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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
72/73

72.爆破石


 何を言ってるんだこの男は!


 意味のわからないことを言う男、オスカーを睨みつけるが、シィアの睨みは何の脅威ともならないようで偉そうにさらにつけて足す。



「決定権はお前にはないが、まあ悪い扱いをするつもりはないから安心するといい」

「は?」



 トーリの側でしか安心出来ないというのに本当に何を言ってるんだろうか。

 尻尾を立て小さな牙をみせて唸るシィアの背を、それこそ安心させるかのようにトーリがポンポンと軽く叩いた。



「落ち着いて。この前言ったろ、シィアが望むのなら僕は一緒にいるって」

「…うん。…でも、あの人が変なことを言うから」

「ああ、おそらく父親と同じことをして、同じ失敗を繰り返すつもりなんだろうね」


「――ちょっと待て」



 男が二人の会話を止めた。そして探るような目をトーリに向ける。



「お前…、何を知ってる?」

「何をと言われても、皆んな知ってることぐらいかな」

「は?」

「まあクロビィス…、宰相閣下が知ってることの半分くらいは知ってると思うよ」

「…っ…」



 そこにクロビィスの名が出たことで男の顔色が変わる。当然トーリにもそれはわかっただろう。けれど気にせず綺麗な笑みを浮かべた。



「それと、わざとなのか忘れてるのかはわからないけど、シィアの持っていたデルタの目、それは宰相閣下から渡されたものだから」

「…は…」

「ああ、やっぱり忘れてたか。今のこの状況も全て向こうには筒抜けだろうね」



 どうやってかわからないけどやはりそういうことらしい。男は顔を伏せ忙しなく視線を彷徨かせる。おそらくどう切り抜けるかを考えているのだ。

 だけどそれをさせないためにか、トーリは続けざまに言葉を重ねた。



「あと、倉庫の中を見たけど随分と物騒な魔石が沢山置いてあったね。確か…、爆破石だったっけ?」

「――さ…っ、さあ、何のことだ? 私はたまたまここに来ただけで、この倉庫に何があるかなど知る由もないが」

「へえ、そうなんだ」



 トーリは再びニコリと微笑む。シィアの目から見てもとても胡散臭そうな笑みだとわかるのに、余裕のないオスカーはトーリの零した納得の声にホッとした息を吐く。

 笑顔のままに「…だから筒抜けだって言ってるんだけど…」と小さく漏らしたトーリの声は男には届かない。



「まあ、それならそれで。それに関してはこれ以上僕が口を出すことじゃあないからね。――ただ、他がどう思うかはわからないけど」

「…他…?」

「ああ。さっき話した狼獣人が仲間に連絡しに行ったから、もうすぐしたらログニアの兵士たちも来るんじゃないかな」

「は…」



 安堵の表情を浮かべていた男の顔色が再び悪くなり、ついでに落ち着きもなくなる。


 最初の余裕や勢いは何処へ行ったのか。何やらブツブツと零し視線を揺らして爪を噛む男。

 グエンダルが言ったようにアヴァロンの襲撃にこの男が噛んでるとするならば沢山ある爆破石とも繋がる。それこそ男の今の態度を見る限りそれは当たりなのだろうとシィアはみる。

 そして、追い詰められた人間が取る行動は二択。諦めるか、そのまた逆か。

 ギッと血走った目をシィアに向けた男――オスカー・ゲートルは後者であった。



「まだお前がいれば何とかなる!」



 そう言いながら勢いよくシィアへと手を伸ばした男。獣人と比べれば遥かに遅い動きに余裕で避ければ、前のめりに転けそうになった男は舌を打つ。



「逃げるな!」



 そんなこと言われたって当然逃げるに決まってる。



「行かないって言ったよ!」

「そうだね。流石に往生際が悪くないかい」



 大きな声を出し後ろへと飛び退ったシィアと男の間にトーリが割って入り言う。その呆れた声に男のこめかみが激しく引き攣れた。


 

「……お前、せっかく見逃してやったのに邪魔ばかりをっ!」

「そう言われても」



 トーリは軽く肩を竦めてみせる。大体見逃してやったなどいつの時点の話だ。今は既にそんな状況ではない。

 そんなふうに思ってしまうのは当たり前で、それを当たり前と思わない男は、トーリの呆れを滲ました態度に激昂した。



「貴様ぁ!!」



 追い詰められて諦めないを選択した者が、再び選択するもののひとつが不当な暴力。

 オスカー・ゲートルは急に胸元に手を入れたかと思うと何かを取り出しバッとこちらへと投げ捨てた。

 二人の足元にバラバラと散らばったのは光沢のない黒い小さな石。



「これは…」



 眉を寄せそう零したトーリに男はニヤリと笑う。



「お前には見覚えがあるだろう? …そうだ倉庫にあった爆破石のくず石だ。まあ、くず石と言っても十分な威力はあるがな。そこの半獣人の細い足ぐらいは吹っ飛ばせるだろう」



 歪んだ笑みを浮かべた男は爆破石と同じ黒く、そして今度は艶のある石を手のひらに乗せてこちらを見た。



「こちらの魔石で起爆出来る。動くなよ、別に足を吹っ飛ばしたいなら動いて構わないが」

「――っ…」



 シィアはぎゅっと体を強張らせる。そんなシィアの緊張がトーリにも伝わったのか、肩越しに振り返ると大丈夫だというように小さく頷いてみせた。



「おいっ、動くなと言ったぞ!」

「わかってる。それでここからどうするつもりだ?」

「ああ、確かシィアとか言ったな。お前だけこちらへと来い」

「……い――、」

「もう嫌だとはもう言うなよ? その足元の爆破石は私の任意で起爆させることが出来るからな。その男の足元だけとかもな」

「!?」



 シィアは慌ててトーリにしがみつく。そうすれば爆破させられないと思ったからで。でも男はそれこそ愉快そうに目を細める。



「別に二人纏めてでも構わないんだが。死ななければそれで」

「――!!」



 愕然とするシィア。どこにも逃げ場がない。そんなの、従わざるを得ないじゃないか。

 それでもトーリから離れられないでいるシィアの頭にポンと手が乗った。見上げると柔らかな薄灰色の目がシィアを包む。途端、焦りや諦めがスッと引いた。

 そしてトーリのその目は再び前を向く。それは同じ色のままだけど同じには見えないもので。

 


「そんな特殊な技術が使えるなら違う道も選べただろうに…」

「…? 何か言ったか?」

「いいや別に」

「ふん…、それでどうする? さっきも言ったが二人共に怪我を負ってもらったって構わないぞ?」

「いや、それは遠慮するよ」

「それならば答えはひとつだな」



 なくしていた余裕を取り戻した男はこちらを見下すように笑う。既に勝利を確信したかのような笑みがムカつくが、こちらに選択肢がないのも事実。

 トーリのおかげで落ち着きはしたが全く手が思いつかないでいると、しがみつく背中から小さなため息が漏れた。



「…わかった。シィアを説得する」

「え!?」



 驚いている間にトーリがくるりと振り向きシィアを見た。



「トーリ!?」

「シィア、聞いて。僕が次に名を呼んだらすぐにアミュレットを起動して後ろへと逃げるんだ」

「えっ、でもっ…」



 抗議の声を言おうとしたシィアを素早く止め、小声の早口でトーリはそう言う。とても真面目な顔だ。



「おい! もう少し大きな声で話せ!」



 後ろから男が言う。おそらくトーリはシィアの耳なら拾えるだろうと小声で言ったのだ。

 トーリは今度は普通の声で話す。



「わかった? それでいいね、言われたことに従って」

「……うん」



 『従って』に渋々頷いたのはトーリの言ったことに対してだ。

 それをどう捉えるかは向こうの勝手。シィアの頷きに満足そうな表情を浮かべた男。



「説得とやらは済んだか。じゃあ、さっさとこっちに来い」



 その声に並んでそちらを見たトーリとシィア。

 トーリから言われたことは、次にシィアの名を呼んだあとからである。だからまだその時ではない。なので仕方なく男の方へと向かおうとすると肩の当たりで引き止めるものが。――トーリの手だ。

 トーリを見上げたシィアはパチリと目を瞬かせ、男は険しく眉を寄せる。



「説得したお前が、何故止める…?」

「ん? …ああ、ホントだね。手が勝手に動いたみたいだ」

「お前…、私を馬鹿にしてるのか?」

「いいや、そんなことはないさ。…けど、…うん、そうか、…それならばしょうがないな」

「おい…、何を言ってる?」



 苛立ちを声に表した男にトーリは困ったように眉を下げた。



「どうやら僕の方が離れ難いと思ってるらしい。――ね、シィア」



 トーリがシィアの名を呼んだ。そして肩にかかっていた手がパッと離れる。

 

 それが合図だ。


 シィアはすぐにアミュレットを発動すると後ろへと駆け出す。

 同時にトーリは足元にあった爆破石のくず石を驚く男の方へといくつか蹴り飛ばし、同様に駆け出す。


 けれどそれはシィアとは逆方向の、輝く魔石をこちらへと掲げたオスカー・ゲートルに向かって。




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