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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
59/74

59.襲撃

 

 グエンダルの嗅覚で見つけたお店は、そのグエンダルが入るには難しい店構えで。また別の場所で開かれていたマルシェを見つけ、日持ちするクッキーやチョコレートを選んで買った。



「別にオレは最初の店で休憩しても良かったのに」

「絶対ダメだよ」

「何でだよ」



 グエンダルは不満を口にするけど無理なものは無理。だって外から覗いた店は女性が多く、とても繊細な感じの造りだった。グエンダルの体格ではきっと椅子なんて壊れてしまうし、絶対に皆んな怯えて逃げ出すと思う。…本人には言わないけど。



「そんなことより、グエンダルが言ってた宿舎ってどこなの?」

「そんなことよりって…。…まあ、ここからそんなに遠くはねぇよ。じゃあ帰って茶にするか」

「うん」



 気を取り直したグエンダルは方向を変えて、にぎやかな通りから一つ中の道へと入った。  

 そこには町の住民たちの生活の場があり、突然現れた真っ黒で怖そうな狼獣人に住民たちは皆んなぎょっとした顔をするけど、グエンダルは全く気にもしてもない様子だ。



「グエンダルって凄いね…」

「あ? 何だ急に? …まぁ、オレが凄いのは当然だがな!」

「…うん、そうだね」



 絶対に違う解釈をしていると思うけどそこは否定しないでおく。

 グエンダルは近道だとさらに細い通りへと曲がり今度こそ人通りは途絶えた。


 途端、複数の足音が石畳に響く。 



「まずは狼獣人だ!」



 そんな声とともに数人の男たちが現れると、こちらに向かい何かを投げつけた。

 けれど二人ともに簡単に避ければ、それは地面で割れて酷い臭いが辺りを包む。

 「うっ!」と鼻と口を押さえたシィア。そんなシィアをグエンダルが素早く背へと隠した。



「…お前たち、何のつもりだ?」



 聞く者の背筋をビクッと伸ばすような低い声を零し、グエンダルが男たちを睨む。

 

 

「お…、おい、全然効いてないじゃねぇか」

「いや、でも、後ろのちっさい方には効いてるみたいだぞ…?」



 グエンダルの問いかけを無視して動揺を見せる男たち。言っているのはこの強烈な匂いについてだろう。確かにシィアは鼻から手を外すことさえ出来ないがグエンダルは平然としている。



「おいおい…、まさかお前ら、こんな臭いくらいでオレが怯むとでも思ってるのか?」

「――!?」

「全く話にならねぇな、素人か?」



 呆れように鼻を鳴らしたグエンダルは抑えていた()を少しだけ放つと、シィアの毛がブワリと逆立ち、男たちは怖じけたのか一歩下がった。


 たぶんグエンダルが言ったように、そういったことは素人なのだ。

 だからだろう、グエンダルの気にあてられた男が一人、「わぁあぁぁっ!」と叫びながらグエンダルへと向かうと、全員がそれにつられた。


 何か作戦などもあったのかもしれない。けれどそんなものがあったとしても役に立ったかどうか。

 素手もいたが棒やナイフを持った男たちであったが、何ということもなくあっさりとグエンダルに倒された。もちろんグエンダルは武器などなしだ。


 

「シィア、もういいぞ」

「…うん」



 グエンダルに呼ばれシィアは路地から出てくる。

 男たちが向かって来た時にシィアは離れて身を隠していた。どうせ自分は必要ないとわかっていたから。

 だけど近づくとやはりまだ臭いが鼻にツンとくる。でも嗅覚ならグエンダルの方がキツいだろうに。



「グエンダルは臭くないの?」

「あ? そりゃあ臭いが、こんなもの気にしないようにすれば何ともない」

「…は」



 どんな理屈だ。意味がわからないと見上げていると、誰かが通報してくれたのだろう、制服を着た役人たちがこちらへと駆けてきた。



 状況的にはグエンダルの方が悪そうに見えるけど(実際に疑われたけど)、シィアも混ざり何とか説明して倒れ呻き声をあげる男たちは全員捕縛された。そして連れて行こうとされるその一人をグエンダルが止める。



「ちょっと待ってくれ、少し話がしたい」

「すぐ終わるなら構わないが」

「ああ、すぐ終わる」



 ゆっくりと近づく真っ黒な狼獣人――グエンダルに、先ほどの恐怖を思い出したのか男はこれ以上なく顔を青くさせる。



「ひっ! こ、こっちに来るな!」

「いや…もう何もしねぇよ、話が聞きたいだけだ」

「は、はは、話?」

「何でオレたちを襲った?」

「べ、別に、あ…あんたを、襲いたかったわけじゃ、ねぇ…」

「……は?」



 そのセリフの意味することとは。

 グエンダルがチラリとシィアを見て、すぐに険しい顔で視線を戻した。

 


「まさか狙ったのはシィアか?」

「な、名前なんて知らない。で、でも、その女の子の方だっ」

「おい! 何でシィアを!」



 さらに険しい顔で問い詰めるグエンダルに男は情けない声をあげ頭を抱える。



「知らない! 俺は知らない!ただ、あの子を襲って血を手に入れろって…、そう言われただけだ!」

「はあ!? 血だと!」

「ち、血だけだ! 別に傷つけるつもりは――」

「馬鹿か! 血を取るってことは傷つけることじゃねぇか!」

「ひいぃぃっ!!」



 怒りに男の胸ぐらを掴みあげるグエンダルを役人が止めに入るが止めれるはずもなく、あっさりと振り払われ、流石にマズいとシィアも参戦する。



「グエンダル、ダメだよ!」

「止めるなシィア! こいつはもっと痛い目に合わせる!」

「ちょっ、グエンダル!」


 

 純粋な力では当然無理で、だからと飛びついて耳元で叫んでもやっぱり効果はない。

 その間にも首が締まっているのか掴み上げられた男の顔が赤から紫になってゆく。

 これは本当にマズいと思ったそんな時、静かな声が降った。



「嬢ちゃん、ちょっとそこをどきな」

「――え?」


 

 不意なその声に振り返り、そこに見えたのは握りしめられた拳。


 ――ゴッ!!


 物凄く硬いもがぶつかった音。片方は今シィアが見た拳で、片方は黒い毛に覆われた頭。



「痛ぇっ!! 誰だ、今な――」

「おい馬鹿息子、ちょっと落ち着け」



( ――え…? )


 今…、グエンダルを息子って言った?

 

 それを言ったのは灰色の毛の狼獣人、もちろん拳の主。

 二人を交互に見て驚くシィア。


 そうこうするうちにグエンダルの手から力が抜けて男が足元に落ちた。むせながら男は這いずって役人に助けを求める。グエンダルに捕まるより役人に捕まる方が良かったらしい。


 逃げ出した男からはすっかり意識は反れ、グエンダルは怒りの表情から気まずげな顔へと変わった。



「――…は、…なんだよ、オヤジかよ」

「何やってんだお前は」

「何って、…あいつがシィアの血を取ろうとしたって言うから」

「血を?」



 グエンダルと同じ茶色の目がシィアを見る。



「ええっと、シィアだったな。俺はコイツの父親のダレルだ」

「…ダレル?」

「ああ、そうだ。ワイズとは従兄弟になるな。それより、怪我をしたのか?」

「うんん、グエンダルが守ってくれたから大丈夫」

「そうか」



 グエンダルの父親、ダレルの視線がチラリと息子を見ると、グエンダルはほんの少し得意げに鼻先をあげた。


 

「ほら見ろ、オレはちゃんとシィアを守ってるだろうが」

「その本人を困らせるようでは守ってるとは言えねぇよ、馬鹿息子が」

「そ――、そんなことは、……え、そうなのか?」

「……」



 グエンダルの驚いた視線にシィアが無言で返すと、愕然とした顔になった。

 守ってくれたのは確かだけどそれ以上は全くもって望んではいなかった。だからさっき止めたよね?

 ダレルとともに呆れていると役人から声がかかる。



「この男はもう連れて行ってもいいか?」

「ちょっと待ってくれ、ひとついいか」



 そう言って今度はダレルが男に近づく。色が変わったとはいえやはり狼獣人で、男が恐怖する様子にダレルは少し離れたところで足を止めた。



「おいお前、今回のことを指示した者は誰だ?」

「し…、知らない、本当に俺は何も知らないんだっ! 仲間から持ちかけられただけでっ! …もう勘弁してくれ」

「ふん…」



 憔悴しきったように項垂れる男にダレルは鼻を鳴らす。「自らの犯した罪にも向き合えないとは情けない…」と零し、呆れのため息を吐いたあとに役人へと言う。



「もう連れて行ってもらっても構わない。あと他のやつらから何か有益な話が聞けたらバインガレエズに連絡をくれ」

「わかった」



 男はそのまま役人に連れていかれ、灰色の狼獣人は「――さて」と呟き振り返ると、自分の息子と並ぶ、従兄弟が残した小さな娘を見た。




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