12
広場に入ったところで、ぼくたちは足を止めた。
アメノサグメだけが、広場の中央で待っていた体格の良い鬼の隣まで歩いていく。
おそらくその鬼がここの長なのだろう。
そこで立ち止まると、その鬼と並ぶ形でこちらを振り向いた。
「うん? ……ふふふ」
水波の姿が見えないことに気がついたのだろう。
しかし、彼女はそのことを隣の鬼には告げなかった。
「妹は……弥花はどこだ!?」
ぼくは堪えきれずに、震える声で叫ぶ。
「……妹御は丁重に預かっている。我等は彼女には何もしていない」
体格の良い鬼──長は、その姿からは想像できないほど温厚そうな声音で、丁寧に答えた。
「後ろの屋敷でおやつを食べてー、今頃お昼寝をしてるんじゃないかなーーーー?」
長の言葉の後を、子供っぽい言葉遣いのアメノサグメが継ぐ。
その内容を聞いた瞬間、ぼくの肩が見えない誰かに軽く叩かれた。水波だ。
彼の気配が離れていくのを感じ、ぼくは焔さんの方を見て、軽く頷いた。
「それで……オモイノカネはどこだい? 私たちと話がしたいんだろう?」
「……? 一体何のことだ? お前たちに用があるのは、我等鬼族だ」
「何だって?」
焔さんの問いに長は若干戸惑い気味に、しかもぼくたちの思いもよらぬ言葉を返してきた。
隣のアメノサグメは、ゲートを潜る前と同様に、にやにやと歪な笑みを浮かべている。
「我等が用があるのは、そこにいる『器』だけだ。彼の身柄を渡してくれたら、妹御はすぐに解放しよう。人間たちにも手を出さないと約束する」
「そんな条件は飲めないね。弥花も亮も私たちの家族同然だ。あんたらだって理由もわからず、家族を売るようなことはしないだろう?」
家族──焔さんの言葉が、ぼくの心に深く突き刺さった。
ずっと二人きりで生きてきたぼくと妹を、水波だけじゃなく焔さんも……そこまで近しく感じてくれていた。
胸の内を熱い物が込み上げ、全身に震えが走る。
ぼくは今の言葉を、この先ずっと忘れない。そう誓った。
焔さんの言葉に長も思うところがあるようだ。
ほんのわずかに、その身に纏っている気のようなものが揺らいだように感じた。
「そもそも一体亮をどうしようってんだい? 場合によっては力を貸すことだって……」
しかし続く焔さんの言葉は、アメノサグメによって遮られた。
「いいから器を寄越せってんだよー! 大体人質を取られてる分際で、儂らと交渉できる立場じゃと思っておるのか!? あたいが妹をぶっ殺したっていいんだよー! お主ももっとはっきりと言ってやらんか、腰抜けめが!!」
驚くほど乱暴な発言。
オモイノカネが呼んでいると、話があると告げ、ここまで連れてきたのは彼女だ。
それが話し合いの邪魔をするだけでは飽きたらず、話なんてしないと、人質を盾に脅すような発言までしてきた。その上隣にいる長にまで罵声を飛ばす始末。
一体、彼女は何が目的なんだ?
「ぬぅぅおあぁぁぁぁっっ! とにかく! 器は渡してもらう! もう我等には時間がないのだ!!」
アメノサグメの言葉を聞いた長が、何かを振り払うように叫び応じると、ぼくたちの背後、何もなかったはずの空間が霞んで歪む。次の瞬間、殺気を孕んだ複数の鬼たちが、逃げ道を塞ぐように姿を現した。
「しまった……背後は丑寅か!!」
焔さんの言葉が広場に響く。
話し合いもそこそこに、ぼくたちは戦う羽目に陥った。
◇ ◇ ◇
「後ろの屋敷でおやつを食べてー、今頃お昼寝をしてるんじゃないかなーーーー?」
あの屋敷か!
アメノサグメの言葉を聞くと同時に、オレは亮の肩を叩き走り出した。
鬼が出てくるとは予想外だったが、姉ちゃんの信仰する火之迦具土大神の権能は、鬼如きに見破られることは無い!
オレはそのまま一気に、鬼とアメノサグメの脇を走り抜ける。
当然、恨みのあるこの女にガンを飛ばすのは忘れねぇ!!
お前をぶっ散らばすのは後にしてやらぁ!!
とにかくまずは弥花だ!
弥花を確保しねぇと、亮たちは手も足も出せねぇからな!
屋敷に駆け込むとそこは大黒柱の立つ土間だった。
土間の奥には囲炉裏を切った居間が広がっている。
住人は誰もいなかった。
「ひと昔前の地主の家ってぇ感じか……なら奥に座敷があるはずだ」
外から見た建物の形状や中の雰囲気から、おおまかな構造を推測し、頭の中に地図を描いていく。誘拐した人間を隠し、関係のない人間になるべく近づかれないような部屋……こっちだ!
オレは死角から襲撃を受けることのないよう、全神経を尖らせて、屋敷の奥を目指し探索していった。鬼は元々、姿が見えぬ『隠』が転じて鬼になったと言われている、隠形術に長けた一族だからだ。
しかし、結局屋敷内には人っこ一人いなかった。
一番奥、本来なら寝間に使われていたであろう小部屋を改造した座敷牢に、弥花の姿を発見した。
頑丈そうな格子状の木製扉には、重厚な金属の錠前がぶら下がっている。
「弥花……おい! 弥花!」
格子越しに声をかけても、ぴくりとも反応しない。
嫌な想像が頭をよぎり、オレは焦った。
慌ててミヅハノメ様に祓詞を捧げ、極限まで圧縮した水の刃を振り抜く。現代の切断技術にも使われるそれは、重厚な錠前を、まるでバターでも裂くようにあっさりと扉ごとぶった斬った。
座敷牢の中に入り、弥花を抱き起こすと──
「ふへへ……お兄の羊羹もあたしがいただきましたー……」
──なんとも呑気な寝言が、その可愛い口から涎と一緒に溺れ落ちた。
少し体を揺すると、弥花はすぐに目を覚ました。
オレには弥花の姿を隠す術が使えないから、オレも隠形術を解除する。
お互いの姿が見えた方がいいと判断した。
「あれー? 水波くんなんでここにいるの? っていうかここどこ?」
「ったく……緊張感のねぇ野郎だぜ」
「あたしやろーじゃないもん!」
「そういう事を言いたいんじゃなくてだな……お前、何ともねーのか? 何か変な事されてねーだろな?」
「変な事って、水波くんのえっち!」
「なんでだよ!?」
「アメノサグメと一緒に羊羹を食べたのは覚えてるんだけど……うーん、はて?」
どうやら何もされてねーようだ。
オレは心底ほっとした。
少しの間、全身から力が抜け、その場に膝をつく。
「え、えぇ!? 水波くんの方こそ大丈夫? どこか痛いの?」
くそったれ。
もう二度とこんなミスは犯さねぇぞ。
そう心に誓って、ちょっとだけ出た涙を、弥花に見えないようにこっそりと拭った。
「とにかく、動けるんならすぐにここから逃げ出すぞ。今、外では、亮たちがお前を攫った連中と対峙してる。人質だったお前の無事な姿を見せないと、手も足も出せねーんだ」
「お兄たちも来てるの!?」
「ったりめーだ! 急いで戻るぞ、ついて来い!」
「うん!」
オレは立ち上がると弥花の手を取り、亮たちの元へ急ぎ向かった。




