60.狼獣人たち
「シィア、何故自分の血が狙われたのかわかるか?」
「……狙われた」
「おい親父、そんなのシィアにわかるわけねぇだろ」
「うるさいぞグエンダル、お前も考えてみろ」
「はあ?」
親子の会話を聞きながらダレルに言われた事を反芻する。
シィアの血が狙われた理由。シィアの血が必要な理由。
それはついさっき聞いた話と結びつかないだろうか?
「…血の証明…」
シィアの零した声にダレルは片頬をあげ牙を見せた。
「やはり馬鹿息子よりシィアの方が賢いな」
「あ? なんだと!」
「そうだ、おそらく血の証明をするのにシィアの血が欲しいんだろう」
「そんなの何のためだよ!」
「馬鹿か? だから血の証明のためって言ってるだろ。ワイズとの血縁関係が知りたいんだろうよ」
ワイズとの血の証明。結局やらず終いで終わった。だけどシィアにはそんなものをしなくても、ワイズとは血の繋がりがあると本能的なもので感じている。ただそれは他者にはわからないものだ。
「だからなんでだよ?」
「まだわからねぇのか。確信が欲しいんだよ。 シィアがワイズにとって本当にアキレス腱となり得るかどうかを」
「あっ、…あー…、そうか」
「……?」
今度はグエンダルの方はわかって、シィアは首を傾げる。
「アキレス腱?」
「弱みってことだ」
「弱み…」
「もしシィアに何かあった場合に、それがワイズの弱みになる」
「そうなの?」
「ああ、確実に」
さっきグエンダルが怒ったみたいになるのか?
でも、なぜそれが弱みになるんだろう。
やはり首を傾げているとダレルが教えてくれた。
それは時期と状況が悪いのだと。
「今、バインガレエズは和解の席につくためにここにいる。それなのに怒り狂って色んなものを破壊しちゃあマズいだろ? 」
「いや、ものだけで終わんねぇだろ。沢山人死が出るだろうし」
「それに、下手すりゃ町が崩壊する」
狼獣人親子のそんな物騒なセリフにシィアは慄く。ワイズってどれだけ凄いんだ。
「要するに今回の和解を成立させたくない奴らにとってシィアはいい標的となる」
「あ…」
「親父、会談の期間中はシィアはオレたちといた方がいいんじゃねぇか?」
「ふん…。…で、あの人間の保護者は今どこにいる?」
「あいつは宰相だかと話をするために今はいない」
「宰相?」
「ああ、あいつの兄だそうだ。さっき話した時に本人から聞いた」
「ほう」
ダレルは軽く目を見開き、その目がキラリと光った。
「それに元々シィアをオレたちの宿舎に連れて行くとこだったんだよ。あいつが戻って来た時にわかるようにって」
「そうか。なら来た時に話をつけよう。――というわけでだ、シィア、話はわかったろ?」
シィアはコクリと頷く。会談の期間中だけであればそんなに長くはないはずだ。流石にシィアのせいで町が崩壊するのはマズい。トーリだってダメとは言わないだろう。
「よし、じゃあとっとと戻ろうぜ。宿舎には仲間が沢山いるから安心だぞシィア」
「仲間?」
「おう、狼獣人も大勢いる」
「え…」
そうか…、それは当然だ。
( ――でも、 )
シィアの顔が曇る。
「何か気になるのか?」
顔を曇らせたシィアに気づいたダレルがそう尋ね、シィアは落としていた視線をあげて困ったように耳を横に倒した。
「たぶん、狼獣人の人たちはシィアを良く思わないよ」
その言葉にグエンダルが反応する。
「あ? 何だよそれ、まさか何かされたのか!?」
「…されてはいないけど…、」
「じゃあ何か言われたか!?」
「……」
それはハッキリと声に出されたものではなく、態度と雰囲気と眼差しであった。だから言葉に詰まるとダレルが「なるほどな…」と零した。
「それならばグエンダルを側に置いとけばいいさ。こう見えてもコイツはワイズの後継者候補だ。皆んな一目置く」
「え!!」
「…いや、そんなに驚くことか? オレはすげぇって言ってたろ」
「でも、だって…」
シィアは倒していた耳をピンとあげ目を丸くする。グエンダルがワイズの? ホントに?
「馬鹿息子だが能力は高いんだよ」
「馬鹿は余計だ!」
「ことに戦いに関してはワイズに継ぐくらいなんだよ、これが」
「へえ」
「な、すげぇだろ!」
得意げに鼻先をあげるグエンダル。完全に話の流れがそれたけどその方がいい。説明が難しいから。ダレルには何故か伝わったみたいだけど。
取りあえずここで話していても仕方ないと宿舎の方へ移動することにした。
先ほどの場所から少し行った先、それは大きなお城みたいな建物で。鉄柵に囲まれた門の前でシィアは口をポカンと開く。
「…凄いね」
「まあ見た目は立派だな、囲いもあるし。だだまあ、囲っているのはどちらに対してかなんだか」
「え?」
「いいや、何でもない」
真ん中に挟まれたシィアは声を発したダレルを見上げるが、灰色の狼獣人は緩く首を振り、扉を開けるよう門兵に促す。
門兵に扉を開けてもらい中に入る。
建物までの距離はそれ程なく、正面の大きな玄関扉が静かに開いて砂漠色の狼獣人が出てくるのが見えた。
「…あいつ絶対だいぶん前から玄関にいただろ」
とはダレル。おそらくあいつとは玄関前に立つワイズだ。しかもそのワイズは明らかにシィアしか見ていない。
「さっきも会ってたんだろ?」
「あー…まぁ、だな。あんだけ嬉しそうにしてるのは初めて見た」
「今も浮かれてるな、アレは。まあ仕方ないが」
親子の会話はワイズにも聞こえているだろうが気にしてないのか聞き逃しているのか。ダレルの言葉通りシィアを見つめるワイズの尻尾が微かに揺れている。そしてシィアが目の前に来ると金色の目がゆるりと細められた。
「町を見れたか?」
「…うん、少しだけ」
「話を止めてすまんが、ワイズ、ちょっと問題があった」
ダレルが先ほどの件をワイズに話すようだ。その間、先にグエンダルと建物内にはいると、途端に複数の視線がシィアに刺さった。
それはどう考えても好意的とは呼べないもので。これだけあからさまであればグエンダルだとて気づく。
「……何か言いたいことがあるようだな」
低くそう告げるグエンダルの声に、シィアを尖った目で見ていた獣人たちは一様に息を飲む。どうやら、全員狼獣人であるようだ。
「…いや、別に何も」
「ああ俺たちは、そんな…」
「グエンダルが戻ったって聞いて…」
気まずげに答える周りにグエンダルは軽く鼻を鳴らす。
「そうかよ。その割には雰囲気は最悪だったがな。まぁお前らがそう言うならいいさ。けど――、もしいらないことを言うようなら容赦はしねぇ」
もういいさと言う割にはグエンダルの声はまだまだ低く、そのあとのセリフも物騒だ。
そのままシィアを連れ玄関前ホールを後にしようとしたグエンダルを、引き止める声。
「いらないことって何よ?」
「あ、おい…、プロメテやめろって」
「何でよ、聞いとかないとわからないじゃない」
軽く舌打ちをしてグエンダルが振り返り、シィアもつられた見た先には、他の狼獣人よりもひと回り細い、でも出るとこは出てきちんと筋肉のついたスラリとした女性の狼獣人が鋭い眼差しでこちらを見る。
「その子、ワイズの姪なんでしょ?」
「……ああそうだ」
「ふうん…。あのユージーンの娘ね」
グエンダルの耳がピクリと揺れる。目の前プロメテと呼ばれた狼獣人から感じるのは嫌悪。もちろんシィアに対しての。それは眼差しにも表れていて久しぶり向けられた悪意にシィアの尻尾が丸まる。
だがしかし、あのとは?
「私父から聞いたわ。今回の和解の、その前の原因を作ったのがユージーンだって。その娘が、」
「いい加減黙れ、プロメテ」
グエンダルには珍しく強く言うでもない静かな怒りの声。プロメテはビクッと体を揺らすが、黙ることはなくさらに声を荒げた。
「――なっ! で、でもこれはいらないことじゃないわよ! 真実だもの!」
「ああそうか、ならオレも真実を言おうか?」
「は…?」
「今回会談には一人でも十分に戦闘能力を持つ者だけが同行出来るはずだった。のにも関わらず、父親に泣きつき無理やりついて来たのは誰だ?」
「……っ」
「いらないことってのはそういうことだ」
言い捨てグエンダルが再び足を進めようとしたところで、ちょうど玄関の扉が開きワイズとダレルがホールへと入って来た。
金色の目がそこに集まった者の顔を冷たく滑ったあとにシィアへと落ち着く。
扉をひとつ隔てただけだ、声は当然聞こえてただろう。
感情を伺わせない金色の目をシィアは見つめ返す。
今のプロメテが言ったこと、それが本当に真実かどうか。自分の記憶に全くないとは言え、父親である人物がおかしたであろうこと。シィアには聞く権利があるはずだ。
ワイズがシィアを見つめたまま動かないのでここはダレルが取り仕切り、集まっていた皆んなを解散させた。
「取りあえず、話すなら場所を変えるぞ」
「ああ…」
やっと動き出したワイズ。シィアに触れようとしたのだろうか。伸ばされた手は、でも途中できゅっと握りしめられ、小さなため息に変わった。




