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神蝕のレギオン - sin shock of legion -  作者: kats(異)


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6/9

05

「服が欲しい!」


 それは妹の一言からはじまった。

 ここは秋葉(あきは)神社の神職を務める、秋葉焔(あきはほむら)水波(みなみ)姉弟が住んでいる秋葉邸。

 ぼくたち八尋亮(やひろりょう)弥花(みか)の兄妹は、とある事情で昨日からお世話になっている。


「服なら焔さんから借りたのがあるだろ? 今外に出るのは危険だから、しばらくそれで我慢しろ」


 そう説得しているぼく自身、身一つでここにお世話になることになったため、水波くんの服を借りている状況だ。

 服……といっても、なぜか、漫画やドラマでよく見る、ヤンキーや暴走族が着ているような特攻服(とっこうふく)なのだが。

 水波くん(いわ)く、背中に入った巨大な青龍の刺繍がチャームポイント、らしい。


「やだやだやだーーーー!」


 しかし妹は服を借りるのを頑なに拒否。


「一体何がそんなに嫌なんだよ」

「これ! 見て!」


 妹が指差したところには、たくさんの服が広げられていた。


「……弥花は焔さんの昔の服を借りたって言ってたよな?」


 そこにあったのは特攻服。

 鮮やかな赤が主体で、豪奢(ごうしゃ)な朱雀の刺繍が入った、レディース用の特攻服であった。

 それが何着も。

 ということは、焔さんも元ヤンということに……。

 いやいや、今の問題はそこじゃない。


「どうせしばらくは外に出られないんだから、特攻服(それ)でもいいだろ?」


 そう。敵の情報がある程度わかるまで、ぼくたち兄妹は、秋葉姉弟が張ってくれた結界内で過ごすことになったのだ。


「そこじゃないの! むしろ、お(にい)とおそろなんてご褒美じゃん! こっちこっち」


 ご褒美とは一体。

 とにかく改めて妹が手に取った服を見ると──!!


「そ、それは……!!」


 その手にあったのは、女性用の下着だった。

 しかもでかい。

 どことは言わないが。


「服はともかく、下着は無いと困るよ」


 確かに。

 妹にこのサイズは無理がある。

 確かに。


「お兄……あとで折檻(せっかん)ね」

「なんでだよ!?」

「今絶対失礼なこと考えてたもん」


 しまった……妹は昔から勘が鋭いんだった。

 あとで何らかの形でご機嫌を取る必要があるな。


「お兄は下着はどうしてるの?」

「下着も水波くんのを借りてる」

「うぇー」

「仕方ないだろ!」


 もちろんぼくだって、洗濯してあるとはいえ、状況的に仕方がないとはいえ、さすがに下着の貸し借りは抵抗がある。

 女性の場合は体型に合わせないといけないっぽいし、弥花と焔さんならなおさらだろう。

 なんてことを考えていたら、また弥花に睨まれた。


「とにかく!! 今日は今から服を買いに行くのだ!」



 ◇ ◇ ◇



「……というわけです」


 ぼくは弥花に連れられ、秋葉神社で社務(しゃむ)にあたっている焔さんの所に、買い物の相談に来ていた。

 焔さんはリキッドタイプの電子タバコを片手に、大量の書類仕事をまわしていた。

 ちなみに弥花は朱雀の刺繍の入った特攻服に着替えている。


「下着か……そいつばかりは通販てわけにもいかないね」


 そう言った彼女は電子タバコを大きく吸い込むと、少しの間、何かを考えているようだったが──


「ぷはぁ……仕方がない」


 甘い水蒸気を一気に吐き出すと、大きな声で水波くんに声をかけた。


「水波! あんた、護衛として二人の買い物について行ってやんな」

「おうよ」


 焔さんに呼ばれると、神事(しんじ)の受付から水波くんが現れた。

 彼は今日もリーゼントをバチッと決めて、スカルペイントの入ったライダースジャケットにニッカポッカを履いていた。

 受付……水波くんで大丈夫なんだろうか。

 本人がいい人なのは知ってるけど、初対面だとハードルが高いと思うんだけどな。


「はっはぁ、二人とも特攻服(とっぷく)似合ってるじゃねぇか! ……わかった! オリジナルの特攻服(とっぷく)が欲しくなったんだろ? うんうん……やっぱり自分専用の刺繍を入れたくなるんだよなぁ。よし、まかせとけ! 小岩(こいわ)にいい刺繍屋があるから連れて行ってやらぁ!」


 ぼくたち兄妹の特攻服姿を見た途端、テン上げ状態になり、畳み掛けるように喋り出す水波くん。

 腕を組んで頷き、一人で何か納得している。

 ぼくらのことは置いておくとして、実際、彼が着るならとても似合うと思った。


「下着だよ、下着」

「下着ぃ!?」


 焔さんに言われた内容に、甲高い声で驚く水波くん。

 一気にテンションが下がった気がする。

 いや、普通は特攻服の方が驚くはずなんだけどね。


「下着に刺繍は新しいな……」


 おい。

 何かに目覚めたように彼は呟いた。



 ◇ ◇ ◇



 ── 御徒町(おかちまち)、アメヤ横丁(よこちょう)


「ここなら大抵のものは揃うだろ。人も多いから、多分、(あちら)さんもそう簡単に手は出せねぇぜ」


 ここアメヤ横丁──通称アメ横──は、電車の高架下を中心に広がる昔ながらの商店街で、お店も多く活気もあり、普通に買い物に来たら1日潰れることは間違いないところだ。ぼくも大学の友人と、たまに買い物や飲みに来ることがあった。おっと……お酒は二十歳からだよ? 

 今も平日の昼間だというのに、商店街にはたくさんの人が出ていた。

 当然というか、ぼくたちの格好は非常に人目を引いたが、今は気にしないことにする。


「何から見るか……ある程度洗濯するとしても、数日分は買っておきたいしな」

「下着下着下着!」

「……そうだな。下着を最初に見るか」


 元々下着が目当てで来たんだ。ここは妹の意見に従うことにする。

 幸い、両親を失ったぼくたちを引き取ってくれた伯父から、生活費用のクレジットカードを預かっているので、予算に関しては問題無い。


「ここで刺繍っつったら、やっぱりスカジャンの大熊商会(おおくましょうかい)か? 頼めば下着にも刺繍してくれんだろ」

「刺繍からは離れてください、水波くん」


 彼の刺繍へのこだわりは相当なものだった。

 下着でも刺繍を入れてくれそうなお店に心当たりがあるらしい。


「大体、刺繍入りの下着なんて珍しくないじゃん。むしろ入ってる方が当たり前だよ」

「なんだと!?」

「あ、そうなの?」


 どうやら、ぼくと水波くんが無知だったようだ。

 すくなくとも、男性用の下着には入っていないのが普通だと思うのだが。


「焔さんのブラにだって入ってたじゃん。めっちゃ凝視してたくせに……お兄のすけべ」

「そんな見てないぞ!?」


 なにやら大変不名誉な言われよう。

 ……あまりの大きさに驚きはしたが、さすがに細部まで凝視はしていない。


「あたしの下着だったらいくらでも見てどーぞ?」

「なんでだよ。……まぁどうせ、洗濯するのはぼくか」

「そういう意味じゃない!」


 なぜか怒られて、足の脛を思い切り蹴られた。

 妹の下着をチェックする兄がいたら、そっちの方が大問題な気がするが。

 でもあんまり痛くなかったな……軽く蹴ってくれたのかな?


「あ! あっちあっち! あっちの高架下も見る! ほら行くよ! 二人とも早く!」

「こら、一人で勝手に行くな! 水波くん、こっちこっち!」


 忙しいやつだ。

 しかし、お店がひしめき合っているこんな商店街(ばしょ)で、妹を解き放ってはいけない。

 この日買い物が終わった時に、そうぼくは誓うことになるのだった。


「刺繍入りの下着は珍しくなかったのか……」


 うん。とりあえず後ろからついてくる水波くんの独り言は、スルーすることにした。



 ◇ ◇ ◇

 


 高架下は照明が点いていても、やはり外よりも薄暗い。

 特に店と店を繋ぐ通路は、じめじめと湿度があり狭さもあって、初めてくる人間には敷居が高く感じるだろう。でもこだわりのあるお店は、高架下に多くあったりするのだ。

 妹を追って高架下に入ると、明るい場所から急に暗い場所に移動したことで、一瞬、()()()()()()()()()()()()()気がした。


「おーい、弥花。……どこに行ったんだ」

「いないのか?」


 ほんの一瞬目が眩んでいる間に、妹の姿を見失ってしまったようだ。

 少し遅れて追いついてきた水波くんも同じらしい。


「まだ近くにいるはずだから、左右に別れて探そう。大した広さじゃないし」


 ぼくの提案に護衛としてついてきた水波くんは一瞬悩んだようだが、頷くと、線路を挟んだ反対側の店を確認するために走り出した。

 彼はこうと決めたら行動が早い。


「何かあったらすぐに呼べ!」

「わかった」


 ぼくたちは二手に分かれ、狭くて人とすれ違うのも大変な通路沿いのお店を、しらみつぶしにチェックしていく。

 何より特攻服を着た女の子なんて、他にいるはずもない。

 ちょっと聞き込めばすぐに見つかるだろう。


 ……と、思っていたんだが。


「おかしいな……あんなに目立つ格好なのに見つからないなんて。それにお店の人もいないような」


 気がつけば他の客の姿も全然見なくなっていた。


「途中で脇道に逸れたか……?」


 この先は真っ暗な、お店のない、隙間のような通路があるだけだ。

 全く日が当たらないため、足元には水が溜まり、歩くとぴちゃぴちゃと嫌な音が響く。

 停滞し、腐敗し始めた水の匂いが鼻をついた。


 念の為一度スマホを確認するが、弥花からも水波くんからも連絡は入っていなかった。


「戻るか……?」


 街の喧騒も消え、昼間だというのにひんやりとしている空気に、不安を覚え始める。

 どうせこの先に店は無い……一度戻ろう。

 そう決めて水波くんと合流するために(きびす)を返すと、目の前に見知らぬ女性が立っていた。


「あらあら…… ()()なき迷い子が、ようやく流れ着いたのかしら?

 それとも…… この暗い淵の底に、探しものがあるとでも(そそのか)されたのかしら?」


 ──水の腐敗臭が一気に強くなった。

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