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隠形術で隠れていた鬼たちに、広場の出口を塞がれる形となった。
前方からは、今まで話をしていた一際体格の良い長が迫ってくる。
さっきまでの温厚そうな表情はすっかり形を潜め、昔話の絵本に出てくるような、人間を襲い喰らう、まさに悪鬼の形相と化していた。
「……解せませんわ。あの異形とて、少なくとも会話を成立させる程度の知能は持ち合わせていたはず。それが、あの小娘の吐く不浄を耳に注がれた途端……まるで、魂の軸を丸ごと入れ替えられたかのよう」
それを見たハシヒメが、長の様子がただ事ではないと教えてくれる。
「鬼たちは操られているってこと?」
「私たちの時と同じように、ここの鬼たちはアメノサグメの権能の影響下にあるのかもしれないね。あの女から目を離すんじゃないよ、亮!」
そう言うと焔さんは、背後に現れた鬼に備えるように、ぼくと背中合わせに位置を取った。
そしてジッポライターを懐から取り出すと、金属音を響かせ着火。
そのまま炎を眼前に翳し、祓詞を澱みなく口遊んでいく。
「恐み恐みも宣り奉る! 火之迦具土大神、我が信じ奉る 大神! 猛き炎よ、天そそり昇れ! 八方に満ちて、熾りし熱以て隔て絶て! 結界に、踏み入る不届き者を、灼き伏せ、尽せ、灰燼と化せ!」
焔さんの神降しによって、ぼくたちの後方、新たに現れた鬼たちとの間に、弧を描くように火柱が立ち上がる。
カグツチ様の御加護による結界だ。
焔さんは続けて、異なる祓詞を口遊む。
「熾し火より出でし火華の蝶よ、小さき羽を揺らめかせ、我が意の随に虚空を疾れ! 狙い定めし的を射焦がせ! 恐み恐みも白す!」
すると、先の祓詞で立ち上った火柱から舞い散る火の粉が、小さな蝶の姿に変わる。
蝶は虚空を素早く舞って、鬼たちの耳を焼き焦がしていった。
焼かれた鬼たちは耳を抑えて、地面を転げ回っている。
「あら……とても美しい術ですこと」
「……どうだ?」
どうやら、耳を灼くことでアメノサグメの言霊を物理的に遮断しようとしたらしい。だが、すでにかかっている呪縛まで解けるのか……焔さんの問いかけには、そんな不安が混じっているように聞こえた。
しかし正面から向かってくる長は、自らに群がる火の蝶を力任せに握りつぶしていった。掌で火花が爆ぜるのも構わず、長の足は止まらない。
「あらら、あららー? そんなことしていいのいいの?」
嘲笑うようなアメノサグメの声。その語尾が、耳障りな老人の濁声へと歪んでいく。
「人質がいるって事忘れてるんじゃなーーーーい? 大人しく縛につかんか小僧がぁ!!」
アメノサグメの声が耳の中で反響する。
やはりこの声に何か秘密がある……聞いてはだめだ!
両手で耳を抑え、意思の力を振り絞って抵抗するが、抵抗することだけで精一杯だった。
「貴方様に指一本触れさせることなど、このハシヒメが断じて許しはいたしませぬ。……さあ、貴方様はただ、敵を討ち果たすことのみにお心を注ぎなさいませ」
ハシヒメの凛とした声が響くと同時に、頭をかき乱していた耳鳴りが嘘のように収まっていく。
「あれれ、あれれー? おかしいなー効いてないの?」
ぼくの様子を見て、アメノサグメは、そのにやけ面をわずかに歪めた。
戸惑っている今がチャンスだ。
──弥花を弄ぶあいつだけは、絶対に許さない!!
ぼくは右腕に全神経を集中させる。
迫る長の巨体と、奥で嘲笑うアメノサグメ。二人を同時に地面に括り付ける、決して逃れられぬ束縛のイメージを限界まで膨らませていった。
すると、イメージの膨らみに合わせ、右腕が爆ぜるような熱を帯び──。
爆ぜた。
圧縮されていたククリヒメの権能が一気に解れる──その刹那、ぼくは全身全霊を込めて叫んだ。
「……括り、つけろ!!」
敵に向かって突き出した右腕、その指先から迸った白銀の糸が、視認できないほどの速さで虚空を縫い上げていく。
長はこちらに向かってくる突進の姿勢そのままに、空間にピタリと固定された。
「これは一体……体が全く動かぬぅぅぅ!?」
ぼくの意思を宿したかのようにうねる銀糸の先は、そのまま逃げ場を塞ぐようにアメノサグメへと鋭く迫り──
「待って、待って! それじゃあ仕方ない……人質を使うことにするよー」
──まさに括り付けようとしたその瞬間、アメノサグメはそう言い放ち指を鳴らした。
人質という言葉に動揺した感情の揺れが、糸にそのまま伝わり動きが鈍る。
彼女の背後にゲートが開かれた。
その輪の向こうには、どこか屋敷内にある座敷牢を思わせる部屋が見える。
しかしそこに──妹はいなかった。
「あ、あれれぇー……?」
自分のゲートの先が空っぽであることに、アメノサグメのにやけ面が完全に凍りつく。
計画に狂いが生じたことを理解するために彼女が立ち尽くしたその時、 広場の空気を震わせるほど、良く通る大音声が響き渡った!
「人質だとぉ? 使えるもんなら使ってみろや! そこにはもう、弥花はいねーけどな!」
聞き慣れた男らしい声。
その声の主が立っていたのは、広場の奥に構える大屋敷の、重厚な門の上だった。
純白の特攻服で仁王立ちする水波の横には、彼の大声で目を回している弥花の姿があった。
「水波! ……弥花!!」
水波がこちらにサムズアップして見せる。
二人の無事を確認した瞬間、ぼくの中の動揺は霧散し、再び右腕に爆発的な力が漲る。
「……今度こそ、終わりだ」
低く、自分でも驚くほど静かな声が出た。
鋭さを取り戻した銀糸が、慌てて逃げようとしたアメノサグメを、逃さず絡め取る。
空間に縫い付けられ、まるで蜘蛛の巣に捕らわれた害虫のように、彼女は宙吊りにされた。
「儂をこのような扱いしよると、後で後悔するぞ小僧! もーーーーククリヒメなんて大っ嫌い!!」
バタバタと虚空を蹴り、醜く歪んだその表情には、さっきまでの人を食った余裕やいやらしさは、もう塵一つ残っていなかった。




