元気と空気と空元気。
大鬼との激戦と敗北を経て、呪印とも呼べるような楔を打たれた二人に駆け寄るユイとメグ。
その顔には困惑と焦り、そして怒りが浮かんでいた。
「ハジメっ、大丈夫!?何で毎回毎回無茶ばかりするのよっ、眺めてるだけしか出来ない私の辛さが分かってるの!?」
「ーーぁ゛あ゛。」
「もう本当に心配したんだからっ!来てレピィ、噛まれたくなかったらしばらくじっとしててね。」
ユイから立ち昇る大量の魔力を糧に顕現したのは可愛らしいヘビが一匹。
シュルリ、と機敏な動きでユイの肩に登り甘える姿はギリギリな今の状況には似付かわしくなく、そのシュールさに笑いすら起こりそうになる。
「お願いレピィ、二人は私の大切な人なの助けてあげて。」
その願いに応えるように輝きを放つユイにレピィと呼ばれる蛇が姿を変え一本の杖が姿を現わす。
杖全体に蛇が巻き付いたような紋様が特徴的なユイの魔道具。
回復や支援に特化した魔道具は再起不能に思える程の怪我を負ったリュウとタモツ、そして重傷を負ったであろうメグを動けるようにまで回復させるだけのチカラを秘めたユイの新たなチカラ。
当然、それだけの奇跡を起こすのは相当な負担があるらしく、額に汗を滲ませるユイの表情はかなり辛そうで、側に寄ったメグから魔力供給を受ける事でどうにか治療を継続出来ている状態。
「...負けちまったな。」
「だな、まぁまだ終わりじゃない。」
「二人とも死に掛けたって事理解してるの!?」
「...二人はもっと反省すべき。」
「「うっす。反省してます。」」
声が出るようになったカケルが悔しげに呟いた言葉に反応すれば、救護に来た二人に叱られカケルと揃ってしょげる羽目に。
「おぅ、体調はどうよ。」
「どうにかってとこかな、リュウの方こそ大丈夫なの?」
「ユイのお陰で何とかな。悪かった、ケセラセラさえあれば勝てる何ていう甘い考えで突っ走った俺の責任だ。」
「なははっ、それを言うなら俺が一番の戦犯になるじゃねぇか。頭に血が上って撤退を選ばなかった俺の責任はデカいよなー、皆すまん。」
ケラケラと陽気に笑うカケルの姿に和む一同。
そこに流れる空気は楽しげで、まるで祝勝会でもしているような明るさがある。
装備のほとんどを失い、全快とは言えない体調に魔力切れで気怠い身体。
それでも生き残った事を笑い合える仲間がいる。
楽しげに踊るレピィを皆で可愛がりながら、魔力が回復するまでをのんびりと過ごしていれば、当然に触れられる話題がひとつ。
大鬼が残していった呪印。
脈動するかの様に蠢く紋様はドス黒く、触れると僅かに痛みが走る。
腕を動かす分には支障は無く、むしろリュウが使っている刻印にも似た特性を持っている様で、魔力の通りは抜群に良い。
「...その腕はどうしたの?」
「え?あぁこれは大鬼が残した呪いみたいなもんかな?」
「そうそう、一年以内に五十階層まで来いってさ。装備とかの関係で当面は動けないだろうけど、こっからの目標はリベンジって事でよろしくなー。」
若干の沈みを見せるメンバーを他所に楽しげに笑うカケルが痛々しく見えて、それでも笑えと自分に言い聞かせ下手くそな作り笑いを浮かべる。
動ける程度に魔力も回復して、地上へと撤退しようとしたところで見慣れぬ物体が目につく。
「あれは?」
「多分セーブポイント的な?大鬼が消えたタイミングで現れたし、クリア特典とかかも?そういうのはハジメ担当だから詳しくはわかんないよ。」
「んー、ユイの言う通りセーブポイントというか、転移装置的な何かだとは思うけど...とりあえず触ってみるか。」
「「「え?」」」
妙なテンションのままに部屋の中央に現れたクリスタルに手を伸ばせば、その仕組みを理解する。
ダンジョン攻略を効率化する為に作られた転移装置。
五階層毎に作られたクリスタルに触れる事で、ダンジョン入り口に作られたクリスタルへと転移を可能にした魔道具。
また、入り口側のクリスタルを操作する事で次回攻略時にショートカット出来る優れもの。
そんな便利な魔道具の発見に心踊りながら皆んなの方を向けば、怒髪天の女神の降臨を目の当たりにする事に。
「なんで何の警戒も無く触っちゃうの!?そりゃ出現したタイミングや場所的に安全そうではあるけど、あくまで安全そうなだけで安全かどうかは分かんないでしょ?なのに興味だけで先走って予告も無しにそういう事しちゃうのはダメでしょ!大体ハジメはいっつもそう、私とレピィがいるから多少の無茶も平気だと思ってるのか危ない事も平気でやって、失敗してもヘラヘラ笑って誤魔化すけど、毎回どれだけ心配してるか分かってる?今回の件は本当に度が過ぎてる!さっきまで死に掛けてた人間がやる様な事じゃないわ。」
「あー、ごめん。」
「あー!また苦笑いで誤魔化そうとしてるっ!今日という今日は誤魔化されないんだからね!ほかに「ストォオオオッップ!!痴話喧嘩はほどほどにして、とりあえずソレの事教えてくれよ。」...ハジメ、帰ってから続きを話すから。」
カケルによってどうにか助けられたが、帰宅後を思えば今から胃が痛い。
自分でも少し無警戒過ぎたか、と反省しつつもクリスタルについて理解した事を皆んなに教えていく。
「クリスタルに触れれば分かるんだけど、これは予想通り階層間の転移装置の様なもので対のクリスタルがダンジョン入り口のもあるみたい。階層移動の境界線とリンクしてて、クリスタルで行き先を決めて階層移動をすれば転移が行われるみたい。」
「つまりクリスタルがあれば毎回一階層から進めなくて良いわけか、中々に便利だな。」
早速やってみるか、とクリスタルに手を伸ばすメンバーを見ながら考えることはひとつ。
大鬼というイレギュラーが現れなかったら、階層主戦はどうなっていたのか。
以前戦った対策本部の連中は、半年のブランクとレベル差がありながらも勝つことが出来た。
それに、ここまでの階層で苦戦する事は無く、むしろ余裕があるほどに順調に進めたのは道中でのレベルアップもあったけど、偏に自信を圧し折られてなお必死で笑う彼らのチカラが異常なのかのどちらか。
視線の先で無邪気そうな表情を見せるカケルの持っていた未完成の聖剣の異常性。
自身の創り出したケセラセラやユイの生み出したレピィなんかは、自分の心を核にする事で生み出した特異な魔道具だが、カケルの未完成の聖剣は違う。
知りうる中で自己投影が一番反映された魔武器。
持ち主の成長に合わせて聖剣も強化される様は文字通り聖剣の名に相応しい能力。
そしてそれを振るうカケルの異常なまでの身体能力も凄まじいものがある。
紫電を纏い駆ける姿は、すでに人の限界を超えたナニカに思え時折不安になる。
自身の中で立証されつつある仮説が、カケルという英雄によって証明されてしまう恐怖。
そんな事を考えていれば、いつのまにか隣にやってきたユイに頬を抓られ現実に戻される。
「何考えてるの?まぁどうせ次の検証についてだろうけど、しばらくは危ない事は禁止だから心しておくように!」
「...分かってるよ。これ以上ユイを怒らせちゃうと晩飯のおかず抜きにされちゃうから。」
「そうそう、言うこと聞かない悪い子はおかず抜きなんだから...って、そんな事しないからっ!」
頭の中でグルグルと巡る不安はあれど、今はまだこうして仲間達と楽しい時間を過ごして居れるならいいか、と不吉な仮説を心に仕舞い込む。
「よしっ、とりあえず何時迄もここにいたってしょうがないから帰還するぞー」
「「「りょーかい。」」」
カケルの号令に従い、クリスタルを操作した後で階層の境界線を潜り抜ける。
僅かに感じる違和感を堪え、周囲を見渡せど見覚えの無い白い世界。
「十階層突破おめでとうございます。初の階層突破を記念して女神よりこちらをお預かりしております。これからも神の試練への挑戦を頑張ってくださいね、では失礼します。」
「え?あ、ちょっと!?」
押し付けられる様に渡されたのは、これまで見てきた魔石とは別格の輝きを放つ魔石。
用が済んだらサッと消えてしまった女神の使いに困惑しながら周囲を注意深く見渡せば、離れた場所に真っ白な空間には不釣り合いなドア。
明らかに怪しいそのドアノブに手を掛ければ、いきなりドアが開き、放り出される様にして白い空間から追い出される。
落ちていく。
咄嗟に動く事が出来ず、衝撃に備えて身体を丸くしていれば揶揄う声にハッとする。
「これで全員帰還完了っと。女神様からご褒美も貰えたし万々歳だなっ!なははっ!!」
「...ここは?」
「ダンジョン入り口の境界線から放り出されたみたいだぜ。身体を丸めて出て来たのはハジメだけだけどなー」
うるさい、と揶揄ってくるカケルの手を借りて立ち上がれば、そこは見覚えのあるダンジョン入り口で安心する。
四日ぶりの外の空気を吸おうとダンジョンから出れば、時刻は夕方。
メグはユイを連れて早々に自慢の露天風呂へと向かっていく中、ハジメは迎えに来た組織から派遣されたらしいスタッフの方に荷物を預け、割り当てられた部屋へ戻りそのまま眠りに落ちる。
十階層突破と発見された中で最大サイズの魔石が呼び起こすトラブルなど想像もしないままに。
ニートのダンジョン攻略記。
敗戦に対し様々な思いがある中で無事に帰還を果たしたギルドメンバーだったが、各々の中にある不安は神の試練への恐怖に変わりつつある。
次回、一難去ってハリケーン!
乞うご期待。




