07
「私が希んだのは、貴方様ただお一人。 そのために、人目を欺く結界まで張り巡らせましたのに、まさか其処な薄汚い神職の男まで迷い込んでくるとは……忌々しい」
「そちらに居る妹を始末しようとした理由? ふふ、決まっておりますわ。 貴方様の全てを、この私だけで独占するためです」
「そんなことも聞かなければわからないのですか……これですから土塊どもは……はぁ」
秋葉邸のいつもの和室。
今ハシヒメは、水波の机に鎮座していた、世界的に大人気のカエルのぬいぐるみ姿になって、ぼくたちがいつもお茶をしているちゃぶ台の上にいた。
「結界って……高架下に入った時の目眩めまいのことか?」
「むっかー! お兄! 今すぐこれ捨ててきて!」
「オ、オレのピクレットがよりによって嫉妬ババアの依代に……!」
あの後、アメヤ横丁での買い物を済ませたぼくたちは、焔さんに報告をするために、捕らえたハシヒメも一緒に連れ帰っていた。糸でぐるぐる巻きのままでは街中で目立ちすぎるため、連れ帰る際はククリヒメの権能を使って、飴玉サイズにまでギュッと圧縮してあった。
ところがいざ話を始めようとした時、見た目が飴玉だと話がしづらいと、弥花がぬいぐるみの中にハシヒメを無理やりねじ込んだのだ。
水波はとても嫌がっていたけど、ハシヒメは難なくぬいぐるみを操って見せ、今に至る──というわけだ。
しかし、カエルの姿になっても、ハシヒメの所作と言葉遣いは変わらず高慢だった。
まぁ、ぬいぐるみ姿で手足をパタパタさせても、何の威厳も恐怖も感じないのだが。
焔さん曰く、『神とは、人知を超えた概念の結実のようなものなのだろう。その在り方は、依代の形が変わったところで、揺らぐものではないのかもしれないね』とのことだった。
ちなみにハシヒメがまた嫉妬で暴走したりしないように、その権能の大部分を主格部分とは別にパッケージしておいた。
ぼくもまだ完全に理解できているわけじゃないが、ククリヒメの権能というのは、恐ろしいほどに便利な代物だった。
「亮、あんた器用なことするわねぇ」
「あはは……彼女が動いているのは、ハシヒメという神格そのものの権能ですけどね」
「ふっ……あんたたちのおかげで、直接話が聞けて助かるわ」
焔さんは電子タバコの甘い蒸気を吐き出し、呆れたように、けれど確かな興味を瞳に宿して言った。
「それじゃハシヒメ、あんたが知ってることを洗いざらい吐いてもらおうか。この場所も神の御加護がある。あんたのお仲間でも、そう簡単に助けには来れないよ」
「おほほほほ、仲間だなんて。ただ神だというだけで、わたくしと並び立つことはできませんのよ?」
「ならなおさら、話したって問題ないだろう?」
「そも土塊人形が、わたくしと直接口を聞こうとすること自体、罰当たりなのだと悟りなさい」
なんだかんだ言ってハシヒメも神の一柱。
焔さんでも一筋縄ではいかないようだ。
「そう簡単にはいかないか……」
「あら、貴方様は別ですわ」
ぼくがため息混じりに呟くと、ハシヒメが思いもしない言葉を返してきた。
「貴方様は、ただの器などという、空なる手向けではございません。その中身……魂の髄までが愛おしく、欲しくてたまらぬからこそ、私はこうして貴方様と共に居るのです」
「表現! もっとわかりやすく言ってくれ!」
「空の手向け…つまり『中身の伴わない贈り物なんかじゃない』って言いたいのさ。彼女なりの最大級の愛情表現ってところかね」
「ふふふ、貴女。多少なりと、言の葉の波紋を解することができるようですね」
好かれるのはありがたいが、重い……重すぎる。
今のハシヒメは可愛いカエルのぬいぐるみ姿なのに、言葉の端々からは変わらずねっとりとした執着が感じられた。
「やっぱりこれ! 燃えないゴミの日に出すからね!」
そんな嫉妬の神様に嫉妬した妹が、迷いなくカエルのぬいぐるみをゴミ袋に放り込む。
「……オレのピクレットは絶対こんなんじゃねぇ」
それを見た水波は、両の手のひらで顔を覆い、絞り出すような声で呟いた。
◇ ◇ ◇
すったもんだはあったが、ハシヒメはぼくの質問なら答えてくれることがわかった。
それを焔さんが翻訳する。
……なんて面倒くさい神様なんだ。
「結局のところ、今回ぼくが巻き込まれている件は、何が原因なんだ? オモイノカネの意識が流れ込んできた時に、神々が話合っているイメージは視えたんだけど……」
──『人間になりたい』
──『権能を捨てるための器』
──『死を享受させろ』
それに出会った時の言葉。
──『あとは器さえ破壊してしまえば、吾は人間になれる』
思い出したキーワードを改めてみんなと共有、確認する。
「それを聞いて、私が仮説を立てた。『神々の一部が、その責任・義務を放棄しようとしている』そして『神がその権能を捨てるための器が八尋亮』ではないか、ってね」
「……こうして改めて聞くと、ぼくって神様のゴミ箱みたいだな」
すごそうなのに、あまりいい気分ではない。
「ふふ、あの方、そんなことまで語って聞かせましたの? 知恵の神ともあろうお方が、随分と口のお軽いこと。あのお馬鹿さんはきっと、ご自分が不覚を取るなど微塵も…… ええ、一滴ほども疑っていなかったのでしょうね」
知恵の神をお馬鹿さん扱いするとは驚きだ。
「左様でございますわ。貴方様がこの不可解なうねりに巻き込まれ、翻弄されておいでなのは、わたくしたち神の一端が、浅ましくも『人』に成ろうなどと望んだことが、すべての濁りの始まり。神が土塊を希うなど……正気の沙汰ではございませんでしょう?」
しかしそれ以上に、神様たちが人間になろうとしているという事実の方が、ハシヒメにとっては論外のようだ。
神であることに飽きた者たちと、神であることにプライドを持つ者。
同じ人知を超えた存在でも、その内側は決して一枚岩ではないのだと思い知らされる。
「……そんなに人間になるのって、神様にとって屈辱的なことなのか?」
「プライドの問題だけならいいけどね。神がその座を降りるってことは、この世界のバランスが崩れるってことだよ」
焔さんの言葉に、今起きている事の大きさを知るが……うん、全くピンとは来ないな。
しかし、殺されるというなら素直に従うわけにはいかない。
「いまいちピンとはきてないんですが、ただ振り回されるのも業腹ですよね。使えるものは全て使って迎え討ってやりますよ。押し付けられたこの力でもなんでも、ね」
ぼくは右腕に力を込め、拳を作りながら言った。
「ハシヒメ、あんたもその片棒を担いでいたんじゃないのかい?」
「あのような浅ましい方々と、貴方様を共有するなど……ふふ、想像するだに反吐が出ますわ。あってはならぬ、許しがたき汚辱。人間に成ろうとする浅慮ゆえ、その尊き『器』さえ壊そうとする……。万象の真なる価値もわからぬ愚か者どもが」
ぼくは彼女の言葉を聞いて、背筋に冷たい何かが走った気がした。
こちらを見つめてくるハシヒメの……ぬいぐるみの、プラスチックのはずのその瞳が、熱を帯びて見える。
彼女の瞳が視ているのは、本当に『ぼく』なんだろうか……?
そんなハシヒメの視線を遮るように、妹が膝の上に乗ってきた。
「……小娘」
「ふんだ!」
ハシヒメの威圧に妹はそっぽを向く。
ぼくの服を掴む指先に、ほんの少し力が入った気がした。
そうだ。
ぼくはただ、妹を一人にさせたくないだけなんだ。
「もう一つ答えてもらおう。オモイノカネは『神の権能を器に注いでしまうため、破壊するためには直接手を下さねばならない』と言っていたそうだ。つまり、一度器に注がれた権能は、神の側からはもう自由に使えない……そう考えていいのかい?」
「……ふふ。貴女、わたくしの眷属にして差し上げてもよろしくてよ? その通りですわ。『器』とは、ただ注がれるだけの虚ろな箱ではございません。その身に宿した神威、溢れんばかりの権能を、己が血肉として我が物とすることができるのです」
そう話す彼女自身、感情の昂りが抑えられないようだ。
パンヤの詰まった手足でぺちぺちとちゃぶ台を叩きながら続ける。
「浅ましき神々がその権能を放棄するのであれば、むしろ僥倖。貴方様がその権能を用いて、土塊のみならず神々も正しく導けば良いのです。あぁ……そのお姿を想像しただけで、わたくしの胸は歓喜に震えてしまいますわ」
「ぼくに……神々を支配しろって言ってるのか!?」
なんて恐ろしいことを考えているんだ、このカエルは。
いや神は。
「おいおい……人間が神に成り代わるなんて、そんなの有り得るのかよ」
「お兄が神様になったら、なんでも願い事叶えてくれるの?」
「……なれるわけないだろ。第一、そんなの御免だ」
困惑するぼくたちの様子を眺めていた焔さんが、ふっと口角を上げた。
「まぁ、いいじゃないか。ハシヒメの言い分が本当なら、亮は『神様の天敵』になれるポテンシャルがあるってことさ」
「神様の天敵って……」
「お兄かっこいい! 悪魔!」
「おい!」
「ははっ! いいじゃねぇか悪魔!」
神様を支配するだとか、天敵だとか、悪魔とか……なんだかどんどん話が大きくなっていくな。
「まぁあれだな。そういうことなら当面、私らと共闘と行こうじゃないか」
「えぇ!? 本気ですか、焔さん!?」
「うふふ。貴方様とわたくしのためでしたら、いかようにも……。この身、塵ほども厭いはいたしませんわ」
焔さんの無茶な提案にぼくは驚いたが、ハシヒメは案外乗り気のようだった。
「使えるものは使うんだろ?」
焔さんは軽くウィンクをしてみせると、満足そうに、ゆっくりと電子タバコの甘い蒸気を吐き出した。
GWということで毎日更新をしておりましたが、次回08からは毎週金曜日の朝7:00更新となります。
引き続きまったりと読んでいただけるとうれしいです。
少しでも面白い、ええやん、と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。
よろしくお願いいたします( ꒪⌓꒪)pͪoͣnͬpͣoͥnͭpͣa͡inͥ




