絶望の果ての禁断の果実。
全世界で一斉に発生したスタンピードによる被害も発生当初に比べれば、ようやく落ち着きを見せ始めた頃。
各地で起きている問題はライフラインの復旧や食糧不足、なにより圧倒的なまでの人員不足であった。
そして、そんな未曾有の危機を乗り越えたカケル達もまた窮地に立たされていた。
「...時間が無い、人手が無い、物資が無い。」
「こうも無い無い尽くしじゃ動けないね。」
「俺に掛けられた呪の期限もそうだが、これ以上ハジメに置いてかれると追いつけん。言い方は悪いが、こんな事してる暇なんか無いんだよね。」
スタンピードによる激戦を経て、人の死を間近に感じたメンバー達は心を擦り減らされ、世間からの誹謗中傷に当てられ、そして自分達の抱える問題に頭を悩ませていた。
スタンピードを予期し、カケルや和田の奮闘のお陰で導入された冒険者制度。
そのお陰でスタンピード発生前には日本各地のダンジョン攻略が始まっており、特に都心部や交通事情が良い場所ほど冒険者の集まりが良かった為に、他国に比べれば被害は比較的抑えられたものの、それでも数万人単位で亡くなった方がいた。
そしてその責任の全てを問われたのが、カケルである。
全国から集まる非難の嵐。
その全てに対応出来るはずもなく、毎日疲れた顔で謝罪を繰り返しスタンピードの残党処理に駆けずり回るカケルの限界は近い。
かつて、10階層で大鬼と激戦を繰り広げたあの日から既に半年が過ぎている。
残された時間は後、半年。
未だダンジョン20階層より先に進めていない状況で、地上で起きたスタンピードをちまちまと削りながら足踏みしている余裕などカケルには無いのだ。
ふぅ、と大きな溜め息を吐きながら椅子に凭れ掛かるカケルの表情は固い。
ようやく一息吐いて休もうとしてタイミングで鳴らされる部屋の扉に辟易しながらも入室を促し、すっかり冷めているコーヒーを口にしながら来訪者を待つ。
「あら、折角の休憩時間を邪魔したかしら?」
口に含んだコーヒーを吹き出さなかった事を褒めてくれる人はこの部屋には居ないが、きっとハジメがいたなら狐につままれた様な顔で苦笑いを浮かべていただろうと思う。
「人の顔を見てその表情は失礼だと思うのだけど?」
「...お前、どうやってここにきた。いや、どうやって出てきたんだ?」
カケルの部屋を訪ねてきたのは、かつてダンジョン対策本部と呼ばれる政府管轄の組織に所属していて、ハジメを目の敵にして起こした傷害等により拘留されているはずの人物。
橘林檎であった。
「あれから随分と経ったし、日本中どころか世界中が大混乱になった事で、頭の固い連中も使える人材を腐らせておく余裕が無くなったみたいよ?」
「へぇ、使える人材ねぇ。事件を起こした後はえらく愁傷な態度だった割には大口叩くじゃないの。」
ピリピリとした雰囲気の中、二人の話し合いが始まる。
「随分と苦労してるみたいね?ニート君はダンジョンで行方不明、探しに行こうにも今はスタンピードの対処で手一杯で動けない、でしょ?」
「それがどうした。なんだ?泣いて手助けを求めたら助けてくれるってか?テメェ一人が出張ったところで変わりゃしねぇよ。」
ハジメを目の敵にしていた頃とは違う、知性の宿った瞳でカケルを見つめる橘の表情は揺るがず、カケルの軽い挑発にも乗らず淡々と要件を述べていく。
出会った頃の高飛車な態度で掴みかかってくると思っていたのに、やけに大人しい橘に拍子抜けしたカケルもようやく話を真っ直ぐに聞くことに。
橘曰く、かつてのダンジョン対策本部に所属していた隊員達を復帰させ、現状の対処を代わりに行なう代わりに自分のポストをよこせ、と。
「それでわざと失敗を繰り返して俺の評判を下げるっていう算段か?」
「随分と用心深いわね、残念だけど違うわ。私はこんな形で終わって欲しくないだけよ。貴方の時間も後半年しか残されてないんでしょ?」
しばしの沈黙が支配する。
カチ、カチ、と秒針の音だけが部屋に響く中、ノックも無しに飛び込んで来たのはユイ。
鬼の形相で橘を睨み付けるユイを抑え、文字通り身体を張って止めているのはタモツ。
「あら、ニート君を好きになった物好き女じゃない。そんな恐い顔してどうしたの?」
「ハジメにあんな事してよくものうのうと顔出せたわね、絞め殺されたく無かったら今すぐ帰りなさいよっ!」
洩れ出る魔力が徐々に形を為していき、ユイに絡むようにして顕現していく白蛇。
焦りと困惑が入り混じった顔でカケルに助けを求めるタモツに応える形でカケルが身を乗り出して暴走気味なユイを止めにかかる。
パチリ、と指先から放たれた電撃がユイに軽い衝撃を与え、一瞬だけ意識を失わせる。
未完成だった魔法はその一瞬で瓦解し、白蛇はその形を失い魔力へと還っていく。
「地上はアンタに任せる。当分は和田さんに従って動いてもらうし、怪しい動きを見せれば組織の粛正対象にもなり得る事を肝に銘じて働くんだな。」
「賢明な判断ね。」
「必要な書類や諸々の許可は和田さんに全て任せるから、さっさと行け。」
そう言い放ちドアを開け、騒動の原因になる橘を追い出す形で決着。
こうしてダンジョン攻略再開の目処は立ち、カケル達はスタンピードの前線を退き、山間のダンジョンのある場所へと戻ったのだった。
ニートのダンジョン攻略記。
激動を経て疲れ果てたカケル達を救ったのはかつての敵である橘。
そして、カケルに刻まれた鬼の呪を解くため、鬼に堕ちたハジメを救い出す為に再びダンジョンへと挑む事となる。
次回、...。
乞うご期待。




