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神蝕のレギオン - sin shock of legion -  作者: kats(異)


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2/9

01

 耳鳴りがするほどの静寂。

 目が覚めると周囲はすっかり暗くなっていた。

 ひんやりとした湿っぽい空気が体にまとわりつき、埃とカビが混ざったような匂いが鼻をつく。

 自分が横たわっていることを理解するまでに、いくばくかの時間を要した。

 体を起こそうと手をつくと、指先からしっとりとした感触が伝わってくる。


「生きてる……?」


 バラバラになったはずの自分の体が、傷一つない状態で目の前にあった。

 ゆっくりと手を持ち上げ、自分の存在を確認するように、何度も握りしめてみる。

 大丈夫、体は全く問題が無いようだ。痛みも感じない。

 ()()は夢だったのか……と思いたいところだが、確認のために触れた腕や足は剥き出しで、着ていた服は何か強大な力で絞られたようにズタボロになっていた。

 暗闇の中、恐る恐る立ち上がる。

 暗さに目が慣れてくると、足元に大きく白い塗料で、『2k540 AKI-OKA ARTISAN』の文字が書かれていることに気がついた。


「……秋葉原(あきはばら)の高架下か。」


 何度か来たことがある。

 お洒落な工房が並ぶ、ちょっと無機質な商店街だ。

 確か今日は休日だったはず。

 時間を確認しようとスマホを探したが、財布もカバンも、何もかも失くなっていた。


「カバン……弥花(みか)の誕生日プレゼント!」


 カバンの中には妹に渡すプレゼントが入っていた。

 慌てて周囲を探すが、やはりどこにも見当たらない。


「くそっ!! 誰が連れてきたのかわからないけど、荷物も一緒に持ってこいって!!」


 やり場の無い怒りを落ち着かせるために、一度大きく深呼吸をした。

 じめじめとした空気のせいで、そのまま気が滅入りそうになる。

 

「……カバン、駅に届けられたりしてないかな」


 目を覚ましてからしばらく経ったが、頭上から電車の走る音は聞こえてこなかった。

 いつもなら聞こえるはずの街の喧騒(けんそう)も、今は全く聞こえない。

 商店街の建物の合間から遠く、街の灯りが見えるだけだ。


「スマホも財布もないんじゃ、歩いて帰るしかないか。あいつ……今頃怒ってるだろうな」


 あの後どうなったのか、スマホがなくては調べようも無かった。

 とにかく一旦家に帰って妹に謝ろう。

 なんだかんだ心配もしてくれてるだろうしな。

 そんなことを考えながら御徒町(おかちまち)方面の出口に向かって歩き出すと、行く手を(さえぎ)る形で何者かが立ち塞がった。


「かかか……あとは『(うつわ)』さえ破壊してしまえば、(われ)は人間になれる。疲れたのだよ……ただただ傍観(ぼうかん)することに」


 器? 吾? いきなり立ち塞がって、こいつは一体何を言っているんだ?

 いや……そもそもこいつは()()

 人間の形はしている。

 だが()()()()()

 ぼくの脳が、目が、鼻が、耳が、急激に熱を帯び、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。

 感覚を総動員して、目の前のややほっそりとした人形(ひとがた)が何かを探っているのだ。


 足元から腰までは間違いなく人間の形をしている。

 が、闇の中に浮かび上がるそれは、ぬめっとしていて真っ白だ。

 胸元から上はざわざわと、ノイズのような何かがまとわりつき、ぼやけてしまいはっきりと認識することができなかった。


「吾を恐れているな? 不安、混濁、焦燥……。(なんじ)の脳内で弾ける電気信号のすべてが、吾には手に取るように理解(わか)るぞ」


 よく聞くと(こえ)も、テレビの砂嵐のようにざらつき、神経を逆撫でしてくる。

 次の瞬間その人形は、ぼくの思考を先回りして、なぞるように言った。


『こいつには関わっちゃだめだ』


 しかも()()()()()


 ——思考の汚染。

 こいつはぼくの頭の中に、直接、土足で踏み込んできている……!


「しかしそんな不安は無用だ……汝の(せい)は今ここで終わるのだから」


 勝手なことをぶつぶつと呟きながら、人形はゆっくりと近づいてくる。


「吾らのために死ねるのだ……」


 ちいさなつぶやきのはずなのに、なぜかはっきりと、聞き取ることができた。

 今確かに、人形は()ではなく、()()と言った。


「感謝するが良い! 泥より生まれ(いで)(あし)(すえ)よ!!」


 前から近づいてきたはずのその声が、突然背後から響いた。

 背筋に寒気が走る。

 慌てて振り返ると、ノイズの隙間から、(よだれ)を撒き散らしながら開かれ、乱杭歯(らんぐいば)を剥き出しにした口が見えた。

 すでに眼前に迫っている。

 咄嗟に右腕を顔の前にかざし身を守ろうとしたが、ビリッとした衝撃が走ると、肘から先を人形に喰い千切られていた。

 喰い千切られた箇所から、熱い何かが噴き出す感覚。激痛。


「がっ……ぐぅうぅぅぅぅ……うぅっっ!!」


 歯を食いしばる。

 喉の奥から、悲鳴ともつかない、痛みに耐えるための声が絞り出される。

 いつの間にか背後に周り、有無を言わせず襲いかかってきた人形は、喰い千切った腕をそのまま咀嚼(そしゃく)しはじめた。

 自分の骨が砕け、肉を擦り潰す、嫌な音が聞こえてくる。

 知性を感じさせる言葉とは裏腹に、その行動は限りなく野蛮だった。


 目の前に展開している光景に、どこか現実味を感じない自分がいた。

 しかし、右腕の激痛が強制的に、間違いなく現実だと認識させる。

 その痛みの合間を縫うようにして、欠損した右腕の断面から、熱い鉄錆のような何者かの記憶が、濁流となって脳へと流れ込んできた。


 ──『人間になりたい』

 ──『権能を捨てるための器』

 ──『死を享受させろ』


 視たこともない神々の合議。

 永劫の退屈。

 神々は生と死を繰り返し、何度も新たなことに挑戦し続ける、そんな人間の姿を羨んでいた。

 そんな時に見つけたのが『(ぼく)』だ。

 神の権能をぼくという器に注ぎ、その器を破壊することで、権能を世界に還元する。

 簡単に言えばそういうことらしい。


 一体何を言ってるんだこいつらは……!


 流れ込んできたのは人形の記憶、人形とその仲間の計画だった。

 そして読心()の力は元々目の前にいる人形の、オモイノカネと呼ばれる存在──神──の権能だった。


 しかし全てを一度に処理するには情報量が多過ぎた。

 脳が沸騰する……内側から頭蓋が弾け飛びそうだ!

 あまりにも永い時を(ながら)えた記憶、人智を遥かに超えた思考の波が、「ぼく」という個性を押し流し、再び「ぼく」という一個体がかき消されようとしていた……!


「う、うるさい! うるさい!! うるさい!!! おとなしくしろぉぉぉぉぉぉ……!!」


 今度は簡単に、生を手放す(あきらめる)わけにはいかない!

 ぼくがいなくなったら、誰が妹と笑うんだ!

 ぼくがいなくなったら、誰が妹を叱るんだ!

 ぼくがいなくなったら、誰が妹に朝、おはようって言うんだ!

 まわりの子達が持っている当たり前を持っていない妹!

 二人きりで生きてきた妹を、一人残して逝けるものか!


 妹の隣に帰るために、ぼくがぼくであるために、ありったけの意思の力を振り絞る。

 するとそれに呼応するかのように、脳を焼いていた情報が、喰われた右腕──手のひらがあった場所に収束していく。


「ぬ……!?」


 それを見た瞬間、オモイノカネが一瞬動揺するが、今のぼくはそれに気づける状態ではなかった。

 手のひらに集まった情報は徐々に圧縮され、漆黒の球となり縮んでいくと、喰われた右腕が存在していた(かたち)に落ち着いていく。


「なぜ……なぜ、その権能を使える……? ()()()()()()()()権能だぞ!?」


 オモイノカネが()()()と、半ば叫ぶように口にした瞬間、ほんの一瞬、ぼくの脳裏に「古い着物を着て白い糸を紡ぐ、冷徹な瞳の女性」の姿が()ぎった。

 その時のぼくには、女性の持つ冷徹な瞳の中にほんの少しだけ、寂しさが見えたような気がした。


「有り得ぬ……有り得ぬ有り得ぬ! それは吾ら神々すら(くく)られる結紮(けっさつ)!」


 オモイノカネがそう叫んだ時、ぼくの右腕、指先から、真っ白な糸が(ほとばし)る。

 まるで自分の命そのものが絞られ、繰り出されていくような感覚。

 自分という存在が消し飛んでしまわないように、全身全霊の力を込めてそれに耐える。

 ぼくの命そのものと言っても過言ではない真っ白な糸は、オモイノカネが反応するより遥かに早く、奴に届いた。糸は奴の周りをぐるぐると回転すると、そのまま全身を絞り上げるように一気に括り上げていく。

 だが糸の隙間からは、人形が(まと)っていたノイズが拘束から抜け出そうと、(あふ)れるように()れ出してくる。

 ぼくがそれに気がついた刹那。

 ()()()()()()()()()()()()、糸は空間ごとその場に縫い付け、強引にひとまとめにしていった!

 徐々に圧縮され、小さくなっていくオモイノカネ。


「おのれ……おのれ、ククリヒメ! やめろ! 戻すな!! いやだいやだ……もういやなのだぁぁぁああぁああぁぁぁぁ……!!!! 死なせてくれえぇぇええっぇぇぇっっぇええぇえぅぇぇぇ……」


 最後には声だけが残り、その声も糸に巻き取られると……まるで何事もなかったかのように消え去った。 


 全ての力を絞り出したぼくは、意識の糸を繋ぎ止めることに精一杯で、何も考えることができない。

 力を失った目は無機質に、目の前の空間──消え去ったオモイノカネの残滓を映していた。


 耳鳴りがするほどの静けさが戻ってくる。


 ぼくがかろうじて意識を繋ぎ止めていられたのはその時までだった。

 全身から力が抜け、ゆっくりと体が倒れていく。


 ぼくが意識の糸を手放す直前、遠くから駆け寄る、何者かの足音が聞こえたような気がした。

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