67.対戦
「…ふむ、やはり一対一では相手にはならないね」
と、顎に手を当て話すのはクロビィス。視線は現在手合わせをしている二人を見ている。その隣で手すりにしがみつくように広場を見ていたシィアは、クロビィスの当然だという口調を聞き取りそちらを向いた。
「ん? どうかしたかい?」
「え、…あ、うんん、なんでもない」
気づいたクロビィスがシィアに問う。けれどそれに首を振ってトーリの横へと慌てて戻った。
言うように、手合わせといっても獣人側が向こうに合わせてあげている状態である。
そしてトーリの兄であるのならばクロビィスは貴族だ。それにとても偉い人だとも聞いている。そんな人物が獣人の強さを肯定したことが意外だった。
だってこのテラスにいる他の人々、おそらく貴族だろう人たちは皆一様に眉をひそめ、ヒソヒソとバインガレエズの悪口を言っているからだ。
「野蛮だ」「暴力的だ」「洗練されていない」などなど。 ホント、何しにここに来たんだろう?
それはもちろんクロビィスに取り入るためで。でも既に初手で失敗した彼らは、シィアたちから少し離れた席でこちらにチラチラと視線を送り悶々としている。
眉を寄せて席に座ったシィアを見てトーリが笑う。
「シィア、クロビィスをそこらの普通の人間と同じに思わない方がいい」
「え…っ、…普通の人間じゃない、ってこと…?」
「ん? いや、あー…、そうかも」
「ええっ!?」
トーリとそんなことを話しているとクロビィスから苦笑混じりの抗議の声が入った。
「…おいおい、酷い言いようだね」
「あながち間違いでないのでは?」
「どこがだい? 私はいたって普通だよ。宰相なんて立場にはいるが、妻も子もいる普通の家庭を持つ普通の男だ。…ただちょっと長男には嫌われてしまったようだけどね」
クロビィスは最後に苦い顔をする。
そのクロビィスの長男というのはバティスト。そしてシィアの視界の隅には黒い軍服のバティストが映り込み、何故かその前にはグエンダルが立っている。
「トーリ、グエンダルとバティストがいるよ」
「え? …ああ、本当だね。何してるんだ?」
「えっとね、『弱くてつまらねぇからあんたが相手をしろよ』だって」
シィアの耳なら二人の会話がきちんと聞こえるので伝えてあげると、トーリは何とも言えない顔でクロビィスを見た。
ログニアの兵士を弱いと言ったからか、バティストを案じてか。
けれどクロビィスは別に動じることもなく、面白そうに目を細めた。
「ほう…、バインガレエズの次期頭目と呼ばれる彼がバティストを認めるのか。それは楽しみだね」
「心配ではないと?」
「心配? 今後に支障のある怪我をしないようにとは思うけど、向こうもそこは心得ているだろう?」
いるのだろうか? なんせグエンダルだ。
でもそんなグエンダルが戦いたいと言うくらいだからバティストはそこそこ強いということなのか。
シィアもどうするのかと展開を見守るが、二人はまだ話していて一向に先に進まない。
「中々始まらないな」
「バティストが断ってるみたい。『そんな余興に付き合う必要はないし、そもそも趣旨が違うだろう』って」
「…は、何というかまぁ」
呆れたように零したクロビィスが急に立ち上がり、何か感じるものがあったのか「クロビィス、ちょっと待って」とトーリが止める。だけどクロビィスはチラリと視線をやっただけで止まることなく、手すりの側にスッと立った。
そしてよく通る声が会場に響く。
「バティスト・ボードリー! せっかくの交流の場で水を差すのはどうだろうか。 私は貴殿とグエンダル殿の戦いを見たいと思っているよ。
――皆はどうだろうか?」
にこやかな笑みをたたえたえたクロビィスは、最後に会場にいる兵士たちに向けてそう振る。兵士たちは突然の宰相からの言葉に戸惑ったような顔をするが、誰か一人が賛同の声を零すと、残りの兵士たちもそれに倣い辺りからも声があがった。
シィアの耳にはバティストの舌打ちが聞こえた。後ろからはトーリのため息も。
どうやらこの一戦は避けられないものとなったようだ。
訓練という名目からは完全に趣旨が変わり、眉間のシワをさらに刻んだバティストとグエンダルが向き合う。
「…大丈夫かな」
グエンダルは素手でバティストは長い棒のような武器を持ってるとはいえ人間だ。獣人の身体能力は人間より遥かに高い。なのでシィアとしてはどうしたってバティストを気にかけてしまう。
「まあ、何とかなるさ。勝負だけで言えばグエンダルが勝つのは当然だけど、これはそうじゃなくて、バティストがどこまでくらいつけるかなんだよ。一矢報いれればバティストの勝ちだ」
「んん?」
「要するに面子の問題だ」
「うーん…」
「その通り。ログニアの威信にかけてもバティストには頑張ってもらわねばな」
トーリの言葉を継いでバティストが同意の声を零す。つまり負けっぱなしはちょっと不味いってことか。でもその割にはクロビィスの顔に真剣味はひとつもないけれど。なんなら口の端が緩くあがっている。
そんな国の威信(?)を押し付けられたバティストはそれを知ってか知らずか、眉間のシワは深いままだが気負ってるふうには見えない。
この立会人はワイズがやるようで、金の目が向かい合う二人に注がれ、ゆっくりと手が上がり――、そして下がった。
グエンダルの性格だったら一気に攻め込むと思ったけどそうではなく。二人して間合いを測るかのようにじりじりと距離を詰める。
でもやはり仕掛けたのはグエンダルの方だ。
一瞬縮んだように見えた黒い体が弾かれたように飛ぶ。駆けるというよりまさに飛ぶ。
瞬く間に距離を詰めたグエンダルだったが、バティストはきちんとそれに反応し、後ろに下がりながら棒の間合いを見極め振り上げる。
「おっと――」
今度はグエンダルが下がる。バティストは一歩踏み込み、離れた距離に合わせて今度は棒を突き出した。狙ったのは足元。グエンダルの歩みごとに突き出す。
カッカッカッ! と、床が鳴った。
躱すグエンダル。はたから見ればまるでステップを踏んでいるようだ。なんせグエンダルの顔はとても楽しそうだし。
突く、躱すの攻防戦。
「おいっ、楽しいな!」
「……」
「何だよ、無視かよ」
バティストはすごくしかめっ面だけど、グエンダルはどう見ても楽しんでいる。
トーリの呆れたため息がシィアの頭の上から降る。
「…これだから脳筋は…」
「でも、バティストも凄いよ」
「ああ、そうだね」
「いやいや、あれはだいぶん手加減してもらってるだろう」
クロビィスがそう口を挟むが、その声は僅かに弾んでいるように聞こえて。それはトーリも感じ取ったらしく、見上げたシィアと目を合わせてちょっと笑った。
決定的な一撃はどちらも決まらぬまま、膠着状態に飽きたグエンダルが再び仕掛けた。攻撃のスピードを上げたのだ。
「――く…っ」
バティストが初めて表情を歪める。それでもまだグエンダルが繰り出す蹴りや突きを躱し捌き、攻撃の手をも挟む。
だけど残念ながらそれは僅かにタイミングがズレたもので。甘い下からの払い上げをグエンダルが止めた。
パシィッ! と音をたてグエンダルの手に掴まった棒――バティストが持つ武器。
「終わりだな」
「…勝手に始めて勝手に終わらすな」
「だけどもうお前の武器は押さえたぞ?」
「本当に押さえられていればな」
「…?」
グエンダルとバティストの会話の声は大きくはない。それに兵士たちの声も被っていて聞きづらくはあるがシィアには十分に聞こえた。
だから怪訝な顔をするグエンダルと同じにシィアも首を傾げる。
グエンダルに握られた棒。強引に引き抜こうにも純粋な力で言えばバティストがグエンダルに勝るとは思えない。
だけど確かにバティストの目はまだ諦めてはいない。
そしてバティストが動いた。
素早く後ろへと足を運ぶ。当然棒は掴まれたままなので体だけが下がると思われたが、棒はバティストと共に下がった。まるで伸びたように。
「…は…?」
そこからは一瞬だった。グエンダルの手のすぐ上で棒が折れた。いや、折れたわけではなくて繋がってはいる。そしてもう一度バティストの手元でも同じことが起こり、一本だった棒が三連になり、そのうちの二連がグエンダルを襲った。
「…チッ!」と、グエンダルが舌打ちをする。
バティストが仕掛けたのは手が塞がっている側面から。なので今や意味をなくした棒を手放し、新たに迫る二連に分かれた棒の攻撃を見極め、避けようとした――、
「――っ!」
それは獣人だからこその野生の勘。
グエンダルは咄嗟に体を捻り後方に一回転をして顔をあげる。
視線の先でほんの少し口元をあげたバティストが言う。
「…残念、掠っただけか」
グエンダルの鼻から血が垂れた。言われたように避けきれずに掠ったようだ。
三連のうちの一方、グエンダルが手放した側が奇襲した。どこまでが読んでの攻撃だったのか。
今は普通の一本の棒へと戻った武器。でもそれを卑怯だとは思わない。
鼻血を拭ったグエンダルはニッと牙を見せて笑う。
「ハハッ! 楽しいじゃねぇか! そうこなくっちゃ! それで、他にも何か仕込んでるのか?」
「…教えると思うか?」
「わけないな。でもわからない方が楽しいから問題ない。 じゃあ続きをし――」
不自然に言葉を切ったグエンダルが、耳を揺らし鼻先を微かにあげた。それは近くにいたワイズも同じく。
そして二人して同じ方向を向くとすぐに、大きな爆発音が会場に響いた。




