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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
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71.裏切りの代償


 目を開けたシィアがすぐに見たのは心配そうに眉を寄せたトーリの顔。一度あった視線がすぐに逸れたのはシィアの体の状態を確認してるからだ。

 そして次に視界に入ったのは厳しい顔で自分の足元を睨みつけるグエンダル。足元にはあらぬ方向に足を曲げたプロメテが倒れて低いうめき声をあげる。


 グエンダルから感じる激しい怒りの感情。そこから推測できることはさっきまでの会話を聞いていたのかもしれないということ。

 そう思ってトーリの方を窺うと、シィアの視線に気づき難しい顔で緩く首を振った。



「やり過ぎたのだから仕方がないね」

「…聞いてたの?」



 トーリはシィアの首からぶら下がる青い石を摘み「これのおかげだよ」とだけ言った。

 シィアはトーリが掴んだものを見る。それはクロビィスから預かったもの。どうやってかはわからないけど、これが役に立ったというなら全部見越してシィアに預けたということか?

 シィアがムムッと顔をしかめていると、今度は男の方が大きな声で喚きだした。



「…クソっ、目が見えないぞ!どうなってる!? 外のやつらはどうした!? さっさと私を守れ!」



 お腹を押さえよろよろと立ちあがった男は焦点の合わない視線を辺りへと送る。喚いているように目が見えていないようだ。その原因は「閃光弾」だとトーリが言った。さっきの丸い筒、強い光を放つ武器なのだと。



「暫くしたら見えるようになるさ。それと、他の人間は大人しくしてもらった」

「――は、誰だお前は! これはお前のせいか!? 私が貴族だとわかっての狼藉か!」

「誰かは知らないな、いやでも…、見た顔だな。 クロビィスに会いに来てた貴族か…?」

「…っ!? …なんで知っている? お前は誰だっ!? しかも呼び捨てだと…?」



 見えていない目を眇めて声を頼りにトーリの方を窺う男。その背後に、グエンダルが素早く回り込み首の辺りをグッと掴んだ。



「ややこしいから取りあえずお前は黙っとけ」



 程なくして男は足元へと崩れ落ちた。

 

( え、死んじゃった? )


 シィアは驚くも、胸は上下しているので息はあるようだ。トーリが呆れた息を吐く。



「他の奴らと同じように薬で眠らせれば良かったのに。…一応貴族らしいぞ?」

「はっ! 貴族だろうがシィア誘拐の主犯だろ。あのアヴァロンのやつらの襲撃だってこいつが噛んでるに決まってる」

「まあ…、そうかもしれないけど」

「犯罪者にかける情なんてねぇよ。 それと――、ほらよ、シィア」



 グエンダルがポンとシィアに何かを投げた。受けったもの、それは白銀の腕輪。取り上げられていたシィアのアミュレット。



「このプロメテ(裏切り者)が持ってた。シィアのだろ」

「うん…!」



 ちゃんと戻って来たことに喜び、シィアはすぐに腕にはめる。

 なくならなくて良かった。だってトーリがくれたものだから。



「なるほど…。確かにそれはシィアしか使えない仕様だけど、外すことは誰でも出来るね」



 トーリが零した声で、自分しか使えないことを初めて知った。グエンダルが鼻を鳴らす。



「詰めが甘えよ」

「その通りだとしてもお前に言われたくはないな。詰めどころか何の考えもなしに突っ込んで行こうとするような奴にはね」

「別にあのまま行ったってどうとでも出来たんだよ!」

「それはシィアがいなければだろ?」

「ぐ…っ、……ああ、そうだよ!」



 どうやらシィアを優先したために、あの突入だったらしい。毎回思うがいつも自分が足を引っ張っている。

 しゅんと耳をさげたシィアをどう思ったのかグエンダルが慌てた顔で言う。



「いやっ、当然シィアが危なくなるようなことはするつもりなんてないからな! あの裏切り者はぶち殺してやりてぇとは思ったけど」



 さっきも言ってた『裏切り者』というのは、どうもプロメテのことらしいと、憎々しげな目で倒れ伏すプロメテを睨みつけるグエンダルでわかった。でもグエンダルがそうなるのもわかる。トーリが言うようにプロメテはやり過ぎたのだ。


 グエンダルの怒りが空気を震わせるとプロメテの肩がビクリと揺れた。



「――わ、私は悪くない! ちょっと間違っただけじゃない! それより足が痛くて死にそうなの! 助けてよ!」

「………何言ってんだお前」



 呆れているというよりも少し気味の悪い様子でグエンダルが零す。

 ホントに何言ってんだろう。やった本人に助けを求めるなんて。

 当然グエンダルが助けるわけなんてないし、トーリだって眉を寄せて静観している。誰も助けないことに苛立ち、無事な手を床に打ちつけるプロメテ。



「なんでよっ!なんでなのよ! そんな半端な獣人なんてグエンダルが気にかける必要なんてないじゃない!」

「あ? …もしかしてシィアのことを言ってんのか?」

「そうよっ!弱くて力もない役立たずのくせに、グエンダルにもワイズにも気にかけられて!」

「………何だそれ。ただの嫉妬じゃねぇか」

「違う! 私はバインガレエズのことを思って――」

「仲間を犠牲にしてか?」

「――っ…!?」



 グエンダルは静かに首を振る。



「もういい。それ以上喋るな、お前を殺したくなるから」



 そう冷たく凪いだ声で告げたグエンダルは、部屋に落ちていた布でプロメテの顔と手を手早くそれぞれぐるりと巻いた。抵抗するプロメテを意にも介さず。

 


「こいつを外に放ってくる。ついでにワイズにも連絡をつける。そしたらログニアの兵士たちも来るだろ」

「どうやって連絡をつけるんだ?」



 何となく気になって尋ねたのだろうトーリに、グエンダルはそんなことというように眉間をあげる。



「そりゃもちろん遠吠えだろ」

「……」



 遠吠えなんだ…。



 

 グエンダルがまさに首根っこを掴むようにプロメテを引きずって行くのを見送る。もう抵抗しないのは痛みのせいか、諦めたか。



「シィアが気にすることはないからね」

「…気にしてないよ」



 そう言ったけど完全に気にしないとはやはりならない。

 シィアに不満を持ったからといって仲間に危害を与えるのは間違っている。そこはプロメテ自身の問題だ。けれどきっかけがシィアであるのも確か。

 下がりそうになる耳を気合で戻しシィアはトーリを見上げた。


 そういえば、さっき変なことを聞いた。



「あの人、シィアのこと知ってるみたい」

「あの人?」



 まだそこで倒れている男をチラリと見ると、トーリも一度視線をやってから再びシィアを見る。



「何を言われた?」

「十二年前のことを言われたよ。シィアが赤子だったのを見たって。他にも何か変なことも言ってたけど」

「十二年前? …ヴァルベストの人間か…」



 視線を落とし思案げに呟くトーリを眺めていると、その背後で当の男が身動ぎをするのが目に入った。



「トーリ、あの人気が付いたみたい」

「え?」



 トーリが振り向いた時には男はよろめきながらも立ち上がろうとしているところだった。

「…詰めが甘いのはどっちだ」と苦い顔でトーリが零す。



「……っ、なんだ…、何があった…?」



 立ち上がった男は軽く頭を振って視線を巡らせ、見つめるシィアたちに気づくとハッと表情を変えた。

 どうも視力は戻ったようだ。けど、その表情の意味がわからない。困惑と怒りの中に見える、…()()

 


「…お前か、お前がやったのかっ!」

「違うよ、グエンダルだよ」

「グエン…?」

「さっきいたもう一人の、狼獣人だよ」

「…は…」



 シィアがそう答えると男に見えていた期待が一気に萎む。そして今度は怒りが前面に出た。



「は…、ははっ、狼獣人だと? 忌々しい獣が私に手を出しただと!」



 忌々しげに声をあげた男にトーリが静かに口を開く。



「…オスカー・ゲートル」

「――!? ……は…、何故私の名がわかった?」



 水を差された男は一瞬虚を突かれた顔をしたが、すぐに胡乱な視線がトーリを向く。


( オスカー・ゲートル? )


 それが男の名前らしい。

 トーリが何も言わないことに男――オスカは小さく鼻を鳴らす。



「…確かに、見た顔だな。まあ別に答えなくてもいい、私を知っているなら今の状況がわかるだろう? 平民が貴族に対して暴力を奮うとどうなるかも」

「……」



 トーリも貴族なんだけど。と思うけど、トーリが何も言わないのでシィアも黙る。

 二人の沈黙、それを怯えと捉えたのかオスカーは悦に浸りながら意気揚々と続けた。



「ふん…、お前は平民といえどもクロビィス・ディディエとも面識があるようだ。なので大目に見てやってもいいぞ。ただしその子供は連れてゆく」

「――はっ!? シィア行かないよ! トーリといるもの!」



 急にこっちへと振られシィアは大いに慌てた。

 



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