ゴブリンの王、現る。
朝焼けに照らされながら行動を始めた検証班のメンバーは、スタンピードと対峙する為に防衛線を築こうと町内を視察しながら備えを始めていた。
「ここに簡易拠点とバリケードを組み上げて、夜間は明かりをガンガン焚けばいい。」
元自衛官のタモツの指示の下、何処からか仕入れて来た廃材や車、鉄線などでバリケードを築き上げ準備された簡易ベッドや寝袋、クッキングポッドなどによって生活空間も整えられていく。
「ほぇ〜、やっぱ専門家がいるといないじゃ全然違うな。」
「こういう事態を対処する為に知識を付けたんだ、この位は役に立たないと立つ瀬が無いさ。」
苦笑いを零しながら淡々と作業を行なっていくタモツにも色々あるのだろう、とあまり深く触れずに自身に割り振られた作業をこなしていく。
偵察に行っていたメグが帰還し、スタンピードの様子を聞けば予想以上に進んでいるようで、懐かしい駄菓子屋の崩壊を聞いて寂しさが込み上げる。
「ゴブリン達の活動が活発になるのは夜間だ、それまでは最低限の人員で見張りをしながら他のメンバーは休憩。しっかり睡眠を取ってスタンピードと対峙した時に欠伸出ないようにしとけよ。」
「「了解。」」
寝るわ、と簡易拠点へ引っ込むカケルに倣い、休んでしまおうと思えば思いっきり引かれる腕。
「おい、左腕にも刻印頼むわ。」
「...了解。」
目を輝かせたリュウの頼みを断りきれず、ササっと刻印を描いてしまえば調子を確かめるリュウの嬉しそうな顔に毒気を抜かれてしまう。
「そういえば、それの使い勝手はどうなの?」
「お?結構いいぞ。意識して魔法使えるようになったのもあってか加減も効くし、戦いやすくなったな。」
ビュンビュンと風切り音をたてる拳が更に脅威を増したのか、と遠い目をしながらリュウを眺めていれば隣に現れる人影。
何を言うわけでもなく、隣にすっと座って来た彼女になんと声を掛けたらいいか分からず、お互い無言のまま時間が流れていく。
「そろそろ休むよ。見張り大変だろうけど頑張ってな。」
「うん、ハジメも気を付けてね。」
気の利いた事など言えるわけもなく、気まずい雰囲気のまま別れてしまえば、散々寝ていたにも関わらず襲ってくる睡魔に身を委ね眠りにつく。
次に目が覚めた時には、陽が落ち始めた夕暮れ時で遠くから知性の感じられない獣達の雄叫びが聴こえてきていた。
「おはよ。ゴブリン達もぼちぼち動き出してるみたいだね。」
「起きたか、今メグが偵察に出てる。帰ってき次第スタンピード殲滅の開始だな、今のうちに飯食っとけよ〜。」
投げ渡された携帯食料の封を切り齧りながら、凝り固まった身体を解していく。
ゴブリン達の声が喧騒に変わり始め、その音が次第に近付くのを肌で感じながら、その瞬間を待つ。
-ガチャンッ
タモツの仕掛けた罠をゴブリンが盛大に踏み抜いた瞬間に疾る銀線。
降り注ぐ質量によって隊列を分断されたゴブリン達が状況を把握する前に、頭蓋を貫くメグの一矢が二体のゴブリンを倒したかと思えば、いつのまにか駆け出していたリュウの豪腕が残りのゴブリンを蹴散らす。
仲間の危機を察知して、急ぎ資材の山を越えてくるゴブリン達に狙いを定め一体一体を丁寧に炎弾で撃ち抜いていく。
ゴブリンの一群を壊滅させれば、別の場所にある罠が動いたのを見て駆け出すメグとリュウ。
ゴブリンの落とした魔石を回収しつつ、タモツの指示に従いながらバリケードを築き直す。
絶え間無く訪れるゴブリンに若干の息切れを感じながらも、燻っていた時期を取り戻すように燃え上がる意思が活力を生み出す。
「カケルっ、そっちの状況はっ!?」
「まだ追い込まれるってほど悪かねぇな、ただサボってたせいか敵の数が多い!このままじゃジリ貧だなっ」
手にした鉈と手斧に紫電を纏わせビュンビュンと振り回しゴブリンを狩る姿を頼もしく思っていれば、カケル達の方も若干息切れし始めている。
退くも進むもキッカケが必要か、と防壁を登ってくるゴブリンを撃ち抜きながら考えていれば、急に止まるゴブリンの進行に顔を見合わせながら首を傾げる。
未だ夜は始まったばかりで、ゴブリン達が退く理由などない。奴等は猪突猛進を体現したような性格で、人を見れば戦力差など考えず襲うようなろくな知能も持ってやいないはずなのだ。
「各自警戒態勢を保ったままその場で待機、魔力回復に努めててくれっ!メグっ周辺に異常があればすぐに知らせてくれ!」
「...ん、了解。」
嵐の前の静けさか。
ピタリと止んだゴブリン達の襲撃に気は抜けないが、今のうちにと身体を休め魔力を回復させていく。
-グォオオォオオオオオ!!
ピクリとメグが反応し、声を上げた瞬間に静けさをぶち破る怒号が響き渡る。
声のする方に視線を向け、迎撃態勢に入るメンバーをよそに焦りを見せるメグとカケル。
「まずいっ、数が尋常じゃない!!最悪の場合は各自で逃走、ハジメの家か対策本部まで撤退!」
そんなカケルの叫びもゴブリン達の足音によってかき消される。
地響きを轟かせながら迫るゴブリンの群勢に緊張が走る。
まともにぶつかり合えば一瞬で押し潰されるだろう激突を間近に控えた状況で、思い浮かぶのはそれを軽く一蹴するようなヒーローの姿。
山と積み重なった魔石をケセラセラへと注ぎ込んでいく。
大量の魔石から集めた魔力が輝きを放ち、既に右手を直視出来ないほどになっている。
激突の瞬間まで残りわずか。
怒号と共にバリケードに使用していた普通車両が吹き飛び、簡易拠点を押し潰す。
迫るゴブリンの群勢の先頭に立つのは、他のゴブリンよりもふた回り程大きな身体を持つ上位個体らしきゴブリン。
メグの放った矢を他のゴブリンを盾に使う事でしのぎ、リュウの全力の一撃を耐えるほどのタフさを有している。
ボスゴブリンだけが脅威では無い。
一緒に雪崩れ込んできたゴブリンの群勢も数が異様な程で、その対応に手間取りボスゴブリンと対峙するリュウに援護を送れない。
溢れるほどに満ちた魔力を惜しみ無く使い、炎を撒き散らしながらゴブリンの群勢の勢いを削いでいくも、いくら倒しても減らないゴブリンの数に押され始める。
押し込まれる戦線とボスゴブリンと対峙し取り残されるリュウ、そして置いては行けないとジリ貧で戦うメグやカケルも追い込まれていく。
統制の取れたゴブリンの群勢の脅威を目の当たりにして、多少なりとも生まれていた慢心が吹き飛んで行く。
どうにか戦線を保っていた検証班のメンバーだったが、メグの魔力切れをキッカケに一気に崩れていく。
メグを抱えるようにして後方に下がるカケルを援護しようと炎を撒き散らせば、前方から聞こえてくるリュウの怒声が止んだのを見て焦りが募る。
カケルの後退を見届けた後、ボスゴブリンと対峙していたリュウに視線をやれば眼前に迫り来る影を慌てて受け止める。
それは全身がぼろぼろになるまでいたぶられたリュウで、どうにか意識を保っているようだが一人では立ち上がれそうにもない。
「...逃げろ、お前とカケルで対策練って次に賭けろ。」
普段は傲慢不敵を体現したような男が、弱々しい口調で逃げろと語る。
立ち上がれないほどにぼろぼろの身体で時間を稼ごうと懸命に足掻いているのだ。
「置いていけるわけ無いだろうがっ!」
「勝てねぇ相手に挑んでも仕方ねぇだろ?お前の代わりは本部の連中には務まらねぇんだ。お前一人なら逃げ切れるだろ?早く行けって」
両腕の刻印に残り少ない魔力を込め、必死に足掻こうとするリュウの姿に悔しさが込み上げてくる。
大切なものを守る為に立ち上がったのに、その為にチカラを手に入れたのに守れない。
いつだって思い描いた理想は格好いい姿なのに、現実の俺はこんなにも情けない。
(ふざけんなっ、そんな現実を否定する為にチカラを求めたんだろうがっ!!)
湧き上がる激情はゴブリンへの怒りか情けない自分への憤慨か、感情に呼応するように輝きを増す右手のリングにチカラを込める。
「リュウ、お前も俺のヒーローなんだよ。こんなとこで負けるなんて許さねぇ、最後まで派手に暴れてやろうぜ。」
「あぁん?何言ってんだおめ」
リュウの返事を待たずに呟いて言葉は、ケ・セラ・セラ。
瞬間溢れ出る魔力水に似た波が周辺に転がる魔石を飲み込みながらハジメの願いを現実に変える。
ぼろぼろだった身体には無尽蔵にも思えるほどの魔力が溢れ急速に傷を癒し、両腕にしか無かった刻印は全身に刻まれ異様なまでに輝きを放つ。
動けるはずのなかったヒーローがもう一度立ち上がる。
「ここまでお膳立てしたんだ、なんとかなるだろ?頼りにしてるぜ俺のヒーロー。」
「なんだこりゃ、相変わらず予測不可能な奴だな。とりあえず任せとけや!!」
踏み出した一歩が地面を砕く程に力強く、振るう一撃は衝撃を巻き起こし何十ものゴブリンを討ち倒す。
先程は圧倒的なチカラで敗北を喫したボスゴブリンと対峙すれど、拳を打ち合えばボスゴブリンの身体を抉り、噛み付こうと接近されれば衝撃波により接近を阻む。
あまりの一方的な戦い。
ハジメの描いたヒーローは文字通りゴブリンの群勢を一蹴した後、ハジメの下へと舞い戻る。
「ふぅ、こんなもんだろ。ハジメ良くやった。」
ビシバシと背を叩いてくるリュウに弄ばれるように身体を揺さぶられるハジメの意識は魔力切れにより限界に近い。
「リュウ、たぶん俺そろそろ寝るから。あとその状態が解除されたあとリュウも動けなくなる...かも?」
「は?おまっ、まじか!?どうすんだよ、こんなとこで男二人で仲良く寝るってか!?」
そんな会話をしている途中で解除されたケセラセラの補助を無くしたリュウの悶絶が、静けさを取り戻した夜に響き渡る。
「とりあえずカケル達と合流するまでは寝れないよね、魔石の魔力でどうにか凌げるかな?」
隣で痛みに悶絶するリュウをよそ目に、未だ残ったゴブリン達に炎弾をぶつけながら眠気と戦うハジメ。
数分後に駆け付けたカケルとタモツによってどうにか窮地を脱した二人は、ハジメは魔力切れによる昏睡でリュウはケセラセラの反動で全身に走る痛みに悶えるという締まらない最後でスタンピードの脅威に幕を閉じた。
「ケセラセラか、ハジメらしいネーミングだよな。とりあえずはご苦労様。起きたらユイが怒鳴るか泣くか、タモツ賭けしようぜ?なははっ」
「...ハジメの発想は凄まじいな。あれほどの脅威を打ち破るとは、俺にも是非指南して欲しいものだ。」
「おぅ、この際タモツも弟子入りすりゃいいじゃねぇか!俺みたいに強くなれんぞ!」
男四人が下らない話をしながら避難場所として集合していたハジメ宅に到着し、全員での帰還を果たす。
「なっ!?ハジメーーーー!?」
ニートのダンジョン攻略記。
どうにか窮地を乗り切りスタンピードに打ち勝った検証班の面々ではあったが、ボスゴブリンの脅威を目の当たりにした各々の胸中には様々な思いが渦巻いていた。
次回、蠢く陰謀!目覚めた先で食うカツ丼!
乞うご期待。




