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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
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70.愚行


「おい! 次は右で間違いないな!」

「ああ」

「それともっと速く走れよ、遅いぞ!」

「…ああ」



 獣人の走りについて行けるわけないだろと、心の中で零しながらトーリは無言で先を走るグエンダルを追う。


 シィアの元に向かうのは二人。

 三人に説明したあと、ワイズとグエンダルが飛び出そうとしたのをダレルが首根っこを掴み止め、色々あったがグエンダルだけがトーリと行くことになった。

 その色々の中に暴走しそうになったワイズを獣人全員で止めた、というのもあったが今は割愛する。



「その角を曲がった先だ」



 トーリの声と共に先行するグエンダルが角を曲がる。道行く人々が何事だというように走る二人を見るが今は構えてはいられない。


 グエンダルに続いて曲がった先は海からひいた運河に並ぶ倉庫街。黒毛の狼獣人か険しい顔で振り返り「どこだ!」と目を鋭くさせた。

 トーリは赤い石を目の前に掲げる。



「あの倉庫だ」

「よし!」

「いや、ちょっと待て」

「あ!?」

「お前まさかそのまま突っ込もうとしてないか?」

「当たり前だろ!先手必勝だ!」 



 トーリは「はぁぁ」と大きなため息を吐く。そこは先手必勝じゃあ駄目だろ。



「シィアがどんな状況かわからないのに飛び込むとか馬鹿か?」

「ばっ――!?」

「まず中を確認するのが先だろ」

「……わかったよ」



 不満に鼻を鳴らしながらも頷くグエンダル。とはいえ、向こうにも狼獣人がいるので迂闊に近づくことは出来ない。

 ただ幸いなことにシィアは赤い石の片割れ『デルタの目』を持っている。それならばイケるかもしれない。



「取りあえずもう少し近づこう」



 その提案には不満の声は零されなかった。







 ドサッと硬い床に落とされてシィアの意識が戻る。だけどまだ完全に覚醒したとは言えず、朦朧とした意識のまま薄く目を開けるとプロメテが冷たくシィアを見下ろし。シィアの意識が戻ったことを確認してすぐに視線を前に向けた。



「これで借りは返したから」

「…ああ」



 プロメテの声に返される声があり、ゆるゆるとそちらを向くと男がいる。金髪の知らない男だ。

 どうやら体をロープで縛られているようで、うつ伏せ状態から二人がよく見えるようにゴロリと転がる。その際クロビィスから預かった青い石が服の中から転がり出たことにシィアは気づかない。


 荷物が積みあげられただけの殺風景な部屋に転がったシィアの視界には、視線を鋭くさせたプロメテと、それを無表情で見返す男が映る。

 


「でも、少し割に合わないと思うんだけど?」

「…?」



 さらに重ねたプロメテの言葉に男は怪訝な顔をするが、男から感じるものは言葉に対する疑問よりもプロメテに対しての嫌悪。それが一番ありありと感じ取れる。仲間ではないということなのか?

 プロメテは男のそんな感情を知ってか知らずか、スッと目を細め男を睨むように続けた。



「私ばかりが汚れ役じゃない。今回の件だって船のことだってそう、アンタは楽な場所にいた」

「…何が言いたい?」

「私はもう仲間の元には戻れない。だから先立つものがいる」

「…は、金か」



 男は侮蔑を顔に浮かべる。



「この半獣人を引き離すことが必要だのなんだのと言っていたが、結局はそれか」

「ち――、違う!それは本当に必要だと思ったからで! …まさか、あんなことになるなんて。…皆んなが亡くなるなんて」

「よく言う。私はちゃんと爆発の効果と範囲を説明したぞ。騒ぎを起こして巻き込まれたようにして逃げればいいと言ったはずだ。その上で仲間がいるそこに仕掛けたのはそっちだろう。そして自分だけが逃げた。…ふ…、今さらだな」

「…っそんなことはわかってる!」



 吠えるようにプロメテは言う。けれど今の二人の会話はどういう意味だ?

 動けない体ながらもシィアはぎゅっと拳を握る。


 どういう意味もない、それは船を爆破したのがプロメテであるということ。

 シィアを引き離すためだとそんなことを言っていたが、男が言う言葉を聞けば、仲間の獣人を巻き込む必要ようなんてなかったことになる。

 


「…っプロメテは、馬鹿だ…っ」



 シィアはまだ出にくい声を振り絞る。



「そ…ん、なことで…っ」

「――はあ? そんなことっ!? …そんなことだなんてお前が言うな!」



 プロメテがギッとシィアを見下ろす。久々にもらう酷く怒りに満ちた感情にシィアはビクッと体を揺らした。



「全部…、全部お前のせいだ!…そう、お前が疫病神なんだ! 本当ならさっさと拉致して終わったはずなのに、お前が一人にならないから他に見られることになって…、おかげで私はもうバインガレエズには戻れなくなった! それに十二年前のことだって…っ、それがなければこんな会談なんてなかったし、こんなことにはならなかったのに! …ああそうだっ、全部全部お前のせいだ!!」



 勢いに任せて怒りをぶつけてくるプロメテ。

 無茶苦茶なことを言う。だけどそう言われても、皆んなが説いてくれたように自分のせいだとはもう受け止めない。

 


「自分の、やったことは自分のせいだよ…っ、誰かのせいだなんてないっ!」

「――っ! …この…っ、疫病神の分際でっ!!」



 プロメテの足が大きく振り上げられた。シィアを蹴るつもりなのだと、今度こそアミュレットを発動しようとした――が、腕にその存在がなくなってることに気づく。



「は…ははっ、馬鹿じゃない? アミュレットなんて気を失ってる間にとっくに外したに決まってるじゃない」



 表情を強張らせたシィアに気づいたプロメテが口の端を吊り上げながら言う。肉食獣人らしい嗜虐に満ちた笑みだ。

 そのまま足が振り下ろされようとしたその時に、



「ちょっと待て!」



 ――と、止めたのはもう一人の男の方。

 プロメテの足がシィアの顔の横にダン!と落ちる。



「…っなんで止める!? 殺さなければいいんでしょ!」

「今、十二年前と言ったか?」

「は? …そう、だけど?」

「それはわが国とバインガレエズ(お前たち)が決別した時のことを言っているのか?」

「だからそう言ったでしょ!」

「それがこの半獣人とどう関係するんだ?」

「は…?」



 やたら前のめりにくる男にプロメテは若干身を引く。



「そ、それは、…こいつの父親が領館襲撃の犯人だからっ」

「犯人…」

「ええ、そうよ!」

「…は…」



 軽く息を零した男はゆっくりとシィアを見下ろす。



「は、はは…、なんて偶然だ。父親(あの男)が逃した青い鳥が、…いや、砂色の狼が手に入るとはな。しかし…、()()()()()であることが少しばかり気にかかるな」

「…アンタ、何言って…」

「狼獣人の女よ、いいだろう金は出そう」

「そ…それなら、こちらは別に何も…」



 男の急な態度の変化に戸惑いながらも、要らぬことを言って撤回されても困るとプロメテは一歩後ろへと下がる。それは男がシィアの方へと身の乗り出したからでもあり。シィアを見下ろす男の陰った青い目に暗い光が点る。



「お前は母親をおぼえているか?」



 

 シィアはぎゅっと口を噤む。答える必要は全くない。けれど、男のよくわからない迫力に押され、でも負けじと男を睨みつけながら渋々口を開く。

 


「……知らない…」

「ふん…、まぁそうだろうな。あの時のお前はまだ一人で立つことも出来ない赤子だった」

「…? シィアを知っているの?」



 それには答えぬまま男は矢継ぎ早に質問を繰り出す。



「お前は何か不思議な力があるのか?」

「え?」

「そんな力を感じたことは?」

「力…?」

「自分の中で欲望に答える何かがないか?」



 一体何を言っているのか? シィアの眉がぐっと寄る。

 そんな質問をする男の顔には歪な笑みが張り付き、そこに付随する感情はとてもドロドロとしたものでシィアには理解し難いもの。

 思わず男から遠ざかろうと体を引くと青い石だけが取り残された。男の視線がシィアからその青く煌めく石にずれ、その目が徐々に見開かれる。



「……は…? …まさか、デルタの目だと…!」



 男がそんな声を零したと同時に部屋に何かが放り込まれた。

 カンッと床で弾けたそれは手のひらくらいの丸い筒。


 男もプロメテも、そしてシィアも。全員共にそれに視線を取られた。

 

 あまりにも突然だったし、そもそもこれは何処から来た? 部屋の扉はどこも開いてはいない。


 皆んなが怪訝に眉をひそめた中、シィアの耳が声を捉えた。



「いいと言うまで、目を瞑って」



 気配もないところに響いた、誰とは知らない声。男とプロメテはぎょっとしたように辺りを見回すが、シィアだけは迷うことなくその声に従った。だって間違えるはずがないから。


 目を瞑り真っ暗になった視界。目蓋の裏がチカッと僅かに明るくなり、そのあとすぐ圧倒的に強い気配が扉を破壊する大きな音がした。そして続く、男とプロメテ 二人の悲鳴。



「うわっ! 何だ!? …クソっ!」

「ひっ! いやっ、――ひぎっ! いやぁぁあ、痛い痛いいたぃぃい!」



 見えていないけれど一瞬の制圧だったと思う。激しい物音が止んだあとにベキッともバキッともいえない音がして、プロメテの絶叫だけが響く。

 その中、シィアの側で小さなため息が落ちた。

 


「…グエンダル、それ以上は止せ」

「あ? 止めんなよ! こいつはそれだけのことをした!」

「まあシィアに見られていいなら、別に勝手にすればいいけど」

「……」



 不満の感情を抱えたまま黙るグエンダル。そしてシィアのロープが解かれると、「もう目を開けていいよ」と始めに聞いたのと同じトーリの声がした。




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