6 優しい火
「空が暗くなってきたな」
「そうだな」
俺とリアナとフリンは、その後も森を歩き続けていたが、出掛けたのが昼過ぎな事もあって空はオレンジ色になっていた。
「流石に今、森を進むのは危険だし、ここらへんで焚き火しようか」
「え?でも……待ち合わせしてるから急がないと……」
リアナが森を進むのを提案する。きっと長い時間、相手を待たせている事を気にしているのだろう。
「気持ちはわかるよ。だけど、もうすぐで夜になる。このまま無理して進んで迷いでもしたら、待ち合わせ相手とも会えないし、それこそ危険だ。だからこそ、ここで一旦止まるべきだと思う」
「そ、そう…かな?」
リアナが首を傾げながら返事をする。
「そうそう。それに、もしかしたら焚き火に気付いて相手の方から来てくれるかもしんねーぜ」
フリンが軽いノリでリアナを説得する。すると、リアナが納得した様子で頷いた。
「あ、うん、そう……だね。暗い道で歩くのは危険だし、ラスカの事だしあっちから来てくれるかも」
待ち合わせ相手はラスカっていうのか…俺はそう思いながらリアナの話を聞いた。
「よし、決まりだな。じゃあ、暗くなる前に木の枝を集めて火を起こそう」
「うん!」
「んじゃあ、俺は木の実でも集めてこよっかな」
俺とリアナが木の枝を集めようとしてる所で、フリンはそう言って飛び去ろうとした。
「ちょっと待て。何でお前は自分しか食べない木の実を取りに行こうとしてるんだ?」
「だって俺、木の枝そんなに持てねぇし。見ろよこのか弱い足。お前はこの足に重労働させようっていうのか?」
フリンは片足を上げて自分の足の細さをアピールしてきた。ちょっとムカつく。
「だからってお前なぁ……」
「ティオ…早くしないと暗くなっちゃう……」
そう言ってリアナは空を見上げた。確かに日が沈みかけてる……フリンに負けた気がして悔しいけど言い争っている時間は無さそうだ。
「~ッ!わかった!けど、遠くまで行くなよ!夜の散歩で慣れてるだろうけど、危険なものは危険なんだからな!」
「わーかってるよ!じゃ、木の枝集めは頼んだぜー!」
フリンは陽気な態度で飛び去って行った。クソッ!アイツの分のパン食べてやろうかな……そう思った後、俺はリアナの前なのでイライラを鎮めた。
「えーと……じゃあ、集めよっか」
こうして俺とリアナは木の枝集めを開始した。
しばらくして、辺りがすっかり暗くなった頃。木の枝を集め終えた俺とリアナは火を起こして焚き火をしていた。因みにフリンはまだ帰って来ていない。一体何処まで油を売りに行ってんだか……
「暖かいね……」
「そうだね……」
ゆったりと燃え上がる火を前に、何気ない言葉が漏れる。とても暖かくて優しく明るい、見ていると気持ちが和らいでいく、そんな感じがした。
「ねぇ、フリンとは大丈夫?」
「大丈夫って?」
「喧嘩……してたから……」
「あー!それこそ大丈夫だよ。アイツとはいつもあんな感じだし、向こうも気にしてないよ」
それを聞いたリアナはクスッと笑った。
「ふふっ仲が良いんだね」
「え?いや、アイツとはそこまで仲良くは……」
言いかけてふとフリンとの記憶を思い返す。笑った日、喧嘩した日、ふざけ合った日……大体はみんなそういう思い出。色々あったけど、結局は全部楽しかったような気がする。
「……いや、そうだね…仲が良いのかもね、俺達……」
そう言うと、リアナが俺の顔を見ながら微笑んだ。なんだか顔が熱くなるのを感じる。
「そ、そういえば、お腹空いたなー!折角だからパンでも食べよっかー!」
「うん、食べよう!」
俺は照れ臭くなって空腹を言い訳に、顔の熱さを誤魔化した。なんなんだろうな、この熱さ……俺はカバンからパンを取り出し、二つにちぎってリアナと分け合って一緒にパンにかじりついた。
「……!美味しい!」
「だろ!これ、パン屋のルルエおばさんから貰ったパンなんだ」
「貰ったの?」
「うん、店の手伝いをしたお礼にね、このパンが美味しいからいつも喜んで手伝うんだ」
リアナがふふっと笑う。やっぱり笑顔が似合うな……そう考えていると、リアナが俺の顔を見て訊ねてきた。
「ティオは昔からあの村に住んでるの?」
「急にどうしたの?」
俺がそう言うと、リアナが少し恥ずかしそうにこう言った。
「ティオの話を聞いていたら、ティオが村でどんな生活をしていたのか気になっちゃって……」
そう言われて俺は、また顔が熱くなった。なんか今日の俺おかしいぞ……でも、リアナには悪いけど期待には応えられなさそうだな……
「うーん……悪いけど実は俺、そんなに長くあの村で暮らしてないんだ」
「そうなの?」
「うん、三年ぐらい前にさ、俺、この森で拾われたんだ。」
「この森で?」
頷いて返事をする。
「三年ぐらい前に、木こりのロルブさんが倒れていた俺を見つけてね、熱や怪我があったら大変だからって、見ず知らずの俺を村に連れ帰ったんだ」
今思えば、倒れていたリアナを助けたのは、単純に助けたかったからとか、夢に見た女の子に似てるからとかだけじゃなくて、俺のこの経験も理由にあったのかな。
「なんで、この森で倒れていたの?」
リアナがそう聞いてきた。それを言うなら、俺もリアナが倒れていた理由を知りたいんだけど……そう考えながら俺は、笑ってリアナからの質問に応えた。応えになっていない応えを。
「……ごめん、わからない。」
「え?」
「記憶が無いんだ。あの時、なんで倒れていたのか、その前までは何をしていたのか……何も、覚えていないんだ」
「そう……なんだ……」
リアナが申し訳なさそうにしている。これはやってしまったか?折角リアナが色々話しかけてくれたのに、暗い話しをして暗い気分にさせてしまったか!?俺はそう思い、急いで弁明をした。
「あ!でも、目を覚ましてからの記憶はハッキリしてるから!助けられた当時の事だってバッチリ覚えているし!」
「そうなの……?」
リアナが食いついた!よし!ここから明るい話題に変えていくぞ!
「ああ!例えば、俺が森で目覚めた時は何故か……涙を流していた…な……」
「……ごめん……」
「あー!いや、その…大丈夫だから!なにが理由で涙を流していたのかわからないし、嬉し涙だった可能性もあるから!」
やってしまった!また、訳のわからない事を言って、空気を悪くしてしまった!早く空気を良い方向へ修正しないと!ええっと……
「そうだ!リアナの事を教えてよ!」
「私の事……?……」
リアナがなんだか言い辛そうにしている。そうだった!リアナはあの人相書きに似ている事を気にしてた!って事は自分の事を話すのが苦手なのかもしれない!これはマズい!
「ええっと……なんでもいいよ!好きな食べ物とか、やりたい事とか、叶えたい夢とか、なんでも!」
「なんでも……うーん……」
リアナが考え込んでいる……いっぺんに色々言い過ぎたかな……そう考えているとリアナがゆっくりと口を開いた。
「……好きな食べ物は、さっき食べたルルエおばさんのパン……やりたい事は…今は無い……」
リアナが次々と返答してくれる。全部言わなくていいのに、もしかして気負わせちゃったか!?
「叶えたい夢は、大切な何かを探す事」
リアナが気になる事を言った。「大切な何かを探す」……?興味を抑えられなかった俺は、リアナにどういう事か聞いてみた。
「「大切な何かを探す」ってどういう事?」
すると、リアナが恥ずかしそうにしながら答えてくれた。
「あ……えっと…うん…私にも上手く言えないんだけど、ずっと前から探しているの。物だったかもしれないし、人だったかもしれない、なんなのかわからないけど、すごく大切な何かを……」
「ずっと前から?」
「うん、何年も前から、ラスカと一緒に。私の中にある想い……それを辿って旅をしていたの」
リアナがそう言う。表情は穏やかで、その"大切な何か"っていうのは良いモノなんだろうなって思う。だけど、"大切な何か"、"想いを辿る"、言っているワード自体はすごくあやふやで、とりとめがないようにも感じる。でも…なんでだろう…その二つのワードが俺の中で、とてもしっかりしたモノのように思える……一体…どうして……
俺がそう考えていると、リアナが心配そうに俺を見ていた。
「どうしたの?」
俺は、どうやら険しい表情をしていたらしい。リアナに心配させてしまった。また失態だな……そう思い、俺は、険しい表情を崩して笑顔を作る。
「いや、なんでもない。見つかるといいね、その"大切な何か"」
「……!うん!」
リアナの表情がパアっと明るくなる。リアナが嬉しいなら俺も何よりだ。そう考えていると、後方から低い声がしてきた。
「きっと見つかるさ、リアナの"大切な何か"ならな」
「誰だ!」
バッと振り向くとそこにはフリンがいた。いや……フリンと何処か雰囲気が違う。もしかしてこのカラスは……
「ラスカ!」
そう言ってリアナは、そのカラスに駆け寄っていった。ラスカ?やっぱりあのカラスが待ち合わせ相手だったのか。そう考えていると、なんだか鈍い飛び方をしているフリンが森の中の暗闇からやって来た。
「たっだいまー!木の実たらふく食って満腹のフリン様が帰って来たぜー……ってなんだ?そのカラスは?」
フリンの声を聞いたラスカがフリンの方を振り向く。すると、フリンが血相を変えて声を上げた。
「なっ!そのいけ好かねぇ面……てめぇムニンか!?」
「そういう貴様はフギンか。相変わらず品性が無くうるさい」
「え……?え?」
フリンがフギンでラスカがムニン。そして、人語で言い争い合う二羽のカラス。突然明かされた本名?と異様な光景に、俺は戸惑わずにいられなかった。




