FFF
部屋には誰もいない。
ただ、ボーっと友人が来るのを待っていた。
五分がとても長く感じる。
実際に長いのだ。
普通の五分が、俺にとって約一時間なのだが。
この時の俺は、そうである事を忘れていたのだ。
ただただ遅いなとしか思っていなかった。
ゆっくりと、ずっしりとしたような足音が扉の向こうから聞こえてくる。
来たか。
嫌味の一つくらい言ってやろうと考えていた。
それほどまでに待たされている。
ゆっくりと扉が開け放たれる。
銀髪で所々に金属のついたレザー系の防具を身にまとっている女性が現われた。
見た目は女性だが中身は男。
俺も同じく見た目は女だ。
「全く遅いぞ、ゴリラにでも襲われたか?」
冗談半分、嫌味半分で投げかけた。
いやーしょうがないだろ?
という返答を期待していたのだが。
一体何が見える?
一体何がある?
扉を開けたまま言葉を発するわけでなくそこに突っ立っている。
目だけはこちらをとらえて――――
後ろを振り返るが、別に何もない。
あるのは木製の壁。
「どうした?」
改めて問いかける。
そいつはハッと我に返ったように慌てて首を振る。
「いや、何も……」
「あぁ、そう。」
どうかしたのだろうか、そんな疑問は違う疑問で上書きされる。
こんなに話すの遅かったか?
グズグズした性格、よく言えば冷静かつ慎重な性格ではあったが。
これほどまでスローモーションのような話し方はしなかったはずだ……
そういえばさっきのおっさんも……
もしかしてオンラインに入ったことにより重くなっているのだろうか?
「で?」
「運営には報告したのか?」
部屋に入ることなく問いかける。
ゆったりとした空気の中、差し込む日の光が揺れた。
「まだ。」
「した方が良いよな?」
窓の外は石畳が敷き詰められ、すぐ向かいの建物の壁が見える。
風に煽られ、無い草が揺れた。
「俺がしとくは。」
「ちょっと待ってろ。」
そう言って部屋から出て行った。
先ほどまで見ていたオンラインマニュアルを開く。
PvP、闘技場、パーティ、時間。
オフラインの時とは変化している。
新要素、決闘システム。
誰にでも挑むことができ、レベルの低い方のみ破棄することができる。
最大で20対20の大混戦も可能。
この場合はレベルの合計が下回っている方にのみ破棄する権利がある。
闘技場、街のどこかにあるらしい。
リアル基準の一か月ごとにリセットされる、完全レート制。
ランクがあり、SからFの七段階。
パーティはこれまで専用の施設でNのみPCをパーティに入れることができたが、プレイヤーを入れる場合はどこでもできるらしい。
限られた場合のみできないという。
一日の時間。
これまではフィールドごとに常に一定の時間だった。
だが、オンラインでは全地域で時間が進み続ける。
一日一時間半で一周し、その上季節の概念もある。
限られた時間帯、および季節しかはいれないダンジョンもあるようだ。
オフラインでは無かった要素が沢山あるのだが、俺の場合はいきなりトラブルという訳だ……
ギュッと目を閉じる。
と、扉が再び開きそいつは入ってきた。
「とりあえずフレンドしよう。」
「申請するな。」
まったりとそう言ってから、小さくウィンドウが開く。
(雲谷炉衣から友達申請が来ています。)
すぐ下の確認ボタンを選択し決定する。
間髪入れずに違うウィンドウが開く。
(承認しますか?)
OKを選択した。
すると友達リストが強制的に開き、一番上に雲谷炉衣の名前とレベル、職種に加え地名が表示された。
と、急に舌打ち。
「やっぱりチートかよ糞が。」
「ログアウトできないなんておかしいとは思っていたんだ。」
新たにウィンドウがあらわれる。
(決闘を申し込まれました)
(フィールドを選択してください)
決闘?
ふざけるな!
俺は何も危害を加えてはいない!
だが、チートによって最大までレベルを上げた俺に拒否権はない。
20の数字とフィールドのリスト、説明文が出る。
(Wilderness)
(特に障害物の無いフラットなフィールドです。)
特に何もない。
逃げも隠れもできないという訳か。
それを選択した。
徐々に風景が変化していく。
建物は上部から塵となり消え、敷き詰められた石畳は振ってきた塵に埋もれた。
元々生えていた草木は枯れ、幹枝のみ残しそこにあり続ける。
(TEAM BLUE 1 VS TEAM RED 1)
標示が切り替わり、上部に300の数字。
そしてそのすぐ下には
(20人までフレンドを呼ぶことができます。)
ゆっくりと、ゆっくりと減っていく300。
それに反してゆっくりと、ゆっくりと上がっていくREDの後ろの数字。
こいつ……。
300のカウントが0になる頃、敵は20人。
対して俺は一人。
どう考えても俺の方が無効よりも合計レベルが低いはずだが、プログラム上いったいどうなっているのやら。
こちらに拒否権はないらしい。
(stand by)
10の数字の周りの円が消えていく。
手のひらを上に向け、そこに意識を集中させる。
まだだ。
5、4、3、2、1
乾いた鐘の音とともに手を相手に向けて突き出す。
光弾は十に分裂し、それぞれがそれぞれを狙う。
本来、威力はとても低いのだがチートにより一撃必殺と化したそれに、なすすべもなく倒れていく。
相手の動きがゆっくりとして見える。
だが、それでも四人は避けたようだ。
四人も避けたようだ。
ナイフが一本飛来してくる。
まっすぐに正面から。
腰に刺さったままの剣を握り、そこに意識を集める。
スキルの発動により切ったのは後ろ。
どういう訳かすでに回り込まれていた。
たった一度の攻撃が特殊効果により二度ヒットする。
さらに剣の特殊効果により二度回復するが、二度とも回復値はカンスト。
切った空間に残るLogoutの文字。
間髪入れずに足元がぐらつく。
地震?
あまりの激しさに四つん這いになる。
なんでこんな時に!
正面からビーム、這いつくばったまま横に飛びのいた。
太いそれは地面を焼きながら俺のいた位置を通過していった。
もう揺れはない。
立ち上がり、剣に手をかけた瞬間大量の何かが迫ってくる。
視界いっぱいの数々の魔法飽和攻撃。
目がくらむほどに多く、避ける事なんて出来はしない。
剣を抜き両手で構える。
刀身は輝きで巨大な一本の剣を描き出す。
対魔法用防御スキル。
溜めに時間が掛り、それでいて相手の魔法を吸収しなければダメージを与えることができない。
使い道に困っていたのだが、なるほど今がそうだ。
しっかり溜めきった所で斜めに振り下ろす。
光の斬撃は魔法の波を吸収し巨大な斬撃へと成長する。
攻撃範囲は直線状だけなようで、二人ログアウトした。
もうもうと立ち込める砂ぼこりの中、唐突に全体に敵のいる感じ。
その数は優に20を超える。
これは一体なんなんだ?
だが、やることと言えば全て叩くのみ。
習得している中で最も早い突進系スキルでターゲットとの感覚を一気に詰める。
そこで見たものは。
デコイ?
動く案山子。
それが感じた敵の気配。
うっとうしい。
ニヤケ顔を周囲にばらまきながら、ぴょんぴょんと移動している。
俺を無視して……
――――消えろ
案山子の胴を真っ二つにした瞬間、それの頭は爆発し鎖のついた金属の針が目前まで迫っている。
これにはさすがに驚いた。
だが、よけきれる。
上体を後ろにそらしギリギリでかわしきる。
と、案山子のいた地面から更に二本の鎖が射出される。
体をひねり、平行に飛び出すそれを地面を抉りつつ剣で叩き伏せた。
全く、心休まる時は無いのか。
早くも敵の刃が迫る。
もう二人近づきつつあるようだが、目の前には一人。
案山子かもしれないが、今はこいつから処理する。
剣を地面に突き刺し、水平に振われるそれを姿勢を低くしてかわす。
そのまま立ち上がることなく、相手の足を蹴りはらう。
そいつは空中をゆっくりと舞う。
柄に手をかけ、地面から引き抜きつつスキルを発動した。
連撃スキル、8連続の攻撃は奴が地に着くよりも早くその身に刻み込んだ。
16回赤の数字があらわれた後、ログアウトされた。
剣をしまい、次の攻撃に備える。
ほぼ同時に近づく二人を居合切りで倒す。
残り八人。
やや離れた位置で魔法による輝きが見えた。
――――させない
素早くこちらも魔法のチャージに入る。
が。
前と後ろから同時に突進してくる。
溜めが早いか、こいつらの攻撃が早いか……
スキルによる彼らの突進は通常よりも遥に速い。
一旦溜めるのをやめ、迎撃に入る。
柄を握りながら一気に走りこむ。
腕を引き、剣をまっすぐこちらに構える。
速い、だが。
見える。
猛スピードで互いに走りこむ。
剣の先端をこちらに向けたまま、腕を伸ばしてくる。
狙いもスピードも申し分ない。
ただ、相手が悪かった。
相手の剣はまっすぐヒットしたが、赤く1と出ただけであった。
わずか一瞬で体力を示す数字は元に戻り、反対してスタミナを示す数字は減った。
ログアウト。
地面に長く靴の後を残しながら180度反転する。
先ほど背後から迫って来ていた敵に向かって再度突進する。
「こいつまぢでチー……
まっすぐ口を貫いた。
ログアウト
「戦闘中にしゃべってたら舌かむぜ?」
魔法を溜めながら言い放つ。
近くには誰もいなかったが。
あそこにいるのは四人の魔法職か。
先ほど見えた魔法の光ははるかに大きな魔方陣を形成していた。
――――間に合え!
光弾が放たれるのと、その魔方陣が役割を終えるのとほぼ同時だった。
こちらの攻撃は緩やかに追尾し、四人を現実送りにした。
後二人!
と、唐突に空が暗くなる。
空には巨岩が浮かんでいた。
ただの岩ではない、巨大な一つの無機質な顔がこちらを向いている。
動くはずのない石つくりの目玉がこちらをとらえた。
と
何の予兆もなく目からレーザーが降り注ぐ。
――――よけきれない!
連続したダメージらしく赤い数字が何度も目の前に現れては消えた。
だが、チートの前では無力!
確かに減ったが、次がヒットするよりも早く全快する。
しかし敵はそれだけではない。
唐突に背中を刺された。
反撃しようにも、レーザーによるわずかな怯み効果が襲い続ける。
「っぐっ!」
ザクザクと何度も貫かれる。
数字的には1だが、かなりつらい。
何かが目の前にいる。
案山子!?
にやけたその表情は、どうすることもできない俺を嘲笑いに来たのかのようだ。
唐突にそれの頭は弾け飛び、先端に針のついた鎖が飛び出す。
避けることが叶わない俺の身体にあっさりと突き刺さる。
更に地面から飛び出す二本の鎖。
首のすぐ下、そして両足に当たる。
「チートなんて使ってんじゃねぇ。」
案山子ではない。
その後ろから新たな人影。
「ここまで自力で来れたら、俺がなんだって教えてやった。」
「俺だけじゃない。」
「あいつらだって、お前と楽しくやりたかったんだ。」
ゆっくりと、何も武器を持たずに近づいてくる。
もう一人の方も攻撃をやめた。
「確かにこのゲームは難易度が高いけどな、俺らはちゃんと普通にやってここにいるんだよ!」
「それをお前は!!」
怒りを正面から受け止める。
天井からのレーザーは細くなり消えた。
巨岩は空へと消えた。
「なぁ、何とかいえよ!!」
Logout
二つのこの単語が宙にむなしく揺れていた。
(TEAM BLUE WIN)
このエリアに来た時を逆に再生するように元の街へと戻ってきた。
一人でどうにかするしかない。
そう決心し、ノイズが走る体のままどこかへと消えた。




