04
「そもそも人間の中に、神の権能が収まるんでしょうか?」
ぼくの中に浮かんだ疑問を、二人に投げかける。
「それを可能にするのが『器』、ということなんだろうが……。お前、頭破裂しそうになったんだよな?」
「はい……とてもじゃないけど、自分の中には入りきらないと思いました」
腕を組んで考え込んでいた焔さんが口を開く。
「……その腕。その腕に情報を圧縮したという権能、それが『鍵』なんだと思う。結果的に今、亮は安定しているわけだし、ね」
焔さんの説明に、ぼくは自分の右腕をさする。
「とりあえず、しばらくはうちにいるといいわ。ここなら私たちの神の加護もあるし、簡単には手出しできないはずよ」
「ま、そうだな。ついでにオレと一緒に修行でもするか」
ありがたい話だ。
単純に優しさだけではないのだろうけど、昨日まで知りもしなかった人間に手を差し伸べられるこの二人は、やっぱり優しいと思った。
すると当面の問題は……。
「あの、一度妹に説明しに家に帰りたいと思うのですが……無断外泊でかなり機嫌が悪くて。ついでに着替えも持ってこようかと」
そう言いながらスマホを取り出すと、お茶をする前に消したはずの通知が、ふたたび鬼のように溜まっていた。
「ああん? さすがに昨日の今日で外をうろうろするのは、やばぃんじゃないか? なぁ姉ちゃん?」
「そうね……」
そうだよなぁ……ぼくが二人の立場だったら、やっぱりしばらく大人しくするように言うと思う。
「世話になっている伯父は仕事でほとんど海外なので、基本二人きりで生活してたんですよね。できれば説明だけでもしたいのですが、今回の話ってどこまで話していいんでしょうか……」
「うーーーーん……」
どこまで妹に説明するかを三人で悩んでいると、境内の方から大きな声が聞こえてきた。
「こらーーーーーーーー!! お兄ぃーーーーーーーー!! ここにいるのはわかってるんだからね!! 早く出てこーーーーーーーーい!!」
「え!?」
「あら?」
「なんだぁ?」
妹の声だ。妹の方からやってきた。
しかし声の正体がわからない二人は、境内の様子を見に行くために立ち上がる。
これ以上余計な迷惑をかけるわけにはいかないので、ぼくも急いで立ち上がり、二人と一緒に境内に向かった。
◇ ◇ ◇
ぼくたちが境内に出ると、少し小さめでも歴史を感じる、権現造を模した本殿の前に、仁王立ちしている女の子がいた。
キャミソールの上からニットのカーディガンを羽織り、ゆったりとしたデニムにスニーカー姿。
ショートボブの髪を揺らしながら、スマホを片手に境内をちょろちょろと、ハムスターのように忙しく調べていた。
「ここかぁ! 違ったこっちね!! ああん、もう! あっちいったりこっちいったり、なんなのよこのGPS!!」
しばし見ていると、本殿の中に勝手に入り込もうとし始めたので、慌てて首根っこを捕まえる。
「あ、お兄ぃ!! やっぱりここにいたのね!」
「弥花……いつのまにぼくのスマホにGPSアプリなんて入れたんだ?」
「可愛い妹に管理されて嬉し?」
「おバカなこと言うな、まったく」
首根っこを捕まえたまま秋葉姉弟の前に引きずって行くと、さすがの二人も妹の勢いに気圧されたようだった。
神様と関わり超常現象事件を解決するような二人を引かせるとは、我が妹ながら末恐ろしい。
「それよりもお兄……何その格好? あ、わかった! ついにグレたのね!! 反抗期がなかった反動が今ここに!」
「そんなわけあるか」
「弥花はなんでもわかるんだから! そこのリーゼントに唆されたんでしょ!」
「オ、オレかぁ?」
ぼくに首根っこを掴まれぶら下がったままなのに、胸を張り水波くんを指差す妹様。
器用なもんだ。
「と、とりあえず……ここだと人の目があるから、中に戻りましょう」
気がつけば周りに、参拝客が集まってきていた。
後から水波くんに聞いたところ、結界は普通の人間には何も感じないらしい。
ぼくたちはそそくさと、さっきまで居た本殿並びの建物、秋葉邸に逃げ込んだ。
◇ ◇ ◇
先ほどお茶をしていた部屋まで戻ると、水波くんは再びエプロンを着け、新しいお茶を入れにキッチンに向かう。
ちゃぶ台の前に座った妹は、しばらくきょろきょろと室内を見回した後、ぼくに向かって両手を突き出した。
「ん!」
「え? ……何?」
突然でなんのことかわからず、聞いてしまう。
「誕生日プレゼントでしょ! もう1日過ぎちゃったよ!」
あぁ。そういうことか。
本当なら昨日は、妹と外食をして、プレゼントを渡す予定だったのだ。
「色々あって箱はつぶれちゃったんだけど……」
リュックサックの中から出てきた、べっこりと半分潰れた箱を見て、一瞬妹の顔が曇る。
「でも中身は大丈夫だったから、ほら」
約束していたペアリングが無事なのを確認すると、妹の曇っていた表情も一気に明るくなった。
「じゃあつけて♪」
妹が手を差し出してくる。
「なんで左手なんだ、右手だろ」
「なんでよー別にいいじゃん」
「左手は将来の相手に取っておきなさい」
「お兄でいいのにー」
口を尖らせぶーぶー言う妹を説得し、右手の薬指に指輪を嵌める。
リクエストされた時、着ける指に関しては絶対に譲らなかったのだ。
ぼくの指には妹が着けてくれた。
たった1日で……ぼくは右腕に色々抱えることになった。
「へへー! いいじゃん!」
「まぁひとつくらいは、お揃いのものを身につけるのもいいな」
妹の機嫌はすっかり良くなったようだ。
右手を斜め上に掲げ、指輪に光を当てて眺めている。
ぼくも本心ではまんざらではない。
大切な妹なのだから。
そんなぼくたちを、黙って見守ってくれていた焔さんが、口を開いた。
「ふふ、仲が良いのね。それじゃあそろそろ、昨日のことを話しましょうか」
「あ、そうですね。すみません、お願いします」
「何だ? まだ何も話してなかったのか?」
ちょうど水波くんも戻ってきたので、みんなで温かいお茶をいただきながら話をすることになった。
ちなみに今回は英国式とのことで、イングリッシュブレックファストティーとスコーン。
ミルクもしっかり付いていた。
◇ ◇ ◇
「……というわけなんだ。だからしばらく家には帰れない」
結局わかっていることは全部話すことにした。
問題はまだ解決しておらず、今後も何かが起こるかも……いや、起こるはずだから。
妹だけは絶対に巻き込みたくない。
「ひょれがでょうかひはの?」
口いっぱいにスコーンを頬張る妹。
何を言っているのかさっぱりわからない。
「……ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
「あぃ……んぐんぐんぐ」
一生懸命咀嚼して、ミルクティーで流し込んでいる。
「すまねぇ……話しをする時には向いてなかったな、スコーン」
水波くん、いい人すぎる。
「ぷは。んとね、『それがどうかしたの?』って言ったの」
「何が起こるかわからないんだぞ!?」
「お兄はお兄じゃん」
「!?」
「何があったってお兄はお兄だもん。焔さん、あたしもここに泊まっていい?」
ぼくの心配とは裏腹に、妹は全てをあっさりと受け止めた。
「そっ……」
「あはっ! あははははは! いいね! いい! 気に入った!!」
「焔さん!?」
妹の言葉を聞いて、焔さんはすごく楽しそうに笑い出した。
「気合い入ってんじゃねぇか。おら、スコーンもっと食え!」
水波くんまで妹を気に入ったようだ。
妹のお皿にスコーンを次々積んでいく。
「どこにいたって巻き込まれるかもしれないんだ。それなら近くにいた方が守りやすいってもんさ」
「そ、それは……そうかもしれませんが」
「あんたの言うことを何一つ疑わないで信じてくれたんだよ。こんないい子はいないよ」
「だな。お前よりもよっぽど根性があるぜ!」
「水波くんまで……」
二人が妹を気に入ってくれたのはうれしいけど、自分の命だって守れる保証はないのに。
「こんだけ腹ぁ据えてお前についてこようとしてるんだ。お前も男なら……」
水波くんはぼくの胸元を掴んで、額をぶつけ合わせると、気合いの入った声で言った。
「絶対に守ってやるくらい言ってみせろや!」
焔さんの方を見ると、彼女はにやにやと笑っている。
妹は両手でグーを作り胸元に構えて、何度も頷いていた。
相手は神様。
それが何柱いるかもわからない。
しかもどうすればいいかもわからないってのに、何でみんなそんなポジティブでいられるんだよ。
無意識に右腕に触れると、ぼくの思いを反映しているのか、わずかに熱を帯びていた。
ぼくは意を決すると、その右手で胸元を掴む水波くんの腕を引き剥がし──
「…………あぁもう、わかったよ! 神様なんて、全員ぶっ飛ばしてやる!!」
自らを奮い立たせるように、半ばヤケクソ気味に叫んだのだった。
◇ ◇ ◇
── 阿佐ヶ谷神明宮、本殿
本来、人がいるはずのない場所に、何者かの影があった。
本殿の最奥に開かれた、高天と葦原との境界に、艶やかで美しい黒髪の女性が鎮座していた。
境界の向こうから声が届く。
『……聞こえたか?』
「ええ。天の岩戸の奥底に閉じ込められたかのような、ひどく弱々しい喘ぎでしたけれど。確かに届きましたわ」
『器には確実に権能が注がれていた……主たちとて油断すれば還されることに……』
「ですが……あのような、泥濘に足を取られる程度の存在。高天に還されるほどではないでしょうに」
オモイノカネの結果に、黒髪の女性が話す言葉には、わずかに嘲笑が混じっていた。
それを敏感に感じ取ったオモイノカネは、己を正当化するように続ける。
『誤算だった……人の身にうつろうことで、あそこまで権能を失うとは。しかもあの女の権能……あれだけはまずい、あれだけは完全に注ぎ切らせては……』
「おほほほほ。八意思兼とも呼ばれたお方がみっともないこと。流れに身を任せず先走るから、そうして澱んだ場所へ沈み、お腐りになるのですわ」
オモイノカネの言葉を聞いていた黒髪の女性は、その言葉を途中で遮り、今度は明らかにバカにした。
『吾は……』
「あとはこのわたくしに任せて貴方はそこで……せいぜい無力な観客として、未来永劫、ゆっくり高みの見物でもなさっていてくださいな」
『……吾はもう疲れたのだ』
オモイノカネの最後の呟き、それを聞く者はすでにこの場にはいなかった。




