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違(たが)えた道

「……ここ、どこ?」


――目覚めたスーの第一声が、それだった。


 イネオスはぞっとしたが、辺りを見回してダンジョンのことを思い出し、自分やティナに親しく話しかけるスーを見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「死んじゃうとこだった、スーはスライムなんだから、気を付けないとね!」


 それも束の間、無邪気に発された言葉で空気が凍り付く。

 まさか。そんな。

 二人の注目を浴びながら、スーはきょとんと体を傾けた。


「どうしたの? スーに何か付いてる?」

「スー……。お前の種族は、なんだ。どうしてここに居る」


 声の震えを抑えながら、平静さを装って、途切れ途切れに問いかける。

 返ってきた答えは、今まで辿ってきた道と全く違うものだった。


「スーは……スライム。スライムのスー! スーはスライムだけど、みんなの役に立ちたいからここに居るんだよ!」


 答えに迷いはなく、自信に満ち溢れていて、嘘を言っている風ではない。


 思い出させようと、何度も努力した。昔のことを話したり、本当はバルトアンデルスであることも、何度だって説明した。そのたびに、スーは困り顔で首をかしげた。


「……スーは、スライムなんだよ? スライムじゃダメなの?」

「もういい! あっちに行け!!」


 時に、どうしようもなく苛ついて、当たってしまうこともあった。

 スーは何も言わず、洞窟の奥に引っ込んでいく。罪悪感で押し潰れそうだった。


「イネオスさん……。スーさんは、もう、戻れないと思います」


 一番聞きたくなかった言葉が、辛そうな顔をしたティナから語られる。


「気づいているでしょう? 彼女から、魔力を感じられません。……スライムとして、安定してしまっています。無理に思い出させるより、今のままの方が……」


 ティナの言葉は、イネオスの剣が床に突き刺さった音で遮断された。


――不安定な存在で居るより、今のままの方が幸せ。


 そんなことはわかっていた。だが、受け入れられる筈がなかった。

 あの日、二人でした、大切な約束。それが忘れられてしまうのは、イネオスにとってあまりに耐えがたいことであった。彼の生きる希望だったのだ、あの約束こそが。


「俺は、一人でも最強のダンジョンを作る。それこそ、魔界にも認められるような物を」


 イネオスは手懐けた優秀な魔物達を引き連れて、ダンジョンを出ていった。目標のためには、歌えないセイレーンも、何も出来ないスライムも要らないと、そう言い残して。




――それが、すべての真相だった。


「魔物の力を取り込む力。……俺に、元々あった才能だ。使えるものを最大限に利用して。俺はここまで上り詰めた。ここも、最難関と呼ばれるダンジョンになった」


 スーに、手が差し伸べられる。


「戻ってこい。……後はお前が来れば、ここは最強のダンジョンだ」

「……スー、は……」


 瞳を揺らし、イネオスとミヒトの方を交互に見るスーには、強い迷いが見られる。

 かつての約束を取るか、今の仲間を取るか……あまりにも酷な選択だった。


「戻ってくるんだ、スー。……俺は、お前のために……」

「……違う」


 イネオスの言葉を、ミヒトが遮った。


「お前のしたことは、スーのためなんかじゃない! 自己満足じゃないか!」

「なんだと……」


 睨みつけられても臆さず、ミヒトが叫ぶ。


「本当にスーが好きだったなら、スーのためを思うなら、どうしてスーを置いて行った! 過去を忘れているスーが、傍に居るのが辛かったからじゃないのか!? 寂れたダンジョンに置き去りにされたスーとティナの気持ちを考えたことがあったか!?」


 イネオスは、ぐっと言葉を詰まらせた。

 スーはミヒトの言葉を聞いて俯き、イネオスに背を向けた。


「スー……」


 手を伸ばしたままでいるイネオスに「ごめんね」と切なげな笑顔が向けられる。


「今のスーの居場所は、ここだから。スーは、ミヒトやティナと、今までにない世界を変えられるようなダンジョンを、一緒に作りたいの」


 愕然とするイネオスに再度謝罪して、スーはミヒトの傍に駆け寄った。


「約束を破るのか!」

「最初に破ったのはお前の方だろ!」


 一喝し、ミヒトは剣を構えた。

 攻撃に移ろうとするミヒトを、スーが制する。


「ここは、スーが戦う。……スーじゃなきゃ、ダメな気がするから」

「スー! 何故だ! 何故俺を裏切った! 何故そんな力の無いやつの元に!!」


 スーの胸元から、光り輝く結晶が姿を現した。


「……あるよ、力は。優しくて、真っ直ぐで、けして曲がることのない強い力が」


 それは、先ほど受け止め、吸収した魔力の塊。

 解放すれば、先の攻撃がそのまま返る。


「……昔は、イネオスにもあったよね。目を輝かせて、真っ直ぐ、未来だけを見て」


 イネオスの目が見開かれた。その奥には、過去を映しているように見える。


 過去に交わした約束。日常の崩壊。逃走。堪えきれない罪悪感をダンジョンに入って来た勇者にぶつけていく内に、いつしか仲間すら、力の為に利用するようになった。


 かつての目標がなんだったのかも思い出せないまま、がむしゃらに力を求めていた。


――イネオスの瞳から、一筋の涙が流れる。


「それがどうした! 俺はもう戻れない。今更、どこにも戻れない!!」


 叫ぶの前で、スーが魔力を操り、結晶を肥大化させてゆく。


「失ってしまったのが、スーのせいなら……スーには、取り戻させる義務がある!」


 強い執着。それをも飲み込む激しい光が、イネオスを包み込んだ。


「……さよなら」


 目から零れ輝く、一滴の雫。

 激しい光の後には、もう何も残っていなかった。一人の道を間違えてしまった人間がここに居たという、痕跡すらも、綺麗に消し去ってしまった。 


 スーは、脱力し、後ろに倒れた。ミヒトが抱き留める途中でスーの体は淡い光に包まれて、見慣れたスライムの姿となり、掌の上で抱えられる。


「……やっぱり、この姿になるんだな」


 スライムは、自然や大気中にある魔力が集まって生まれる、純粋な魔力に近い魔物だ。この姿が、最も魔力の消費が少なく、今の彼女にとって安定するのだろう。


 洞窟から出る道中、ミヒトは、ずっとイネオスについて考えていた。


「ミヒトさん……、大丈夫ですか?」


 スーを抱いているティナが、そう指摘するくらい、ミヒトは険しい顔をしていた。


「……いや、一歩間違えたら、アイツは、俺だったのかもしれない、そう思ってさ」


 場の空気が静まり返る。そんなことないよ、とは、誰も言えなかった。それ程に、ダンジョンの魔物達から感じた彼の雰囲気が、ミヒトにとても近かったのだ。


「なんて、変な話して悪いな。早く出ようぜ」


 一歩外に踏み出した時。ミヒトはとある光景を――気を失ったイネオスが、ハルピュイアに掴まれて空を飛んでいる光景を見て、目を丸くした。


「あっははは! 見事にフられちゃったわね。いい気味よ。でもまあ……これでスッキリしたんじゃない? 最近のアナタは見ていられなかったもの」

「レティア! 笑ってる場合じゃないでしょ! どーするのこれから! イネオス様やられちゃったし! 洞窟崩れちゃったしー! なんでこうなったんだっけ!?」

「キャイキャイうるさい鳥頭。生きてりゃなんとかなるものよ」


 サキュバスとハルピュイアは軽口を叩き合いながら、無数の魔物を引き連れて飛んでいる。あの魔物達は、手加減の一環で洞窟の奥に隠れていて出てこなかった者達だろう。


「総員撤収開始! 目的地は五十キロ先魔界! 逸れるんじゃないわよ!」

「イネオスさま! あたしはどこまでも一緒ですよ!」


 意識を失っているイネオスに、ハルピュイアは上機嫌に語りかけて、他の空を飛べる魔族と共に、魔界の方向へ飛んでいく。サキュバスは飛べないを補助するように魔力で照らしながら真上を飛び、下方の魔物に声を掛けた。


「生きてたのか……それに、人間が魔界に行って……、大丈夫なのか?」

「彼は魔物をたくさん取り込みました。……もう、魔物のようなものでしょうね」


 マリオンの答えに納得し、羽ばたく音が聞こえなくなるまで、空を見送った。自分だったのかもしれない存在が救われたことに、ほんの少しだけ、安堵しながら。


「……なあ、やっぱり俺、人も、魔物も、仲良くなれるのが一番だと思うんだ」


 全員の視線を一様に集めて、ミヒトは深呼吸し、口を開いた。


「――ダンジョンスクール、なんて、どうかな?」

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