になる予定」


門前に吹く夜風が、急に冷たくなった。

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