66.交流訓練
兵士との交流訓練の日はバインガレエズの全員が会場へと向かうことになり、シィアとトーリもそれに同行することになった。
やっと外に出れた、といっても向かう場所はまた別の屋敷で、クロビィスとトーリが会っていた領館。その裏から続く道の先にはいくつか別館があり、平らに舗装された広場を囲んでいる。
「あ、バティストがいるよ」
兵士たちがひしめく広場にて、部下に何やら指示を出している黒っぽい男を目敏く見つけてシィアが言う。
「ん? ああ、ホントだね」
「グエンダルたちの相手の兵士ってバティストたちなの?」
「いや、それはないと思うよ。バティストがいるのはちょっと特殊なところだから」
「そうなんだ」
バインガレエズの面々たちは今、ログニア側の人たちとの打ち合わせでいない。なのでトーリと二人で会場を歩いていたのだけど。声をかける前に視線をあげたバティストがこちらに気づき、部下にひと言告げるとこちらへとやって来た。
「見学か? …趣味が悪い」
「趣味が悪いって…。 別に、見学ってわけではなくて」
「ああ、わかってる」
バティストは常時寄っている眉間のシワを少しだけ解し、チラリとシィアを確認するように見て小さく頷く。バティストもシィアが襲われたくだりは聞き及んでるようだ。
「それと船のことも聞いた。バインガレエズの数名が犠牲になったそうだな」
バティストの声に「ああ…」とトーリは頷く。
それは一昨日の船の爆破の件だ。
仲間が乗っていたとはグエンダルから聞いていたけど、やはり巻き込まれてしまったのか。
でもその話はシィアを外しての会話であったはずのもの。そのせいかどうか、トーリは「そういえば――」と話を変えた。
「バティストはどうしてここに? 今回の訓練には君のところは関係ないだろう」
「確かに関係はない。が、前に言ったのと同じだ」
「ああ、また借り出されたのか。でもここにいるのは兵士ばかりだろ、人数は足りてるだろうに」
「まあそうだろうな。…あの人が見学したいなどと言い出さなければな」
「あの人?」
さらに眉を寄せたバティストにトーリが問いかけるが、その答えが返る前に会場に大きな声が響いた。
「兵士たちよ!整列! ――こちらに注目!」
掛け声にバラバラに散っていた兵士たちが素早く整列し、声をあげた兵士の方を注目する。その背後、一番大きな建物の扉が開きバインガレエズの面々が出て来た。会場の兵士から小さなざわめきが起こる。
「…デカいな」
「俺対戦メンバーから外れて良かったかも…」
「顔、こわっ…!」
その「顔こわ」はシィアを見つけたグエンダルと獅子獣人のディミオンがニカッと笑ったからだ。なのでちょっと申し訳ない。
再び注目の声があがりざわめきが静かになると今度は一人の男が扉から出て来た。周りには屈強な護衛の兵士を従えている。きっと偉い人なのだろう。
「…なるほどな」
と、その出て来た男を見てトーリが苦い顔で零す。
「トーリの知ってる人?」
「ん、ああ、あの人が宰相だよ。クロビィス・ディディエ。僕の兄だね」
「え!」
兵士たちに向かい笑みを浮かべ手をあげる男――クロビィスを、シィアは驚きの顔で見る。
クロビィスとトーリは血が繋がってないのだから二人が似てないのは当たり前もしても。
( …似てない… )
横にいる眉間のシワが常時な男と、兵士たちの前に立つ柔らかな笑顔がとても自然な男。二人は正真正銘な父子だと聞いたけど、どう見ても似てない。ただ目の色だけは同じだ。
クロビィスとバティストに視線を彷徨わせていると、気づいたバティストがぐっと眉を寄せて。シィアは慌てて視線を前に戻す。
その一部始終を見ていたトーリはシィアの考えていることがわかったのだろう笑って言う。
「昔はね、似ていたんだよ。途中から二人とも違う方向に変わっちゃって」
「…おい」
「本当のことだろう。――あ、始まるみたいだよ。シィア、ここは危ないから向こうに行こう」
じゃあね。と、まだ何か言いたげだったバティストに軽く手をあげてトーリはシィアを促した。
向かったのはワイズとダレルがいる方。二人は参加せずに、他の獣人たちが暴走しないよう監視役をするそうだ。
暴走って…と思うが、興奮が高まると闘争心が抑えられなくなるらしい。トーリが「さすが脳筋」と呆れていた。
ワイズの鋭い目がやって来たシィアを捉えて緩む。
「シィア、見学するなら後ろに観覧席があるからそこに行けばいい」
「ワイズは?」
「私とダレルはすぐに動かないといけないからここにいる」
「そうなんだ」
どうしようとトーリを見上げると、別のところからも誘う声がかかった。
「それに後ろの席にはお菓子と飲み物もあるよ」
「え?」
振り向いたらそこには笑顔のクロビィスがいて、ビクッと背を伸ばしたシィア。その背をトーリがなだめるように軽く叩き、静かなため息を吐く。
「ワイズのとは違って貴方が言う席は貴族たちのものでしょう。僕らのような者がいける場所じゃないですよ」
「でも君は私の弟だし、君はその子の保護者なのだろ? なら問題ない」
「問題だけしかないですけど…」
「私が問題ないと言うのに?」
余裕の笑顔のクロビィスとは違いトーリは渋面である。そしてクロビィスの視線がシィアに降りた。
「始めましてシィア。ところで君は美味しいお菓子が好きかい?」
「えっ、あの…、その…」
唐突な質問だが聞かれたのは美味しいお菓子が好きかと言うこと。ならば答えは簡単だ。
「えっと…、お菓子は好き。美味しいのならもちろん好き」
「じゃあ決まりだね、こちらにおいで」
「え?」
笑顔でシィアを手招くクロビィスに、さっきとは違いトーリは大きなため息を吐き、横にいたワイズとダレルは呆れた顔をする。
「食べ物でシィアを懐柔しないで下さい」
「懐柔だなんて。酷いな、人の純粋な好意を湾曲してもらっては困る」
「純粋な好意ね…。それだけで宰相わざわざが動くとは思えないですけど」
「はは、私だってそういう心境の時もあるさ。――さ、シィア、おいで」
シィアはトーリとクロビィスとの間で視線を行き来させる。確かにクロビィスから感じられるのは好意だといってもおかしくないものだ。それに何と言っても『トーリの兄』という男の肩書がシィアの躊躇いをなくす。
シィアがクロビィスの方に一歩踏み出すと、トーリとワイズから驚いたように息を飲む気配がした。それをダレルが笑って吹き飛ばす。
「そりゃあ見てるだけより、食べるもんがあった方がいいわな」
「うん」
「だな。 ほら、ワイズ、始まるぞ。気を取られずに前を向け」
「……ああ、わかった」
ダレルに言われワイズは渋々と、本当に渋々と、シィアから視線を外して兵士が集まる広場へと顔を向けた。
「ふむ、これは確かにバナシア殿のアキレス腱だな」
あんな表情は見たことない、と面白そうに顎を撫でるクロビィス。その声は当然ワイズには聞こえただろうけど、ピクリと耳を揺らしただけで振り返ることはしなかった。
「…ふふ、まあいいか。さあ二人とも、取りあえず席に案内しよう」
二人というのはもちろんシィアとトーリのこと。そのトーリも同じように渋々とした顔をしながらもシィアと共にクロビィスのあとに従った。
そうして向かった先はクロビィスたちが出て来た建物の二階。広場を見下ろすようにテラス席が広がる。大きな日よけも設置された席には華やかな服を来た女性たちとパリッとした服の男性たちがいて。部屋へと入って来たクロビィスに目を止めると、皆一様に媚びるような笑みを浮かべて近づいて来た。
「御機嫌よう、宰相様」
「宰相様! どうぞどうぞ、私たちの席へ」
「いやいや、私たちのところ…――ん?」
集まった人々がクロビィスの後ろにいるシィアとトーリに気づき、途端一斉に怪訝な顔をする。
「おい君たち…、来る場所を間違ってはいないかい」
「嫌だわ、早く出て行ってくれないかしら…」
「しかしどうやって入って来たんだ? 扉の前には警備の兵士がいただろう」
その警備の兵士が入れてくれたのだけど? 正確にはクロビィスの許可を得て。
それにだ。こんなにクロビィスの近くにいて、その本人が気づかないとでも?
シィアたちに不快の表情を見せる人々を呆れた表情で見ていると、同じく呆れのため息が落ちた。
「…全く、ほら見ろ、お前が社交を一切しなかったからだぞ」
「だって意味がないでしょう」
「意味はあるだろう。こんな馬鹿げたやり取りをせずに済む」
「貴方が僕らを呼ばなければ済んだことです」
「……なるほど、それは言える」
「…あの、宰相様…?」
自分たちが部屋から排除しようとしている人物――男の方と、クロビィスの気安い掛け合いに一人が怪訝に声をかける。
クロビィスはこの国の宰相で重要な人物で。なのにこの白髪の男の軽い態度。
そこで早くその違和感に気づけば良かっただろうけどそうはならず。クロビィスがそれはそれは素晴らしい笑顔を彼らに向けた。
「紹介が遅れたな。彼はトーリ・ディディエ、私の弟だ」
「――はっ!? 」
「………あ…」
驚愕の表情から絶望の表情に変わる人たち。
その後は推して知るべしである。




