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神蝕のレギオン - sin shock of legion -  作者: kats(異)


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 ……変なところに連れてこられちゃったな。

 アメノサグメが作った、黒い輪っかをくぐったら、ここに着いたのだ。


 さっきまであたしは焔さん()のキッチンで、水波(みなみ)くんとお茶の用意をしていた。

 でも今は、黒いもやもやに囲まれた……んーと、空間?

 にある、木造の大きな家の一室にいる。

 目の前にはお盆に乗せられたお茶と羊羹(ようかん)が置かれ、()()()()可愛い女の子姿のアメノサグメがいた。


 この家に連れてこられるまでの町の雰囲気は、歴史の教科書に載っているような木造の家がいくつかと、長屋みたいなのが並んでた感じ。

 ドアや窓の隙間からあたしと彼女の様子を見ている人たちがいたけど、全体的に活気がなくて静かだった。

 そういえば、連れてこられた時は何か圧迫感があった気もしたけど……慣れたのかしら。

 気がついたらなんともなくなってた。


「水波くん、大丈夫かな……」


 思わず声が漏れる。

 その独り言に、目の前に座っているアメノサグメが答えてくれた。


「大丈夫だよ、一時的にあたいの言うことを聞いてもらっただけだから。それに今頃はその洗脳も解かれてると思うよー」


 今のアメノサグメは、姿だけでなく、声も女の子一人のモノになっていた。


一人()の方が人間は楽なんだよね?」


 そう言って笑う女の子は、あたしと変わらない、人間にしか見えなかった。


「助けにくるまでそんなに時間もかからないと思うから、羊羹でも食べてのんびり待とー。何も入ってないから大丈夫! 美味しいよ! 羊羹って言ったらとらやが有名なんだけど、このたねやの本生羊羹が、今あたいのイチオシなんだ!」


 そういえば、結局お茶できずに連れてこられちゃったもんね。

 美味しそうに食べるアメノサグメの姿を見て、あたしもフォークを手に取り、一口食べてみた。


「……おいし!」

「でしょでしょ!」


 声や姿がぶれなければ案外話しやすい相手なのかも……そう思って色々聞き出そうとした時、あたしの意識はゆっくりと自由を失っていく。


「あれ……?」

「うふふふふふ、お人よしを騙すのって楽しーーーーっ! ……あやつらの困った顔が見ものじゃわぃ」


 あたしは、また、老人の声が混ざっていくアメノサグメの言葉を、どこか遠くに感じていた。



 ◇ ◇ ◇



 空の半分が瑠璃色に染まりはじめる。

 時刻は午後の六時を回ろうとしていた。


「準備はいいかい?」


 本殿の裏にある、参拝客は入ることができない庭。

 そこにぼくたちは集まっていた。

 準備と言っても、ぼくが用意するものは特に無い。

 ハシヒメには小さめのショルダーバッグに入ってもらった。

 服はアメ横で買った白シャツにゆったりしたカーディガン、動きやすいようにイージーパンツとスニーカー。

 さすがに特攻服はあれ以来着ていない。


「うっし!」


 そう、特攻服は彼のためにあるのだ。

 ぼくの隣では気合い十分な水波が、金の刺繍が施された純白の特攻服に身を固めていた。

 トレードマークのリーゼント(とさか)もいつも以上にかっちかちな気がする。


「よりにもよって、何で白なんて選ぶかね。今回あんたは身を隠して弥花(みか)の安全を守ることが仕事なんだよ?」

「どうせ姉ちゃんの隠形術(おんぎょうじゅつ)で姿は消してもらえるだろ? 気合い入れるにゃあこれが一番なんだよ!」

「わかったわかった……ったく、しょうがないねぇ」


 今の格好が彼にとって一番気合が入るらしい。

 弥花のために……嬉しいことだ。


「……亮。今までお前は、感情が(たかぶ)った時に力を発揮してる。身の安全が(おびや)かされた時、そして妹に何かあった時。うまく力が使えないと思ったら、妹のことを考えてみろ。妹を助けることだけなぁ」

「水波……」


 こんな状況で、妹のことだけじゃなくぼくのことまで……。


「何度も言うが、最優先すべきは弥花の安全だ。ただし、自分の身の安全も忘れるな。命あっての物種だからね」

「はい……!」

「もう騙されねぇぜ!!」

「オモイノカネ、そしてアメノサグメに対する心構えもおろそかにするんじゃないよ」


 そう言うと、焔さんはアメノサグメの名前を呼んだ。



 ◇ ◇ ◇



「うふふふーー。思ったよりも早かったねーーーー?」


 名前を呼んだら本当に、アメノサグメは即座に現れた。

 現れた彼女の背後には、もやもやとした煙のような闇……そうとしか言えないモノが輪っか状になっている。彼女はそこから出てきたのだ。

 その輪の向こうには、テレビの時代劇で見たような、木造建築の町が広がっていた。


「それじゃー行こっか! オモイノカネ様がお待ちかねだよ! ついでに、そこの小僧の妹御(いもうとご)も、待ちくたびれておるわぃ」


 妹のことを口にされて、瞬間的に頭に血が上る。

 だがその激情は、右手を強く握りしめ、右腕に湧き上がる力ごと抑え込む。

 そんなぼくを見るアメノサグメの表情は、おもちゃの反応を見て楽しむように愉悦(ゆえつ)(ゆが)んでいた。


 アメノサグメを先頭に、焔さん、ぼくとハシヒメ、そして水波の順に、彼女が作り出したゲートを(くぐ)る。

 潜った先の町は、ゲート越しに見えていた時よりもこぢんまりとしていて、人が住んでいるような活気もなく、映画のセットのような雰囲気だった。


「……隠世(かくりよ)、か」


 アメノサグメの案内についていく途中で、焔さんが教えてくれた。

 超自然的な存在の中には、人間の住む葦原(あしはら)から隔絶(かくぜつ)された、特殊な空間に隠れ住むモノたちがいる、と。

 この空間もその(たぐい)の物で、(まれ)に敵を呼び込む罠として利用するモノもいるが、今回のような居住する場所に敵を呼び込むようなことは無いと言う。

 確かに、よく見ると建物にはちゃんと住人がいた。怯えるように戸の隙間や格子窓から覗いている住人たち、その額には大小二本の角が突き出ていた。


「焔さん、そういえば、今朝駅前でぼくと水波を襲ってきた異形たちには、全く同じ二本の角がありました」

「……オモイノカネやアメノサグメと鬼に繋がりがあったってことかい」

「やはり、得心が参りませんわ。どれほど無様に擦り切れていようと、八意思兼(ヤゴコロオモイノカネ)ともあろう(もの)が、あのような不浄なる小娘や、得体の知れぬ客神(まろうどがみ)()()とするなど……これでは策を弄するどころか、己の醜態を晒しているも同然」


 しかし、聞こえているであろうぼくたちの会話に、アメノサグメが反応することはなかった。


 しばらく進むと、大きな屋敷の前にちょっとした広場があった。

 その広場の中央には、一際(ひときわ)体格の良い鬼が一人、待ち構えている。

 それに気がついた焔さんは、相手に視認される前に、ちいさく祝詞(のりと)口遊(くちずさ)み始めた。


「仰ぎ願わくは、()産霊(むすび)大神(おおかみ)(たけ)(ほむら)よ、(さか)りし熱よ。荒ぶるままに舞い狂え。ゆらりゆらりと揺らぎ定めず、()の揺らぎ(もち)て、()の者の姿を、陽炎(かげろう)(ごと)(まぼろし)と化せ。此の世の(まなこ)より隠し去り(たま)え……」


 それはぼくたちの少し前を行く、アメノサグメにも聞こえないくらい、ちいさな声だった。

 そして口遊み終わった時、ぼくたちと一緒にいたはずの水波の姿は、視界から消え失せていた。


「……頼んだぞ、水波(あいぼう)


 ぼくは水波がいた場所に向かって、ちいさく呟いた。

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