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給料明細と体重計。

ダンジョン攻略に乗り出して直ぐに起こったダンジョン対策本部とのいざこざに終止符を打たんとするカケルの動きは早く、内情を知る和田の証言や尻尾切りに勤しむ上層部の思惑もあった事で想定した期間よりは早くに解決した。


やや疲れた顔を見せる和田は、カケルの思い描く未来を実現させる為に日々駆け回っているようで非常に忙しそうにしており、若干の罪悪感を覚えるも、過保護と心配症が天元突破したユイを前にしてはハジメを家から出せる人間はそういない。


「ハジメ、リハビリの時間だから準備しよ。」


ああ、となるべく明るく返すもユイの表情は浮かばれない。

あの日から二週間経ったが、あの日以降ダンジョンには潜っていない。


賠償等の話が出て来た際に発覚した後遺症を正式に医者に見せたが、回復の見込みは無いと断言されてしまったことでユイが大泣きし、同時に相当に怒ったのだ。


怒りの矛先はダンジョン対策本部の連中と後遺症を隠していたハジメに向かい、賠償金の桁がひとつ増え、リハビリの期間は倍以上に延びる結果となった。


歩き慣れた道を歩いていても、モノクロの世界じゃ新鮮に思えて存外悪くない。

唯一残念なのは、最近はめっきり見なくなったユイの赤面した表情がもう分からなくなってしまった事位だろうか。


日常生活の中で感じる不自由さは確かに存在するけども、カケルに啖呵を切ったあの日から覚悟はしていた為にそれほどショックは大きくなく、周囲の慌てぶりをどこか他人事のように思えたのは自分でも不思議だった。


「お、入れ違いにならなくて良かったわ。はいこれ、今月の給料明細な。三年振りの社会人復帰おめでとう、なんてなっ!なははっ」


玄関先で遭遇したカケルが押し付けるように渡してきたのは給料明細。

久々に聞いた心躍る響きに笑みを浮かべれば、次に渡されたのが分厚い封筒。


「え?うちって現金支給なの?え、えぇ?」

「いや、ハジメの口座分かんないから今回だけだからな。この時代で現ナマ支給ってそうねぇだろ。」


戸惑いながらも手の中に感じる重厚感のある封筒に、高まる鼓動は止まってくれそうに無い。

バクバク、と煩い鼓動を抑えるように努めながら封筒の口に手を伸ばす。


ペリッと封を切れば瞳に映る札束。

ダンジョンが現れて、スタンピードの被害に合った父の職場は倒産した為に周防家の収入は半年間ゼロだった。

貯蓄を崩しながら生活していく中で、世は荒れ不安定になっていく生活に拭えぬこれから先への不安が少しだけ和らいだ。


お茶目なカケルが全部千円札で渡して来なければ、少しじゃなくかなり和らいだはずだが、それはまぁ許そう。


「はぁ、数百万あるんじゃないかと期待した俺が馬鹿だったよ。で?他に何かしら用事があるんだろ?上がってけよ。」

「大した用事じゃあ無えよ。次のダンジョン攻略の日程が決まったから、それの連絡と調子を確認しに来ただけだ。」


それじゃ、と颯爽と去っていくカケルに手を振り見送れば、やや不機嫌そうなユイの手を引き一度家へと戻る。

両親に給料を見せれば驚きと喜びでやんややんやと大盛り上がりでお祝いモードへ。


久々に贅沢をしようと気合いを入れる母に触発されたユイの機嫌も良くなり、二人で晩御飯について話し合いはじめてしまう。


「母さん、病院帰りに買い物済ませちゃうから要るものメモ書きしちゃって。」

「そうね〜、じゃあこれお願いね〜」


楽しげな母に渡されたメモを受け取り、ユイの手を引きながらリハビリや検査の為に病院へと向かう。


退屈なリハビリを済ませてしまえば、ユイと買い物も済ましてしまう。

買い物の最中に近所のおばさんからお祝いの言葉を貰ったりして、慌てる場面もあったりと中々に楽しい買い物だった。


「ユイ、俺はさダンジョン攻略に命賭けで挑むつもりだ。それくらいの覚悟が無いと皆んなと肩を並べられないし、ギルドのメンバーとして誇る事も出来ないと思ってる。」

「...後方支援じゃダメなの?ハジメの閃きのお陰でここまで来れたわけだし、これからもそうやって皆んなを支える訳にはいかないの?」


不安そうな表情でこちらを見つめるユイに申し訳なく思いながらも、自分の思いは曲げられない。

苦笑いを零しながら動きの悪い左手でユイの頭をポンポンと撫でる。


「大丈夫だよユイ。対策本部とのゴタゴタは片付いた以上は敵はモンスターだけだ。それは俺の得意分野だから下手打たない限りは危険は少ないさ。それにダンジョンでの新しい発見を誰よりも早く知りたいって思いは誰よりもユイが一番分かるだろ?」

「それは、まぁ分かるけど...不安なの。いつかハジメが死んじゃうじゃないかって。」


その言葉に曖昧な笑みで返事を返し帰路につく。

家では既に調理が始まっており、笑顔の母が買い物袋から買ってきた食材を次々と取り出しては手際良く刻んでいく。

ユイもエプロンを身に付けキッチンに立てば、ここ半年で上達した腕前を振るい始める。


仲良くキッチンに立つ二人に調理を任せ、じんわりと汗を流す為に風呂に向かえば半年前とは見違えるほどに変わった自分の姿が鏡に写る。


くたびれた針が示す数字は84キロ。

未だ肥満気味ではあるが、半年前は百を越えていた数字を思えば中々に順調なダイエットである。


そんな事を思いながら風呂に入れば、続いて入ってきた人影に驚く。


「父さん!?」

「たまには男同士で裸の付き合いもいいだろ。」


思わぬ人物の登場に驚きながら風呂へ入れば、背中を流されやや恐縮する。

引き篭もり始めた頃から話す事の無くなった父の突然の行為に戸惑いながらも、静かに受け入れればポツリと零される言葉。


「お前がダンジョンに挑むと言い出して、カケル君と付き合い出した時は正直言って馬鹿だと思っていた。家を襲ったスタンピードを退けた時も昏睡状態になったと聞いたし、次は左手に障害も残した。今回の件も色盲と無茶ばかりで母さんやユイちゃんに心配ばかり掛けて馬鹿な息子だと、心の中では思っていた。だが、少し誇らしげに給料を渡してきたお前の気持ちが見えた時に、変わろうと努力しているお前を労う事くらいはせんといかんな、と思ってな。」

「父さん...。」


厳格な父のことだから、どうせ冒険者なんていう職業は認めてくれないだろうと思っていたが、こうして曝け出されると嬉しいような恥ずかしいような妙な気持ちになる。


「次の遠征はいつなんだ?」

「予定じゃ一週間後かな。」

「そうか、気を付けて頑張りなさい。」


うん、と返しながら風呂を上がればリビングから香る美味しそうな匂いに惹かれるようにしてリハビリへと向かう。


食卓に並んだ好物ばかりの夕飯に目を輝かせていれば、日々の食事を管理しているユイから今日だけは好きなだけ食べてよし、とお許しが出る。


「ユイいいの?」

「今日だけは特別だから良しとします。味わって食べてね?」


料理を作ってくれた二人が風呂に向かうのを見送り、先に食卓に着いた父にビールを注ぐ。

お返しにと注がれたビールを飲みながら二人を待てば、少し急ぎで上がってきたのか濡れた髪が少し色っぽいユイに視線を奪われながら、晩飯の開始を待つ。


「じゃ〜、ハジメが頑張ってくれたお祝いという事で〜いただきましょうか〜」

「「「いただきます。」」」


ダンジョン被害が広まった後は、随分と寂しくなった食卓も今日ばかりはかつての様を取り戻し、お祝いに相応しい豪華な食事がズラリと並ぶのはとても嬉しい。

ましてや好物ばかりを並べられたなら、その喜びは相当なもので箸が止まらないのは仕方ない事である。


わいわいと賑やかに食事を進めていれば、テレビから流れてくるのは、冒険者資格と呼ばれる新たな取り組みの説明と実施時期。

カケルや和田、そして政府が動き作り出した新たな時代の礎が国民に伝わろうとしている。


ダンジョン攻略を資格さえあれば希望者全員が挑めるようになるという、これまでと大きく変わる制度に戸惑いと歓喜、不安と騒乱を日本に巻き起こしながらダンジョン攻略が進もうとしている。


カケルの作り出した小さな波紋は若干の想定を外れながらも、巨大な波となり日本中に、そして世界中に広がるだろう。

その最前線で英雄たちと肩を並べる事は出来るだろうか?

俺も誰かにとっての英雄になれるだろうか?


そんな事を思いながら過ごした休息の時だった。



ニートのダンジョン攻略記。

動き出した大きな流れに若干の不安を抱きながらも前に進もうとするハジメ。

そんなハジメに待ち受ける神の試練はどれほどに過酷なものなのだろうか。

次回、強敵襲来、日本の国技舐めんじゃねぇ!

乞うご期待。

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