65.点と点
調べたいことがあると言ってトーリが向かったのは図書館。国の公的文書や公文書は一番奥まった棚にあり人影は皆無だ。閲覧には身元を証明するものが必要で印章指輪を提示して数冊を持ち席につく。
指輪を使ったことでクロビィスにまた連絡がいくだろう。それにこちらが何を閲覧したのかも。でも別に構わないし、どちらかと言えばこの行動はクロビィスに促されたようなものだ。
言われたように、文書にもきちんと記載されていた。七年前に確かにヴァルベスト領は没落している。その時の領主はオスカー・ゲートル。そして肝心の十二年前は父親が領主であったようだ。だがそれも、その年には亡くなっている。襲撃があった時ではなくそれから暫くしてだ。
「……病死?」
元領主の死因をトーリは口元に手を当てたまま怪訝に呟く。
襲撃を受けた時に領主自身はかすり傷程度しか負っていない。その怪我が原因というには難しい気がするが。
病死としか書いていない文書に視線を落としトーリは眉を寄せる。
領主の死であるのだから本来はもう少し詳しく記載するべきところを、ただひと言のみの簡単な記載。何かを隠すためか、それ以上書けないからか。
恐らく、他殺だろう。動機があった上で殺された。
穿ち過ぎかと思えど、昨日シィアから聞いた話と合わせれば、そんなこともないのではとも思う。
シィアは言った、父親、ユージーンが領館を襲った犯人なのだと。
「ワイズが教えてくれた。シィアとシィアの、…お母さんを助けるためにやったんだって。悪いことだけど、シィアはユージーンを嫌わないでくれって…」
「…それはワイズが?」
「うん…。でもワイズは違うって言ったけど、やっぱりシィアのせいだよね」
ペタンと耳を倒したシィア。自分と母親を取り戻すために父親が起こした所業。記憶もない上に顔も見たことない、ただ父親という名だけの男が起こしたことなど、知らないと言い切ることだって出来る。でもこの優しくて弱い、小さな獣人の少女には出来ない。
トーリは倒れた耳と耳の間にポンと手を置いた。
「誰だって知らない間に勝手に起こってた事にまで責任は取れないさ。取れるのはその当事に関わっていて、そうと分かって動いた者たちだけだよ。赤子だったシィアに何が出来る」
「……」
「…そう、出来やしないよ。それに、ユージーンが起こしたことは悪い事だったとしても、シィアを思ってしたことには違いない。でもそれをもってしてもシィアのせいではないんだよ」
「…なんで?」
「親が子を助けようと思うのは当然のことだからだよ。シィアもおとうさんとおかあさんが色々と助けてくれただろ?」
トーリが言ったのは育ての親の二人だ。シィアもそれは伝わって、何かを思い出すように黙り込んだ。そのシィアの表情は柔らかい。きっと良い思い出でなのだろう。
くしゃりとシィアの髪を乱してから手を離す。
シィアには当然だと話したが、本当は全部が全部そうだとは思っていない。
子供を愛さない親がいることも事実。
似てると言ったけど彼女とシィアはそこが大きく違う。
話の限りではシィアは生みの親にも、育ての親にも愛されていたのだろう。
だけど僕らは――、
脱線した思考を取り戻すように緩く頭を振り、トーリは開いていた本を閉じた。
一応知りたいことは知れたし、それ以上のことはどうせ書かれてはいない。
当たり前だが問題になるようなことなど誰もが見れる場所に残すはずがないのだ。
机に広げていた本を纏めると全て返却し図書館を出る。太陽は天辺からはだいぶんと傾いていて、思ったより時間がかかっていたことに気づく。
( 早く戻らないと )
耳を倒し尻尾を垂らし、しょんぼりと俯いた少女の姿が浮かびトーリの足は自然と速まる。
( 何かお土産でも買って帰ろう )
*
「おいっ、ちょっと待て、グエンダル! お前、目が本気だぞ!」
「うるせぇ、逃げんな!」
「馬っ鹿やろう!逃げるに決まってんだろ!」
「おーい、お二人さんよ。趣旨が変わってるぞー」
「結局、いつも通りだな」
グエンダルと獅子獣人の本気の追いかけっこを他の獣人たちと眺めていたシィア。だけど急にくるっと振り返る。
それは大切な人の気配を感じ取ったから。
「トーリ!」
その通りに、建物の方から出て来たトーリを見つけてシィアは笑顔全開で駆け寄る。
「おかえり!トーリ」
「あ、…うん…、ただいま」
笑顔のシィアとは違いトーリは何故か複雑そうな顔で「…元気そうだね」と零す。別にシィアは怪我も病気もしてないけど?
首を傾げるシィアにトーリは緩く首を振って、いつもの表情に戻って言う。
「パロモが出てたから買ってきたよ」
「パロモが!」
「あとで一緒に食べよう」
「うん!」
パロモはシィアの親指の爪くらいの大きさの、紫色の粒が連なり房になった果物だ。紫色の皮の中は綺麗な黄緑色をしていて、みずみずしくて甘い。前に食べた時にシィアが美味しいと言っていたのを覚えてくれていたのだろう。
それが嬉しくて再び満面の笑みとなったシィアにトーリも小さく笑みを浮かべて、そのまま視線がシィアの背後に流れた。
「ところで、あれは何をしてるんだい?」
「え?」
トーリの呆れたような声に後ろを振り返ると、逃げる側と追いかける側が逆になっている。しかも全員がグエンダルを追う側だ。いつの間に。
「あー、えっとね、最初はシィアとディミオン…獅子の獣人が手合わせしてたんだけど」
「え? 手合わせって…」
驚くトーリにどうしてそうなったかの経緯を説明したあと続けた。
「それでディミオンが勢い余って、シィアが吹っ飛んだの」
「ええ?」
「でも大丈夫だよ、ちゃんと受け身を取ったから。でもそのあとにグエンダルが参戦してきて…、何でかこうなってる?」
指を差し示してシィアは首を傾げる。
グエンダルの参戦は始めに話していたことからだろうけど、逆に追われている意味はよくわからない。
「テメェら、いい加減にしろよ!」
グエンダルが急に吠えて、すぐ後ろを追っていた豹柄の獣人を捕まえるとブンと投げ飛ばす。――と、そこからは乱戦だ。殴るわ、蹴るわ。だけど皆んな楽しそうに笑っていて。
「…脳筋だな…」
呆れた声で零すトーリに、そこはシィアも同意する。
「おい、お前たち! じゃれ合いはそこまでだ!」
そんな獣人たちに向かって大きな声をかけたのはダレルだ。横にワイズもいる。戻って来たようだ。
にしても。
( じゃれ合いなんだぁ… )
シィアは遠い目をする。どう見てもじゃれ合いとは言い難い感じであったけど。
獣人たちはダレルの呼びかけで一室に集まる様子だった。なのでパロモを食べようと、トーリと一緒に部屋へ戻ろうとしたら呼び止められる。
「トーリ、あんたもちょっと来てくれ」
当然それはトーリだけに向けられたものと分かり、シィアの耳がへにゃりと下がる。
「すまないなシィア、そんなに長くは掛からないはずだ」
ダレルの申し訳なさそうな声に、トーリも声を重ねた。
「シィア、部屋に戻って先に食べていいから」
「うんん、トーリが戻ってからでいい」
「そう? じゃあすぐ戻るよ」
トーリはシィアの頭を軽く撫でダレルと共に扉の向こうへ消えた。
扉の中と外の違いは、おそらく大人か子供かだ。でもそれは事実なので仕方ない。
トボトボと部屋に戻り、机の上に置いてあるツヤツヤとした紫色の粒を眺めてシィアは小さなため息を吐く。
幾つになれば大人と認められるのだろうか。
一人で何もかも出来るようになったら自分もさっきの部屋の中に入れるのだろうか。
でも…。
そうなると、きっとシィアはトーリの庇護下にはいられない。
( ……嫌だな )
そんなことを思ってしまう時点で、大人にはまだまだほど遠いのだ。




