62.真実
玄関ホールから上の階に移動したシィアたち。
「積もる話もあるだろう。この階には誰も上がらねぇようにしとく」
一番最後尾にいたダレルがそう口にして、シィアと一緒に部屋へと入ろうとしたグエンダルの首根っこを掴み廊下を戻って行った。
「シィア、こっちに」
部屋に入ったシィアはワイズに促されて席につく。
聞きたいことはひとつだ。
対面の席にワイズが座ると同時に早速尋ねた。
「ユージーンのせいなの?」
その性急な問いにワイズはひとつ瞬き、表情をほんの少し苦くして答える。
「……違うとは言えない。だがきっかけは向こうだ」
「向こうって…、ログニア?」
「ログニアの、ある貴族だ」
「貴族…」
またかと思う。貴族という存在がさらに悪い印象になった。ただトーリも貴族なので全てがそうだとは思わないけど。
シィアは逸れた意識を元へと戻す。
「じゃあその貴族が何かをしてユージーンが怒ったってこと?」
「まあ簡単に言えばそういうことになる」
肯定したワイズにシィアはさらに質問を重ねた。
「その貴族は何をしたの?」
「……」
それには眉を寄せて黙り込んだワイズ。言いあぐねている様子が見える。だけどシィアがジッと見つめていると小さな息を零して口を開いた。
「詳しいことは今さらなので省くが、あの貴族はユージーンの大切なものを奪った」
「大切なもの?」
「ああ、お前とその母親だ」
「え…?」
「私も全部を把握してるわけではない。けれどお前たちを取り戻すために行った結果がそれだ。…だからと言って正当化されるわけではないがな」
「……」
今度はシィアが黙り込む番だ。
記憶にない父親がシィアを助けるためにやったこと。そしてその前に聞いた話と合わせれば。
「ユージーンは…、シィアを助けたせいで死んじゃったの?」
「違うぞシィア、お前のせいではないし、死んだわけでもない」
「でも行方不明なんだよね」
「ああそうだ、不明なだけだ。だから生きてると私は思っている」
「うん…」
力なく頷いたシィアにワイズは続けた。
「それにさっきも言ったが本当にお前のせいではない。ユージーンがした行為はユージーンが自ら決断して行ったことだ。ならばその結果を背負うのも本人自身、誰かのせいにはならない。だからお前が最初に言ったようにユージーンのせいと言えばその通りだろう。――けど」
一度言葉を切ったワイズは視線を膝の上で組んでいた手元へと落とす。
「ユージーンの娘であるお前だけは、あいつに対して非難の目を持たないでくれ。…ユージーンは本当にお前たちを大切に思っていたから」
再び視線をあげたワイズの顔には懇願が浮かんでいる。
誰よりも強いだろう狼獣人の、全く似合わないその表情にシィアは慌てた。
「べっ、別にシィアはユージーンかどうだこうだとは思ってないよっ」
「…そうか」
「うん、ただ話を聞きたかっただけだから。噂だとかそういうのではなくて自分でちゃんと見て聞いて考えないと、って…」
「誰かに、そう言われたのか?」
「トーリだよ」
「ああ…、…なるほどな」
何がなるほどなのかはわからないけどワイズは軽く片頬をあげた。
慌てるシィアを落ち着かせるための笑顔なのだろう。でもだ――。…うん、狼獣人はみんな笑顔が怖いのかもしれない。
見慣れてるシィアは別段怖がることもせずに話の続きをする。
「今もその貴族はログニアにいるの?」
「いや、その後すぐに死んだ」
「…そうなんだ」
「ああ。息子がその後を継いだようだがそれも数年前に没落して家門はバラバラになったらしい。因果応報という言葉はあまり好きではないが、まあそういうことだな」
「因果応報?」
「悪い行いは自ずと返ってくるってことだ」
「悪い行い…」
どこまでが悪い行いとなるのか。だけどシィアだって絶対に悪いことをしてないと言い切れる自信はない。
顔色を悪くするシィアにワイズはまたちょっと怖い笑顔を作って言う。
「そういう言葉があるってだけだ。気にするな」
「うん…」
まだ少し浮かない顔で頷くシィア。それを金の目を柔らかくして眺めていたワイズの耳がピクリと動く。そのあとすぐにシィアも廊下の足音に気づいた。
( 人払いをしてるのに誰だろう? )
そう思うシィアをよそに、ワイズは立ち上がり扉へと向かい、ノックが鳴る前に扉を開けた。見えた顔はダレルだ。
「何かあったか?」
「すまねぇな話し中に。あの人間が来た、今はグエンダルと一緒にいる」
ダレルがチラリとシィアを見たことで「あの人間」がトーリだとわかった。
「どうする? ここに連れてくるか?」
「いや…、下に降りよう。――シィア」
呼ばれる前から既に準備万端であったシィアは、大きく尻尾を振って二人の元へ駆け寄った。
**
「トーリ!」
玄関ホールの奥にある広間に入り、目当ての人影を見つけてシィアは飛びつく。トーリはそんなシィアを受け止め、横向きに垂れた耳と耳の間にポンと手を置いた。
「グエンダルから話は聞いたよ」
シィアは「あ…」と零す。
今日はトーリと会ったり離れたりでやっと一緒にいれると喜んだシィアだけど、少し身を屈めたトーリの顔はとても真面目で。垂れた耳と同じく尻尾も垂れる。
「…うん、シィア狙われるかもしれないんだって」
「ああ、その可能性をすっかり失念していたよ。シィアも怖い思いをしたろ?」
気づかうよう少し柔らかくなった声にシィアは首を振る。実際シィアは怖い思いなんてしていない。臭い思いはしたけど。
トーリは小さく笑って「そうか」と頷きシィアの髪をくしゃりと乱したあと、視線を真っ直ぐに向けた。シィアの後方にいるワイズへと。
「話は聞いた。会談が終わるまでシィアをここで預かるって」
「そうだ。それはシィアも了承している」
薄灰色の目がチラリとシィアを見てすぐに戻った。何も言わないということはその辺りもグエンダルから聞いているのだろう。
「そうだね、それには別に異論を唱えるつもりはないよ。確かにあなたやグエンダルの強さがあれば敵もそう安々とは近づけないだろうし」
本人が居るにも関わらずトーリがその強さを肯定したせいか、グエンダルの茶色の目が驚きでこれ以上なく見開く。それを横目で見ていると「――でも」とトーリはさらに続けた。
「それは外にいる敵に対してだけじゃないのか?」
「…?」
どういう意味だろう?
首を傾げるシィアだけど、狼獣人三人はそれぞれ言葉を詰まらせる。ワイズはぐっと眉間を寄せ、ダレルは鋭い視線を息子に送り、グエンダルは違うというように手を振った。
「別に聞かなくてもわかるさ。この建物に来た時の彼らの歓迎ぶりを思えばね」
トーリはニコリと笑ってそう話す。歓迎と言うからには喜んで迎えてくれたのかと思うが、笑顔のトーリはどこか冷え冷えとしている。
そしてシィアも何となく理解した。シィアの出迎えがそうであったように。…つまりはそういうことだ。
「あいつらはもう外した。その手配は済んでるんだが間に合わなかった。済まないな、人間」
二人に先立ちダレルが申し訳なさそうに言う。見た目は完全に屈強な狼獣人であるのだが、ダレルは二人に比べれば幾分柔らかな感じが窺える。実際、ダレルは血の気の多い獣人たちを取り纏める立場なのだ。
そんなダレルにトーリも気が削がれ、冷たい笑顔を慌てて解いた。
「…いや、僕に関してはこれっぽっちも気にしてはいないし、対応してくれてるなら別に。…ええっと」
「ああ、オレはダレルだ。そこの馬鹿息子の父親だ」
「へえ…」
トーリは驚いたように少し目を開きグエンダルを見た。
「…何だよ」
「似てないな」
「あ?」
「主に性格が」
「は!?」
鼻にシワを寄せたグエンダル。その父親であるダレルは息子とは逆に声をたてて笑う。
「あんた…、トーリだったな。息子と気が合うようだ」
「はあ!?」
「え!」
グエンダルとトーリが揃って顔をしかめると、それに対してダレルは再び大きく笑った。
良く言い合う二人を見るシィアなので同じくダレルの発言にはハテナが飛んだが、後ろにいるワイズも「確かに…」と零す。
その声に二人は一瞬顔を見合わせ、そのあとこれ以上なく顔をしかめた。




