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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
73/73

73.治癒


 爆発音が数回響いた。その音にシィアは一瞬ビクッと身を竦めるが自分の体には何もないと気づくとすぐに後ろを振り返る。

 そこには男とトーリ。トーリは逃げずに男へと向かったのだと知り、シィアはほんの少し眉を寄せた。


 立ち尽くすトーリの前でうずくまり足を抱えてのたうつオスカー。先ほどの爆発音が原因だろうか。けれど、それこそ自業自得と言える。

 そして喚く男から少し離れたところ、シィアに近い場所に艶めく黒い石が転がっているのを見つけた。見覚えのあるそれは起爆剤となる魔石だ。

 シィアは魔石を拾いトーリの元へと向かう。

 男はああなり起爆に必要な魔石はシィアの手にある。ならば安全は確保出来た。


 落ちてるくず石を避けてトーリの横に近寄るとシィアはうずくまる男を見下ろす。



「うぅっ…足がっ! 私の足が…っ!」



 男のズボンは裂け足は血まみれだった。このくらいの怪我では死なないとは思うけど、シィア(自分)に対して言ってた、数々のわけのわからない言葉の意味を聞くまでは死なれては困る。



「ね、トーリ。ログニアの兵士はもうすぐ来るの?」



 兵士の中に治療が出来る人がいるかもしれないとそう尋ねるがトーリは無言で。

 見上げればトーリの顔色は驚くほど悪く。険しく眉を寄せ汗を滴り落としながら、苦痛に耐えるように歪む。



「…ト、トーリ!?」



 驚いて呼びかければぎゅっと細められた目がゆっくりとシィアに降りた。

 どこか焦点の合わない薄灰色の目でシィアを見つめて、何か言おうと開いた口はけれど何も言葉は零されず、代わりに零されたのは短い息のみ。

 そしてトーリの体がガクッと傾いた。



「――!?」



 急いで支えるけど、見た目よりもトーリは重く共に地面へと倒れる。

 その時に気がついた。男が流す血とは違う血の匂いに。

 シィアに怪我はない、ということは答えはひとつだ。

 

 ハッとして体を起こすと「うっ…」と短い声がトーリから零された。



「トーリ! どこか怪我を――…っ!?」



 人間よりも優秀なシィアの鼻はすぐに一番血の匂いが濃く漂う場所を突き止めた。

 とても酷い状態にあるトーリの足。特に右足はブーツと、その中にあった足ごと弾け飛んでいた。とぷとぷと流れる血と赤い肉、それに骨らしきものまで見えて、目を目開いたシィアは息を飲む。



「ト、トーリ、足っ、足が…っ! どうしよう…、どうしよう!? 誰か…、誰か早く呼ばないと!」



 パニックになって慌てるシィアに、途切れ途切れの掠れた声が届く。



「……落…着いて、…シィア…」 

「トーリ!?」



 座り込んだトーリは苦しげな声でシィアに言う。

 やっと聞けたトーリの声にちょっとだけホッとするが、安堵なんて出来る状況ではない。



「トーリ、ログニアの兵士はもう来る? 足、治療出来る人が――、……」



 絶望がシィアの声を途切れさす。

 だって、この怪我はそれ程に酷いものだった。治療なんて無理ではないかと思わせるほどに。

 



「…シィア…、大丈夫…だから…」



 明らかに沈んだ様子のこちらを気づかうトーリにシィアは憤る。

 


「全然っ! …全然大丈夫なんかじゃないよっ」

「…うん、そう見えるかも、しれないけど…、僕は少し変わってるから」

「トーリ!!」



 あくまでもそんなことを言い張るトーリにシィアが声を張り上げると、驚いたことにトーリが立ち上がろうとする。



「――えっ、ちょ…っ、トーリ?」

「…だから、大丈夫だって」



 顔色の悪さは変わらないが先ほどまでとは違い少しハッキリとした声でそう言い、愕然とするシィアが止める間もなくトーリは立ち上がってしまった。

 つられるようにあがっていたシィアの視線がゆっくりとトーリの足元へと落ちる。そしてさらに驚いた。

 


「………え……」



 さっき骨まで見えていた傷。なのに今は周りの肉がムクムクと盛り上がり、血管を繋ぎ肉を再生させ、大きく見開いたシィアの目が一度瞬きをしたあとにはもう、傷など何事もなかったというように跡形もなく消えていた。

 それでも、引きちぎれたブーツはそのままで、あの怪我は本当にあったことを伝えている。


 シィアは目と口を大きく開けて見上げると、こちらを見下ろしていたトーリは静かに眉尻を下げた。



「……トーリ、怪我が…」

「ああ、もう治ったよ」

「治った…?」

「たぶん完全に吹き飛んでいても 治るだろうね」

「…え…」



 トーリが手を差し出す。それはまだ地面に座り込んだままのシィアを起こしてくれるためだろう。けど、よく回らない頭ではその手を見つめることしか出来ず、開かれていた手が徐々に閉じる。


 

「…僕が怖い?」



 聞こえた声は寂しく静かで弾かれたようにシィアは顔をあげた。



「そんなことない! 絶対に!」



 そう言って閉じられた手を両手で掴み勢いよく立ち上がるとガバッとトーリに抱きついた。



「怖いはずなんてないよ!トーリはトーリだもん! ちょっと驚いたけど、怪我がなくなって良かったと思う。でもっ、…でも、怪我するようなことをしたのは、ちょっと怒ってる…」

「え?」

「だってトーリはシィアに逃げるように言ったのに自分は向かって行ったでしょ! ちゃんとどうするか言ってくれればシィアだって…っ」



 シィアだって何か出来たはずだ。そうすればトーリは怪我を負わなかったかもしれない。

 今は治ったとは言え、トーリの苦痛の表情を見たのは確かなのだから痛みはきちんとあるのだ。

 言葉に詰まりぐりぐりとトーリの胸元に頭を押し付けると、大きな手が頭を撫でた。



「…それはごめん。でも見てもらったように僕は傷を負ってもすぐに治るから大丈夫だよ」

「だからって…、痛くないわけじゃないよね?」

「それでもシィアが痛い思いをするよりは、」

「そんなのっ、シィアだって同じことを思うよ!」

「……確かに、そうだね」



 トーリはそれ以上もう何も言い訳はせずに、しがみつくシィアの背に手を回し今度は宥めるようにポンポンと軽く叩く。

 怪我が治っても失った血は戻らないのだろう、少し冷たいトーリの体にさらにぐりぐりと頭を押し付けていると扉の方から呆れた声がする。



「…何してんだシィア? 今さらマーキングか?」

「! グエンダル! …マーキング?」

「いや、何でもねぇ。 それよりログニアの兵士たちが来たぞ、その足元に落ちてるゴミも持って行ってもらうか?」

「ゴミ?」

 


 トーリから離れグエンダルが指差す方を見れば気を失った男。なるほど、静かだったわけだ。

 グエンダルが近づいて来てスンと小さく鼻を鳴らす。



「このゴミとは違う血の匂いがするな。お前、怪我でもしたのか?」



 訝しげに目を細めたグエンダルはトーリにそう尋ねる。多少顔色は悪いが今はいつも通りのトーリで、そして傷ももうない。なのに漂う血の匂いを怪訝に思ったのだろう。



「ああ、少しな。けど問題ない」

「少しって匂いじゃねぇけどな。それにその靴は…。…まあ、シィアに怪我はないようだからいいけどよ」

 


 肩を竦めてみせたトーリにグエンダルもそれ以上詮索することはなく。

 程なくしてやって来たログニアの兵士たちに事情を説明する二人。シィアはさっき拾った魔石をトーリに渡して邪魔にならないように少し後ろに下がった。


 散らばったくず石を兵士が回収しているその側に広がる大きな血溜まり。全部が全部そうではないけれど、半分くらいはトーリのものだ。

 それ程の血が流れた傷がちょっとの間に治るなんてことは普通ではあり得ない。

 シィアは兵士と話すトーリを見る。

 まだ顔色は悪い。元々髪も目も色素の薄いトーリは余計に具合が悪く見える。でもそれは当然で、傷が治ったって流れ出てしまった血はそこにあるのだから絶対に大丈夫だなんてことはないのだ。


 ぎゅっと眉を寄せてシィアは大きく息を吐く。

 きっとトーリは次に同じような状況が来ても同じ行動をするだろう。いやそれよりも、シィアの知らないところでずっとずっとこんな事が起こっていたのかもしれない。

 

( 今度からはちゃんと止めないと )


 トーリの体が普通でなかろうとなんだろうと、トーリはトーリで、シィアの大事な人だということは変わらないのだから。




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