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神蝕のレギオン - sin shock of legion -  作者: kats(異)


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06

「あなたが……(うつわ)ですのね」


 濡れたように、(つや)のある黒髪が特徴の美女だった。

 ただ……街を歩けば10人中9人は振り返るであろうその美しい女性からは、オモイノカネと同じ、()()()()()()()()()()()を感じた。

 オモイノカネと決定的に違うのは、見た目は人間にしか見えないことだ。


「……オモイノカネの仲間か?」

「あら、心外。思考を放棄した知恵の神などと、一緒に流されたくはありませんわ」


 仲間だったが今は違う──ということだろうか。

 古い神だからなのか、言葉遣いが少し難解な気がした。


「じゃあ何をしに来たんだ? ぼくを殺しにきたわけじゃないのか?」

「うふふ……その、身に余る不釣り合いな力。このまま泥濘(でいねい)に沈めておくには少々惜しいですわね」

「……?」


 こちらの質問に答える気はないということなのか、それともはぐらかされているのだろうか。

 目の前の女は口元に指を当て、何かを考えているような素振りを見せている。そして、そんな立ち居振る舞いもとても美しかった。

 しかし、今の隙に水波(みなみ)くんに連絡を取った方がいい。そう考えポケットからスマホを取り出すと、そのタイミングを見計らったかのように、彼女が話しかけてきた。


「そうだわ、そうよ。その不釣り合いな力がわたくしの役に立つよう、導いて(しつけて)差し上げましょう」


 正に妙案(みょうあん)とばかりに、両の手のひらを合わせ、満足げに目を細めている彼女。

 その言葉を聞いた途端、ぼくの全身にプレッシャーが大きく()し掛かってきた。じわじわと体が下に沈んでいく。すぐにぼくはプレッシャーに耐えることができなくなり、足元の水溜りにスマホを落としてしまった。立っていることも辛くなり地面に片膝をつく。

 すると彼女はぼくの目の前に、その美しい手の甲を上にして差し出してきた。

 プレッシャーに(こら)えながらもなんとか彼女の顔を見上げると、『次の行動はわかっているでしょう?』とでも言いたげな、冷ややかな目で見下ろされていた。


「ふ……ふふ……悪いんだけど……」


 ぼくが話し出すと、思い通りの振る舞いをしないことが心底不思議そうな表情で、彼女は首を傾げる。


「ぼくがご機嫌を取る相手は、妹一人で間に合ってるんだ……他を当たってくれる?」


 プレッシャーが消えた。


 彼女は目を大きく見開き、今自分が言われたことを、必死に理解しようとしているように見えた。

 体が小刻みに震え出したかと思うと、見開いた瞼の間で、眼球がキョロキョロと激しく上下左右に動き出す。


「今……なんと仰いましたの……? まさかとは思いますが……このわたくしを差し置いて、土塊(つちくれ)人形を……選ぶ、と……? このハシヒメよりも土塊ヲえラブと言っタの……?」


 彼女の口から溢れる言葉が、徐々に不協和音を奏でる。

 美しい見た目に騙された……! こいつはオモイノカネより遥かにやばそうだ!

 ぼくは急いでスマホを拾い、水波くんにコールする!

 彼はワンコール鳴り切る前に出てくれた!


『見つかったのか?』

弥花(みか)じゃない! ハシヒメってのが現れた!」

『すぐ向かう!! お前はどこかに隠れてろ!!』


 通話が切れる。

 あとは水波くんが到着するまで、ぼくが隠れ──!?

 通話を終え気がつくと、足元にあった水溜りの水位が、ついていた膝の上辺りまで上がってきていた。

 そしてその水面がさざめいている。ハシヒメの怒りにリンクしているかのように。


「ここコこココこケここココ……コロスススすス!!」


 これは……もう完全に、会話が通じる状態ではなかった。

 いや、最初から会話なんてできていなかったのかもしれない。


 姿も変貌していた。


 均整が取れ美しい女性の姿だった彼女の肌は青黒く変色し、水死体のようにぶくぶくと膨らみはじめた。

 眼球は半ば飛び出し、左右バラバラに、カメレオンのように動いている。

 その両目が揃ってぼくの姿を捉えると、周囲の腐敗した水がぼくの体を取り囲むように盛り上がり、あっという間に球形の水牢と化した。


 反射的に息を吸い込むが、このままでは窒息してしまう。

 右腕の権能が使えれば……しかし、あの時のように何か力が湧いてくる感覚は無い。

 水波くん早く来てくれ……!!


「アはハハはフふハヘヘフフふ……!! ワたクシヲ選バなイなんテ、アリえナいアりエないアリえなイィィイィィ! 所詮土塊でデキタ(うつわ)……そレ以外ノ使い道ナンて! 考エる必要なカッタのヨ!」


 くそっ……息が……保たない……。

 なんで力が……使えないんだ……。


「アんタノォ……妹もォ……スぐニ後ヲ追わセテやルカラ、トっとトイッちマイナァアァぁァァッ!!」


「なっ……ごぼぉっ……!」


 妹の居場所を知っているのか!?

 この女が妹を……弥花をどこかに連れ去ったのか!?


 弥花の名前を出された瞬間、右腕が熱を帯び始める。

 ぼくの中にある何かが、(うごめ)き出すのを感じた。


 でも……だめだ息が……続か……な……。


 目の前ではすっかり醜悪(しゅうあく)な姿に変わったハシヒメが笑い続けている。

 もう閉じることも忘れた瞼の中の瞳は、嫉妬に狂い激しく動き回っていた……。

 

 

 

 ──もう終わりだ。

 ぼくの意識が消え始め、ハシヒメの歪んだ欲望が満たされようとしたその時、特攻服に刺繍されていた文字が、青い光を放ちはじめる。


「こっちか……!!」


 その光に気づいて、水波くんが駆けつけてくれた。


(かしこ)(かしこ)みも()い願い(もう)す! 水波能売神(みづはのめのかみ)()が敬い(たてまつ)る神、(はら)(たま)い、清め給え、水の御力(みちから)にて、(けが)れし水を浄化せしめ給え!」


 彼が祓詞(はらえのことば)を紡ぐと、刺繍文字の光が強まり、水牢が霧散(むさん)する。

 特攻服に書かれた刺繍文字は、ヤンキーの夜露死苦(よろしく)愛羅武勇(あいらぶゆう)的なやつではなく、ミヅハノメ様の祓詞だったのだ。

 間一髪のところで、ぼくは危機を脱することができた。


「ごぼっ……げふげほ……ごふっ……」

「大丈夫か!? (りょう)!」


 水波くんはそのままぼくとハシヒメの間に割って入り、ハシヒメから目を離さない。


「だ、大じょ……がふっ……大丈…夫……助かったよ、水波。あの派手な刺繍……ただのヤンキー趣味…じゃなかったんだな……」

「たりめぇだ! とにかくまだ敵の目の前だ、無理してでも動けよ!」


 そんなぼくたちのやり取りを見ていたハシヒメが声を震わせながら叫んだ。


「アァアァァアンたァァ……何勝手ニ逃シテンのォオぉぉ!? ソれワタくシのォわたクしノォぉォぉおぉぉぉ!!」


「げほっ……いつぼくがお前のものになったんだ!!」

「モテモテじゃねーか、亮。ちょっと見ない間にナンパか?」


 ハシヒメの言葉に軽口を叩く水波。


「あいつが弥花の居場所を知ってる」

「……なら、逃すわけにはいかねぇな」


 しかしぼくの言葉を聞くと、彼は即座に祓詞を紡ぎ始めた。


「我が(いつ)(まつ)る 神、水波能売神(みづはのめのかみ)(さざ)(さざ)れに引き絞り、(あやま)たず(しるべ)(つらぬ)穿(うが)ち給え!」


 祓詞をミズハノメ様に奏上すると、彼の足元の水が二本の槍と化し、ハシヒメの足を狙って解き放たれる。

 空気を切り裂いて飛ぶ水の槍は、狙い違わずハシヒメの両足を貫き、彼女をその場に釘付けにした。


「邪魔ヲするナぁァァ! 邪魔スるナラ邪魔スる邪魔魔マま……コ、コの街ゴト、わタクしノ淵ニ沈メてサシあゲまァァぁあぁぁぁス!!」

「なんだとぉ!? 関係ない奴らには手を出すんじゃねぇ! やめろやごるぁ!!」


 だが水波の攻撃を受けて、さらに暴走しようとするハシヒメ。

 周囲の空気がプレッシャーに潰される感覚、そして足元からは腐敗臭を放つ水が迫り上がってきた。

 しかし、ぼくの右腕の熱はまだ冷めていなかった。

 右腕の中で、圧縮され複雑に絡まりあっていたものが、(ほぐ)れていく感覚があった。

 以前感じたものとは逆のプロセス。


 弥花の居場所を聞き出すんだ!

 そう強く思った瞬間、右手の指先から真っ白な糸が、ハシヒメに向かって(はし)るように伸びていった。

 伸びた糸はしゅるしゅると彼女の体に巻きつき、素早く覆っていく。

 それと同時にぼくは、体内の(むすひ)が急速に搾り取られていくのを感じていた。


「ナニコれナなナナンにィいイぃィぃ?」


 ハシヒメは糸を(つか)み千切ろうとするが、引っ張った部分がさらに伸びるだけで、切ることはできなかった。

 逆に水を吸って膨れた、ぶよぶよとした青黒い肉に糸が食い込み、自ら肉体を傷つける有様だった。


「亮……これは!?」

「このまま捕らえる!」


 ハシヒメはもがき続けていたが、水波の水槍に足を釘付けにされ、その場から動くこともできない。

 さして間をおかず、ぼくの右手から伸びた糸は、彼女の全身を(まゆ)(ごと)く、(くく)り上げることに成功した。

 ぼくは括り上げた塊に近づき、中のハシヒメに向かって叫ぶ。


「ハシヒメ! 弥花はどこだ!!」

「おい、亮! まだ安全ってわけじゃあ……」


 水波はまだ警戒し続けていた。

 護衛として本当に頼もしい限りだ……でも。


「大丈夫、この権能は()()()()()()()()()()()()()()! ……らしい」

「らしい!?」

「とにかく今は弥花だ!」


 糸の塊を殴りつけ、もう一度質問しようとした時、触れた手から糸を通じて何かが伝わってきた。

 ──『オモイノカネと、どこか神社のような場所で話をしている光景』

 ──『秋葉神社のまわりで、結界の様子を探っている光景』

 ──『アメ横で妹の後を追いかけていた、ぼくと水波くんを見ている光景』

 しかしそれらに深く集中しようとすると、ぐつぐつと煮えたぎるような嫉妬で、全て塗りつぶされてしまう。


「亮! ……おい! 亮!」

「……!」

「大丈夫か? 何かされたんじゃ……」


 糸を通じて流れ込んできたのは彼女の記憶。

 ぼくがそのイメージに取り込まれている間、水波にはぼーっと棒立ちしているように見えたらしい。


「大丈夫……オモイノカネの時と同じ、情報の奔流が頭に……」


 現実に感覚を戻すため軽く頭を振りながら、今起こったことを簡単に説明した。


「妹ナんテ知らナイぃぃ知ラぃィぃ……! ワたクシダけアンたニはワタくシだケワタたたタタたォォォォ……!!」


 殴りつけたことで地面に転がった、糸の塊の中からは、ハシヒメのくぐもった叫び声が聞こえ続けている。

 中で暴れているのも糸を伝い感じられたが、括った糸はびくともしなかった。

 それを見て、ようやく水波も少し緊張を解いたようだ。


「……亮。こいつの名前はハシヒメって言ってたな?」

「あぁ。最初はきれいな女性の姿だったんだが……」

「なら間違いねぇ。こいつぁ独占欲が強くて嫉妬深いことで有名な神だ。一度スイッチが入ったら、相手が死ぬまで呪いを解かねぇぞ。何か……()()()()きっかけがあったはずだ」


 きっかけ……ぼくはハシヒメと遭遇したところから、記憶を探ってみる。


「おそらくだけど、彼女はぼくを利用しようとしていた」

「ふむ……」

「ぼくの力を、彼女のために使うように躾けてやるとか言ってきて……」

「ほぉ……」

「誰かの言うことを聞くのは妹だけでいいと(こた)……」

「それだ!」


 妹のところで食い気味に反応する水波。


「そんなことで!?」

「こいつの嫉妬を甘く見るな! んでもまぁ、それなら妹は大丈夫だ、多分。嫉妬に狂ったあと、こいつはここから動いてねぇんだからな」


 そう水波が推測した、まさにその時──


「お(にい)? そこにいるのー? おーい?」


 ハシヒメの向こう側から能天気な妹の声が聞こえてきた。


「あ! やっぱりお兄だ! 見て見てー戦利品! いっぱい値切っちゃった! 白熱したー!」


 嬉しそうに大量の袋を持ち上げて見せる妹様。

 妹はただただ買い物に奔走していただけだったのだ。

 ぼくは一気に緊張が解けていくのを感じた。


 全身から力が抜けていくままに、足元に転がるハシヒメに目を落とすと……。


「知ラなイぃィィぃ……知らナいィィいぃィィ……!!」


 糸の塊の中で彼女は叫び続けていた。

 勘違いしてごめんよ……ハシヒメ。




 今後買い物中は、妹と手を繋ぐことを心に決めた。

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