振るう拳の意味を問え。
30階層から一度帰還したカケル達を待っていたのは、拠点に残されたレピィの分身と一本の電話。
ダンジョンで負った無数の怪我をレピィに癒されつつ、カケルは電話を受ける。
「また随分と変わった戦略を取っている様だね、久々のダンジョン攻略は君たちからすれば生温いのかな?」
電話口から聞こえてくる声色から困っている事がありありと伝わってくるのは、電話の相手が万年苦労人だという先入観があるせいか、はたまた彼が演技派だからだろうか。
「問題無く30階層を突破してるし、魔石の納入も想定していた量より多い。組織から臨時ボーナスがあるんじゃないかって位に褒められてるらしいじゃないの。」
少しばかり小耳に挟んだ情報を交渉材料に放り込めば、いやぁ、となんとも歯切れの悪い口調で濁す和田に僅かな違和感。
「なんか厄介ごと?今は攻略に手一杯だから引き受けられないよ?」
電話口の向こうで和田が言葉に詰まる。
「どうしてもかい?」
「どうしてもだね、どうせ新人連中の尻拭いとかその辺だろ?そもそも橘の担当じゃん。」
参ったなぁ、困ったなぁ、と下手くそな演技に豹変した和田の態度にいい加減面倒になり、なんなんだよもう、と降参すれば嬉々として話し出す和田に苦笑いをひとつ。
「今回の案件は随分と面倒な相手からの依頼でね、所謂、裏案件ってやつなんだ。何処ぞのお偉いさんの御子息達のレベル上げと階層攻略を補助しろと。」
少しばかり見えた光明に声に力が篭る和田に、やはり苦労人なのか?などと下らない事を考えながら話しを聞くことにすれば、和田の口調が更に活気を宿す。
「それで期間と条件は?」
「期間は決まって無い。達成条件は御子息達4名を引き連れて、つい先日まで国内最高到達点だった20階層突破、との事だ。」
「ありゃま、実質二人+お荷物抱えて20階層まで攻略って橘達じゃあなかなか厳しいか...。」
困った事にね、と電話口の向こうで零れる深い溜め息に、しぶしぶ了承を伝えれば歓喜と戸惑いが入り混じった聞き取れない言葉が溢れだす。
「こっちにも予定があるから、準備期間として二週間は貰うぞ?潜るダンジョンと相手方のご機嫌取りは和田さん、アンタの仕事だ。きっちりやっとけよ。」
「勿論っ、全力でサポートさせて貰うよ。詳しい内容は改めて連絡する...本当にすまない。」
電話の向こうで頭を下げているイメージを相手に抱かせる和田の口調に苦笑いを再び零し、貸し1な、と悪童らしい言葉を最後に電話を切る。
いつのまにか肩に乗っていたレピィが消えている事に気付き、回復した身体の調子を確かめながら用意されていた軽食を摘む。
参ったな、と頭の中で今後の展開を想像しながら考えに集中していく。
それから数時間後。
夕食の場に揃ったカケル達3名の間で行われた話し合いは熾烈を極めた。
既に考えの決まったカケルとそれに追随するメグの二人を必死で説得するタモツ。
これ以上ギルドメンバーがバラバラで動く事になればマイナスにしかならないだろう、と強く主張するタモツをまぁまぁ、と宥めつつ食糧不足で少しばかり寂しい夕食を食べ進めるカケル。
二人の温度差を感じながらも特に何を言うでも無くカケルの隣に控えるメグの顔に浮かぶのも夕食への不満ばかりで、タモツの声は届かない。
「タモツ、俺は別にギルドを見捨てて別行動するって訳じゃあ無い。依頼はいつか消化しなきゃならんし、依頼をこなせば更に支援も受けられる。それに出発前までに諸々の問題は片付けてくつもりだぞ?」
聞き分けのない子供相手に諭す様に、ひとつひとつ話していくカケルを相手に反論するタモツの言葉もあながち的外れでは無い。
残された二週という期間でハジメを救い、鬼の呪を解呪するとなれば、相当な強行軍となる。
未知の階層に挑む上でそれは無茶としか言いようが無いのだが、発案者のカケルはヘラヘラと余裕そうな表情を浮かべている。
「出来るんだな?お前を信じていいんだな?」
懇願する様な必死の形相のタモツ相手に、うんうん、と頷くカケルはそっと拳を握る。
「ダンジョン攻略って自分の全部を賭けてようやく道が拓けるもんだって分かったんだ。ハジメもユイもリュウも自分の時間を全部ダンジョンに費やした。だからこそ俺には付いてこなかったんだ。だから、もう一回アイツらに認めさせる為に俺は俺なりのやり方でやってやる。」
ギチリ、と固く握られた拳から滴る血を見てカケルの抱く思いの強さを悟り、僅かにでもカケルを疑った己を恥じたタモツもまた決意新たに拳を握る。
「俺は俺の役割を果たそう。カケル、お前は好きに走れ。」
「...ふぁああ。万事解決ってことで、おやすみなさい。」
何故か一人だけ特別にデザートまで用意されていたメグは甘味を堪能したのち、小難しい話しは終わりだと言わんばかりに大きな欠伸を見せた後、眠そうな表情でフラフラと自室へと戻っていった。
「俺らも寝るか。」
なんとも締まらない言葉で夕食兼話し合いは終わりを告げ、カケル達は眠りに就いたのだった。
ーーー35階層?ーーー
「おいこら、階層主の真似事たぁ随分と魔物らしい事してるじゃねぇか。目覚ませやっ!!」
「...?」
-バチィイイイイッ!
お互いの拳をぶつけ合えば、ビリビリと空間を震わせる程の爆音が響く。
開幕早々の全力の一撃は鬼を打ち据える。
「グォオオオォォオオオオッッツツッ!!」
「ユイっ、こっちで抑えとくから早いとこバカの目覚ましてくれや。」
うんっ、そんな返事と共に祈る様にケセラセラを握りしめ、ただひたすらに魔力を練る無防備なユイを守るのは、大蛇と言う言葉がよく似合う程に大きく成長したレピィ。
赤色の肌をした鬼が咆える。
青い紋様を刻んだ大男が叫ぶ。
ぶつかり合う拳は金色の粒子を撒き散らしながら、鮮血を滴らせながら、より激しく、より鮮烈に加速していく。
振るわれた拳をいなし、防ぎ、受け流す。
身体能力の差を埋めるのは持ち前の戦闘センスとこれまでの戦いで培った勘。
拳をギリギリで躱せば拳圧が頬を叩き、時にはその鋭さに頰が裂ける。
噴き出した血すら目潰しとして利用し、どうにか生まれた僅かな隙を全力で活かす。
踏み込みと同時に溜め込んだ魔力を全解放。
ここしか無いと意気込み放った掌底は鬼の顎をきっちり捉え、インパクトの瞬間に伝わる衝撃は過去最高と言ってもいい程の会心の一撃。
数メートル先に吹き飛ぶ鬼。
吹き飛んだ先でもうもうと上がった土煙を睨む。
「そういやお前との模擬戦じゃ未だ負け無しだったか?」
口の中に溜まった血を吐き出しながら、身体の調子を確かめるリュウ。
先程放った一撃は確かな手応えを感じた為、油断はせずとも、少しばかり期待はしていた。
-ズゴンッ
咄嗟に反応した左腕のガードごとぶち抜かれる衝撃。
「んなっ!?」
ビリビリとした左肩の痺れと力の籠らない左腕。
全身がバラバラになったのかと思う程に身体の芯を突き抜けた衝撃。
ゴロゴロと転がっているのは分かるが、何がどうなっているのか把握出来ていない。
何かにぶつかり止まった事でようやく動ける様になるもままならない。
どうにも己の状態を瞬時に理解出来ず、立ち上がろうとすれば混乱した三半規管が邪魔をして地面に這い蹲る結果に。
(こりゃマズいな)
ふと目に付いたのは、まるでサッカーでもするようかの様に大きく足を振りかぶった鬼の姿。
衝突に備えて魔力を練り上げるも間に合わない。
ズドンッ、と鈍い衝撃音と共に吹き飛んだリュウはまた数メートル転がる事に。
戦う相手を探す鬼が次に目を付けたのは、濃密な魔力を練る無防備なユイ。
未だ無防備なユイに迫る鬼を止めようと、レピィは必死で喰らいつくも力の差は歴然。
それでも必死に喰らいつくレピィを襲うのは、鬼の放つ暴力的な殴打の嵐。
何度も何度も打ち込まれた拳はレピィの身体をぼろぼろに変え、溢れる金色の粒子を嬉々として浴びる鬼の狂気がレピィを襲う。
そうして、レピィの巨体を活かした戦い方で稼いだ数十秒。
ぼろぼろになり消えていくレピィが悲しげに鳴く中、ユイと鬼の間に立ちはだかるのは全身ぼろぼろのリュウ。
左腕はひしゃげ、吹き飛んだ際に強く打ち付けたのか片目は閉じられている。
両足は立っているのすら精一杯なのか、ふるふると震え、踏み出すだけの余力は残っていない。
「...レピィ、俺が不甲斐ないばっかりにすまねぇ。」
もう戦えるだけの余力は残っていないはずの男から立ち昇る高密度の魔力。
「ハジメよぉ、俺はどんだけ受けても構わねぇが、テメェが惚れた女を殴るのだけはさせられねぇ...」
「グオォォオッッ!!」
いい加減に鬱陶しいとばかりに大振りの一撃がリュウに襲い掛かるもリュウは倒れない。
それどころか殴った筈の鬼が痛みに咆える。
噴き出した血が少しずつリュウの視界を奪っていくも、それでもリュウは倒れない。
苛立ちをぶつけるかの様に何度も何度も繰り返し拳をぶつける鬼が吼えれば、リュウもまた同じ様に咆哮を上げる。
リュウが使うのは衝撃方向の操作。
勿論、一瞬で完全な演算など出来る筈も無く飛ばしきれなかった衝撃はリュウの身体に襲い掛かるもひたすらに耐える。
耐えて、耐えて、耐えて。
もはやボロ雑巾の様になったリュウを見て、この戦いの結果は明白である。
それでもリュウは倒れない。
そして、ようやくユイの祈りが届く瞬間が来た。




